17
マンドラゴラに手を引かれ、特に障害もなく、あっさりと上へ上へと登ることができた。
いや、あっさりではない。
登る度にどんどんと纏わりついてくるマンドラゴラの量が増えていき、今では十匹のマンドラゴラに囲まれながら歩いていた。
「それでですねーニンゲンさん」「聞いてますか? ニンゲンさん?」
「最初に見つけたのはローズなのですよ。ニンゲンさんが困っているのです。人間さんはローズとお話したいのです」
「おめーは黙ってろなのです」
「そんなことよりもニンゲンさんの話が聞きたいのです」
……本当に敵意ないんだよな?
さすがにこの数で急に襲われたら太刀打ちできないぞ?
俺はちらりと魔導書を見て、背表紙を小突く。
『妾の下僕は本当に小心者であるな。だから、こやつらに人を欺く脳などないと言っておるであろう』
だといいんだけど、バリバリ戦闘しに来たつもりだったらか、どうにも拍子抜けというか、何か見落としている気がしてならない。
結局、あっさりと山頂の泉にまで辿り着いた。
泉は高い木々に囲まれていたが、その中でもずば抜けて巨大な木が一本あった。
サイズもそうだが、青白く輝くその幹は、明らかに他の木と一線を画している。
「これがローズ達の支えである魔法樹アルボアなのです。土を通して泉から水を吸い上げ、そのときに代わりに泉に魔力を送り込んでいるのです。ささ、どーぞ、その女の人の怪我をしたところに塗ってあげてくださいです」
「あ、ああ……どうも」
広大な泉の周りを100近い数のマンドラゴラが囲んでいる。
その誰もが、俺のことを興味深げにじぃっと見つめてきていた。
歓迎されているのはわかるけれども、どうにも落ち着かない。
泉の傍にメアリーを寝かせ、両手で瑠璃色の水を掬い、彼女の頭に染み込ませた。
「マンドラゴラよ、これでいいのか?」
「はい、そうなのです。それでも起きなければ、少し水を飲ませてあげればいいのです」
「飲ませるって……」
手で掬い、口許に垂らしてせばいいのだろうか。
メアリーの口は閉じられているため、当然まず彼女の口を開けさせねばならず、そのためには彼女の唇に触れなければならない。
事態が事態とはいえ、唇に勝手に触っていいものなのだろうか。
そんなことを考えながらじっとメアリーの唇を見ていると、マンドラゴラがくすりと笑った。
「ニンゲンさん、キスで口移しするのです?」
「な、何言ってやがる」
俺はからかいを流すためにも、手で泉の水を掬う。
メアリーの唇のすぐ下……顎を押さえ、口を開かせて水を垂らした。
「ん……ぁ……ぁ……」
水野に木槌で殴られて以来まったく動かなかったメアリーが、わずかに身をよじり、声を漏らした。
「メアリー、メアリー、起きたのか? お、俺のことがわかるか!」
思わずメアリーの肩を掴んで呼びかけるが、彼女は目を瞑ったまま、俺の足に抱き付いてきた。
「カタリ……大丈夫、デスか? きゅう……」
どうやら、まだ眠っているらしい。
しかし今までぴくりとも動かなかったことを考えれば、回復したのは明らか。
「らーぶらぶなのですねー。ひゅー、ひゅー、です。ローズ、うらやまなのです」
横からマンドラゴラがからかってくる。
「それより、ニンゲンさんも顔、怪我してるのです? 包帯を取って、水を付けてみたらどうなのですか?」
言われて、俺は顔の左側部分を擦る。
これも治るのだろうか? 失明した目も?
『マシにはなるであろうが、完治は不可能であろうな』
トゥルムがぼそっと答えてくれた。
否定的な言い方ではあるが、いくらかはマシになるらしい。
「どうするのですニンゲンさん?」
「俺の名前はカタリだ、ニンゲンさんはちょっとやめてくれ。メアリーが起きたら混乱しそうだ」
「わかったのです。あと、ローズの名前もローズなのです。マンドラゴラで纏めて呼ぶのをやめてほしいのです。みんな自分のことだと思ってそわそわしてしまうのです」
どれだけ人間に対して友好的なんだこいつらは。
「わかったよ、ローズ」
名前で呼ばれたのです、呼ばれたのです、とローズは嬉しそうに飛び跳ねる。
羨ましがる他のマンドラゴラに不敵な笑みを向け、それからくるりと俺を振り返る。
「顔、塗らないのですか?」
「あ……いや、ちょっとわけありでさ。この怪我をしたときのことを、絶対に忘れたくないんだ。もちろん忘れたくても忘れられるものじゃあないんだけど、傷を和らげたくないっていうか……それで気持ちがちょっとでも弱まっちまうんじゃねぇかって思ったら、安易に治したくはないかなって」
「そうなのですか」
言いながらも、ローズは腑に落ちなさそうに首を傾げる。




