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 メアリーは回復したようだが、気持ちよさそうに眠っていたので起こすのもなんだと思い、寝かせたままでいることにした。

 頭を撫でると、メアリーは「ひゅう」と嬉しそうな声を漏らす。


 本当に良かった。

 このまま一生目を覚まさないかもしれないと、何度恐怖したことやら。


「そちらの方が、起きたら、カタリさんはもう行ってしまわれるのですか? ローズは、もっともっとカタリさんと仲良くしたいのです。その、ずっとこの山でローズ達と……」


「悪いけど、それはちょっと……」


「そう、ですか……」


 ずっとパタパタと泡だたしく動いていたのに、急にローズは手の動作を止め、がっくりと首を項垂れさせた。

 かと思えば、また素早く首を起こす。


「そうです! 実はニンゲンさんが来たときもてなすために、食材を集めておいたのでした! ちょっと、ちょっとだけ待ってほしいのです! それを食べたらカタリさんの考えも変わるはずなのです!」


 一方的に言い、ローズは森の奥にへと走っていく。

 数分後に戻ってきたとき、ローズは怪しい色をしたキノコを腕いっぱいに抱えていた。


「ささ、どうぞ、どうぞなのです!」


 ……キノコって、生で食べても大丈夫なんだろうか。

 傘の下にかなり菌がいると聞いたことがあるんだけど。


 マンドラゴラが食べているから人間も大丈夫という保証などあるはずもない。

 というか、マンドラゴラが食事をするのかどうかも怪しい。完全に人間のためだけに採ってきた可能性もある。

 安全面を考慮しているかどうか怪しい。

 しかし、ローズの好意を無碍にするのも抵抗感がある。


 この泉の水は食当たりには効くのだろうか。

 苔の毒に効いたんだから、多分どうにかなるだろう。


「あ……ありがとう。じゃあちょっと、もらおうかな……」


 中でも一番色合いがマシなものを選ぶ。

 白くて黄色の斑点模様のあるキノコが、見かけ上では一番まともだった。

 俺はそれを手に取って、自分の顔の前まで持ってくる。


 これ大丈夫だよな。

 俺が不安に思っていると、ローズが期待に満ちた目で俺を見つめてくる。

 視線に急かされるよう、俺はキノコを齧る。


 ガムのような妙な弾性があって、それでいてじわっと来るような甘味があった。

 思っていた味とは全然違ったが、普通に美味しい。


「あ、結構いける……」


 キノコも魔法樹とやらの影響を受けているせいか、なんとなく身体中に力が漲ってくる感覚があった。


「本当ですか! 良かったのです! ささ、こちらもどうぞどうぞ!」


 次から次へと、勧められるがままにキノコを口にした。

 美味しい。

 ぜひ、メアリーが起きたら彼女にも食べさせたい。



 ローズや他のマンドゴラとあれこれ話しながら、気がつけばローズの持ってきていたキノコをほとんど食べてしまっていた。


「カタリさん、ここ、気に入ってくれましたですか? ずっといてくれるですか?」


 ローズが期待に満ちた目で俺を見るが、しかし首を縦に振るわけにはいかなかった。


「……悪いけど、俺、やらなきゃいけないことがあるからさ」


「そう……なのですかぁ……。ニンゲンさんは、皆忙しいのですね……」


「あ、いや、でも、絶対また、いつかここに来るよ。それに近くの村とかでも、ここのこと広めておくからさ」


「本当なのですか! 絶対、絶対にまた着てほしいのです! そうだ、指きりするです! ニンゲンさんは約束するとき、指を絡ませるって、そう聞いたのです! ローズも、やってみたいのです!」


 ローズはすっと人差し指を出してくる。

 俺も人差し指を出し、ローズの指と絡める。


「絶対、絶対の絶対にまた来るのですよ。約束なのです」


「ああ、わか……」

 った、約束は守る、とそう続けるつもりだった。


 急に聞き覚えのある声がして、俺は思わず途中で言葉を失ってしまったのだ。



「お、あれが噂の泉だろ。ほら、余裕で見つかったじゃねぇかよぉ。これで愛媛の顔の怪我を治せるんじゃねぇか?」


「でもなんか、あの気持ち悪い小人みたいなのいっぱいいるじゃん。やだ~私怖ぃ~」


「安心しろって。またオレ様が焼き払ってやっからよぉ」


「さっすが芹沢、マジで頼りになるんですけど!」


 クラスメイトの連中だ。

 しかしこの山は、目的地までの進路から少し逸れた位置にあるはずだ。

 男子生徒がひとり、女子生徒が二人いる。


「なんで……こんなところに……」


 男子生徒……芹沢の手には、レイアのものだったはずの杖が握られている。

 なぜ彼らだけ、三人で別行動してこの山を登ってきたのだろうか。


「ニンゲンさんです! おもてなしするです! そうだ、キノコまた採ってこないといけないのです!」


 ローズが嬉しそうに言う。

 マンドラゴラが数匹、芹沢達の前へと飛び出す。


「あのあの、ニンゲンさ……」


 芹澤は歯を見せてニマっと気色の悪い笑みを浮かべ、それからマンドラゴラに向け、杖を振り下ろす。


「へ?」


「焼き払え『灼熱フレンマ』」


 魔法陣が浮かび上がり、杖の先から炎が広がり、マンドラゴラ達を包み込んだ。


「アァァアァアァッ! 熱い、熱っ……熱いィッ! どうして……なンで……」


 マンドラゴラ達は悲痛な叫び声を上げながら、身体を焦がしていく。


「芹沢マジ凄いんだけど! この調子で全部焼いちゃってよ!」


「おうよ、オレ様は天才だからよぉ」


 芹沢は辺りを一瞥すると、マンドラゴラ達はその場に凍り付いたように立ち止まり、ガタガタと身体を震わせ始めた。


「あわ、わわわわ……」


 ローズもガチガチと歯を打ち鳴らして震えている。


 芹沢達から距離はあるので、どうやら向こうはまだ俺とメアリーには気付いていない様子だ。


「魔導書もなしに魔法を……」


『下級魔法であるからな。発動を手助けする杖も、初心者から中級者までが好んで用いる使い勝手のいいものである。さっきあやつの出した魔法陣を見ていたか? フレンマの魔法陣は、丸に大きな三角形が入っているだけのものである。魔法陣を思い浮かべるのも容易なのだ』


 俺は魔導書を開きながら立ち上がる。


『気を付けるのだぞ。魔法慣れしていない者にしては、灼熱(フレンマ)であの規模の炎を出せるのは異常である。しかもまだまだ余力を残しておるようだ』

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