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芹沢の横にいる女子生徒は、愛媛と大宮だ。
様子を見るに、魔法をまともに使えそうなのは芹沢だけだ。
あいつらの会話から察するに、大宮の怪我を治すためにここに来たのだろうが……遠目から見るに、怪我をした様子はまるで見られない。
「ローズはメアリーを連れ、他のマンドラゴラ達とここから離れてくれないか。あいつらは、俺に止めさせてくれ」
「メアリーさんは安全なところまでお運びしますが……ローズ達は、逃げるわけにはいかないのです……」
どういうことだ?
山頂付近でしか生きられないのではとトゥルムは言っていたが、多少は降りることができるはずだ。
「え? とりあえず、あいつらに見つかり難いところまで……」
「万が一、魔法樹アルボアを燃やされたら……みんな、枯れてしまうのです……。アルボアを残して、隠れるわけにはいかないのです」
「んなこと言ってる場合じゃねぇだろ! あいつらだって、泉の水が欲しいだけなんだから、木を燃やすようなことはしねぇよ!」
「……残念ながら、あの様子を見ているとそうとは思えないのです」
ローズの視線を追って芹沢に目を向ければ、あいつは笑いながら辺り構わず火を着け回っていた。
魔法を習得したばかりで使いたくてうずうずしていることに加え、愛媛と大宮が持ち上げるので加減が麻痺しているのだろう。
このままでは、間違いなく山火事になってしまう。
「きっと……ローズ達が悪い子だって思ってるから、退治しに来たのです。だから、ローズが説得すれば……」
「あいつらはそんな真っ当な奴らじゃねぇよ! このままだったら、全員焼き殺されちまうぞ!」
頼むから、隠れておいてほしい。
トゥルムが散々言っていたことだが、やはり一方的に焼き払われている様子を見るに、マンドラゴラの戦闘能力はかなり低いのだろう。
「トゥルム、水の魔法ってあるんだよな?」
『あるにはあるが……とりあえず、先にあの付け火男をなんとかせねばならんぞ』
「わかってるよ」
蔦は焼かれかねないし、実験済みで実用性のある魔法は案外少ない。
多少燃え広がることを覚悟した上で、ゴブリン馬車を大破させた火魔法で応戦するしかない。
こっちから近づくと、まず最初に芹沢が俺に気がついた。
俺を見て、不快そうに顔に皺を寄せる。
「あ? なんでオメーがここにいんだよぉカタリ」
「ほらほらぁ~、あの火事でブッサイクになった顔治しに来たんでしょ。わざわざ聞かないであげなよカワイソー」
愛媛が俺を見ながら笑う。
よくよく愛媛を見れば、顔に爪で引っ掻かれたような痕がある。
ひょっとすると、あれを治すために集団から離れてこの山を登ったのだろうか。
そんなことで……とは思うが、愛媛は美容に異常なほど力を入れているという噂を聞いたことがあるので、もしもそうだとしてもおかしくはない。
「あーでも、良かったぁ。アイツがまだミイラ男ってことは、泉に顔付けてないってことじゃん。私、アイツが触った後とかぜぇったい無理だもん。ほんっとに良かったぁ~」
「愛媛ちゃんひっど。いや、私も無理だけど」
大宮が愛媛に便乗する。
「まあ、逸れた奴見つけちまったんだから、一応連れて行っか。勝手に抜けてきた面目も立つだろ」
「えぇー私嫌なんだけどぉー! ねぇー置いていこうよーねぇー! あんな奴勝手に野垂れ死んでもいいじゃんー! 意味わかんないんだけど!」
「しゃーねーだろーがよ。おら、こっち来いよカタリ」
芹沢は呆れ顔で俺に近づいてくるが、その口許が一瞬だけ歪んだのを俺は見逃さなかった。
「って言うとでも思ったかよ! 焼き払え『灼熱』!」
わかっていたことだった。
充分に接近し、俺が油断しているところに魔法を撃ち込んで笑いものにしようと考えていたのだろう。
だから俺も、素早く対応することができた。
「破壊よ、我が元に集いて炎を象れ。禁魔術、『破滅の豪炎』」
芹沢に向けた手のひらに激痛が走った。
練習していたときは、こんなことは起きなかった。
光の球体はできず、ただ手から血が流れて行く感覚があった。
「な、なんで……」
理由はわからないが、不発した。
視界が燃える赤で覆われ、俺は咄嗟に身を捩って火魔法を背中で受けた。
「がぁぁぁぁっ!」
俺は喉の奥から叫んだ。
背中が爛れるほどの痛みに耐えられず、俺は地に倒れて海老ぞりになった。
「やめてあげなよぉー。今カタリ、ちょっと嬉しそうにしてたのにぃ―」
「引き入れると見せかけて火炎撃つとか、芹沢マジ鬼畜じゃん。どえすー」
愛媛と大宮は楽しげな様子だった。
そんなあいつらを見て、芹沢は満足気に笑う。
「み、水っ! 水を、水をくれっ!」
痛い。
熱いではなく、純粋に痛い。
「おら、これでいいかよぉ? オレ様優し過ぎんなちょっと」
ぺっという音がして、服が焼き切れて剥き出しになった俺の背に、微量の液体が付着する。
唾を吐かれたのだと、一瞬遅れて気がついた。
「てめぇ……!」
俺が睨むと、芹沢は俺の背を勢いよく踏みしめた。
「オメェーは、あの泉に浸かるんじゃねぇーぞぉ? わかってんだろうなぁ? 愛媛も、自分が入った後の泉にオメーに入られたくないってよぉ」
「えー何それ、どれだけ私潔癖症なの。でも、面白いからそれ採用でぇー!」
地に這いつくばる俺を無視し、芹沢達は泉の方へと向かう。
マンドラゴラ達は、全然を避難を済ませていない。
魔法樹を守るため、逃げるわけにはいかないのだろう。
小さな手足をぱたぱたと動かし、必死に敵意がないことをアピールしている。
芹沢は、そんなマンドラゴラ達を見て笑う。
ポケットからスマートフォンを取り出し、マンドラゴラが命を張って呼びかけてくる様子を動画に撮っているようだった。
「芹沢充電ないんでしょ? そんなの撮ってていいの?」
「どぉーせ使い道なんてカメラとゲームしかねーからいいんだよぉ。この動画、後であいつらにも見せてやろう。黄坂とか喜ぶだろ」
「はい出ましたー! どえす同盟」
痛みに堪え、俺がなんとか顔を上げれば、マンドラゴラの焼死体が転がっているのが目に付いた。
グロテスクな焼死体に、生前の可愛らしい面影はほとんど残っていない。
俺に撃った火魔法は、かなり弱めのものだったのだろう。
なんとしてでも止めなければいけない。
「トゥルムッ! なんで、なんで不発したんだ!」
『わからん……が、もしかするとキノコのせいかもしれん。キノコは泉を通し、魔法樹の魔力を吸っておると言っておったな』
「それが、どう繋がるっつうんだよ!」
『あの魔法樹は、闇魔法を弾く強力な耐性を持っておったはずである。それのせいで魔法が発動する前に打ち消してしまったのかもしれん。仮定ではあるがな。しばらくはその体質が続くと考えた方がいいであろう』
しばらく、使えない?
『妾の下僕よ、ここは一旦退くのだ。あやつらも、マンドラゴラを滅ぼしに来たわけではない。目的を済ませれば帰るはずである』
あの三人の様子を見るに、そんな楽観視はできない。
俺は自分の手のひらを見る。
ぱっくりと裂けてはいるが、焼かれているため血は流れていない。
「魔導書の中で、なにか……使える魔法はないのか?」
『ない。記されている呪文全てが、闇属性をベースとしたものである。そこに更に属性を付加しているものはあるが……』
俺は立ち上がり、芹沢の背を睨みつける。
『お、おい下僕よ! まだやるつもりではないであろうな!』
俺は言葉ではなく、行動で示す。
歯を喰いしばって背の痛みに堪え、魔導書を捲りながら使えそうな魔法を探す。
『む、無茶であるぞ!』
「さっきの魔法だって……一瞬は発動しかけた」
何かあるはずだ。
発動させやすい魔法か、不発しても相手を巻き込めるような魔法が。




