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6話…転生者 中田芳樹

 扉の奥は普通の家のようだった。

 どこかに転送されたのかと思う程、明るくて生活感があった。


 イーグルさんにお茶を淹れて貰って僕とリリィは席に着いた。


「ここに来ることが出来たということは、君が屋敷の封印を解いたんだよね?」

 中田さんの言葉に僕は頭を下げた。

「はい。すみません…断りもなく」

「いやいや、それは大丈夫。それより日本語が分かる人間が来たってことは大規模召喚が成功したってことでいいのかな?」

「成功かどうかわかりませんが、僕は大規模召喚に巻き込まれてエーリンにやってきました」

 僕が頷くと中田さんはチラチラとリリィを見ていた。

「予定外の種族も復活して召喚されたようだけど…」

 中田さんは引き攣った笑みを浮かべた。

 やっぱりワーロック・ナイトと悪魔は召喚予定ではなかったようだ。


「大規模召喚のことを何故知っているんですか?中田さんは何者なんですか?」


「聞きたい?聞いちゃう?ちょー長くなるけど語ってもいいのか!?」

 どうやら凄く喋りたいようだから語って貰った。


 …

 …

 ……


 話が長かったんで要約。

 中田芳樹(享年36歳♂)は地球日本産の魂を持って、ここエーリンに美少女として転生。中田さんは赤ん坊の頃から自分の魔力量の異常を察知して膨大な魔力を体内から排出し結晶化することを試み成功した。結果、本来なら魔力に食われて悪魔となるところを魔法使いとなったのだ。


 それからは自分と同じような子供の魔力を結晶化させる手助けを生業として荒稼ぎ。その時に助けた子供にイーグルさんが居た。イーグルさんは孤児だった為そのまま中田さんの弟子となり、その後二人で魔力結晶を使った大規模結界や転移技術の確立を図った。


 そんな魔法開発の傍らで自身の性別を変える魔法や薬を研究。研究成果は実を結んだが時遅し。


「気付いたら子供が5人もいたんだよね」


 遠い目で語った中田さんが自嘲しながら紅茶をすすった。

 ちらりとイーグルさんを見ると慈しむような眼差しで中田さんを見つめていた。


「……」

 僕も黙ってお茶を飲んだ。


 それから数十年後、中田さんは自分が開発した結界や転移魔法陣のせいで魔物が蔓延る世界になってしまったことに気付いた。そこで地球人を召喚することを思いつく。


 ――なぜ地球人にしたんだ…!


「オンラインゲームに人生掛けているヤツを呼んでやったら喜ぶかなって」

 笑顔の中田さんをジト目で見つめる。

「僕一日二時間しかゲームしてませんでしたけど」

「お前今いくつ?何年プレイしたんだ?」

「もうすぐ16歳です。プレイ歴は13年です」

「は?」


 呆然とした顔をされて僕は言い淀む。

「……僕三才からプレイしてるんで…」

「え…」


 ドン引きされてる。こんな人に…!


 気を取り直したように中田さんがビッと親指を立てた。

「良かったな!エーリンに来れて!!」

 満面の笑顔でそう言われて僕は何も言い返せなかった。


 プレイヤー達の能力を保持したまま召喚することは割と簡単な魔法だったそうだ。どういう仕組みか分からないけど、魔力結晶を何個か使ってヴァーチャルをリアル化してゲームキャラの肉体を強化させ魔力を与える。そして魔力結晶の力でエーリン世界に大人数のプレイヤーを召喚したのだ。


 ――何故この技術を魔物退治に使わないんだ。てか魔力結晶万能過ぎる!


「この世界の全員を強化すれば良かったんじゃないんですか?」


「ここの世界の住人はすっかり牙を抜かれた腑抜けになっちゃったからなぁ」

「地球産の人間は元々牙なんて持ってませんよ!」

 僕のツッコミをスルーして中田さんが身を乗り出してきた。

「んで他の召喚者たちはどうだ?喜んでたか?」

「えっと…それが…」


 僕はまだ他の召喚者たちどころか、中田さんたち以外のエーリン人にも会っていないこととワーロック・ナイトであるために暫く様子見をしていることを説明した。


「まぁ、ワーロック・ナイトはヤバいな」

「ですよね~…」


 僕はしょんぼりしてリリィを見ると、リリィは断りもなく本棚を漁っていた。僕の視線を辿って中田さんがリリィを見ると立ち上がって本棚へ向かった。


「これをプレゼントしよう」


 中田さんが性転換薬のレシピ本を持ってきた。

 これ、凄いお金になるんじゃないの!?

 僕が恐れ戦いているのに、中田さんは借りていたマンガ本を返すような気軽さで僕に本を渡してきた。


「大量に召喚された人の中には異性キャラになって苦しんでいる人もいるかもしれない。持って行って助けてやって欲しい」


 中田さんは性転換薬の小瓶が数十本入った木箱も持ってきた。性別について長年苦しんできた中田さんの心遣いに僕は感動した。


「絶対タダで薬やるなよ!ちゃんと利用しろよ!絶対だぞ」


 ――色々台無しだ。


 そもそも大規模召喚は中田さんの発案なんだからフォローくらいしてあげればいいのに…。


「でもなんでこんなに良くしてくれるんですか?僕が悪用したらどうするんです?」


「あの屋敷を復活出来る人間は限られているから大丈夫」


 中田さんはニヤリと笑ってイーグルさんを見た。

 イーグルさんは中田さんの言葉を引き継いで説明し始めた。


「犯歴や悪意などネガティブな精神を持った人間に屋敷を復活させることは出来ないようにしているんです。そもそも大規模召喚時に負の感情が強い人間は振いにかけていますし、召喚された大抵の人間は屋敷を復活させることは出来たでしょう」


 僕が特別って訳じゃないんだ…。


「しかし実際異世界に召喚されて精神的ダメージを受けて変わってしまう人間もいます。どんな状況でも歪みない精神力を持った人間のみがこの屋敷を蘇らせることが出来るように封印していました」


『フィルは図太いからね』


 リリィの言葉に僕は驚いて目を見開いた。

 固まった僕に三人の視線が集中した。

「どうした?」


『リリィに初めて名前で呼ばれた…』

 僕はリリィを真正面から見つめた。身長差があるので見下ろしているけど。

『そうだった?』

 リリィは持っていた本を閉じて小首を傾げて僕を見上げる。


 なんとなく見つめ合っちゃったけど、はっと我に返って慌てて中田さんに向き直る。中田さんとイーグルさんは僕たちを見てニヤニヤしていた。


「ワーロック・ナイトと悪魔の恋愛かぁ~」

「いえ、それはないです」

 僕は死んだ魚のような目になった。

「あははは!悪魔はドSだからな~。苦労したか」

 中田さんは嬉しそうだ。何がそんなに楽しいんだ!


『ないのか…』

 リリィがボソリと呟いた。

「――え」

 僕がリリィを振り変えるとリリィは本に視線を落として知らんぷりしていた。


「しかしお二人は絵になりますね」

 イーグルさんが僕とリリィを交互に見て微笑んだ。


「そういやフィル君の体はゲームキャラなんだよね?」

「いえ、僕はエーリンに来た時、リアルの体になっていました」

「ちっ…リアルイケメンかよ」

 そう呟いた中田さんが一瞬オッサンに見えた。


「しかしなんでリアルの姿になったんだ?“巻き込まれた”って言ってたな」


 僕に代わってその辺に詳しいリリィが答えた。

『本来、召喚される人間はレベル100のヘビーユーザーだけだったけど、ライトユーザーまで巻き込まれて召喚されたのよ。多分ワーロック・ナイトを復活させようとした悪魔信仰のアホウが何かしでかしたんだと思うけど』

「やっぱ悪魔信者が動いていたのか。――ということは神官は全滅?」

『まだ何も分からないし調べようがないわ。さっきもフィルが言ったけどワーロック・ナイトと悪魔がその辺フラフラ歩いていたら問題でしょ』

「大問題だね」


 中田さんは暫く考え込んでいたけど、僕の体を上から下まで眺めて言った。


「フィル君は戦闘とか出来るのか?体が妙に柔いとかない?」

「ワーロック・ナイトは元々防御力低いので敵の攻撃を受けないようにしていますから、今のところなんとも言えません」

「それはゲーム内のことだろう。実際のワーロック・ナイトはかなり頑丈だよ」

「でも試したその日が命日になっても困りますし…。それより僕が死ぬとどこかの悪魔が死ぬっていうのも目覚めが悪いです」


「そっかぁ」と中田さんはちょっと残念そうに視線を落とした。


「色々情報が欲しいんだよね。君たちにお願いするのが手っ取り早いんだけど、ワーロック・ナイトと悪魔じゃ身動き取れないね」

 中田さんが肩を竦めて苦笑する。

 リリィを置いて僕だけ町に行くことは出来ない。ワーロック・ナイトと悪魔は一蓮托生というか呪いのような契約で繋がっていて、数時間離れているとリリィが僕のいるところへ引き寄せられてしまう。


「ヨシキ様、あの魔法をお試しになられては」

 イーグルさんが中田さんに耳打ちするように身を屈めた。

「ああ!いいね!試そうか」


 中田さんは再び本棚から一冊の本を取り出した。


「昔、見た目だけでも男に戻ろうとして編み出した魔術だ」

 キラリと目を輝かせてドヤ顔で僕を見上げる中田さん。


「え…リリィを男にするんですか?」

『なんで私が男にならなきゃいけないのよ!』

 リリィが僕を睨む。


「要はリリィの見た目を人間にしてしまえば町に行けるんだろ?それとワーロック・ナイトのその厨二病的なタトゥーを隠す」

 僕は自分の二の腕を見下ろした。

 強力な技を発動するだけで顔まで出てきてしまうタトゥーだ。


「それとお二人の赤目ですね」

「僕の目は元々明るい茶色だから光の加減で赤く見えるだけですよ」

「いや~…ガチで赤いよ。多分こっちの世界に来て本当のワーロック・ナイトになった証だろうね」


 中田さんが手鏡を差し出して僕に突き付けた。


「あ、ホントだ」


 ――うわ~なんか変…。


『気に入らないようね』

 リリィが眉間に皺を寄せて僕を睨んでいる。

「だって似合わないし…」


「良くお似合いですよ」

 イーグルさんが僕とリリィを交互に見て微笑む。

 何がお似合いなのかは問わないでおこう。


「うんうん。ロリコンと合法ロリでお似合いだよ!」

「僕ロリコンじゃないです!!」

「え?そうなの!?」

 中田さんが大げさに驚いてみせた。


「じゃぁどんな娘がタイプなんだ?」

「そ、それは…まぁリリィは可愛いいけど年齢的にアレだし、僕ちょっとムチっとした感じの背の高いコがタイプっていうか…」

「こいつドエロガキだな」


 ぺっと唾でも吐きそうな勢いで中田さんが悪態を吐く。

 時々三十六才のおじさんの幻影がチラつくなぁ…。


「ではリリィに魔法をかけてやろう」

 気を取り直して杖を構えた中田さんの服を掴んでリリィがボソボソと何やら話している。

 中田さんがリリィの言葉を聞いてニヤリと笑った。


「よかろう」

「かたじけない」

 リリィが日本語でそう言った。どっかで聞いたやり取りだ。


 中田さんとリリィは別室へ向かった。


 残された僕にイーグルさんが微笑んだ。

「今日はこちらで夕食をご一緒しませんか?」


 旦那さんと奥さんの立ち位置が逆だよなぁ…この夫婦。


「お言葉に甘えてご馳走になります」


 まだまだ色々聞きたいことがいっぱいあるんだよね。

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