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「とりあえず、ここまで走ったら、しばらく合流することはないだろ」


「ぜぇ……ぜぇ……」


 メアリーは息を切らし、木に片手をついて凭れかかる。


「メアリー大丈夫か? 悪いな、急に引っ張っちまって」


「それはいいのデスガ……その、手……」


 メアリーの顔が少し赤くなっているのは、走ったせいだけではないらしい。


「あ、わ、すまん! 咄嗟だったから……」


 俺が離そうとすると、メアリーが慌てて握り返してきた。

 そのせいで彼女がよろけたので、肩に手を回して支える。


「……ゴメンナサイ、もうちょっと、このままじゃあダメデスカ? カタリの手、握ってるとなんだか安心するデス」


 メアリーは上目遣いで俺を見る。


「い、嫌じゃねぇけど……」


 メアリーも不安で仕方がないのだろう。

 誰かに触れていないと落ち着かない、という気持ちはわからないでもない。


「その辺に座って休憩するか」


 木の根に座ろうかと思ったが、ごつごつしていて痛かったのでやめておいた。

 手を繋いだまま、土の上に並んで座り、足を伸ばす。


「ワタシ、高校に入ってから、こんなふうに安心して誰かと喋ったのは初めてデス……」


 メアリーが呟く。


「……なんだか重くて、ゴメンナサイデス」


「いや、俺もそういや、かなり久し振りかもしれねぇわ」


 1年C組の連中から離れたからか、ずっと手を繋いでいるからか、安堵のせいで気が緩む。


 それから少しの間、自分達がわけのわからない魔法の世界に来てしまったことも忘れ、木々の隙間から見える空を眺めていた。

 緊張感から一気に解放されたせいか、だんだんと眠気がしてきた。


「カタリは……まだ、復讐したいデスカ?」


 メアリーの一言で、閉じかかっていた瞼が開いた。


「……なんで、そんなこと訊くんだよ」


 勿論、当然そのつもりだった。

 むしろこっちの世界なら復讐を終える前に警察に捕まるリスクも低いはずだ。


 どうしてわざわざそんなことを訊くんだ、という意味合いを込め、少し怒り気味に言った。


「ワタシは……家にも学校にも逃げ場がなかったから……ああいうふうに、考えていたのかもしれないって、今……そう考えたのデス。あの、ワタシとカタリで……もう、あのクラスのことは忘れて、ここの世界で、普通に暮らす、とか……」


「俺は、あいつらに家族を焼き殺されたんだよ!」


 俺が怒鳴ると、メアリーはびくりと身体を震わせた。


「ゴ、ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ワ、ワタシ……ワタシ……」


 黒板消しの件で軽く怒ったときも、必要以上に脅えていたように思う。

 どうにも彼女は、怒られるのが苦手らしい。

 家でも逃げ場がなかった、と言っていたので親がすぐ怒鳴る人だったのかもしれない。


「……急に叫んじまって悪い。でも、俺は、あいつらのことは忘れられそうにないし、あの恨みを忘れてやる気もない。絶対に、ぶっ殺してやりたい」


「カ、カタリが復讐したいなら、ワタシも協力しマス! だから、だから……見捨てないでクダサイ」


 ……メアリーの言葉からはどうにも、ただ平和に暮らしたい、といった意図を感じてならない。

 急にファンタジー世界に投げ出されたのだから、今までの不幸はもう忘れたいのだろう。


 彼女を巻き込むべきではないかもしれない。

 しかし、互いに行き場のない身分なことに変わりはない。

 メアリーを見捨てたくはないし、俺もたった一人で孤独にあいつらを動向を探りながら殺す機会を窺い続けられるとは思えない。


 幸い、あいつらの行き先は聞いている。

 レイアはアイルレッダという国の王都に異世界人を連れて行くと言っていた。

 へばりつかなくとも、足取りを追うことは可能だ。


「……しばらくはこの世界の情報収集に重点を置いて行動するか」


 俺がそう言うとメアリーは一瞬顔を輝かせて喜んだが、復讐に否定的だと思われるのを恐れているのか、すぐに申し訳なさそうな顔へと変わる。


「それじゃあ、そろそろ行くか。目的地はわかってるし、とりあえずはあいつらとは別の方角に……」


 俺が立ち上がると、遠くの方からがさりと音が鳴った。

 この森には獣が出ると聞いている。

 悪魔の迷宮にいたような、巨大蝙蝠のような化け物が出てきたら対処できる自信はない。


 しかし、現れたのは、獣ではなかった。


「おい水野、慎重に歩けと言っていただろう?」


「無理無理。だって、この木槌、超重いもん」


「まあ、まあ、いいじゃん。カリカリすんなって赤木っち。どうせ逃げらんねーよ」


 現れたのは、赤木と男子生徒ふたりだった。

 水野と矢口だ。

 水野の手は、苔の生えたボロボロの木槌が握られている。

 

 黄坂と青野の姿がない。

 赤木にしては珍しく、信号トリオで行動していないようだ。


「あ、後を追いかけてきたのか? なんのつもりだよ!」


 連れ戻しに来た、というつもりではなさそうだ。

 水野と矢口は、にやにやと品のない顔で笑っている。


「お前……朝、俺達に手紙を出しただろう?」


「…………」


 屋上に呼び出して殺すため、靴箱に入れておいた手紙のことだろう。

 バレるのが前提と思っていたし、姿を隠しもできなかったので気付かれていても不思議ではない。


「鞄に隠したナイフで、刺すつもりだったか? 扉裏に隠れ、死角からブスリ」


 淡々と、赤木は冷酷な目で続ける。


 俺は驚いた。

 赤木の言った内容は、完全に俺の計画だった。図星だった。


「な、なんで……」


「教室で鞄をずっと気にしていた。大方、誰かに見つからないかと冷や冷やしていたんだろう。ビビリ過ぎなんだよ」


 確かに赤木の言った通り、教室ではずっと鞄を意識していた。

 まずあり得ないとはわかっていたが、万が一鞄を開けられて包丁を持っていたことが明るみになってしまったらと考えると、意識せざるにはえられなかったのだ。


「それに、お前が今日学校に来るのが、普通に考えておかしい。長らく引き籠っていたお前が、俺達にあれだけやられておいて、すぐにまた復学しようと思うわけがない。行き当たりばったりの手紙からしても、ナイフで襲ってやろうとでも考えていたんだろうと安易に想像はつく」


 ぜんぶ見透かされていた。

 やっぱり、こいつはヤバイ。

 信号トリオの中でも、ずば抜けて赤木が危険な相手だ。


「青野と黄坂はこの世界に熱心らしく、カタリなどどうでもいいと聞く耳を持たなかったが、今後お前が俺達に何か仕掛けてくる可能性は高い。はぐれて動向が読めなくなる前に、殺しておこうと思ってな」


 ここまで言ってから、赤木は口端を歪に捻じ曲げ、目の笑っていない不気味な笑みを浮かべた。

 普段無表情な赤木の、珍しい笑顔だった。


 メアリーが、俺の腕を両手で握り、身体をくっつけてきた。

 彼女の身体が震えているのが伝わってきた。


 しかし、赤木が怖いのは、はっきり言って俺も同じだった。

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