佐藤 ②
まず、目撃者がいないか探す。
佐藤は冴子の家には行ったことがない。でも、東京に住んでいるのは知っている。
原宿、表参道、新宿…よく行く所しか分からなかった。
近所の者にでも聞こうと思っていたが、家が分からないんじゃ、仕方ない。
次に佐藤が考えたのは、冴子の職場だった。仕事先は知っている。
冴子は、若者向けの洋服を販売している。つまり、アパレル店員だ。
店に入ってすぐに、若い女の店員が近付いて来た。この人に聞こう。
「え?冴子ちゃんなら、辞めましたよ?」
初耳だ。付き合い始めたのが、11月2日。出会って2日目だった。一緒にいたが、辞める予定なんて聞いていない。
「5日前だったかな。突然退職届出してそのまま帰ったそうですよ。」私は会ってないですけど。と付け足した。
5日前。今日は26日だから、ということは11月21日だ。
「それからどこに行ったとか、知ってる?」
聞いていたのがしつこいと思ったのか、その質問に、女は顔をしかめた。「てゆーか、お客様。冴子ちゃんの何なんですか?」
女は、パチパチと瞬きをした後、目を丸くしてこちらを見てきた。ボリュームのあるつけまつげが、自然な顔を一気に濃くしている。痛々しいとも思った。
「恋人、です。」そう言うと、女はまた瞬きし、照れくさそうに言った。
「わ!あなたが冴子ちゃんの彼氏さんですか!冴子ちゃん彼氏できたって言ってて。」女はその場で軽く跳ねた。
「私、山下っていって、冴子ちゃんと同期だったんですよー。」
山下という女は、急に声のトーンを上げてくる。どうやら気に入られたようだ。これを良いように、佐藤は質問に戻る。
「冴子に何か、変わった様子はなかった?」
「んー。特に気にはならなかったかなぁ。」山下は指を口元へと持ってくる。いわゆる、考えているポーズだ。
「恋人ができたって、すっごく嬉しそうでしたよ。変わったことと言えば…」
少し反応が変わる山下を見て、佐藤はすかさず問い詰めた。「何か、あったんですか?」
「変わったっていうか、最近は頻繁に怪我してましたよ。階段から落ちた、とか。転んだ、とか言って。怪我する場面は見ていないけど、会う度に新しいところにアザつくってるんです。」
階段から落ちた?そんなの聞いていない。何故黙っていたのか。
「彼氏さんは、怪我したところ、見ていないですか?」山下は、佐藤の顔を下から覗き混むように前屈みになった。
「怪我した場面は、見ていない。」佐藤は少し焦り、山下から目を反らした。
「じゃあ、彼女の家、知ってる?」
「同期だけど、知らないです。てゆーか、彼氏さんは知らないんですか?」山下は、胸までのびた髪を、指でくるくると巻いた。
「知らない。」
「彼氏さんなのに?」山下は、また目を丸くした。うざったい。
「まだ付き合ったばかりだし。」
「あー、そっか。そうですね。」
「それで、社長か誰かに頼んで、住所教えてもらえないかな?」
「いや、無理ですよ!何言ってるんですか!親でもない限り、そういうのは…彼氏さんでも、さすがに。」
彼氏だから。だと思うのだが。こいつには、誰か大切な人はいないのだろうか。と佐藤は考えた。
「あの、もう仕事に戻ってもいいですか?」再び怪訝な顔をし、去って行った。自分から寄ってきたくせに、勝手な奴だ。
冴子の居場所に、手がかりは全く掴めなかった。
使えない職場だ。と思いながら、佐藤は繁華街を歩き出す。
電子タイプの腕時計に目をやると、14時と表示されていた。
そういえばお腹が空いたな。と思い、近くのファーストフードに寄り、ハンバーガーとコーヒーを頼んで、座る。
右側のポケットから携帯を取り出すと、携帯がチカチカ点滅していた。
電源ボタンを押すと、「森本」と書かれていた。佐藤の職場の同期だ。
電話が4件。メールは8通もきていた。
メールを読まずに、まず、電話をしてみることにした。
森本は、2コールで出た。「もしもし、やっと出たな。」
森本の声が耳に響いた。「電源つけてなくて。どうしたんだ?」
「どうしたじゃねーよ!お前仕事当分休むって上に言ったそうじゃないか!何考えてんだ!」森本は休む暇なく口を動かした。
「彼女のことだよ。」
佐藤のその台詞を聞いて、森本は一瞬言葉につまった。
「馬鹿じゃないのか!お前の彼女がどうしたってんだよ!?」
「馬鹿とはなんだ。大事なことじゃないか。」こいつも大切な人はいないのか?「彼女が消えたんだ。」
それが本当なら一大事だ。だが、森本は冷静になって、言葉を返す。
「心配なのは分かる。でもな、こんな言い方したくないが、お前はただの彼氏だ。血の繋がりもない。婚約者な訳でもない。そんなお前が、彼女を探すためにしばらく休むだ?そんなの、正当な理由にはならないんだよ!」
全部言い終わった辺りで、通話を切った。頭にきた。ただの彼氏?何て言い方をするんだ。
森本はいつも鼻につくような奴だった。気に入らない。
佐藤は乱暴に携帯を右ポケットの中に入れて、すっかり冷めたハンバーガーとコーヒーを喉に詰めた。
「どいつもこいつも何で理解してくれないんだ。」
佐藤の呟きは、ざわついた人並みにかき消された。