2
期待と不安を胸に廊下を歩く。
髪は整えはしたが、散髪には行かなかったので肩にかかるほど長い。
女っぽいと馬鹿にされるだろうか? 登校は明日にして、床屋に行くべきだっただろうか?
教室の前まできて、つい足を止めてしまう。
黄坂達が退学になったからといって、虐めが完全になくなっているかどうかはわからない。
また依然変わらずだったらどうしよう。
優にも、昨日あんなに喜んでくれていた両親にも申し訳ない。
「うわ、カタリじゃん。マジで来てやんのスゲェwwwおもろwww」
後ろから声を掛けられ、振り返る。
声の主は、退学したはずの黄坂だった。
「え? な、なんで……」
「いや、カタリいないとマジ寂しかったわwww主に俺ちゃんの拳がwww」
いるはずがない。
なんで、どうして黄坂がここにいるんだ。
おかしい。絶対におかしい。
だって昨日、優が黄坂は退学したと言っていた。
黄坂は俺の肩に手を回し、教室内へと押し込む。
俺が教室に入ると、どっと哄笑が湧き起こった。
「本当に来やがったよ、やっぱマゾって本当だったんだな」「賭けは俺の負けかよ……クソ、あいつからカツアゲしなきゃ気すまんわ」
「髪伸ばしじゃん、気持ち悪……」「カマっぽいし似合ってんじゃない?」
「可愛らしくていいじゃないか。なかなか俺の好みだぞ」「ドン引きだわ」
教室中から一気に向けられる、悪意の籠った笑い、視線。
吐き気が込み上げてきて、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
優、優はどこだ、優。
ぐにゃりと歪む視界の中、俺は必死に優を探す。
ただ一人、このクラスで俺の味方であるはずの優。
情報の齟齬を説明してほしいというより、とにかく悪意以外の感情に触れたかったという部分が大きい。
「ほら、私が言ったら来たでしょ? だってあいつ、馬鹿だもん」
「すげぇwww優ちゃんマジ神www」
優は、黄坂と楽しげに喋っていた。
それを見た瞬間、俺の中の何かが切れた。
「うっぶ……おぶぉろぇ……」
朝食と、母親が気合いを入れて作ってくれた晩飯が、ストレスに押し出されるようにして口から流れ出た。
吐瀉物の一部が目に付く。スープに混ざった、ミンチの破片。
俺の母は、御馳走というと決まってハンバーグを作る。
小さい頃の俺の大好物だったからだ。
今となってはそこまででもないし、それになんだかガキっぽいからお祝いと言ってハンバーグを出されるのは少し恥ずかしい。
でも、そんな母親の不器用な愛情が、ちょっとだけ嬉しかったりもしていた。
「うわっ汚ねぇwww吐きやがったよwww」
「くせぇ……」「キモッ」「来て早々ゲロとかなんのテロだよ」
俺は床に座り込んで、口を押さえる。
パシャリ、スマートフォンのカメラ音が鳴った。
ひとつ鳴ったら山彦のように、パシャリ、パシャリとこだましていく。
がらりと教室の扉が開くと、急にカメラ音と笑い声が止み、一気に静まり返る。
「お前達、これは何の騒ぎだ?」
どうやら担任の先生が教室に入ってきたらしい。
「おや……見知らぬ生徒がいると思ったら、ゲロリじゃないか! 学校に来てくれたんだな、先生は嬉しいぞ!」
先生は俺の名前の語を捩り、ゲロリと呼んだ。
そこで静まっていた笑い声が、再び教室中に響き渡った。
今のは、当然間違えたわけじゃあない。
わざとだ。
数か月前も、先生はこういう人だった。