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遠くの音を拾う魔法で周囲を窺い、人の気配が薄いときを狙って地下の外に出た。
元々人目の着きにくいところにあったおかげで、出るところを誰かに見られるようなことはなかった。
とはいえ、奴隷オークションでの事件が騒ぎになるのは時間の問題だ。
眠らせている奴隷もすぐに目を覚ますだろうし、そうなれば街中が大パニックになる。
さっさとここを出た方がいい。
俺はダークエルフの少女を背負い、メアリーと並んで夜の街を歩く。
メアリーは、俺のことを嫌悪しているのだろうか。
俺がミーシャを殺したことをどう考えているのだろうか。
メアリーは、押し殺したような無表情のまま歩く。
すっかりと心の距離が開いてしまったような気がする。
そして彼女はその距離を埋めようとしているかのように、むしろ近すぎるほど俺との距離を詰めながら歩いていた。
左側が視界に入り辛いせいで、たびたびメアリーと肩がぶつかった。
今度からは並んで歩くとき、俺が率先して右側に並ぶようにしよう。
街の東門が遠くに見え始めてきたところで、ダークエルフの少女が目を覚ました。
「あなたは……いったい……。どうして、普通の人間なのに……人間を?」
少し考え、それから俺は口を開く。
「あいつらは、普通の人間じゃあなかった」
もっとも、俺ももう普通の人間なのかどうかはわからないが。
「あ、あの……エレを、どうなさるつもりですか?」
一瞬何を言っているのかと疑問に思ったが、流れからエレとは彼女の名前なのだろうと察した。
「どこか帰りたい場所でもあるのなら、連れて行ってやる」
俺が尋ねると、エレは黙る。
ゴドーの言っていた通り、彼女が今まで人間に匿われていたとすれば、きっと匿っていた人間もすでに殺されているだろう。
それか、金で売られたか。
どっちにしろ、今更帰る場があるとは思えない。
「ないなら、俺に付いてきてくれないか。ある程度なら守ってやれる自信もあるし、お前の魔力を見込んで、いざというときに頼みたいことがあるんだ」
もっとも、ダークエルフの魔力を見込んだのは俺ではなくトゥルムだが。
「エレの……魔力を見込んで……」
微かに嬉しそうに呟く。
しかしその後すぐに、彼女が首を振った。
「エレなんか……エレなんか、連れて行かない方がいいですよ」
「他に行きたいところがあるのなら、無理に誘う気はねぇよ」
「エレを拾って育ててくれたお爺さんは……あの、ゴドーに殺されました。エレのせいです……エレが大人しくあの人についていこうとしていれば、お爺さんも殺されなかったはずなのに……」
やっぱり殺されていたか。
シルクハットを被って芝居ががった調子で残忍に笑う、あの男の姿が頭に浮かんだ。
「エレと一緒にいたら、あなたもいつか……」
「安心しろ。俺は安全に生きていこうなんて考えてないからよ」
こっちはすでに復讐に命を懸けている身なのだから。
今更ゴドー程度の相手から付け狙われることになろうと、さして問題ではない。
「でも……それに、エレにできることなんか……」
「お前は、どうしたいんだ?」
足を止め、俺はエレの顔を振り返る。
真紅と金の目は、近くで見るとまるで宝石のように美しかった。
数秒の間があり、それからオッドアイが歪み、雫が零れてくる。
「エレも……連れてってください」
「じゃあ、決まりだな」
エレがどう卑屈になったところで、元より彼女に選択肢はない。
育ての親の死に責任感を持っているとしても、彼女とて、自分が捕まればどうなるかはよく知っているはずだ。
街を歩く途中、他の人から多少奇異の目を向けられたが、エレに気付いたわけではないだろう。
彼女にはローブを深く被らせているので、ぱっと見でダークエルフだとはわからないはずだ。
バレそうだったら、トゥルムが黙っているはずだない。
「あの……安全に生きていくつもりはないって、どういう旅をなさっているんですか?」
そういえば、そこを説明しなければいけなかった。
エレの反応によっては、彼女をどう扱うかも考え直さなくてはいけない。
「俺のこの左目と、家族の仇を討ちたいんだ。悪いけど、お前も巻き込むことになるかもしれない」
「家族の、仇を?」
そこでエレの表情が変わった。
さっきまでびくびくした調子だったのに、目に怒気の混じった力を感じる。
「エレにも、エレにも手伝わせてくださいっ! 魔法も、ちょっとだけなら使えますから!」
エレが俺の肩をぐっと握り締める。
どうして急に、と引っ掛かったが、家族に関しては彼女にも思うところがあったのだろう。
育ての親をゴドーに殺されたと言っていたが、エレの実の親や同胞も、すでに殺されてしまっている可能性が高い。
ミーデニガンドの街を出る。
ボロボロの地図を麻袋から引っ張り出し、現在の位置を確認する。
クラスメイト達はすでにアイルレッダの王都へと、馬車を使って移動している。
向こうまで到着されれば襲える機会は少なくなるだろうが、どう足掻いても今から追いつけるとは思えない。
とりあえず現状としては、一刻も早く王都へと辿り着き、向こうでまた情報収集をし直す他ない。
レイア側の人間がクラスメイト達をどうするつもりなのか、その見当もつかないのが現状なのだから。




