14
大きな風車小屋のある、小さな村だった。
風車小屋は小麦畑に囲まれていて、そこから少し離れたところに家が並んでいる。
『しかし、夜遅くになってしまったな。出歩いている人間もいないし、盗人か何かと誤解されるかもしれんぞ』
「人を背負った物盗りなんているかよ」
トゥルムが警告してくるが、メアリーを野ざらしに寝かせるわけにもいかない。
それに強盗か何かと勘違いされようが、いざとなれば魔導書の力があればどうとでもなる。
村の中を歩き回るが、すでに村人は眠っているのか、誰も見つからない。
このまま人の姿が見えなければ大声を出して呼びかけてみようかと考えていたところ、すぐ傍で扉の開く音が聞こえてきた。
「えっと……変わった格好をしておられますが、旅人さんでしょうか?」
声の主は茶髪の女だった。
俺が今まさに横切ろうとしたレンガ造りの家から、扉を半分だけ開けてこちらを見ている。
「そんなところだ。連れが目を覚まさなくて、とにかく安全なところで休ませてやりたいんだ」
女はこちらを警戒していたようだったが、俺の背にメアリーがいるのがわかると、安心したようだった。
暗くて見えていなかったらしい。
「狭いところですが、どうぞお入りください」
家に上げてもらい、メアリーをベッドに寝かせる。
女は酒らしきものでメアリーの怪我の消毒を行い、包帯を巻いてくれた。
彼女は名をハンナというらしい。
母は小さい頃に病気で死に、父は街の方まで小麦を売りに出掛けているため、今は一人暮らしなのだとか。
「本当に助かった。ありがとうな、ハンナ」
「……彼女はどうしてこのような怪我を? 見るからに、鈍器によるものだと思われますが」
どう答えるべきだろうか。
実は異世界転移してきたものでクラスメイトに襲われました、と正直に言うわけにもいかず、俺は口籠った。
「あ、と、言い辛かったら別にいいのですよ」
「……俺はそっちのが助かるけど、ハンナはそれでいいのか?」
夜中に急に現れ、血を流している女を背負っている男など、不気味で仕方ないだろう。
「ええ、危ない人っていうのは、嘘を吐くのが得意なものですから。後ろ暗いことがあっても、カタリさんみたいに顔には出さないものでしょう」
そう言ってハンナは笑う。
俺の脳裏に、優の姿が浮かんだ。
学校に久々に登校する前日、俺にキスしてから顔を赤らめ、逃げるように走っていった優の姿が。
今思い返しても、彼女の様子には一切の躊躇いも後ろ暗さもなかった。
「カタリさん?」
「あ、いや、すまん。その通りかもしれねぇなって思って」
今日はもう遅いので、俺もベッドを借りて眠ることにした。
ハンナの家には母親のベッドが残っていたため、ベッドの数に問題はなかった。
朝になっても、メアリーは目を覚まさなかった。
どころか、顔色が悪化しているようにさえ見える。
『もしかすると、ミズノとやらの持っていた木槌についていたコケのせいかもしれんな』
トゥルムが言うことは気になるが、ハンナの前で返事をするわけにはいかない。
俺は魔導書の表紙を二度小突き、トゥルムに話の続きを促す。
『あのコケは、サソリゴケであったかもしれん。本来そこまで強い毒ではないのだが、頭に直接受けたのがまずかったのだろうな。この調子では、三日と経たん内に死に至るであろう』
「お、おい! どういうことだよっ!」
「ひゃいっ!? すすす、すいませんどうしました?」
つい我を忘れて叫んでしまった。
急に怒鳴られたと思ったハンナは背筋を伸ばし、慌てふためいている。
「あ……と、な、なんでもない……ちょっと寝ぼけていた」
「……カタリさん、不安なのはわかりますけれど、ちゃんと眠らないとダメですよ? 目に隈ができています」
俺は苦笑いしながらハンナに謝り、魔導書に視線を落とす。
『白魔法に精通したものならば毒の解除もできるであろうが、こんな田舎村ではそれも期待できんな。その小娘を生かしたいのなら、白魔導士のいる街を探した方がいいであろう』
トゥルムに言われ、俺はハンナにこの辺りの地図がないかを尋ねた。
彼女は散らかっている机上の書類をひっくり返し、目的のものを見つけ出してくれた。
「この黒い丸がついている部分が、ここグリンミル村ですね。どこへ行きたいのですか?」
地図は手書きの簡単なものだった。
「メアリーの治療を魔術師に頼もうと思っているんだが、魔術師のいそうな街はこの辺りにないか?」
「……それなら、国境を越えてアイルレッダの王都までいかないと難しいのではないですかね。どれほど速い馬車を飛ばしても、一週間以上は掛かるでしょう」
ハンナは地図の端にあるところを指差す。
ちょうどレイアがクラスメイト達を連れて行こうとしている目的地だ。
どうやら地図で見る限り、クラスメイト達は崖を避けるために大きく回り道をしているようだ。
俺は崖を越えた分、クラスメイト達よりわずかに先を行っている。
とはいえわずかなリードであるため、向こうの進行具合によってはもう抜かし返されていてもおかしくないが。
「一週間……じゃあ、間に合わねぇなぁ……」
『近くの危険地域や狩り場を回ってみればどうだ? ひょっとしたら白魔導士とバッタリ遭遇するかもしれんぞ。勘を外せば、手遅れになるだろうが……』
「そんな運頼みみたいなことできるかよ……」
俺はがっくりと肩を落とす。
「あの……これを教えるのはあまり気が進まないのですが……」
ハンナは言い辛そうにしながらも、グリンミル村の傍にある山を指で示す。
「そこの山に何かあるのか?」
「山頂に、怪我や病気を癒してくれるといわれている泉があるんですよ。ただ山には、マンドラゴラという縄張り意識の強い魔物が住んでいまして……。泉の魔力によって生まれたマンドラゴラ達は泉と山を神聖視していて、人間が入ってくるのを嫌っているんですよ」
それからハンナは、俺の膝の上にある魔導書へと目を向ける。
「でも……それ、魔導書ですよね? カタリさんが火魔法を扱えるのであれば、マンドラゴラ達を遠ざけて泉まで辿り着くことができるのかもしれません」
山までは往復で二日ほどといったところだろうか。
これならば間に合うかもしれない。
「じゃあその間、悪いがまたメアリーを見ていてくれないか?」
「それが、そうはできないんですよ。泉の水は山を出れば力を失いますから、この山を登るのでしたら、その女の人も連れて行かないと」
「……なるほどな」
泉の治療法を使うのであれば、魔物のうじゃうじゃ湧いている森に病人を連れて行かなければならないと。
なかなか世の中上手く行かないものである。
『安心せい妾の下僕よ。マンドラゴラなど、妾からしてみればただの下級魔物である。その小娘を背負いながらでも、貴様ならば充分に対処できるであろう』
トゥルムに後押しされ、俺はマンドラゴラの泉を目指すことに決めた。
出発するとき、ハンナから餞別にと数日分のパンをもらった。
最初は悪いと思い断ったのだが、村で焼いたものだからぜひ食べてほしいと言われ、ありがたく受け取ることにした。
クラスの生徒一覧をこちらに記載しました
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