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六階層に上がる階段手前の窪みに隠れる。
それから情報収集のとき同様、精霊魔術により、エレと聴覚を共有する。
『僕達は、期待を向けられて選ばれたんだ。ぜひ、それに応えようじゃないか』
国木田の声を聞こえてきた。
やっぱり、あいつも来ていたのか。
『そこまで構えなくとも大丈夫ですわ。何度か説明させてもらいましたけれど、ここレッドタワーは魔術師の試験目的として主に用いられる場所に過ぎませんから。もっとも年々、利用頻度は下がってきていますけども』
久し振りに聞いたレイアの声。
確か彼女はC級魔術師だと言っていたはずだ。
トゥルムがいうには、C級魔術師は大したことないらしい。
ミーデニガンドのゴドーで恐らくB級魔術師程度とのことで、あれよりも幾分劣るそうだ。
正面からの闘いになっても、まず苦戦しないだろう。
恨みはないが、邪魔になるのなら排除するしかない。
今回の敵で、魔法の知識が一番あるのはレイアだ。後回しにすれば、意外な魔法を使われて逃がすことにも繋がりかねない。
『かぁったりぃーなぁー。ひょっとして俺達こき使うためにさぁ、わざと異世界の調査遅らせてんじゃねぇの、なぁ? そうなんだろぉレイアちゃんよぉ』
『ちょっと、レイアちゃん困ってんじゃん。京橋、やめなって~』
京橋も来ているのか。
調子乗りで軽薄な男で扱い辛い部類に入るだろうから、今回のレッドタワーには選ばれないと思っていた。
皆、へらへらと笑いながら一階層を歩いている。
遠足気分でいるのが大半のようだ。
声を聞くに男子は三人、女子は五人のようだ。
それにまとめ役のレイアを加えて、合計九人。
女子の方が多いのが意外だが、問題はない。
手を緩めるつもりはない。
レイアを殺すことになったとしても、今更躊躇いなどしない。
「エレ、気配を消す魔法と、環境適応の魔法を頼む」
「はい、任せてください」
環境適応の魔法とは、毒ガスの中だろうが火の海の中だろうが、ある程度ならば平然と動き、呼吸できるようになる魔法である。
持続時間を長くすればその分ごっそりと魔力を持っていかれるが、今回のエレの一番の仕事は環境適応の魔法にあるといっても過言ではないほどなので、これでエレがバテてしまったとしてもさして問題ではない。
「精霊魔術、『退屈な亡霊』」
エレが唱えると、青白い光が俺とエレを包む。
これでしばらくの間、俺とエレの存在感が薄くなったはすだ。
とはいっても目前に出れば気付かれるし、これは保険の様なものだ。
「精霊魔術、『女神の贔屓』」
今度は先ほどとは打って変わり、桃色の暖かく優しげな光が俺とエレを包む。
光を浴びた瞬間、身体がすっと軽くなった。
空気も妙に美味しく感じる。
環境適応の魔法……『女神の贔屓』は、今回の作戦のメインだ。
これで多少の熱に襲われても、気にはならない。
準備は整った。
後はあいつらが六階に上がりきるまで、ここに隠れていればいい。
こっちが動くのはそれからだ。
向こうの動きを把握するため、またエレの魔法で下の階層にいるあいつらの会話を盗み聞きする。
『おい木村ぁ、先行けよ先ぃ』
『え、でで、でも俺……弱いし』
『ぐだぐだうっせぇっつってんだよ。おら、早く行けや!』
どうやら京橋が、気の弱い木村に絡んでいるらしい。
尻を蹴っ飛ばすような音と、京橋の笑い声が聞こえる。
『京橋くん、そういった行動は控えてくれ。僕達は仲間だろう? 皆で協力し合い、国に僕達の力を示してやろうじゃないか。今回の功績が、これからの僕達の扱いを左右しかねないんだから。自分のためだけではなく、残してきたクラスメイト達のためにも、一致団結していこうじゃないか』
『んだよ国木田、うぜってぇんだよ』
『僕の前では、苛め行為は許さない。どうしても暴力的な手段でストレスを解消したいんだったら、魔物を狩るか、それかカタリくんでも捜して死なない程度に遊んであげるといいさ』
『ちょっとーカタリならいいの?』
笑いながら女子が口を挟む。
『カタリくんは話が別さ。いいに決まってるじゃないか。カタリくんが苛められていた方がクラスの雰囲気が纏まるし、黄坂くん達のストレス解消になって平和になるし、カタリくんも自分が社会に馴染めないゴミだと自覚できるだろう? 誰も損していない、win-winじゃないか。僕は、そういう素敵な相互関係に幸せを感じるんだ』
国木田は歯を見せて笑い、親指を立ててグッドサインを作る。
『おいおい、カタリ追っかけんのは保茂の奴だけで充分だろ。なぁーんで俺まであいつみたいなことしなきゃいけねぇんだよ』
京橋がそう返すと、複数人の笑い声が聞こえてきた。
会話を聞いているだけで、吐き気がしてきた。
元々、聴覚共有のせいで音が二重に聞こえて感覚が狂い、気分が悪くなりやすいのだ。
口に手を当て、俺は込み上げてくるものを押さえる。
「うっぷ……」
苦しそうにしている俺を、エレが悲しそうな目で見つめてくる。
エレにもさっきの会話を聞かれたのかと思うと、格好悪いやら気まずいやら、情けない。
下を向いて吐き気を堪えていると、そっとエレが俺の背に抱き付いてきた。
「御主人様、エレは、味方ですからね。あの人達、殺しましょう」
「あ、ああ……ありがとう」
俺は込み上げていたものを呑み込み、喝を入れるため、自分の顔をぶん殴った。
ぐらついていた視界が安定した。
あいつらが各々どんな魔法を持っているのか、魔物と出くわしたときの対応はどうか、頭に刻んでおく必要がある。
それを悪口を言われているから聞きたくないだなんて、そんな情けないことは言えない。
基本的に京橋が木村を急かして魔物にぶつけ、国木田が宥めながら風魔法で倒すのが流れだった。
女子は囃し立てたり笑ったりと見ているだけのものが多い。
レイアが様子を報告しなければいけないから全員に万遍なく動いてほしいと言っていたが、それを真面目に聞いているのは国木田くらいのものだった。
彼女自身も、あまり強気には出ていない。あくまでも強制ではなく、お願いだ。
アイルレッダの国自体がそういうスタンスなのかもしれない。
クラスメイト達が好き勝手あれこれ口にしている間、わずかに顔を顰めてはいるが、会話に横槍を入れる様な真似は一切しない。
クラスメイト達はお化け屋敷にでも来て騒いでいるような、そんなノリだった。
京橋がことあるごとに女子にちょっかいを出したり脅かしたりして、彼女達もそれに満更でもなさそうで、きゃっきゃっと笑っている。
話を聞くにどうやら、赤木や芹沢、俺などは行方不明扱いになっており、国の魔術師が捜しまわっているらしかった。
行動には気をつけなくてはいけない。
見つかれば、かなり動きづらくなる。
彼ら彼女らは順調に階層を上がっていき、そしてついに、俺とエレの隠れている五階層にまで到達した。




