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 山へ向かう道中、先方に馬車らしきものを見かけた。

 しかし、馬車にしてはどうにも遅い。


 近づいてみると、先頭を歩いているのがボロ布を身に纏った二匹の緑色をした子鬼であることに気がついた。

 子鬼は御者台にも乗っており、ぶかぶかの礼服を着て、ケタケタと笑いながら鞭を振るう真似をしている。


「なんだあれは?」


『ゴブリンであるな。大方、旅商人を襲って馬車を手に入れたのであろう。しばらく休んで先に行かすとしよう。倒してもよいが……貴様は、魔力を使い過ぎである』



 俺はさっきまで、魔導書の魔法を試し撃ちしていたところだった。

 いきなり実践で撃つのは不安だということから始めた練習だったのだが、どうやら魔法の性質によって俺は向き不向きが激しいらしい。


 三つほど試したが、その内の二つはコントロールが難しく、ひとつは不発だった。

 結局、一番適性があるのは植物系統の魔法であるという結論が出た。

 一番駄目なのは雷の魔法だった。



「にしても、剽軽な連中だな……」


 前の持ち主の真似をしているのだろうが、馬車を引くゴブリン達が見ていて滑稽で仕方がない。


『妾の下僕よ、ゴブリンの子供らしい様子に惑わされるではないぞ。あれでも魔物の端くれである。恐らく、前の所有者はすでに殺されているぞ』


「…………」


 別に、それを聞いてどうと思ったわけではない。

 思ったわけではないが、俺はこそこそと歩くのをやめた。


『ちょっとペースを速め過ぎではないか? 見つかってしまうと、結構面倒であるぞ。ゴブリンほど無邪気で残酷で、そして執念深いものはおらんからな』


「いや、炎魔法が大事だって聞いてたから、もう一回練習しておこうかなと」


 それに、恐らくゴブリンより残酷であろう相手を、俺はもう知っている。


『……別に、貴様ほどの魔力があればマンドラゴラの弱点を突かなくとも圧倒できるはずであるが』


「練習は大事だろう」


 俺は魔導書を開きながら、わざと足音を立てて馬車へと近づく。

 こちらに気付いたらしく、馬車が大きく旋回してこちらを向いた。


「フゴッ! フゴーッ!」


 御者台のゴブリンが興奮したように叫び、鞭の先を俺に向けてくる。

 馬車から降りて襲いかかってくるかと思ったが、意外なことにそのまま馬車でこっちまで突撃して来た。


「……あんまり、頭はよくないらしいな」


 必死に走ってはいるが、所詮引っ張っているのは二匹のゴブリンだ。

 そこまでスピードはない。


『……まあ、下僕らの元いた世界で例えれば、ちょっと賢い猿くらいであるからな。それに、手に入れたばかりの道具を使いたくて仕方がないのであろう』


 俺は向かってくるゴブリン馬車へと手を向ける。


「破壊よ、我が元に集いて炎を象れ。禁魔術、『破滅の豪炎ペルデルスフィア』」


 俺の手に真っ赤な光の玉が浮かび上がる。

 手を前に突き出すと、光の玉は馬車へと向かって飛んでいく。


 馬車を引いていた二匹のゴブリンは慌てて立ち止まるが、馬車は止まらない。


「ガァァァアアッ!」


 馬車に轢かれた馬役のゴブリンが断末魔を上げるのと、光の玉が馬車と衝突するのはほぼ同時だった。

 馬車が大破し、その破片が辺りに飛び散る。

 燃える馬車の残骸から、四匹のゴブリンが這い出してくる。

 どうやら馬車の中の見えないところにもゴブリンが乗っていたようだ。


 ゴブリン達は残骸を掻き分け、更にもう一匹のゴブリンを助け……あれ、人間じゃね?


 ゴブリンに助け出されたのは、幼い少女だった。

 口許から覗く八重歯が可愛らしい美少女ではあったが、青髪は汚れが目立ち、着ているドレスも継ぎ接ぎ跡が目立つ。


 少女は咳き込んでから目を開き、ゴブリンを跳ね除け、慌てて馬車の残骸を掘り返す。

 そこからボロボロのティアラらしきものを拾い上げ、頭に被る。


 少女が、吊目がちな目で俺を睨む。

 そのまま俺に近づいて来ようとしたが、礼服を着ているゴブリンに止められ、結局ゴブリンが四人係で彼女を抱えてどこかへ逃げて行った。

 見えなくなるまでずっと暴れながら俺を睨んでいた。


 俺は状況が呑み込めず、ただその様子を眺めていることしかできなかった。


「ひょっとしてなんか……ゴブリンを使役か何かしてるだけじゃなかったか、あれ」


『ゴブリンが人間の言いなりになど、まずならんと思うが……。女も身なりが汚かったし、馬車が盗品であったことは間違いないはずであるのだが……ううむ』


 どうにもトゥルムも自信なさげだ。

 長い間魔法の世界から離れていたらしいし、最近の知識が足りていないのかもしれない。


『あー! 今貴様、呆れたような顔をしおったな! さっきの女はレアケース中のレアケースである! これは自信を持って言えるぞ! 決して妾の見識不足などではないからな!』


「い、いや、そんなことは考えてねぇよ」


 長生きしていて達観しているのかと思えば、たまに恐ろしいまでに子供っぽくなるのはなんなのだろうか。


「さっきの子がただの泥棒だったらいいんだけど……」


 もしかすると貧しい子がなけなしの金で買った馬車を粉砕してしまったのではないかと思うと、どうにもいたたまれない気持ちになる。

 先に突進してきたのが向こうであることは違いないのだが。


『ゴブリンに誘拐? ううむ、そういう様子ではなかったな。そういえば、ゴブリンに育てられた捨て子の話を聞いたことがあるぞ。そいつはもっと、ゴブリンっぽい不細工であったと聞くが』


「そんなことがあり得るのか」


『妾もただのくだらん笑い話の類だと思っておったが……』


 さっきの少女のことは気になるが、とりあえず火魔法の確認もできたことだしマンドラゴラ対策は大丈夫だろう。

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