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 息を殺し、山に登る。

 危険と銘打たれていたことだけはある。

 常にどこからか見られているような、そんな嫌な気配を感じる。


『妾の下僕よ、ハンナとやらはああ言っておったが、下手に炎魔法を使うでないぞ。山に燃え広がれば、元も子もないからな』


「……それはわかってるよ。追い込まれるまでは、一番慣れてるので行くかな」


 威力が制御できるのは、結局植物魔法くらいだ。

 炎魔法を使ってマンドラゴラを倒せても、その結果火に囲まれましたでは話にならない。


 周囲を警戒しても、虫以外には特に何も見つからない。


『マンドラゴラは、魔力源である湖から離れたところでは生きられないはずである。出てくるのならば、もうちょっと上の方からであろう』


「でもなんだか視線を感じるような……」


『気にし過ぎであろう。マンドラゴラ程度相手に、そうも構える必要はない。ゴブリン程度の知能はあるから、数匹見せしめにすれば近寄ってこん』


 そんなものなのだろうか。

 確かに、言われてみれば俺が気を張りすぎているだけという気がしなくもない。


 目を瞑って、深呼吸をする。

 さっきまで緊張し過ぎていたせいで気付かなかったが、本当に空気の綺麗なところだ。

 身体がすっと軽くなったような気さえする。


「ニンゲンさぁん? ニンゲンさんですー!」


 きゃっきゃっと、はしゃぐような声が聞こえてきた。

 目を開けると、ゲームで見る妖精のような何かがいた。


 身長1メートルない程度といったふうで、黄緑の植物っぽい肌をしていた。

 巨大な花弁を身に纏い、スカートのようにしている。


「ニンゲンさんですよね? ローズ、ニンゲンさん来るのずっと、ずーっと楽しみに待ってたです。ささ、どーぞ、どーぞです」


「え、あ……お、おう」


 ひょいと、妖精もどきから手を伸ばされる。

 つい流されるままに俺はその手を取ってしまう。


 妖精もどきは俺の手を握り締めたまま、どたどたと山を登って走り始めた。

 予想以上に力が強く、半ば引き摺られるようにして俺は走る。


 落ちる。このままだったらメアリー落ちる。


「ちょ、ちょっと待って! ちょっと待ってくれ!」


『妾の下僕よ』


「今話しかけないでくれ! 意識を割かれると、メアリーかお前を落としそうだ!」


『そやつがマンドゴラであるぞ』


 あっさりと言われたその言葉に、俺は思わず魔導書を落とした。


『ああっ! なんで妾の方を落とすのだ!』


 火にくべても燃え尽きなさそうな魔導書と意識不明の同級生なら、そりゃ誰だって魔導書を落とす。

 えっと、ていうかそれどころじゃなくて……。


「ニンゲンさん、何か落としましたですよ」


 てっきり俺から魔導書を奪う高度な作戦かと思いきや、マンドラゴラは立ち止まってくれた。


「……どうも」


 俺はマンドラゴラから離れて来た道を戻り、魔導書を拾い上げる

 それから大急ぎで火魔法のページを開け、マンドラゴラに手を向ける。


「う、動くなぁっ! 止まれ、どういうつもりだぁっ!」


「いえー、ニンゲンさん、泉まで行きたいのですよね? ローズ、案内するですよ」


「お前らが人間に非協力的なことは知ってるんだぞ! 騙そうたってそうはいかねぇぞ!」


「はいー、じつは、ちょっと前までそうだったのです」


 マンドラゴラは、緊張感を欠片も感じさせない間延びした物言いでそう言った。


「ちょっと前まで?」


「えー、そうです。この前、先代のちょーろーさまがお亡くなりになりましたのです。ちょーろーさまがニンゲンさん嫌いだったのでしぶしぶ従っていたのですが、もう、いーかなーと。ローズ、ニンゲンさんとお喋りしてみたかったので。それでちょっと前から、ニンゲンさんを歓迎することにしたのです」


 敵意はなさそうに見えるが、果たして信用していいのだろうか。


「あの……その歓迎モードにしてから来たのって、俺で何組目だ?」


 マンドラゴラは指を折って十秒ほど数えた後、「二組目くらいなのですー」と言った。

 いや、それくらい数えなくてもわかるだろ。


「前来た人に、ニンゲンさんを歓迎していることを広めてほしいと言ったのですが……どれだけわくわくして待っていても、ぜんぜんニンゲンさんが来なくてがっかりしていたところだったのです。とってもとっても歓迎するのです。だからいっぱいいっぱいニンゲンさんを集めてほしいのです」


「あ、ああ……それはいいけどよ」


 俺はちらりと魔導書に目を落とす。

 トゥルムの意見を聞きたかったのだ。


『マンドラゴラに演技をして騙すほどの脳があるとは思えん。ド単細胞な脳味噌をしておるからの。こやつはともかく、こやつの頭の悪さは信頼していいと思うぞ』


 ……言い方はあれだが、トゥルムからのオッケーも降りた。


「わかった、案内してくれ。俺がいま背負っているこの子を、泉の力で助けてほしいんだ」


「はい、ローズにお任せですー」


 言いながら、マンドラゴラは短く細い手を俺に向けて伸ばす。

 さっき引きずり回された記憶が蘇り、俺は思わず空いている方の手を背に回して隠す。


「ニンゲンさん、手、ローズと繋いでくれないのですかぁ……」


 マンドラゴラは落胆したように頭を垂らす。


「……もう、引き摺らないならいいけど」


「はい、わかりましたのです。ローズ、ぜぇったいにニンゲンさん引き摺らないのです。むしろローザの花弁がぜんぶ散る勢いで引き摺り回してほしいのです」


 しかし友好的なのはいいが、なんだろうか。

 トゥルムの太鼓判を押してもらってなお、妙に嫌な予感がするのは。


「なぁ……トゥルム、やっぱりなんかおかしい気がす」急に腕を思い切り引っ張られた。


「ではではでは、早く行くのです! みんなきっとわくわくしながら待ってるのです。ローズひとりでニンゲンさんと仲良くしていたら、怒られちゃうのです」


「ちょっと待て引っ張らないって言っただろうがぁっ!」


 おい、さっき言ってたこと忘れてるだろこれ。

 本当に脳味噌詰まってんのか!


 必死で足を捌きながら、俺は転ばないよう必死に意識しながら走る。


『……ふん、平和ボケした魔物は哀れなものであるな』


 嘲るというよりも純粋に哀れむような、そんな言い方だった。

 トゥルムの言葉は思わせぶりで、何か裏を感じたのだが、残念ながら、それについて掘り下げて考えている余裕は今の俺にはない。

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