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 本を手に、俺は立ち上がる。

 さっきまで何も感じなかったのに、本から邪気というか、強烈な圧迫感のようなものを感じる。


「あ、あの本……なんで、またお前の手許にあるんだよっ!」


 本の放つプレッシャーに気圧されてか、その素性の知れなさに恐れてか、矢口が数歩下がる。


『カタリとやらよ! 好きなページを開くがよい!』


 謎の声に急かされるがまま、俺は藁に縋る思いで真ん中辺りのページを開く。

 左ページには何語かわからない文章が、そして右ページには複雑な魔法陣が描かれている。


『魔界植物……悪くない。その魔法陣の形を頭に刻み込み、宙に転写するイメージを持つのだ。呪文は左側に書かれている。適性があれば、貴様にも読めるはずだ。さあ、叫べ!』


 慌てて左側の文字列に目を通す。

 これのすべてが呪文なのか? それとも、この一部が呪文なのか?


「矢口! あの本を取り上げろ!」


 赤木の声を聞き、固まっていた矢口が俺に飛びかかってきた。

 早くなんとかしなくてはと、俺は手のひらを矢口に向け、あいつの上半身辺りの位置を睨みながら、本に書いてあった魔法陣の形を思い浮かべる。


「その蔦は地の果てから天にまで伸び、やがては神々を穿つ一本の槍となった。禁魔術、『魔界庭園の暴れ者オルトゥムアリムヘデラ』」


 呪文は口から自然と出てきた。

 唱えた瞬間妙な脱力感に襲われた。

 イメージした通り、矢口の身体を中心に、一瞬だけ魔法陣が浮かび上がる。しかし、何も変化はない。


「何も起きねぇじゃねぇか……驚かせやがって……おい、矢口? 矢口!」


 水野が声を掛けるが、矢口は動かない。

 目を見開き、自分の喉を押さえ、その場に蹲る。


「お、おい……どうしたんだよ矢口?」


「うぐぁ……うぼぇぇぇぇぇえええええ」


 矢口の首下辺りがぼこんと不気味に膨れ上がったかと思いきや、彼は急にピンと真っ直ぐに上を向いた。

 深緑の巨大な蔦が、矢口の口を裂いて天へと向けて伸びて行く。

 ゴキゴキゴキと、植物に圧迫された矢口の首の骨の折れる音がする。


「あ”、あ”、あ”……」


 すでに死んでいるはずなのだが、矢口の口から人間とは思えないような声が漏れる。

 押し出された体内の空気が漏れる音だったのかもしれない。


 次の瞬間、矢口の目と鼻からも植物が伸び始めた。

 蔦は血塗れで、抉り出した目の玉やら神経やらがこびりついている。

 蔦の重さに耐えきれなくなった矢口の身体が倒れるのと、胸元が裂けて内臓が辺りに撒き散らされるのはほぼ同時だった。


 グロテスクな光景のはずだが、俺の心を高揚感が支配しているせいか、それを見ても恐怖は感じなかった。


「あ、ああああああ、赤木……矢口、矢口が……」


 水野は木槌を地面の上に落とし、口をぱくぱくさせながら赤木を見る。

 赤木ならば最善の選択を教えてると、そう盲信しているようだった。

 そして赤木は、理不尽極まりない状況にも関わらず、水野の期待通り、即座に答えを導き出した。


 赤木は素早く水野に近づき、足払いを掛けて彼を転ばした。

 震えていた水野はあっさりと転び、地面に顎を打ち付ける。


 それから赤木は、迷いない動きで来た道を引き返し始める。

 俺の矛先が先に水野に向くよう考えたらしい。


「ま、待って、待ってくれぇっ赤木ィッ! 俺を、俺を見殺しにする気かよぉっ! あんまりだろぉ、なぁ赤木ィッ! 俺達友達じゃねーか、なぁっ!」


 水野の必死の呼びかけに対し、赤木は振り返りすらもしない。


 転がって喚く水野よりも、赤木を先に殺そう。

 このまま逃がすつもりなどないし、それになにより、赤木の思惑通りに動くのが癪だ。


 逃げる赤木の背に、掌を向ける。


「逃がすかよっ! 『魔界庭園の暴れ者オルトゥムアリムヘデラ』」


 唱え切ったとほぼ同時に、頭に金属製のものが当たり、手がぶれた。

 こめかみが切れ、血が滲むのを感じる。

 赤木が逃げながら、ポケットに入っていたライターを山なりに投げつけてきたのだ。


 赤木からずれ、そのわずか後ろの地面から矢口を貫いたのと同じ蔦が伸び始める。

 赤木は安堵したように口許を緩めたが、俺が赤木に向けていた手のひらの指を閉じると、蔦が赤木の身体に絡まって自由を奪った。


 しかし矢口のときに比べると、いくらか蔦が細い。

 赤木とはかなり距離が開いているので、そのせいかもしれない。


 魔法を二度立て続けに使ったせいか、頭がくらくらしてくる。


「は……はは、ははは……」


 水野は恐怖でガチガチと歯を打ち鳴らしながら笑い出す。


「……こっちに、運んでこい」


 蔦に手を翳すと、赤木を絡めた蔦が俺の傍まで伸びてきた。


「こんな、こんなことがあってたまるか! 俺は、俺は……お前らとは違って、こんなところで、死んでいい人間じゃないんだよっ!」


「おい水野、赤木を殴り殺したら、お前だけ助けてやってもいいぞ」


「ほ、ほほほ……ほ、本当か? 本当なのか?」


 水野はガクガクと震える膝を押さえながら、ゆっくり立ち上がる。

 それから落とした木槌を拾い、赤木の方を向く。


「や、やめろ水野! 殺せ! それでカタリを殴り殺せ! お、俺の方を向くなぁっ! あいつがそんな約束を守るわけないだろうが、馬鹿っ! 殺せ、俺に木槌を向けるなっ!」


「うるさいっ! さっき、俺をこかして逃げようとした癖に! 逃げようとした癖によぉっ!」


 木槌を振りかぶり、何度も何度も赤木を殴打する。

 赤木の整った面が、内出血で赤紫に腫れ、折れた歯が地に落ちる。

 頭に当たった一撃を最後に、赤木はがくんと首を垂らした。


「やや、やったぞ! な、なぁ……カタリ……カタリ、俺は、俺は……これで、いいんだよな? なぁ? 俺、俺実は……いつも、いつも、周りに合わせてやってただけなんだよ。なぁ、だから、見逃してくれるんだよな? さっき念押ししたら、本当だって言ってたもんな? なぁ? なぁっ!」


「ああ、嘘だよ」


 水野はだらしなく口を開けながら、呆然とした目で俺を見る。

 この言葉は、どうせなら矢口への意趣返しとして言いたかったものだ。


 水野に手を向けると、赤木を縛っている蔦の枝分かれした一部が伸び、水野を襲う。


「うわぁばばばばぁあばあぁっ! 来るなぁっ! 来るなぁぁぁああっ! お、おお、俺は、いつも、嫌々……だから、だからぁぁぁっ!」


 水野は後退しながら、がむしゃらに木槌を振り回す。

 人差し指を向けると、蔦は俺の脳裏に描いた軌道通りに木槌を綺麗に避け、水野の口の中へと飛び込んだ。


「ほが、ほがほが、ほがぁっ!」


 水野の口に入ってから、蔦がその太さを一気に増していく。

 もがきながら、必死に蔦を木槌で叩く。

 蔦は水野の体内を掻き回しているようで、水野はゴフっと咳き込むと同時にだらりと両の手を地に垂らし、鼻血をだらだらと勢いよく垂れ流しにした。

 目が一気に真っ赤に充血し、身体が痙攣している。


「は、はははは、はははははははぁっ! すげぇ……この力が、この力があったら、あいつらを全員ぶっ殺せる!」


 俺は笑った。

 魔法の副作用のせいか頭がぼんやりすることもあって、力を手にした高揚感に溺れ、大声を上げて笑った。


 落ち着いて来てから、笑い過ぎてガラガラになった自分の喉を撫でる。


「それで……いつまで死んだフリをしているつもりだよ」


 俺が睨んでも、赤木はまったく反応を示さない。

 大した奴だ。この期に及んでまだ、死んだフリで逃げ切ろうと思っているらしい。


「言っとくけど、お前が死んでても俺はお前をバラバラにするからな」


 俺がそう言った瞬間、赤木は目を開き、自分の歯を噛み潰して俺に吐き掛けてきた。

 頬に当たる。さして痛みはなかったが、不快感があった。


「……お前の妹、泣き喚きながら扉を叩いてたんだってな。カタリ、お前は死体を見たのか? なぁ? 純粋に疑問なんだが、ひょっとして、葬式のとき、火葬しなくてもすむのか? 手間が省けてよかったじゃないか。感謝してくれよ」


「死ね」


 俺が蔦に手を向けると、赤木を地面に擦り付けながら成長を始める。

 崖端を越えたところで、そこで蔦の拘束を解除する。

 宙に投げ出された赤木は、蔦を掴もうと必死に手を伸ばすも、そのまま崖底へと落ちていった。


「……甚振るつもりだったのに、感情的になっちまったな」


 崖端まで行き、底を覗き込む。

 赤木は崖に身体を擦り付けながら落ちていっていた。皮膚が削られ、ほとんど原形を失ってから水面に叩き付けられ、濁流に呑み込まれていった。

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