7
レイアに先導され、悪魔の迷宮を出た。
外から見れば、数多もの巨大な樹に絡まれた石造りの遺跡、といった印象だった。
迷宮を出た後は、レイアに王都まで連れて行ってもらうこととなった。
異世界転移者はずば抜けた魔法の才を持つものが多いため、国としても野放しにするわけにはいかないらしい。
こっちとしても行き場所や常識がわからないためそちらの方が都合がいいということで、話がまとまった。
「にしても、困ったわねぇ……。私、30人分の食糧なんて持ってないのよ。とりあえず、ふたつのグループに分かれて、森で食べられそうなものを探すことにしましょうか。片方には私が指示を出しますから、もう片方のグループは先生さんが面倒を見てくださる? 獣には注意してくださいね?」
「む、獣が出るのか。生徒を危険に晒すわけにはいかないが……わかった。年長者として、引き受けよう」
それを聞いて俺は、反吐が出そうだった。
何が生徒を危険に晒すわけにはいかない、だ。
教室で黄坂が俺の弁当を灰皿代わりにしているのを見て、生徒と一緒になって笑っていた男の言葉とは思えない。
どうやらこのクソ教師の言う『生徒』には、俺やメアリーは含まれていないらしい。
運が悪いことに、俺とメアリーは先生のグループに配属されることになった。
信号トリオもこっちに入っている。
ただあいつらは、あまり俺達に意識を向けていないようだった。
黄坂は状況の深刻さを理解できていないのか馬鹿みたいにはしゃいでいるし、青野も角張った頭をこくこくと頷かせ、無言で彼に相槌を打っている。
赤木だけが、最後尾をついて歩いている俺達をたまにじっと睨んでくる。
ぞっとするような、無機質な冷たい目で。
先生は最初こそ神経質に辺りに気を配っていたものの、いつの間にか女生徒のグループに入り込み、鼻の下を伸ばしながら歩いている。
「大丈夫さ。いざというときは、先生が命を懸けてお前らを守ってやる。俺にとって、生徒は家族同然だからなぁ」
先生の言葉を聞き、女子生徒が黄色い声を上げ、きゃっきゃと笑う。
俺は思わず、地面に唾を吐き掛けた。
あの先生の行動原理は、『クラスのイケイケグループの女子と仲良くしたい』でだいたい説明がつく。
一学期、俺が普通に学校に通っていたときの話だ。
『触りたくなかったからカタリの解答用紙を捨てておいた。いや、先生もさすがに悪いと思ってな、クラスで多数欠をとって、未提出扱いにするか平均点だったことにするか決めようと思う』
先生がああ言っていたとき、その目はあからさまにクラスの女子へと注がれていた。反応を窺っていたのだろう。
生徒に同調して仲間意識を持つため、俺は利用されたのだ。
馬鹿馬鹿しい。
「なあ、メアリー」
「どうしたのデスカ、カタリ?」
「このまま逃げねぇか。どうせあのクソ教師はこっちなんか見てねぇし、いなくなってるのに気付いても捜さねぇだろ」
これ以上このクラスで行動したくもない。
それに、あの信号トリオがこのままずっと何も仕掛けてこないはずがない。
このグループを抜けることにも不安は勿論あるが、しかしそれ以上に嫌悪が優っていた。
「ワ、ワタシもカタリについていくデス」
「それじゃあ決まりだな」
じょじょに歩く速度を落としていき、すっとルートを逸らし、先頭グループの進路とは垂直な方向へと走った。
「ス、ストップ! カタリ、ちょっと早いデス!」
「その分厚い本、捨ててっちゃ駄目なのか?」
メアリーは本を抱えるのに両手を使っているため、不格好な走り方になっている。
一度逃げたらしばらくは合流したくないので、早く走って距離を取りたいのだが……。
「これは……ワタシの、宝物なのデス」
こっちの異世界に俺達を連れてきた魔本でもあるのだし、何かの役に立つかもしれない。
まあ……持っておいた方がいいか。
「じゃあそれ、俺に貸せ。俺が持って走るから」
俺はメアリーから本を受け取り、それからメアリーのペースに合わせながら走った。
途中で一度、確認のために後ろを見る。
クラスメイト達は、俺に気付いた様子はない。
全員前を見ながら、ある者は脅えながら、ある者は談笑しながら歩いている。
ただ赤木だけが、俺達の方を向いていた。
俺は睨み返し、それから本を片手で抱え、メアリーの手を引っ張って走る速度を上げた。
「ワ、ワッツ? カタリ、どうしたのデスカ?」
「……今、気付かれたかもしれねぇ。追いかけては来ないだろうけど、一応逃げとくぞ」