食事
「はい、お手数おかけします。よろしくお願いします」
丁寧な口調で話しレーナは音が鳴らない様に電話を切った。
「いつだと言っていた」
「3日後くらいになるそうです」
レーナの話し相手は露店商会。新再建計画を実行するために顔合わせをしたいのだが、城以外全てを流しつくしてしまったためこちらから合う事が出来ず、向こうから来てもらえるよう交渉をしていた。
「3日か、思ったよりは早いな」
「はい。ありがたい話です」
喜びとは裏腹に引きつった笑顔で答えるレーナ。ついさっきまで誰であっても立ち入り禁止! なんて命令を出して部屋に籠っていたくらいだからな。まああれを見たら仕方が無い。
「露店商会の人間が来るまではまともに活動も出来ないな。外はあれだし今日は休ませてもらう」
「はい。今は体を休めて下さい。まだしっかり休んでいないのですから」
断りを入れてルドルフは部屋に向かうと直ぐに風呂に入った。そのままふわふわにセットされたベットに飛び込みたいほど疲れていたが、全身に浴びたワーウルフの血が相当な獣臭さを放っているのに今になって気が付いたからだ。
(なかなかいい湯だったな)
疲れた時ほどお風呂に入る。それが大事と思っているルドルフの信条通り全身がさっぱりして気持ちがいい。このふわっとした心地よさと適度な眠気に身を任せ、心の赴くままにベットに飛び込む。
ゴンッ。全身を柔らかな羽毛が包み込むはずが、とても固い何かにぶつかった。
「おい、何すんだよルドルフ! 痛てえじゃねーか」
その固い何かはヘルヴァだった。ああ、途中で気付いていたさ。ヘルヴァがベットに入る瞬間を見ていたさ。それでもこのふわふわベットを汚された恨みを晴らさないでは気が済まなかったんだ。
「何をするんだじゃない。何でここにいるんだ!」
タックルを決めたことを謝る事無く怒ると、ヘルヴァもそんなことを微塵も気にしていない様で持ってきた酒の入った瓶を振った。
「久々に会ったんだ。そりゃあこれに決まってんだろ」
付き合わなければ解放されない。それが分かっているルドルフは仕方なく付き合う事にした。
「それで、お前はいつまで居る気だ」
いつの間にか外は暗くなっており、ルドルフの部屋には酒瓶が転がっている。昼頃から付き合いいい加減お開きにしたくなったルドルフがほろ酔い気味に尋ねるが「そんな邪険にするなよ」ヘルヴァはうわ言の様に文句を言い酒瓶を口に運んだ。
酒癖が悪いのは知っていたが、久々だとやはり堪えるものがある。この姿を見るたびに『酒は飲んでも呑まれるな』という格言を思い出す。
「そう言えば、お前はいつまで居る気だ」
「ん、さっきも同じ事聞いてたぞ? お前の方が酔ってんじゃねえのか」
覚えているのか。割としっかり意識があるじゃないか。
「そうじゃない。リンドベルクにいつまで居るのか聞いたんだ。この国には酒場も無いし傭兵団も無い。お前の居る理由は無いだろ」
「ん、......」一言漏らすとヘルヴァは黙り込み、じっとルドルフを見た。その視線に「なんだ」と言いたくなる気持ちを抑えて我慢していると、ヘルヴァは急につまらなそうな顔をして酒瓶を床に捨てた。
「まあ確かにな。居る理由はねえな」
今までの酔いが嘘のように真剣な顔で話しベットを下りるヘルヴァに、少し胸のざわつきを感じていると、
「でも、それはお前も――――」そこまで言いかけヘルヴァは口を閉じた。
「ん? お前もなんだ」
気になり尋ねると「何でもねえよ」後ろ手で手を振り部屋を出て行った。その珍しく煮え切らない態度にこちらの方も煮え切らない気持ちになる。
「なんだったんだ。全く」
その態度に若干の苛立ちを感じながらも追うほど元気も無く、散らかった酒瓶を片付けづ眠りに落ちた。
次の日。酔って寝ても日の出前に目を覚ます体内時計に、最早敬意すら感じ始めながらベットから起き上がる。
カランッ、足に当たった酒瓶が転がる音がした。一日の目覚めが掃除から始まるのは何というか、何とも面倒くさくなる。おそらく、ここで掃除しないでいると生活が荒み、どんどん堕落していくのだろう。
酒瓶1つで人生まで話を広げながらめんどくさそうに酒瓶を拾い集め、全てをドアの近くに置いた。自分で全て片付けないのは少しアウトな気もするが、それで堕落するならそれでいいといらない覚悟を固めてルドルフは部屋を出た。
「おはようございます」
外はまだ暗いというのにやたら大きな声で挨拶する声に、少しイラつきながらそちらを見ると緊張した様子のモンドが立っていた。
特に気にする必要も無いのだが、やはり若干の蟠りを感じる。それが昨日の一件で全てが流れたという気持ちにはなれない。
「どうしたこんな時間に。何か用か」
少し愛想の無い返事を返すとモンドは緊張した様子で食事に誘って来た。その意外な申し出に少し戸惑ったが一緒に食事を取ることに。
「それで、何か用なんだろ。何も気にしないで言ったらどうだ」
特に前置きも無く本題に持ち込むと、モンドも食事の手を止め真剣な様子でルドルフを見つめ「あの時は、申し訳ございませんでした」謝罪を口にしてゆっくりと頭を下げた。
その脈略のない謝罪にルドルフは困惑した。あの時......思い出そうにもどの時か思い出せない。そもそも謝罪をされる覚えが無い。
「おいおい、いきなり謝られても意味が分からんぞ。いつの事だ」
「俺が、西門でワーウルフに突っ込んで殺されそうなところを助けてもらった時です」
モンドは頭を上げずに答えた。あの時、その場面で謝罪をされることなど無かったような気がするが......
「俺は、助けてもらったにも関わらず、ルドルフさんの事を、ば、化物だと感じてしまったのです」
そこでやっと分かった。あの時向けられた目。そのことをモンドがずっと気にしていたのだと。
「助けてもらわなければ俺も、兵士も全員殺されてたのに......俺は、ワーウルフよりもあなたが怖かった」
ハッキリと全ての気持ちを口にするモンド。まさか、そんな事を気に病んでいたとは......正直「そこだったのか」と言いたくなるがそんな茶化したような事を口にするほどルドルフは軽く話を流す性格では無い。
「ふっ、そんな事は気にしておらん。それよりも、お前はワシの事を許していないんじゃないのか」
ルドルフの問いかけにモンドは顔を起こして眉をひそめた。ルドルフが大量殺人をやった事実は変わらない。それがどういう理由であれ、モンドにとってそれは純然たる悪でしかない。それをあえてぶつけるルドルフはどこか試しているような空気さえある。
「......確かに、あなたのやったことは許せない。どれだけ深い恨みがあっても数十人の命を奪い、無残に殺したあなたを俺は今後も絶対に許す事は無いです」
モンドの放つ言葉は純粋で胸が痛くなる。
「それでも、あなたは多くの人の命を救った。崩壊に向かう国の事実を表に晒す事で国民を救い、一昨日もワーウルフの侵攻から我々を救ってくれた。そのことは、感謝してもしきれません」
許せない気持ちは確かだが、完全な悪とは思えない。そんな複雑な心境を感じさせるモンドの言葉はどこか、強い思いと迷いを含んでいた。
そんなモンドの言葉にルドルフは「そうか」と一言返し食事を再開すると「それじゃあな。今日は話せてよかった」それだけ言い残して食堂を出て行った。




