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泉の影響が薄まっているのか、山を降りるに連れて辺りの植物はどんどん元気になっていく。
途中まで辺りが枯草ばかりだったのに、歩けば歩くほど景色に緑が増えていた。
メアリーが寝かされているところは、花畑の上だった。
彼女の周囲だけ円状に花が咲いている。
『これは花を使った魔除けの魔法陣であるな』
マンドラゴラ達が植物を操る魔法で作ってくれたのだろう。
メアリーを運んでから魔除けの魔法陣を作って泉に戻り、燃える魔法樹を目にしながら死んだであろうマンドラゴラのことを思うと、胸が抉られるような思いだった。
俺がメアリーの傍でしゃがむと、彼女は目を覚ました。
「……あ、カタリ、ここはどこデスカ?」
俺は気がつけば、メアリーを抱き締めていた。
「ワァッツ!? ちょ、ちょっとカタリ……」
メアリーは慌てふためいたが、俺の表情を見て心情を察してくれたのか、無言でそっと抱き締め返してくれた。
事情を説明しながら山道を降りる。
彼女が今まで意識を失っていたこと、魔導書トゥルムのこと、大きな風車のある村でのこと、そしてそれから、マンドラゴラ達のことを。
「迷惑……かけちゃってたみたいデスネ。アリガトウ、カタリ」
「気にすることねぇよ。そもそも、お前が頭を殴られたのは俺を庇ってことだっただろ」
「……それで、芹沢達はどうなったんデスカ?」
赤木や芹沢の顛末は、言い辛かったのでぼやかしてしまっていた。
口にすることへの抵抗感はあるが、しかしここで黙ってしまっても何の意味もない。
俺はこれからもクラスメイト達と対峙することになるだろうし、手緩く殺してやるつもりもないのだから。
「殺した。俺が、甚振ってぶっ殺してやった」
メアリーは小さな口をぽかんと開け、大きな目を丸くして足を止める。
俺も彼女に合わせて立ち止まり、そして振り返る。
「……嘘、デス」
「本当だ。山頂まで戻って、確認するか?」
メアリーが動かなかったので、俺は前を向き直して足を進める。
慌ててメアリーが俺の後を追ってくる。
メアリーはクラスメイト全員を悪魔の生贄にしようとしていたけれど、本気で殺す気だったのかどうかはわからない。
ただ、現実逃避のようなものだったのかもしれない。
雁字搦めの現代社会から解放されて異世界に来たのだから、クラスメイト達から離れて静かに暮らしたいと、メアリーがそう思っていてもおかしくはない。
そしてそんな彼女を、俺の復讐に同行させるわけにもいかない。
だから、やっぱり、ここまでだ。
メアリーは置いていこう。
山を降りた俺達は、ハンナのいるグリンミル村へと戻った。
ハンナの家を訪れ、あらためて感謝を示すとともに、メアリーが元気になったことを報告した。
ハンナも自分のことのように喜んでくれた。
それからメアリーに少し席を外してもらい、ハンナに彼女のことを相談した。
俺は目的があって、それにメアリーを巻き込むわけにはいかないのだ、と。
身の上をぼかして説明し、この辺りの文化に疎く、行き場所がないことも説明した。
「本人の意思を無視して……というのは気が進みませんが、そういう事情だというのなら仕方ないのかもしれませんね。それだったら、メアリーさんをこの村で引き取りましょうか? グリンミル村は年々若い人が減っていますから、他の村の人も皆歓迎してくれるはずです」
「ありがとう、助かる」
ハンナがいるこの村ならば、きっと他の村人達も優しいに違いない。
それでも不安がないわけではないが、俺と一緒にいるよりは絶対に安全なはずだ。
「……本人に話はしなくていいんですか?」
「無理してついて来ようとするかもしれないからな」
道中、メアリーは俺を『命の恩人』だと、そう捉えている節があった。
俺からすれば、彼女もそうなのだが。
しかしそれと同時に、メアリーが俺に恐怖心を抱いていることが、なんとなく、感覚的に感じられた。
俺も、変わってしまったのかもしれない。
クラスメイトの皆殺しはこの世界に来る前に決意したことだったが、本当に実行に移せていたかは怪しい。
赤木のときは追い詰められて禁魔術を使い、芹沢のときは怒りのままに禁魔術を使い、トゥルムの言っていた通り、俺の心は蝕まれてきているのかもしれない。
またハンナの家に泊めてもらった。
しかし俺はメアリーが眠ったのをベッドから出て、ハンナから羽根ペンと紙を借りて置き手紙を書いた。
それからハンナと別れの挨拶を済ませ、ベッドで眠っているメアリーに手を振る。
「幸せにな。この本、しばらく借りていくぞ」
真夜中に村を出た俺は、描き写させてもらった地図を見ながら次の目的地を考える。
クラスメイト達が最終的に目指しているのは、アイルレッダの王都だ。
最初の悪魔の迷宮から王都までのちょうど中間地点にそこそこ大きな街がある。
ここに留まっている可能性もあるし、そうでなくても40人近い集団ともなれば目立つだろうし、情報収集をすれば足取りが追えるはずだ。
「とりあえずはこの街に……」
「カタリッ!」
地図を見ながら歩いていた俺の背に、声を掛けてくるものがいた。
「メアリー、なんでここに……」
「なんでじゃないデスッ! どうして、ワタシを置いていくんデスカァッ!」
メアリーは息を切らしていた。
靴も履かずに飛び出してきたらしく裸足で、足からは血が出ていた。
村からはそれなりの距離があるし、ルートがわからない以上追っても来られないはずだった。
目星をつけ、運任せに追いかけてきたのだろうか。
「お前……もう、クラスメイトに関わりたくないって言ってたじゃないか。あの村なら……」
「ワタシが言っていたのは、カタリと一緒にいられるならもういいってことデスッ! 見捨てないでって……ワタシ、言ったのに……初めて日本でできた、友達だったのに……」
メアリーは泣き崩れ、草原に膝を着いた。
俺の考えが浅はかだった。
見知らぬ世界に放り出され、唯一の知人から逃げられたら、メアリーのような人間がこうなることは、想像ができたはずだ。
むしろあっさり置いていこうと考えられた自分は、すでに禁魔術に精神を冒されてきているのかもしれない。
「どうしてもワタシを置いていくっていうのなら、その本も返してもらいますカラッ! だから、だから……」
「……俺が悪かったよ」
泣いているメアリーの背中に手を当てながら、俺は考える。
どこかで上手く、彼女を互いが納得できる形で置いていかなくてはならない。
メアリーを連れてクラスメイトへの襲撃に臨むのは、リスクが高過ぎる。




