7話…空から女の子が!
僕とイーグルさんは夕食の準備に取り掛かった。
女子二名は中田さんの部屋から中々出てこなかったので、僕はイーグルさんに色々と話を聞いた。
「中田さんのここでの名前は明かせないんですか?」
「ヨシキ様はエーリンで名前を授からなかったのです」
「え?」
イーグルさんは中田さんと自分の生い立ちをさっくり説明してくれた。
魔力の多い子供は普通の人間には殺せない。生まれながらのチートらしい。だから親は我が子が悪魔になる前にどこかに捨ててしまうことがあるそうだ。
中田さんは小さな農村に生まれ、魔力が多いことで親に捨てられた。
険しい山の深い森の中に捨てられた中田さんは自分の魔力だけで五年ほど過ごし、その後は狩りをしながら逞しく暮らしていた。
そのため名前は無く、エーリン共通語も知らずに育った。
十歳くらいになると中田さんは自分と同じように魔力過多の子供の気配を感じるようになり、そんな子供達を助けながら旅をして、ようやくエーリンの言葉や文化、そして魔力過多の子供が悪魔になってしまうことなどを知った。
イーグルさんの魔力量は比較的少なめで、魔力に食われることもなく成長した特殊な子供だったそうだ。それでも親に捨てられ孤児院で育った。
そして中田さんと出会って弟子入り。中田さんの拙いエーリン語で会話するより日本語を覚えて会話することを選んだイーグルさんは頭脳明晰のようです。
食事の支度が終わり、僕たちは席に着いてお茶を飲みながら女子二名を待つことにした。
――お腹すいたな…。
「それにしても二人の強大な魔力と魔法があるのに、何故こんなところに隠れるように暮らしているんですか?」
「召喚された人間は選別しましたが、報復される可能性もありますからね。召喚した人間と争うことは出来るだけ避けたいのです」
「でも何故地球人を召喚したんですか?この世界の人に力を与えることは出来なかったんですか?」
「この世界の人間に会えばきっと分かります。考えが古臭く凝り固まっていて融通が利かない。そんな人間ばかりではありませんが、上に立つ者が変わらねば世の中は変わらない。だからこそ柔軟な考えを持つ異世界の人間を召喚して、この世界の人間の価値観を根底から覆して欲しかったのです」
「だから大規模召喚なんですね。少数では適わないことを数で押し通すということですか」
でもそれだけで世界は変わるんだろうか。
大規模召喚と言っても人数的には僕が住んでいる市の人口適度だ。
世界中に散らばったとしたら完全に少数派となる。召喚者に付加価値がなければ発言力どころか下手をすると捕まったり殺されたりするだけじゃないだろうか。
しかも国を変えようなんて考える召喚者がいるだろうか。
柔軟な思考は適応力と似通っていると思う。皆が適度に溶け込んでしまったら意味がなくなりそうだ。
僕がそう言ってイーグルさんが口を開きかけたその時、中田さんが食堂に戻って来た。
「お待たせ~。なかなか面白い話をしてるじゃないか」
中田さんの後ろから続いて入って来た少女の姿を見て僕は思わず立ち上がった。
――何この美少女!?
イーグルさんは僕より素早く椅子を引いて女の子を座らせた。
中田さんも座ったところで僕もおずおずと腰を下ろす。
『変身の魔法も教えて貰ってたんで遅くなったわ』
声はリリィのものだった。少し大人びた響きだけどリリィだ。
ムッチリだ。主に胸の辺りが!!
それにキツイ印象だった目も癒し系な感じになっている。
山羊のような大きな角も鋭利な犬歯もなくなっている。身長は170センチの僕よりやや低い程度で女の子にしては長身だ。
――落ち着け僕。これは魔法で作った仮の姿だ。
僕はフッと微笑んでリリィにもう一度視線を向けた。
「可愛くなったね。もちろん本当の姿も可愛いけど」
『あとでフィルの目も魔法で変えてあげるわ』
リリィが僕より余裕のある笑みを浮かべた。
――くっ!可愛い!!
夕食を終えて帰ろうとしたところ、この隠れ家から屋敷まで一度だけ転移魔法を発動して貰えることになって、僕たちは食後のお茶まで出してもらった。
僕はイーグルさんとの話の続きをしようと口を開きかけた。
その時――
『ド――ン!!』と何かが落ちた音と共に家が振動して僕たちは慌てて武器を構えて窓辺に駆け寄った。僕たちが洞窟から上がって来たあたりに粉々になった岩が転がって穴を半分塞いでしまっていた。
「岩が落ちてきた!?」
僕が叫んで上を見上げるけど断崖絶壁しか見えない。
中田さんは素早く窓を開け放って顔を出して空を振り仰ぎ、瞬時に大声で叫んだ。
「ルクス ウト ア プルーマ!(羽のように軽く)」
中田さんの呪文の意味を理解して僕は窓から飛び出し断崖を見上げた。その背後から出て来た中田さんが嬉しそうに叫んだ。
「親方~!空から女の子が!!」
「「は?」」
僕とリリィの反応に中田さんが残念そうな顔をした。
僕が再び見上げると小さな人影がゆっくりとまるで羽がふわふわ落ちてくるように落下してくるのが見えた。
「ホントに女の子だ!」
僕が驚きの声を上げると中田さんも驚いた顔をした。
「適当に言ってみたんだけど、ホントに女の子だね」
――見えてなかったのか!
「ねぇフィル君」
「はい?」
「走り寄って彼女を受け止めてあげようとか考えないの?」
「いや…敵かもしれませんし、一緒に洞窟に落ちたら嫌ですよ」
「ちっ!」
そう言いながら落ちてくる少女をじっと見つめていた僕はその娘が誰なのか気付いてしまった。
「マリナ!!」
慌てて僕は彼女に駆け寄る。すると少女は閉じていた目を見開いて僕を見た。次の瞬間まるで水中でターンするようにくるりと回転して壁を蹴って僕の方へ飛び込んできた。
「ぐへっ!」
突っ込まれて僕は呻いて尻もちをついた。
「旦那様~会いたかっただぁ~」
マリナは巨大なリュックを背負ったまま僕を押し倒した状態で抱き付いてきた。
「ぐ、ぐるじい!」
姿が変わった僕をマリナもリリィもフィルだと分かってくれるのは魔法契約にマスターを見分ける力があるのかもしれない。マリナは奴隷契約だけど。
「マリナ・ユヴェール…」
リリィが舌打ちするような険しい様子で呟いた。
「何?知り合い?」
中田さんが面白そうに僕らに視線を巡らせた。
「ワーロック・ナイトの救済処置(其の一)のイベントで仲間になるハイエルフです」
ちなみに“其の二”は服従の腕輪だったんだけど。
「ハイエルフ?こんなチンチクリンが!?しかもなんで巨乳?」
ハイエルフの女性は平均身長180センチのスレンダーな種族で別名『貧乳族』とまで言われるほど胸が無い。対なるダークエルフは巨乳が多い。
マリナは巨乳と背が低いという理由でエルフの森を追い出され奴隷商に捕まり売られているという適当な設定だった。ワーロック・ナイトにしか起きないイベントで購入可能となるNPCだ。
購入可能な奴隷は悪魔契約の時と同様、プレイヤーの性格などに合わせて自分で選択出来ず強引に押し付けられるキャラクターだ。
根気良く育てれば強力な仲間となるけど、その根気も相当な忍耐が必要だ。いっそのことソロでもいいかなって思える程にマリナの設定は酷い。しかもクラウデラアイテムを破壊する謎のドジっ子属性を持っているのにメイドとしてワーロック・ナイトプレヤーのアイテムや部屋を管理するのだから始末に負えない。
僕は冒険者レンタルハウスの他にダミーの家を購入してマリナを住まわせたから被害は少なかった。取得経験値二倍になる指輪など粉砕された時は数日凹んだけど。
そういえばマリナを住まわせていた家はローンで買ったけど召喚された今ローンはチャラになるんだろうか。
中田さんとイーグルさんにマリナを紹介して敵ではないことを説明した後、中田さんは面白がってマリナを家に招いた。外の情報が欲しくてしょうがないようだ。
「洞窟への穴はどうするんですか?」
僕が心配してそう聞くと中田さんはケロリとして笑った。
「君たちが帰った後で塞ごうと思っていたから丁度良かったよ」
本格的に隠れ住む予定だったようだ。
「で、マリナちゃんはどこから来たんだい?」
マリナは北の大地リベルレーベン王国の辺境にある僕の家から南下し、エルフェルト山脈を越えてこのエンディヴァ大森林の原泉を目指していた。
原泉はハイエルフやダークエルフの体力回復や肉体強化などになるので本能的に原泉の位置が分かるそうだ。
マリナは中田さんちの井戸水で満足したらしくほっこり笑っている。
僕はマリナの話を聞いて解せないことがあった。
「山賊とキャラバン?」
何故移転魔法陣があったり、大規模結界があるのにキャラバンが存在するんだ。山賊が存在するのも変だ。
僕は中田さんに不信の目を向けた。
――まさか…。
「あれ?もしかして察した?」
中田さんが悪びれもなく笑った。
「転移魔法に使用していた全世界の魔力結晶を召喚魔法に使わせて貰ったんだ」
「移転魔法が使えなくなったのはいつですか!?」
「そこにも気づいちゃう?」
中田さんが面白そうに身を乗り出す。
「オレが召喚魔法を発動させたのはこの世界の五十年前だ」
中田さんの本性が見え隠れし始めた。
僕は中田さんに対してこっそり警戒レベルを上げる。
「プレイヤー達がこちらの世界に来るまでタイムラグがあったんですか」
「そゆこと。これに関してはオレも想定外だった」
中田さんがやれやれといった感じで首を竦めた。
「でも、結果的に召喚者に付加価値を与えることが出来たろ?」
戦闘が出来る召喚者はなくてはならない存在だ。
少なくとも捕らえて処刑なんてことはならないだろう。
「あなたは召喚者の報復を恐れているのではなく、全世界を敵に回したから隠れ住んでいるんですか!」
やばいやばいやばい!こんなところで呑気にお茶飲んでいる場合じゃない!
「君ホントに十六歳?頭の回転良すぎない?」
「いやいやいや!誰でも気付くでしょ!」
僕は腰を浮かせて逃げる気満々だ。
そんな僕の肩をぽんと叩いてイーグルさんは微笑んだ。
「あの屋敷の結界はどんな大国より強固なものです。敵が攻め入ることはおろか、この大森林を探し出すことも不可能になっていますから」
「マリナはどうしてここに来れたんですか!」
「この子は君の仲間だろ?仲間は結界を抜けることが可能だよ」
さっきから井戸水をひたすらグビグビ飲んでいるマリナに視線を向ける。
僕は腰を下ろしたけど落ち着きなく中田さんとイーグルさんに視線を巡らせた。
「オレたちは敵じゃない。見届けたいだけだ」
「見届ける?」
「この世界が変わっていくのを見届けたい」