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「ねー大宮ぁー、これ、治ってるかなぁ?」


「治ってる治ってる! マジ凄いんだけど! 愛媛ちゃん、むしろ肌綺麗なってるって! 私も顔洗ってみようかなぁ~」


 愛媛と大宮が、はしゃぎながら泉の水を手で汲んでいる。

 芹沢は彼女らの横に立ち、杖を地に着けて体重を預け、欠伸をしていた。


「そんな気にするような怪我じゃあなかったとオレ様は思うけどな」


「私は可愛いから、その分ちょっとでも傷がついちゃったら気になるの! まあ、黒崎みたいなドブスだったらぁ、どうなっても誰も気にしないだろうけどぉ」


「自分で言うかよ……つか、黒崎は顔だけならお前より……あ、いや、なんでもねぇよ」


 芹沢は愛媛に睨まれ、言葉を濁す。



「あ? なんだオメー、まだいたのかよ」


 俺が近付くと、芹沢は面倒臭そうに言った。


「もう一発オレ様の魔法をくらいたいらしいなぁ?」


 意識が不明瞭で、芹沢の声は半分程しか俺に届かなかった。

 それでも俺は舌を千切れんがばかりの力で噛み、なんとか意識を保っていた。


 芹沢が杖を構えるのを見て、俺も魔導書へと目線を落とす。

 手元で不発するのなら、至近距離からぶっ放してやるまでだ。


「やめて……ほしいのです。ローズ達、ニンゲンさん、襲わないです。絶対の絶対なのです」


 ローズが、俺と芹沢の間に割って入ってきた。

 その顔は明らかに恐怖に染まっていたし、声も震えていて弱々しかった。


「このままだと……アルボアが、焼けてしまうのです……。ローズにできることなら、なんでもしますです……」


 メアリーを安全な場所まで連れて行った後、戻ってきてしまったようだ。


「ローズ、逃げてろっ!」


 こいつらに説得なんて、通じるはずがない。


「アルボアァ? なんだそりゃ」


「あーあれじゃない! ほら、あの、青い木! なんか魔物が集まってるし」


「へぇー……あれが燃えるとヤバイのか? ほぉーん、ふんふん」


 芹沢は、杖を魔法樹アルボアへと向けた。


「こっから届くのぉー?」


「自信あるぜ、まぁ見てろって。一回フルパワーでやってみたかったんだ」


 芹沢は得意気に言い、唖然とするローズの顔を一瞥して口の両端を吊り上げる。


「てめぇっ!」


 呪文を詠唱している時間もないと思い、俺は魔導書で思いっきり芹沢に殴りかかった。

 芹沢は、杖の反対側で俺の腹を突いた。


「がはっ!?」


「オメェーはマジでウザってぇな。空気読めよ空気。マジそろそろ殺すぞ?」


 そのまま芹沢に蹴飛ばされ、俺は地の上に仰向けに倒れる。

 後頭部を岩にぶつけ、それからどろりと生暖かい感触を感じた。血が出たらしい。


 俺は必死で手で地面を探り、倒れたまま魔導書を捜す。


「焼き払え『灼熱(フレンマ)』」


 俺が魔導書を掴んだのと、芹沢の杖先から出た豪炎が、泉を挟んで反対側にあった魔法樹まで到達したのはほぼ同時だった。

 今までの炎とは比べ物にならない規模だった。


 あちらこちらからマンドラゴラ達の悲鳴や嗚咽、嘆きが響く。

 ローズは目前の光景が信じられないとでもいうように、燃えていく魔法樹を、ただぼうっと眺めていた。


 魔法樹の生えている地に近い方から、泉が黒く濁っていく。

 それはまるで血が流れ込んでいるようでもあった。

 綺麗な瑠璃色の湖は、あっという間に黒へと染め上げられていく。

 辺りに咲いていた色とりどりの花や草も、どんどん萎びて枯れていく。


「マジすごい! 今のなに? 芹沢神じゃん!」


「いやいや、オメーらも魔法覚えたらこれくらいできるって」


「ないって! 異世界から来た人間の方が魔法が上達しやすいとは言ってたけど、レイアも芹沢は例外中の例外だって言ってたもん。あの人も、絶対芹沢がここまでできるって知らないはずだもん!」


「マジかぁー強すぎても変な争いとか巻き込まれそうでオレ様嫌なんだけどなぁー」


 大宮に持ち上げられ、芹沢は満更でもなさそうに言う。


 俺は芹沢に殴りかかろうと、何とか立ち上がる。

 しかし立ち上がってから、ローズを見て俺は思わず動きを止めてしまった。


 ローズは自分の手を見ながら、悲しそうに表情を歪めていた。

 ローズの身体の色が、だんだんと変色してきている。


 まさか草木と同じように、彼女もまた枯れ始めているのだろうか。


「お、おい、ローズ?」


 俺が声を掛けると、ローズは力なくその場に倒れた。

 黄緑の顔は今や土色へと変わっており、生気が感じられない。


 一気に込み上げてくる、吐き気と絶望感。


 俺は自分の喉に深く指を突っ込み、引っ掻き回した。

 それからローズとは別の方を向き、込み上げていたものをすべて吐き出した。


「うわ、キモ……。なんだよゲロリ再来かよ。ひょっとしてオメェー、この化け物と友達だったとか?」


「友達いないにしてもこれはないでしょ。いやいや、引くわ……どんなけ必死なの?」


 俺は服に着いた吐瀉物を軽く払い、それから魔導書のページを開く。


「なんだよ? オレ様にまだ楯突こうってか?」


「……さっき食べた分は、だいたい吐き出した」


「あ? 意味わかんねぇことブツブツ言ってんじゃねぇぞ」


 何度も倒れていたせいか、巻いていた包帯が外れて地面へと落ちた。


 失明している左目で、俺は芹沢を射殺すように睨む。


「ぶっ殺してやる」

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