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黒い炎の影響で、レッドタワー内の魔物も上の階層を目指しているようだった。
レイアはゴブリンの通った道を参考にしながら道を選んでいるように見える。
七階層後半はかなり道が入り組んでいるので、魔物がいなければレイアも道を間違えていただろう。
八階層は他階層から逃げてきた魔物が集まり、パニック状態になっているかもしれない。
いや、八階層にはグリントロルがいるからそれはないか。
あの醜悪な巨人がゴブリンを潰して回っているところが容易に想像できる。
「魔物も逃げてくれているのは、不幸中の幸いだね!」
国木田が皆を元気つけるように言う。
明るい声色が空回りしており、それに返事をするものは現れなかった。
恐怖と絶望に打ちひしがれ、それどころではないのだろう。
複雑な通路、道を誤れば袋小路で焼死することは確実。おまけに上手く上まで逃れたとして、助かる可能性などほぼ皆無に等しい。
迫り来る、生物的な恐怖を煽る黒い炎。
通路を燃やして発する、炎よりも禍々しき邪を感じさせる高温の煙。
はっきり言って、こんな状況でポジティブな発言をできる国木田の方が異様である。
まだ生存する道があるはずだとひたむきに信じ、クラスメイトを鼓舞するその様は、単に前向きと表するよりも、単なる現実逃避にも似ていた。
国木田の台詞をピンポイントで裏切るかのようなタイミングで、曲り角からリザードマンが飛び出してくる。
「えっ?」
通路端を歩いていた女子、砂川がリザードマンの爪の餌食になった。
炎に意識を割きすぎていたのだろう。
魔物はすべて、逃げているはず。その思い込みが魔物への警戒心を鈍らせていた。
服ごと胸部の肉を裂かれ、そのままリザードマンに押し倒される。
「キャァァァァッ!」
「ななな、なんで、この魔物は火から逃げないんだッ!」
八階への階段もかなり近づいてきている。
このタイミングで炎に向かってくるようにリザードマンが突っ込んできたということは、リザードマンは恐らく、八階の巨人を見たのだろう。
そして黒炎の方がマシだと判断し、戻ってきたのだ。
上の事情を知っている俺は、すぐにそのことに思い至った。
リザードマンはかなり頑丈だ。
組み伏せられた砂川を助け、炎からも逃れる。それが難しいのは、誰の目から見ても明らかだっただろう。
彼らは、死に行く者を切り捨てることに慣れてしまっていた。
当然だろう。引き摺って悔やむ猶予すら、黒炎の壁が焼き尽くしてしまうのだから。
生存を脅かす恐怖が後ろにあるのだから、故人を惜しむ間などない。脅威から目を逸らそうが、その熱は常に背を支配しているのだから。
だからクラスメイト達は、誰も足を止めなかった。
形式的に謝罪の言葉を口にして顔を前に固定し、むしろ足音の間隔を狭めることに意識を向けていた。
「……ごめんなさい、砂川さん」
「謝るんだったら助けてよ! レイアさん、あなた、不測の事態があっても命懸けで守るって言ってたじゃない!」
砂川がレイアに嘆く。
しかし個人を命懸けで守るというよりも、こうなった以上、アイルレッダ側の人間であるレイアからしてみれば、ひとりでも多く生存させることが目的となっているだろう。
死にかけのひとりを助けるため共倒れをするという選択肢は、これまでの彼女の行動を見るにないだろうと、そう予想が付いた。
「君のことは、大切な友人として、決して忘れはしない。他の皆は、君のように死なせなどしない! 僕が守ってみせる。だから、安心してくれ!」
「なにも安心できないよ! 私も死なせないでよ! 意味わかんないよ!」
上辺だけの聞こえはいいが、しかし実質的な意味を何一つ持たない国木田の言葉に、砂川はくらいつく。
けれども、返答はなかった。
さすがの国木田とて、仲間想いの仮面をつけている余裕は残っていないのだろう。
クラスメイト達が全員背を向けたところで、リザードマンがワニの様な口を開き、砂川の右眉と下顎に、上の歯と下の歯をあてがう。
「やめてやめてやめてやめてやめてェッ!」
顔の皮膚を、喰い千切った。
「イギャァァァァッッ!!」
右頬に風穴ができ、歯に穿り出された眼球が床を転がる。
砂川が壊れた玩具のように手足を暴れさせるが、しかしリザードマンの腕力を押し返せるはずもない。
二度目、リザードマンは肩へと喰らい付く。血に紛れ、噛み砕かれた鎖骨が露出する。
支えの一部を失った首がだらりと傾き、不格好で非現実的な角度で止まる。
口をパクパクさせているので、あそこまでされてもまだ意識はあるのだろう。
「どうだ? 最後の食事は?」
俺はリザードマンに声を掛ける、
声に驚いたのか、砂川が俺を見ようと首を持ち上げようとし……そのまま首が完全に折れ、後頭部を床に打ち付けた。
直角に曲がっている首を見て、今度こそ死んだだろうと俺は判断する。
砂川の死体を煙が包み、炙っていく。
その直後に黒炎が覆って、リザードマンごと彼女を灰に変える。
俺は焦げた眼球を踏み潰し、クラスメイト達を追う。
木村、井上、遠藤に続き、砂川が退場した。
残っているのは男が国木田と京橋、女がレイアと椎名、それから津坂だ。
元が9人で今が5人。まだ半数以上残っているのか。
京橋が生き残ったのが少し意外だった。
先を失った肘にシャツを巻き付け出血を遮ってはいたが、死ぬのは時間の問題だと思っていた。
「グリントロルが無駄にならなくて良かった」
俺はそう呟きながら、醜悪な巨人の待つ八階層への階段を登る。




