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もと勇者御一行様 ~還暦からの世直しじゃ!~  作者: 永月裕基
ここから二章です(二章完結後変更)
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防衛戦2

燃え盛るリンドベルク城を見たルドルフは一瞬目の前が絶望で覆いつくされる感覚に支配されたが、直ぐに有りえない事実に気が付いた。それはワーウルフを知る者なら誰でも辿り着く簡単な事実。そう、ワーウルフが火を起こせるはずがない事だ。

 早とちりして鼓動が速くなった心臓を落ち着け状況を確認する。

 目の前には城下を覆う数え切れないほどのワーウルフ。1つ残さず壊された家屋と、誘い込むように燃える一部の家屋。燃え盛るリンドベルク城。その全てがワーウルフに対しての抵抗を物語っていた。

(レーナ達は抵抗したのか。だとしたら今は城の中に居るはずだ) 

 レーナ達の無事を確信したルドルフは再度思考を巡らせた。

 見たところ炎の勢いは凄まじく、最低でも後10分は燃えている勢いはある。しかし、門の外にはどこから湧いて出てきたのか分からないほどのワーウルフが控えている。これをまともに相手をしていてはヘルヴァと協力しても時間が足りない。それに『王』と戦い、次元移動を繰り返した現状では氣が殆ど残っていない。こんな状態で戦えば戦っている内に間に氣が尽きてやられてしまうのが落ちだ。

 となれば残された選択はただ1つ。残りの氣で炎が燃え尽きる前に全てのワーウルフをどうにかするだけだ。

 全てを呑み込んだルドルフは急いでリンドベルクの北東にある浄水場へ駆け出した。ルドルフの次元移動を使えばリンドベルク城の頭上に膨大な量の水を降らせ、リンドベルク城の炎を消しながらワーウルフも押し流す事が出来る。それが出来るのはリンドベルクが元々森を切り開いて作った村であり、リンドベルク城を頂点に歩いていても気が付かないほど緩やかな傾斜になっているからだ。だが、その作戦を実行するには相当量の氣が必要で、今のルドルフでは足りるかどうかギリギリだ。

(まともに走れば体が重いな)

 氣を使わずに城壁の上を駆け抜けるルドルフは、全身に感じる痛みと加齢による肉体の衰えを再度痛感していた。氣の肉体強化ドーピングを日常ならば一秒も切らさずしていられるルドルフは、常日頃から他者に気付かれないほど薄く気を張り、動きづらくない程度に過ごしている。そのせいもあり、年齢相応の肉体の可動域の狭さや疲れの蓄積を100%そのまま感じるのは、実感として数倍のものになっていた。

 とはいえそんじょそこらの人間とは体のつくりが違う。息を切らすことなく還暦過ぎのお爺さんとは思えない軽快な走りを見せた。

(後半分くらいか。既に4分くらいは経っているが、ギリギリ間に合うか)

 流石に辛くなってきた体を無視して算段を付けていると、衝撃的な光景が飛び込んできた。

(炎が、弱くなっていないか?)

 10分以上は燃え盛ると思っていたリンドベルク城の炎が、既に4分の1程まで弱まってきている。それはリンドベルクの緩やかな傾斜が起こした誤算。ルドルフが正面から見た時は多くの油がリンドベルク城の近場にあり、流れても奥の大きな炎と重なって流れている事に気が付けなかった。そのせいでルドルフは発火が液体の油では無く、わらや紙などの固体だと勘違いしたのだ。

 横から見れば全ての答えが出揃っている。大きな炎など存在せず燃え広がる大河。しかし、大河は徐々に小火に変わっていくのも時間の問題だ。

 早くしなければ! ルドルフは一歩でも大きく進もうと体を動かす。それは長距離走から短距離走に変えるような行為、まだ数キロはある残りの距離を走り切るなど若い体でも難しそうだが、無理を承知でスパートをかけた。

 「ハァ、ハァ、ハァ、うぅ......ぶぇ! ぶぶぅっ! ............ハァハァ」

 両手を膝に着き、体の中の物を全て吐き出してしまいそうなえずきを繰り返す。全力疾走がここまで辛いとは......改めて自身の老いを感じさせられる。それでも、目的地には辿り着いた。後は魔力を練り上げて発動させるだけだ。

 ルドルフは呼吸を整え急いで剣に氣を注ぎ込んでいく。ルドルフの氣を注ぎ込まれた剣は徐々に輝きを増していくが、その速度は魔獣王ガルフと戦った時とは比べ物にならないほど遅い。

 ふん! 気合を入れ直しもう一度絞り出すように氣を剣に注いでいく。しかし、剣の輝きは大して増していない。ルドルフは完全に限界を迎えていた。既にカラカラに絞り切った雑巾のように氣を出し尽くし、これ以上一歩も動けないほど消耗していたのだ。

「くそ、あと少しだというのに......あと少しで満たせるんだ」

 どれだけ必死にもがこうと氣が増えることは無い。ないものはない。それは誰もが知っている当然の事で、例え世界を救った事がある勇者であっても例外では無い。

 もう火も消えかけ、かつて城下町だった位置まで後退していたワーウルフが今か今かと身震いをしながらリンドベルク城に狙いを付けている。そして、小さく風が吹いた途端、ロウソクの火を吹き消すようにリンドベルクの火が消え去った。

「ガアアアアアアアア」

 一斉にガルフの声がリンドベルクに鳴り響く。それは腹を空かせた犬に餌を与えた時のように、凶暴に、獰猛に、一斉に飛び出した。

 だが、飛び出したワーウルフ達は一瞬にして姿を消した。それは、種も仕掛けも丸分かりの、しかし、誰にでもやれる訳では無い手品こうげき

「おいおい、せっかくジジイが命削ってショーの準備してんだ。短期を起こすんじゃねえよ」

 東門から全身を真っ赤に染めて不機嫌そうに口にするヘルヴァ。その後ろには無数のワーウルフの死体が散乱しており、まだ完全に死んでいないのもいたがぐったりとして襲い掛かる気配は無い。

「前座は俺が務めてやるよ。そんなに血が見たけりゃこっちに来い」

 挑発するようにヘルヴァが左手を自身の方に振る。その明らかな挑発行為にワーウルフ達は一斉に襲い掛かる。しかし、一瞬にしてワーウルフの体は胴から真横に斬り裂かれ、そのまま群れの中まで吹き飛ばされた。

「俺に攻撃出来ればの話だがな」

 一瞬にして視界が血に染まり大量の死を浴びているにも関わらず、ヘルヴァは不敵に笑っている。その姿にワーウルフも恐怖を感じ、ヘルヴァを無視してリンドベルク城目掛けて走りだそうとするが、ヘルヴァはリンドベルク城目掛けて走り出したワーウルフに龍砲を撃ち形が残らないほど消し飛ばした。

「邪魔するなって言っただろ」

 圧倒的な力で全ての権利を剥奪するヘルヴァ。その時ワーウルフは生まれて初めて感じる心からの恐怖に身を震わせた。最早信じがたい事実に思えるがワーウルフは魔獣であり、南の森の支配者であり、多くの人間から恐れられる存在。恐れを抱いたことも恐怖に身を震わせた経験も無いし、一生無いまま過ごす事が約束されたような存在なのだ。それ程の化物でもヘルヴァという存在には尻込みせずにはいられなかった。

 そして、その存在を前座にするほどの存在がもう一人。

「ふっ、いいところを持っていきおって、ワシの見せ場が薄まるじゃないか」 

 嬉しそうに文句を呟きルドルフはもう一度氣を絞り出す。すると、さっきまでは一滴たりとも絞り出せなかった氣が少量だが絞り出た。それは泥臭い話だがヘルヴァという仲間の登場に感情が動いたからに他ならない。

 気に満ち満ちた剣を真上に突きだし狙いを付け、一切の迷いも無く一気に振り下ろす。その瞬間、リンドベルク城の真上の空間が真っ二つに切り裂かれ、轟音がリンドベルクに鳴りだすと、凄まじい勢いと量の水が流れ落ちた。そのあまりの勢いに一瞬リンドベルク城自体が水で壊れてしまうのではないかと心配になるほどだ。

 突然現れた国を呑み込むほどの水はリンドベルクの緩い傾斜に乗せられ、瓦礫、残った油、ワーウルフの死体、剣や矢、あらゆるものを流していく。

「おいおい、やり過ぎだろ!」

 迫りくる鉄砲水にヘルヴァは急いで斧を城壁に投げ刺すと、近場にいたワーウルフを踏み台に斧まで飛び、そのまま斧を足場に城壁の上まで逃げた。その直後、鉄砲水はワーウルフ達を呑み込み全てをリンドベルクの外に洗い流していく。

「間一髪だな」

 流石に肝を冷やしたのかヘルヴァが安心したように溜息を漏らす。

「........................ふぅ」

 城壁の上で大の字に寝ながらルドルフが安堵の溜息を漏らす。

 流石にもう動けない。氣を練ることはもちろん、立つことすら無理だ。全身が重く、強烈な睡魔が襲って来る。

 だが、まだ空は暗い。星々は煌々と瞬き夜空を飾っている。時間から考えて再度ワーウルフが襲って来る可能性が十分にある。......しかし、もうルドルフに動く元気は無い。

「もう、動けん。後は任せたぞ、ヘルヴァ」

 全てを任せ、ルドルフは重い瞼の指示通り、ひっそりと眠った。


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