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「よし、後は真ん中に円を描いたら完成なんだな」
「ハイ、そうなのデス! 間に合ったのデス!」
絶対起こらないって思っているはずなのに、なぜだか心がわくわくする。
奇跡起きろって、本気でそんなことを願っちゃってる自分が頭から離れない。
「最後のは、お前が描けよ」
「その……ふたりで、描いてみないデスカ?」
「は? なんでだよ?」
「ハゥスピーキンググッドゥ……二人で描いたって、そういう証が欲しいのデス……」
メアリーは、上目遣いでじっと俺の顔を凝視する。
俺は思わず顔を逸らしてまう。
「ま……いいけどよ。じゃ、俺は上から右回りに描くわ」
「じゃあワタシは下から描けばいいのデスネッ!」
メアリーの提案通りに描き、俺達は魔法陣を完成させた。
黒板いっぱいに描かれた図形は、なかなかの壮観だ。
「じゃあ、メアリー、帰れよ。もうこれ描いたら満足だろ?」
「ノー、ワタシは、全員集まってから教室の中で、呪文を唱えなければいけませんノデ……」
「は? いや、それだったらお前も生贄になるんじゃあないのか?」
「……人を呪わば、二穴デス」
「…………」
本当はメアリーを追い返した痕、魔法陣を消して、それから例の作戦のために屋上に籠るつもりだった。
しかし彼女が残る気ならば、それもできない。
黒板いっぱいに描かれた魔法陣と、呪文を唱えるメアリー。
何も起こらず、嘲笑の響く教室。想像しただけで、胸が苦しくなってくる。
「そうか、だったら、俺も悪魔ってのを見てやるよ」
どうせ自分は犯罪者になる身だ。
極力誤魔化して、魔法陣も自分の仕業だと言い張ればメアリーの風当たりも多少は抑えられるはずだ。
教室に残るとなると予定も大幅に変わってしまうが、仕方ない。
「ほ、本当に出るのデスヨ! 本当の本当に……」
がんっと、力強く教室の扉が開く。
「むふふ、珍しく教室が先に開いていると思ったら、レアキャラが二人もいますぞ。ゲロリ殿とメアリーたんではありませんか」
「びっくりしましたなぁ太原氏。はてはて、陰キャラふたりが何をしてたんでござろうか?」
陰険な笑みを浮かべて入ってきたのは、太原と細川だった。
デブメガネとヒョロメガネのオタクコンビだ。
ふたりは黒板を見ると大笑いする。
細川が黒板消しに手を伸ばすのを、太原が制した。
「待つのですぞ。こんな素晴らしい図形、ぜひクラスのみんなに見せてあげねばなりませぬ」
「そうでござったなぁ太原氏ィ」
俺は黙ったまま、自分の席に座った。
俺の様子を見てから、メアリーも自分の席につく。
「ゲロリ殿ゲロリ殿? 保険金はいくら入ってきたんで? ん? 家族と家が焼けたんだから、結構入ったのでは? ん?」
「太原氏ィ、馬鹿親の火の不始末が原因でござるから、保険は降りないのではないでござらんか?」
「あれ、そう? むしろ燃え移った近隣の家に賠償金? 馬鹿の親はやっぱり馬鹿なんでござるなぁ?」
にたにたと太原と細川が俺を囲み、声を掛けてくる。
俺はそれに反応せず、目を閉じて寝ている振りを装うことにした。
ふたりは舌打ちをし、離れていく。
この二人は中学では虐められていたが、高校では積極的に俺を虐めることで黄坂に取り入り、難を逃れていた節がある。
だんだんと人が増えていく。
皆、俺とメアリーが来ていることを訝しがり、黒板の魔法陣を見て笑い、それから遠巻きに俺のことを馬鹿にしていた。
俺はちらりと目を開け、周囲を窺う。
クラスメイトは全員来たはずだ。そろそろ、メアリーが動くのだろうか。
雑踏の中、誰かの声が嫌に耳に着いた。
『あ、やっぱり……今回も、あれ、できちゃうんだ』
誰の声か、何の話なのかもさっぱりわからない。
いや、あるいはそれは幻聴の類だったのかもしれない。
ただそれが重要なことのような気がして、俺は声の主を捜す。
「ほらお前らー席に着け! おいおい、なんだぁ……この、気色の悪い落書きは」
先生が入ってきた。
「シ、シャイターン……インシーピエンス……」
そこで、メアリーの呟くような声が聞こえてきた。
呪文、といってもこんな小声でよかったらしい。
これなら誤魔化すのも楽だ。
当然だが、メアリーが唱えても何も変わりやしない。
メアリーはおどおどと挙動不審に周囲を見てから、助けを求めるように俺を見る。
そりゃそうだよな、と俺はがっくりと肩を落とす。
いや、メアリーの魔法陣が本当に作動したら俺も彼女も死んでいたわけだけど、でもこのクラスのクズ共を巻き添えに出来るなら、ぞれでもいいってちょっとだけ思ってた。
魔法なんて、あるわけないのに。
「……て、あれ?」
いつの間にか教室が一変している。
教室の壁が石の壁へと変わっていて、辺りも妙に薄暗い。
広さは教室と同じほどの大きさだ。
クラスメイトも全員、教室での席の配置に並んで立っていて、皆周囲を見渡している。