5話…鍾乳洞の先に
リリィはもう少しエーリンの現状を見極めてから行動範囲を広げた方が良いと言った。
何が危険なのかというと、ワーロック・ナイトであることがバレると悪魔が僕を監禁するか、人間が僕を捉えて悪魔が居なくなるまで処刑し続けることになるか、どちらかだということ。
どっちに転んでも嫌な展開だけど、僕はどうしても両親を探したかった。
用心深い僕だけど、これだけは譲れない。
両親探しの旅するためにはどうすべきか。
ワーロック・ナイトの武器を封印してリリィに能力を使わせないようにする。それとエーリン世界の住人のフリをする。幸い僕はエーリン共通語が分かる上に日米ハーフの無国籍な顔立ちをしている。悪魔とワーロック・ナイトが絶滅した世界の住人ならワーロック・ナイトではあり得ないんだ。
この世界の元々の住人であるなら設定はどうしよう。
この屋敷の元主人の弟子というのはどうかな。
僕はこの屋敷の魔法使いについてもっと知りたいと思った。
エラメイルさんを呼んで、この屋敷を作った魔法使いについて聞こうとした。
「残念ながら、わたくしどもは主人を失った時に記憶も失いました。再びこの屋敷を蘇らせたお方にお仕えする為に存在しております」
「そうですか…。お忙しいところ呼び止めてすみません」
「いえ、ご主人様のお申し付けが最優先でございますから」
僕はその日、屋敷を徹底的に探索することにした。
玄関を背にエントランスに立って真正面にホームポイントの女神像。その奥に食堂がある。右手が南東で二階には僕とリリィの部屋、そして空き部屋がずらりとあり、北西は使用人さんたちの部屋がある。
僕はまだ使用人さんたちの部屋がある方へ行ったことがなかったので、メイドちゃんの一人を捕まえて断りを入れた。
このメイドちゃんは人形だ。球体関節になっていて長袖とチョーカーで関節部分はしっかり隠れている。
「ご主人様が足を踏み入れてはいけない場所はこの屋敷にございません」
ということなので、遠慮なく探索を始めると使用人たちの部屋が並ぶ廊下の突当りに地下へ降りる扉があった。
建物の構造上、庭の下に向かう階段ということになる。
「ここ、ダンジョンになってたりして~」
僕はちょっとワクワクして長い階段を下りていった。
――!!
階段を下りきってトンネルのような通路を進んでいくと少し広い場所に出た。僕は口をポカーンと開けたまま辺りを見回した。
そこは鍾乳洞といった方が良いだろうか。
奥まで続く細い道の脇に地下水がゆったりと流れている。
水中には小さな虫のような生物が青白く発光していて辺りは薄明りに照らされている。鍾乳洞の壁が乳白色のマーブル(大理石)模様になっていて地下水の青い光に照らされて幻想的な光景が広がっていた。
「うっわぁ~」
僕は思わず震える声で感嘆した。
「これは素晴らし光景じゃのう」
いつの間にか僕の後からリリィが付いてきていた。
「リリィどうしてここに?」
「マスターと共にあるのが召喚悪魔の務めじゃからな」
僕ははっとして言葉を言い改めた。
「そうだ、エーリン共通語で話さないと」
「誰もおらぬじゃろう」
僕はコホンと咳払いしてエーリン共通語で話し出した。
『でも習慣付けておかないとボロが出るよ』
『まあどちらでも私は構わないけど』
――ぇっ!?
『先に進まないの?』
『は?』
リリィが訝しい顔で僕を見上げる。
『何?私の顔に何かついてるの?』
『リリィってこっちの言葉だと普通に喋るんだ!?』
『どういうこと?』
『日本語だとリリィは仙人のおじいさんみたいな喋り方だったから』
『なん…ですって!!』
どうやらリリィはNPC時代におかしな日本語を教えられていたようだ。
ロリバァのテンプレのような喋り方だったし、狙って教えられたんだろうなぁ。
『日本語なんて二度と話さない!』とプリプリ怒りを露わにするリリィを連れて僕は鍾乳洞の奥へと進んだ。暫く進むと開けた場所に出た。しかし辺り一面地下水が溜まっていて先に進めない。水は透明だけどさっきの光る虫が居なくて暗いせいで深さが分からない。
僕たちが立ち往生していると、どこからともなく人の足音が響いた。
ふと鍾乳洞の壁を見上げると光が届かない位置に階段が付いていた。その上からランタンを持った男の人が下りてきた。
思わず腰の短剣に手が伸びる。でも僕の警戒をよそに男の人は丁寧にお辞儀をした。
「お待ちしておりました。新たなる主様」
人間かな?…イケメンだ。
屋敷の使用人さんたちもそうだったけど、全員日本語を話している。
そういえばゲーム内は翻訳機能が付いていたけど、今はその効果がない。
となると、召喚された人たちは言語が分からないまま過ごしているのだろうか。
男はイーグルと名乗った。一隻の小舟を用意し、僕たちを乗せて地下水の向こうに見える洞穴へと舟を漕いだ。涼しいを通り越して肌寒い。この土地の気候は6月くらいの陽気だ。雨が降ると急激に冷え込むけど晴れると暖かいというより暑いくらい。
湿度は低いけど屋敷の地下にこんな鍾乳洞があるのに湿度を感じないのはやっぱりエントランスにある魔力結晶のお蔭なのかな…。そうだとしたら万能すぎるよね。
小さな洞穴は小舟がやっと通れるほどの大きさで、なんとなく身を屈めたくなるほど天井が低かった。
しかしそれもすぐに開けて、ようやく陽が差し込む場所へ出た。
滑りそうなほどぬるぬるした岩に降り立つと、その岩に人が一人入れるほどの大きさの穴が開いていた。
「風穴です。風が吹いたら穴の上に立って下さい」
「え?穴の上に立つ??」
僕は意味が分からず穴を覗き込み、そして上を見上げた。
――まさか…!?
「来ます」
ヒュ~っと少し低めの隙間風のような音がしたかと思ったら、突然イーグルさんに背を押され僕は穴に落とされそうになった。
しかし下からの強風で僕の体は穴の上で浮いた状態になった。
イーグルがリリィを抱き上げのを見た瞬間、僕の体は物凄い風圧によって舞い上がった。
「うわぁぁあ!!」
「上手く地上へ着地してください」
サラっと言われたけどいきなり出来るわけがない!
僕は体が浮いている状態で辺りを見回し洞窟の外から垂れ下がる蔓を念の為握りしめた。でも風は出口へ向かって吹いているので、ほっといても地面のあるところまで吹き飛ばされた。
外に降り立つと、後からイーグルさんに抱えられたリリィがやってきた。
髪がちょっとボサボサになっていて不機嫌そうだ。リリィの髪を撫でながら「帰りはどうやって帰るんだろうね」と言うとリリィがますます嫌そうな顔をした。
――飛び降りるってことはないよね…。
あれ?イーグルさんってどこから来たんだろう。
折角外に出たはいいけど、辺りは切り立った断崖絶壁に囲まれていた。
その一角に大きな扉がある。イーグルさんに連れられてその扉の中へ入って行った。
中は更に洞窟になっていて、人の住む場所ではないようだ。
『よく来たな人間どもよ』
エーリン共通語で呼びかけられた。
『我が名は ヨシキ・ナカタだ』
――はい?
洞窟の奥から現れたのは美貌の女性。艶やかな長い黒髪と真っ青な瞳。
「えと…中田さん?」
思わず日本語で話しかけてしまった。
どう見ても女性だけど、ヨシキって女性でもいるのかな。
「なんだ、日本語分かるのか」
普通に日本語で返された。
中田さんは背後の扉を指さしてニッコリ笑った。
「まぁ立ち話もなんだから入ってく?」
急にフレンドリー…。
僕たちは扉の奥へ促された。