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33

 ミーデニガンドを出て一週間、既に俺達はアイルレッダの領内にまで来ていた。

 あいつらがいる王都まで、そう遠くもない。

 すでに半日馬車を走らせれば着く距離らしい。


 宿の部屋にあった木の長机に紙を置き、羽根ペンで俺とメアリー以外のクラスメイト達の名前を一人ずつ書いていく。

 思い出した順に書いていった。

 一番上は、優だった。二番目は赤木で、三番目は黄坂だった。


 漢字が思い出せない分に関しては適当に書いた。

 別に人に見せるのが目的でもない。ただ、再確認したかっただけだ。


 全員書き終わってから、最後に担任の名前を添える。

 思い出したのが最後だったからではない。単に、生徒の中に生徒を混ぜるのは見栄えが悪いと思っただけだ。


 全員書き終わる。二回数え、32人だっから間違いはない。

 そこから、すでに殺した名前をペンで塗りつぶす。

 赤木、水野、矢口。

 芹沢、愛媛、大宮。

 残りは26人だ。


「ふ、ふふっ……」


 自然と口から笑みが漏れていて、俺は口許を手で押さえる。

 しかし、不思議とそんな自分に嫌悪感もない。

 魔導書のせいなのか、人殺しに対して麻痺してきているせいなのか、そんなことはどっちでも良かった。


「トゥルム、クラスメイトの連中は何日前に王都に着いていたかな?」


『レイアは恐らく、魔鳥で国に連絡を付け、最上級の馬に走らせたのだろう。途中で何度も馬車を探し直していた妾の下僕とは違う。四日も前には着いていたのではないか』


「……そんなもんか」


『どの道、しばらくあやつらは城に引き籠ることになるであろう。下手に手を出すのは愚作である』


 じれったい。

 直接城に入り込んでもどうとでもなりそうに思うが、禁魔術を乱用することになるだろう。

 自分の精神が持つのか、その点が問題だ。


 まあ、でも、しかし、そう遠くない間に好機は来るはずだ。

 向こうとて飼い殺すために城に招き入れたつもりではないはずだし、黄坂の性格からしても、長い間拘束されることを良しとしているはずがない。



「あの……カタリ」


 近づいてきたメアリーが、俺に声を掛けながら目線を机に落とす。

 紙を見てから、少し悲しげに目を細める。


「本当に……その、続けるんデスよね?」


「次、その質問をしたらお前はこの街に置いていくぞ」


 道中、何度も聞いた問いだった。


「その……ワタシも、手伝いマス……だから、その本は、もう捨ててくれまセンカ?」


「それはできねぇよ」


「も、元々はワタシのものデスッ! それをどうするかは、ワタシの問題のはずデスッ! もう、カタリにそれを貸していたくないデスッ! 返してくだサイッ!」


 この魔導書は、元々はメアリーの所有物だ。

 しかし、返せと言われても捨てろと言われても、そうする気にはなれない。

 これがなければ、まず復讐を完遂できない。


「ワタシのせいでカタリが壊れていくのが、嫌なんデス……。カタリ、気付いてマスよね? その本を開く度、カタリ……どんどん変わっていってるんデス。横で見てて、すごく、すごく辛いんデス……」


 ミーデニガンドを出てからここに来るまでの間にも、俺は何度も禁魔術を使用している。

 強盗に遭ったとき、馬車が魔獣に襲われたとき、その都度その都度用いていた。

 しかしトゥルムとの相談の上、必要最低限に留めていたはずだ。


「ここ数日は魔法もかなり抑え……」


「変わってマス! ワタシはこっちに来てからずっと、カタリを横から見てマス! だからわかりマスッ!」


 メアリーは叫ぶような声で、迷いなく言い切った。

 俺はその様子に思わず唾を呑む。

 メアリーはぐっと口許を引き締め、机の上の魔導書を持ち上げようとする。


 が、魔導書に付けた手が、急に動きを止める。


「あ、あれ……」


 彼女が戸惑っている様子から、自発的に止めたのではなく、なんらかの外力によるものだと理解した。

 トゥルムが何かしたのかと思ったが、すぐにそうではないとわかった。


「ダメじゃないですか、メアリーさん。魔導書は、御主人様の大切なものですから」


 疲れて眠っていたはずのエレが、いつの間にか俺のすぐ後ろに移動していた。

 その褐色の指先を、メアリーの手許へと向けている。

 ぴんっとエレが指先を弾くと、手と魔導書の間に小さな電気が走り、メアリーは手を放した。



 エレ、オッドアイのダークエルフの少女。

 後に聞いたことによれば本名はエレーナというらしいが、すっかり俺の中ではエレで定着しているし、彼女も自身のことをそう呼称するため、エレと呼ぶことにしている。


 ミーデニガンドを出たばかりのときはずっと何かに怯えるようにしていたエレだったが、強盗を撃退するのに参戦して以来、いくらかその気は物色されたように思う。

 いや、どちらかといえば外敵を排する力を自分が持っていることを、自覚し直したといった方が正しいのかもしれない。


 長らく、育ての親から魔力の使用を禁じられていたらしい。

 それさえ守ることができれば、やがては人間に馴染むことができる、と。

 その結果として育ての親を殺され、自身はゴドーのショーに使われかけたのだから救えない。



「メアリーさんの言うことなんて、気にされることはありませんよ御主人様」


 エレは熱っぽい声で言い、色の違う双眸を俺に向ける。


「エレ、知ってます。世の中には、死ななきゃいけない人間がいっぱいいるんです。野放しにしてちゃいけないんです。大丈夫ですよ、エレは、御主人様がどうなられようと、必ずお慕いし続けますから」



 エレは俺が自分を助けるため、あの地下にいた人間を殺して回ったのだ、と思い込んでいる節があった。

 そのことに恩と負い目を感じているのか、俺のことを御主人様、と呼ぶ。

 やめてくれと一度は言ったのだが、聞き入れてくれる様子はない。

 トゥルムが言うには、オークションの前準備として、お前は奴隷だという刷り込み、洗脳があり、そのことも影響しているのだろうという話だった。



「御主人様、メアリーさんは置いて行かれた方がいいのではと、エレは思います。御主人様の考えとはずれているように思いますし、戦力として見てもメアリーさんを連れていても邪魔になるだけだと。エレなら絶対に邪魔はしません! それに、必ずや役に立ってみせます!」


 エレは俺の背にぴったりとくっ付き、それからメアリーへと目を向ける。

 メアリーはエレから目を逸らし、目先を床へと落とす。


「どうされますか、御主人様? 早い内に決断した方がいいかとエレは……」


「明日は王都に行って、クラスメイト達がどこで何をしているのか、詳しく調べようと思う。またエレの魔法に頼ることになるから、今日はもう眠って休もう」


 俺はエレの問い掛けを無視する。

 メアリーと別れるつもりは、向こうがそれを望まない限りはないつもりだ。

 トゥルムの見立てでは、それもそう遠くないらしいが。


 繊細な問題だし、下手に言っても誤解や齟齬が生じるだけだ。

 エレにこの辺りの話をするつもりはなかった。

 それよりも、彼女にはとっとと寝てもらわなければいけない。


 エレはトゥルムの目から見ても変わった便利な魔法を扱えるのだが、魔力消費が激しいらしく、気絶するように眠りにつくことも度々ある。

 明日そうなられては困る。

 下手をしてこちらの所在が向こうに知れれば、どう転んでもいい方には向かないだろう。


 エレは少し顔を顰め、それを誤魔化すようににっこりと笑顔を作る。

 彼女の笑顔は、どこかぎこちない。

 生まれ持ってなのか、差別のせいなのか、俺に思うところがあってなのか、それはわからない。

 あるいは、それらの要因が積み重なってのものなのかもしれない。


「エレなんかの身を案じてくださり、ありがとうございます。では今日は、お先におやすみさせていただきます」


 エレは俺から離れ、ぺこりと頭を下げる。

 ベッドへと向かう途中、一瞬だけエレはちらりと振り返り、メアリーを睨みつけていた。

 が、俺の視線に気がつくと、すぐに前を向き直す。



 エレがベッドで寝てくれるようになったのは、ここ二日のことだ。

 最初の頃は毛布の一枚すらも拒否し、床の上で眠っていた。

 それが段々と緩和してきたのはいいのだが、それと同時にメアリーへの敵意が見え始めてきたように思う。

 まさかとは思うが、少し気を付けておいた方がいいかもしれない。



 俺は机に向き直り、クラスメイトリストに再び目を通す。

 それから羽根ペンを手に取り、力を込めて夕島優の名を塗り潰す。

 元よりさほど丈夫でない羽根ペンは簡単にひしゃげ、その勢いでインク入れも倒してしまった。

 机に黒インクが広がり、紙が真っ黒に染まった。

 床にも零れた。


 宿の主人に謝らないといけない。

 いくらか弁償も請求されるだろう。

 俺は溜め息を漏らし、それから自分の手を見る。真っ黒なインクが手のひらから手首へと垂れ、俺の衣服へと落ちる。

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