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休み時間、黄坂に引っ張られ、トイレまで連れてこられた。
黄坂はタイルの上に俺を引き倒し、俺を見下げる。
黄坂の後ろから、二人の男が現れる。
ガタイのいい坊主頭が青野、薄い金髪の優男が赤木。
よくこの三人でつるんでいることから、苗字を取ってクラスでは信号トリオとも呼ばれている。
「どうせまた明日から来なくなるだろうし、徹底的にやるとするか」
「俺ちゃんも同じこと考えてたわwww」
赤木が無表情で俺を睨む。
黄坂が赤木の言葉に同調し、歯を見せて笑う。
「警察沙汰になるようなことは、気を付けてくれよ。黄坂、お前はいつもやりすぎるから……」
「大丈夫っしょ、またお前の親父に頼んで有耶無耶にしてもらえばいいじゃんwww」
「あまり父に頼りたくはないんだがな」
赤木の父親は、暴力団やマスコミと繋がりのある大企業の社長らしい。
警察にも顔が利くらしく、よく教室で黄坂が自慢していたのを覚えている。
嘘か本当かはわからない。
「ぱんぱかぱーん、人の顔に煙草押し付けたらどうなるののコーナーでぇっすwwww青野、しっかし押さえとけよ?」
「うす、任せてくれ。幽霊部員とはいえ、オレ、柔道部だからよ」
青野が俺の後ろに回り、両手を押さえ込む。
「おいおい……顔は目立つだろう」
「じゃあどこならいいんよ? あ、チンコとかいいんじゃねwwwやべっ、テンション上がるわwww」
笑いながら、黄坂が火の着いた煙草をゆっくりと俺に近づけてくる。
「やめっ! やめてくれっ! やめてくれぇっ! 優、俺を助けてくれぇっ!」
俺の声を聞き、黄坂達はまた一層と笑う。
「だーかーらー、お前は優ちゃんに騙されたんだっつーのwww」
「そんなわけっ……」
「この期に及んでまだ否定とか、お前ストーカーじゃんwwwやべぇ、キメェwww」
黄坂が、煙草の火を俺の頬に押し当ててきた。
熱い。
熱いなんてもんじゃない。頬が、頬の細胞が焼き切られている。そのことがはっきりとわかった。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”っ!!」
叫びながら暴れるが、がっちりと青野に身体を押さえられているせいで、びくともしない。
「おい黄坂! 顔は目立つって言っただろう!」
「やべっwwwノリでやっちまったわwwwでもどうせだかんよ、もっと顔面クレーターだらけの不細工にしてやろうぜwww」
続けて二度、三度、俺の顔に煙草の火が押し当てられる。
その度に俺は絶叫したが、誰もトイレに助けに来る者はいなかった。
何度、顔に煙草を押し付けられただろうか。
顔の左半分の細胞が壊死しているようで、感覚がない。片目もやられた。
辺りには、俺が痛さに堪えられず漏らした後、吐いた胃液、千切れるほど噛みしめた舌から吹き出す血が散らばっていた。
「おいおい……ここまでやってしまったら、殺して埋めた方が隠すのは楽だぞ」
「え、ツマンネー、俺ちゃん、カタリが不細工面で必死に生きてくのが見たかったてぇーwww」
「だったら他にやりようはあったんだよ。まったく、黄坂は……」
「だって、前んときからインターバルあったから張りきっちまってwww」
赤木と黄坂はまるで良心の呵責など感じていないようで、俺の前でへらへらと、日常会話のように俺の処分の話をしていた。
「……死……ね」
口を動かすと、焦げ固まった唇の表面が剥がれ落ちた。
「死ねってwww死ぬのはお前なんだけどwwwマジ受けるわwww」
言いながら黄坂は立ち上がり、俺の両肩を押さえる。そしてそのまま顔面に膝蹴りを噛ましてきた。
「あぐっ!」
爛れた皮膚が剥がれ、欠けた歯がタイルの床を転がった。
「で、これ、どうしたらいいんよ赤木www引き籠りだから顔見せないし、逆に大丈夫だと思うんだけどwwwカタリの顔がどうなっても気にする奴はいないだろwww」
「……なるほど、それ、いいな」
「え、マジで言ってんのwww」
黄坂が訊き返すのを無視し、赤木が俺の前に立つ。
「おい、カタリ。お前のことが騒ぎになったら、お前の家に火を着けるぞ。それが嫌だったら、病院も行かず、部屋に引き籠って誰にも顔を見せるな。いいな? お前は深夜まで学校に隠れて、それからバケツでも被ってこっそり家に帰れ」
言いながら、赤木が俺の胸部を蹴飛ばす。
「名案www赤木っち鬼畜すぎぃwwwでもそれ、こいつがばらしたらどうすんのwww?」
「仕方ない。父に頼んで保険はかけておくさ。これならお前も満足だろう?」
「赤木マジ最強www神かよwww」
黄坂が最後に俺の口に煙草を放り込み、舌に押し付けて火を消した。
もう叫ぶ気にも、暴れる気にもなれなかった。
俺は、夜中の二時までトイレの個室にいた。
もう涙も何も俺の中には残っていなかった。少なくとも、そのときはそう思っていた。
でも、家を見ると、一気に涙が出てきて、俺は絶叫した。
俺の家は、ごうごうと燃え上がっていた。