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「聖女は偽りの十字架を背負い刑に処された。彼女を焼き殺した炎は黒く染まり、刑場を覆いて観衆を呑み込む。そしてついには、王の命さえも灰に帰した。禁魔術、『断罪の火刑』」
辺りに黒炎を撒き散らしながら、俺は先へ先へと通路を進む。
直進方向の先で、クラスメイト達が立ち止まっている。
わざと壁に穴を開けて希望を見せ、『八足の暗殺者』を仕掛けてあるところだ。
さて、どうなるか。
俺は黒炎で身体をなるべく隠しながら、先へと進む。
まだ気配を薄くする精霊魔法の効果も持続中であるため、注視されない限りこれで誤魔化しが効く。
ゆっくりと見物させてもらうことにしよう。
「おいっ! 火が、火がそこまできてんじゃねぇかよ! 早くしろやクソアマァッ! テメェらが安全だっつうから俺は来たんだぞ! なぁんだこれは! ふざけんじゃねぇぞ!」
京橋が叫び、レイアを急かしている。
「よさないか! 彼女を怒鳴っても何の意味はない!」
「黙ってろや人殺し!」
国木田が京橋を止めようとするが、風魔法の誤射を責められ、歯噛みしながらも口を閉じる。
小さく「違う……僕は……」と零し掛けるが、それ以上は言葉を続けない。
「とりあえず、魔力が溜まりましたわ。しかし先ほども言いましたけれど、これに乗れるのは、どう頑張っても四人が限度ですので……。私の他に、二人残ってもらうことになってしまいますわ」
「ぼ、僕が残りましょう! この僕がっ!」
「国木田君……」
自分のミスで井上を見捨てることになったのを気にしているのか、国木田が凄まじい勢いで手を挙げた。
椎名が不安気に国木田の腕を握り、上目遣いに彼を見る。
「いいじゃねぇか、国木田と椎名で! 仲良くカップルで死ねよ! それでいいじゃねぇか! このアマは、こんなところに連れてきやがった大馬鹿だからな! これで三人だァ! なぁ、遠藤達もそう思わねぇか!」
京橋が叫んだ後、女子生徒三人を扇動する。
彼の案が通れば、彼女達も逃げる候補に入ることができる。
「そ、そうよ! 椎名、一緒に死んであげなさいよ! 心中なんてロマンチックじゃない!」
遠藤が便乗する。
顔を真っ赤にし、唾を飛ばしながら捲し立てる。
椎名が困惑しながらオドオドとする中、レイアが召喚を始める。
「天に住まう聖獣よ、力をお貸しください! 召喚、『聖光天馬』」
魔法陣が床に浮かび、その上に白い輝きを放つ、翼の生えた馬が現れた。
鬣は青白く、それがまた馬の持つ神聖さと威圧感を手伝っていた。
なるほど、これがペガサスか。
遠目からでも、その勇ましい様にうっかり目を奪われてしまう。
『む……所詮C級魔術師と侮っておったな。まさか、ペガサスを召喚するとは』
トゥルムがぼやく。
そこに少し焦りの色を感じたので、俺は蜘蛛が突破されてしまった場合のことを考える。
攻撃魔法で妨害した方がいいのか?
いや、蜘蛛と交戦しているところを撃墜してやるか?
ペガサスは荘厳な声で嘶き、外へと繋がる大穴を向くと、『さぁ、乗れ』といわんばかりにレイア達へと背中を見せつける。
「……悪いけれど、ペガサス以外に手はありませんので、残ってもらう子には死んでもらうことになるかもしれませんわ。それじゃあ今一度問うけど、国木田く……」
レイアの言葉を待たず、京橋が目を血走らせながらペガサスの背に飛び乗った。
「お、おい京橋君! 君、まさか……」
「うぜぇぞ国木田ァ! 俺は、こんなところで死ねるかァーッ! ぶっ叩け、『超衝撃波』!」
京橋がペガサスの背に手をくっ付け、ゼロ距離から魔法を放つ。
耳を覆いたくなるほど大きな破裂音が響く。
ペガサスはその痛みに嘶き、京橋ひとりを乗せたまま壁の穴へと駆け出す。
「ちょ、ちょっと何考えてんのよ!」「な……なんで!」
「ふ、ふざけないでください!」
一緒に逃げられると思っていた女子三人が、口々に不満の声を上げる。
「うるせぇなぁっ! 揉めてたら全員焼け死んじまうわ! それに無理したら4人っつってただろうがぁっ! 落っこちて全員死んだらただの馬鹿だろうが! ギャーギャーうっせぇんだよ!」
「止まりなさいペガサス!」
レイアが叫ぶとスピードを落とし止まる素振りを見せたが、京橋が素早く魔法で鞭を入れ直すと、再び加速を始めた。
「恨まれても困るから、全員そのまま死んでくれや! じゃあな!」
「京橋ぃいいッ!」
ペガサスが外へ飛び立つその瞬間、穴の向こう側から大蜘蛛が現れ、ペガサスの進路を遮った。
赤煉瓦色に変色していた大蜘蛛は、京橋から見れば壁が急に塞がったかのようにも見えただろう。
「えあ?」
京橋が間抜けな声を上げた次の瞬間、ペガサスの首から先がなくなった。
「ひぃぇぇええええっ!」
京橋がペガサスから飛び降りる。
大蜘蛛は頭を失ったペガサスの突進をひょいと躱し、しゃくしゃくと口に入れていたペガサスの頭を咀嚼する。
手助けが必要かと思っていたが、全然警戒する必要はなかった。
大蜘蛛はペガサスの頭を味わうと、また壁の裏へと戻っていく。
穴の見張りが自分の仕事だと割り切っているらしい。
余計なことをしようとしていたミノタウロスを殺して運んでいるところを、大蜘蛛に見られていたのかもしれない。
「生きてる! ある! 俺の首、ある!」
京橋は床に転がった状態から素早く体勢を立て直し、自らが生きていることに安堵する。
「おい、京橋くん……」
国木田が、息を荒げている京橋の元へと近づき、声を掛ける。
「なんだ! 当然じゃねぇか! 誰だってああするわ! お前らが馬鹿なだけだぁっ! 自分の命が……」
「……腕、なくなっているぞ」
国木田に言われ、京橋は自分の両腕を確認する。
左腕の肘から先がなくなっていた。ペガサスから飛び降りるとき、大蜘蛛がおまけに持っていった分だ。
「あ……あ、イテェよぉぉッ! なんで、なんで俺がこんな目にぃぃぃいいいイイイッ! アアアァァアアアアアァッ!!」
恐怖で痛覚が麻痺していたのか、遅れて京橋が泣き叫ぶ。
召喚魔法による脱出は誘発して潰せたし、その顛末も見させてもらった。
国木田の風魔法による脱出を誰も提案しないことからして、彼にそれはできないのだろう。
元々、魔力はあるが扱いが下手だと、レイアからもそういう評価だった。
これで、あいつらが脱出できる方法は完全に潰えたはずだ。
「とりあえず、今は炎から逃げることにしましょう!」
召喚獣による脱出に失敗したクラスメイト達は、また先へ先へと必死に走っていく。
いずれ最上階で逃げ場を失うだけだと、そうわかってはいるだろうに。
片腕を失った京橋も、顔をぐしゃぐしゃにして泣き叫びながら必死に逃げていく。しぶとい奴だ。
『下僕よ、いくらなんでも魔力を使い過ぎである。階段周辺が火だるまになれば、もう充分であろう。これ以上は、意味がない。魔術を使い過ぎることのリスクは……』
「まだ、足りない」
『ぬ?』
「一番殺したい奴を殺すとき、絶対に容赦したくねぇんだ。もっと、もっともっと、心を擦り減らす必要がある」
『…………』
自分が道半ばで折れない、その保証が欲しい。
例えその代償として、無関係の人を手に掛けることになったとしても。
俺が俺でなくなったとしても、変化を望んだのが自分だと、そう覚えていらればそれでいい。




