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もと勇者御一行様 ~還暦からの世直しじゃ!~  作者: 永月裕基
ここから二章です(二章完結後変更)
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防衛戦

時は遡り、ルドルフとヘルヴァが城を抜け出した直後のリンドベルク城

 話を聞かない2人の勇者に対し怒りを感じながらも、この危機的状況を何とか乗り越える為レーナも必死に動いていた。

 装飾も何もない広く長い廊下を早足で歩く。それなのに今はいつもより長く感じる。

 レーナが向かったのは城の一階にある休憩室。そこは使用人達がいつも集まっている場所だ。

 ガチャン

 城の中では一番質素な木造の扉を開けて入ると、中央に横長のテーブルとお茶請けが置かれているだけの質素な空間が広がっていた。

「姫様! どうかされたのですか?」

 普段は来ないレーナの訪れに、休憩室で気を抜ききっていた使用人達は慌てて姿勢を正す。 

「緊急事態が起きました。この国にワーウルフが迫っています」

 レーナの言葉に使用人たちは呆気に取られている。想像もしていない事態に頭が追いついていないのだろうか。

「ルドルフ様とヘルヴァ様が問題解決に取り組んでいますが、どうなるかは分かりません。なので一度国を放棄して他国に退避しようと思います。皆さんはその準備と通知をお願いします」

 レーナはそれだけ伝えると足早に休憩室を出た。残された使用人達は完全には呑み込めていないのか、互いの顔を見つめ合っている。その顔は驚きだけでなく困惑も見られたが、切迫した状況を直ぐに受け入れ動きだした。

 レーナ次に向かったのは直ぐ近くにある医務室。ここには第二部隊の兵士と今だ意識を取り戻さないモンドがいる。

 ガチャン

 白に塗られた扉を開けて入ると、中には診察を行う机が一脚、ベットが4床、それと薬棚が置かれているだけの、村の診療所のような空間が広がっていた。

「レーナ女王。どうかされましたか? 」

 椅子に座っていたマティスが特に驚いた様子も無く尋ねてきた。レーナは使用人達に話した事と同様の話をマティスにすると、瞬時に全てを呑み込んだマティスは助手を呼びつけ薬を作り始めた。

「モンドの薬を調合するのでその間、女王には第二部隊の兵士達の説得をお願いします」

 その判断の速さに少々驚きながら、レーナも自分の役割を果たすため医務室の奥に居る第二部隊の兵士達の下へ向かう。

「何か用でしょうか? 」

 モンドを囲むように座り込む第二部隊の兵士達がぶっきらぼうに尋ねてきた。説明会以来この態度だ。結局のところ第二部隊の兵士達はモンドの為に残っただけで、根っこは国を去った国民達と同じでこの国には絶望している。その絶望の原因であるレーナを敵視するのは当然と言えば当然だ。

 しかし、明らかに攻撃的な態度を取られて癪に障る。もともとムカついていたこともありいつも以上に苛立ったが、今はそんな事を気にしている場合では無いとぐっと我慢して、第二部隊の兵士達にもワーウルフが迫ってきている事を説明した。

「そんな......」

 第二部隊の兵士達は悲壮感に満ちた顔をして項垂れた。そうなるのも無理はない。外で戦う事が仕事だった第二部隊の兵士達は、ワーウルフの恐ろしさをここにいる誰よりも良く知っている。それに、数日前のワーウルフによる仲間の大量殺戮は記憶に新しい。

 しかし、項垂れている暇などない。

「怯えている暇はありません。直ぐに逃げるので皆さんも今すぐ退避の準備を済ませて下さい」 

 活を入れる様にレーナは指示を出すが第二部隊の兵士達は項垂れたままだ。

 自分でどうにかできるとは思っていなかったが、ここまで無反応とは思わなかった。やはり、第二部隊の兵士達を奮わせられるのはモンドしかいない。

 レーナが自分の無力を感じていると、薬を調合し終えたマティスがやって来た。

「さあ、道を開けて下さい」

 マティスは押し入る様に皆を退けるとモンドに暗い緑色の薬を飲ませた。

「ぐっ、んんん、、、、ぐぐっぐっ」

 薬を飲まされたモンドが苦しそうな声を上げてもがいている。意識不明の人間が苦しみもがく薬とはいったい......

 薬の味に興味と恐怖をそそられながらモンドの回復を待っていると、モンドはもがき苦しむのを止めゆっくりと目を覚ました。

「モンド? 大丈夫ですか? 」

「レ、レーナ王妃......どうして? それに、ここはいったい......」

 状況が理解できていないモンドは戸惑っている。しかし、1から説明している時間などない。

「細かい事は後で聞きなさい。今は緊急事態なのです」

「緊急事態。それはどういうことですか」

 緊急と言う言葉を聞いただけでしっかりとしたモンドに、他の人に話した事と同じことを説明する。すると、モンドは腕を組みをし顔を曇らせた。

「レーナ王妃。もしかしたら退避は無理かも知れません」

「どういうことですか」

「ワーウルフ程の化物になると人間でも倒れてしまうくらい濃い殺気を放つのです。退避を考える程の状況ならばその濃さは相当の物だと考えられます。最悪逃げている途中に気を失ってしまうかも知れません」

 モンドの言葉を受けレーナの中にあった小さな希望は消え去った。モンドの言う通りならば実質ルドルフとヘルヴァに任せるしか無く、自分たちでは何もできないことになってしまう。もちろん2人を信じていない訳では無いが、たった2人で化物の大群をどうにか出来ると思う方がおかしい話だ。

(どうすればいいの)

 最善と考えていた選択が塞がれレーナは動揺を隠しきれない。もともと経験不足ではあったが、こういう緊急事態では1つの選択を失くことは大きな意味を持つ。それに、最善と判断した国の退避が重大な選択ミスだという事実も更にレーナを動揺させていた。

 どうするべきか。落ち着かない頭で必死に考えるがなかなか答えが出ない。

「レーナ王妃。レーナ王妃! 」

「え!? 何ですか? 」

 考えにふけっていたレーナは驚きながらモンドの大声に返事をする。

「退避指示はもう出してしまったのですか? 」

「ええ、ここに来る前に使用人達に......! 」

 そこまで言って気が付いた。使用人達が退避用の馬車を取りに行っていたら今頃......

バタンッ!!

 レーナは急いで医務室を立ち去りヒールを脱ぎ捨てると、心の底から無事を願い廊下を駆け抜けた。普段は走ることが無かったため走り方はぎこちなく、足はかなり遅いが、それでも懸命に走り続ける。すると、前方に数人の使用人達の姿が見えてきた。

「皆さん無事ですか! 」

「え、はい。無事です」

 息を切らして焦った様子のレーナに驚きながら使用人が答えると、レーナは安心からその場に座り込み、「良かった。本当に良かったです」

 嬉しそうにそう繰り返した。なんでこうなっているのか分からない使用人達は困惑している。

「あの? 何かあったのですか? 」

「ええ、先ほど、モンドに外は殺気が濃くて、危ないと言われまして、皆がどうかなってしまったのではないかと、心配だったのです」

 肩を上下にしながら息も絶え絶えに答えると、使用人達はとても驚いた顔を向けた。

「え、私達の為に駆けつけてくれたのですか」

「そうですよ。大切な国民ですから。当然の事です」

 その言葉に使用人達は心の底から喜びが湧き上がる感覚を覚えた。どこまで行っても所詮は使用人と一国の女王。その関係は雇い主と雇われ人の関係で、それ以上でもそれ以下でもない。そして、多くの場合その関係に深い情など存在しない。それなのに、レーナは身を案じて駆けつけてくれた。それも靴を脱ぎ捨ててまで。この事に感動しない使用人など存在しない。

「ありがとうございます。レーナ様にお仕え出来て本当に幸せです」

 涙を浮かべて喜ぶ使用人達。しかし、レーナにはどうして泣かれているのか分からない。レーナにとって命を大切に思うのは当然だから。

「さてと、これからどうするかですね。外に逃げられないのであればお2人を信じて待つしかないですか」

 息を整え一安心したレーナがまた頭を抱えていると、使用人達が嬉しそうに近づいてくる。 

「それならば私たちに提案がございます」

 自信満々に言う使用人達に内容を聞くと、先頭にいた使用人が胸を張って答えた。

「防衛するのです」

「......」

 その使用人達の言葉に絶句するレーナ。

 防衛? ワーウルフ相手に? 目が合うよりも先に殺されてしまうと言われるあのワーウルフ相手に?

 やれるはずがない! 思わずそう叫びたくなったが喉元で堪えた。

「相手はワーウルフなのですよ。下手を打てば瞬時に命を取られてしまう相手なのですよ」

「はい。存じております」

「では、なぜ」

「それは――」

 使用人達が答えようとその時、城の入り口の扉が開き城の門番を務めるアヴェルとロゼが入って来た。2人は城在中の兵士で唯一残った第一部隊の兵士だ。

「ふぅ~。ようやくひと段落だ」

「休んでいる暇は無いですよ。先輩」

「分かってるよ」 

 額の汗を腕で拭いながら2人は使用人達の下へ向かって来る。その時レーナの姿が目に入ったのだろう。リラックスしていた2人は急にかしこまり姿勢を正した。

「何をしていたのですか? 」

 不可解さを強めたレーナが何をしていたのか尋ねる。その顔は少し強張っており2人は更に緊張した様子で背筋を伸ばす。

「防衛の準備をしていました」

「防衛の準備? 私はそんな指示出していませんが。どういうことですか」

「ええと、それはですね。使用人の方々から退避の話を聞いたときにその~何と言いますか~......」

 煮え切らない態度で口ごもるアヴェルだが、1つ息を吐き、心を落ち着け真っ直ぐレーナを見つめた。

「女王の指示が間違っているのではないかと思いまして。私達の独断で防衛の準備をした方が良いと判断しました」

 初めて聞いた部下の反抗にレーナの心臓は鼓動を強める。意見を言える人間がいる国を作りたいと思っていたが、まさかそれが今とは思いもよらなかった。

「えっと、私の判断が間違っていると思ったのはどうしてですか。殺気の事ですか? 」

「殺気も理由の一つですが、一番は国を放棄すると言う判断です」

 その言葉にレーナは益々分からなくなった。殺気で国を抜け出せないから防衛しかない。と言う考え方なら理解できるが、アヴェルの口ぶりではそれが逆のように聞こえる。だが、レーナにとって国を放棄することが判断ミスだとは思えない。どうしてそこを判断ミスだと感じたのだろうか。

 理解できていないレーナに使用人達が笑顔で助け舟を出す。

「レーナ様。レーナ様が私たちを大切に思って下さっているように、私たちもレーナ様の事を大切に思っているという事ですよ」

 その言葉でやっとレーナは理解した。自分が国を放棄するという事は、大切なものを諦めるという事。それは、言い換えるならばここにいる誰かの命を諦める事と同じだったのだと。

 それほどまでに自分の事を考えてくれている皆の気持ちに、レーナの目頭が熱くなる。使用人達が思っていた事と同様に、レーナ自身も互いの関係にどれほど情があるのか不安だったから。

「私達は国に残ると決めた時から、この国で命を全うすると覚悟を決めています。何があってもこの国からは去りませんよ」

 こんな事態でも笑顔を向けて話す皆の姿に、レーナも目頭を拭い覚悟を決めた。

「ありがとうございます。皆の気持ち、とても嬉しく思います。私も覚悟を決めました。今から防衛の準備を行います。......と言っても戦術に関しては私は無知なのでお2人にお任せしてよろしいですか? 」

 そう口にしレーナが視線を送ったのはアヴェルとロゼ。

 突然大役を振られた2人は一瞬不安そうな顔を見せたが、

「お任せください。必ずルドルフさんとヘルヴァさんが戻って来るまで守り抜いて見せます」

 左胸に手を当て力強く答えた。

 その姿は虚勢だった。しかし、その堂々とした姿は他の者に不安を感じさせないほど毅然としたものだった。

「その防衛。俺達も参加させてもらえますか? 」 

 すると、後方から聞き慣れた野太い声が掛けられた。レーナが振り向くと、そこにはモンドを先頭に第二部隊の兵士達が並んでいた。 

「モンド......事情は全て聞いているのですか? 貴方達だけならまだ他国に移れますよ」

「全部マティス先生から聞きました。俺はもとよりこの国で命を全うすると決めていますので。それに、今の話を聞いてこの場から去ろうとする兵士なんていませんよ。そうだよな? お前ら」

「ええ、俺たちはどこまでもモンド隊長に付いていきますよ。......それと、レーナ女王。ここ数日の無礼な態度、申し訳ございませんでした。俺たちはてっきり王族の方は俺達国民の命を軽く見ていると思い込んでました」

 深々と頭を下げる第二部隊の兵士達にレーナも頭を下げる。

「私こそ、力無い為に皆に絶望を与えてしまい申し訳ございませんでした。絶対に再建を果たすので、改めて力を貸してください」

 互いに謝罪で関係を修復し、全員で防衛の準備に取り掛かった。



雲の無い空を茜色が染める頃、リンドベルクの家々は眩い光を放ち夜を迎える準備をしていた。そして、その城下を見下ろすように並ぶレーナ達。 

 物が置かれていない屋上広場には剣、槍、弓矢、ボウガンなどの武器と、油玉などの道具などが所狭しと集められている。

「少し、冷えますね」

 緊張した面持ちで呟くレーナ。いつも以上に寒く感じるのは城の上だからなのか、それとも迫りくる殺気のせいなのか。

 刻一刻と迫りくる開戦の時に皆の余裕がなくなっていく。

 ............!

 もう日が落ちかけ開戦を覚悟したその時、遠くの方から遠吠えの様な声が聞こえてきた。

 化物達の開戦の合図かとロゼが望遠鏡を手に取り西門の様子を窺う。しかし、ワーウルフ達が迫って来る様子は無い。すると、今度はピリピリと大気に充満していた殺気が急激に薄まった。

 いったい何がどうなっているのだろうか? 不可解な現象の連続にモンドですら首を傾げている。だが、皆漠然と期待している事がある。殺気が薄まったという事は、危機が去ったのではないかと。 

「ルドルフ様とヘルヴァ様がどうにかしてくださったのでしょうか? 」

「どうでしょう。状況が見えない分楽観視は出来ません。......しかし、期待しても良いかも知れませんね」

 張り詰めていた空気が和んでいく。戦わなくて済むと感じた者の中には、その場に腰を下ろし安堵している者さえいる。......しかし、その空気は一瞬にして打ち破られた。

「に、西門より、大群のワーウルフが迫ってきてます! 」

 望遠鏡で西門を見張っていたロゼが大声で叫んだ。その震える声に気を抜き始めていたレーナ達に緊張が走る。

「数はどのくらいだ」 

「分かりません。街道を覆いつくすほどです」

 状況報告をするロゼの声に、戦いに鳴れていない使用人達は浮足立つ。

「皆さん落ち着いて下さい。直ぐに戦う事にはなりません。準備万端です。しっかり迎え撃ちましょう」

 浮足立つ気持ちを必死にこらえて、自分にも言い聞かせるようにレーナが声を掛けると、使用人達は呼吸を整え何とか落ち着いた。

「ワーウルフの大群が西門に到達。西門が攻撃されています。......西門突破されました! 」

 大群で押し寄せて来るワーウルフは瞬く間に西門を破壊しつくすと、雪崩れ込むように城下町に侵入していく。しかし、城下で光る家々にワーウルフは動きを鈍らせた。

 今回の防衛の為にレーナ達は限られた時間の中で出来うる限りの対策を講じた。その1つが城下の明かりを付けること。夜行性かつ暗がりで暮らすワーウルフにとって光は何よりの天敵だ。

「効いてますね隊長。殺気に耐えて電気をつけて回った甲斐がありますよ」

 第二部隊の兵士達が喜びの声を上げる。ワーウルフという強敵相手に一矢でも報いる事が出来たからか、それとも恐怖を忘れる為か、いつも以上に喜んで見せる第二部隊の兵士達。

 だが、ワーウルフにそんな攻撃がいつまでも効く訳も無く、ワーウルフは光の灯る家々を破壊し始めた。

「っ......」

 見慣れた家々が一瞬で瓦礫の山に変えられていく光景に、レーナは思わず目を逸らした。作戦の内とはいえ、故郷の地が壊されていくのは見ていて辛い。

 程無くして城下町の家々がすべて破壊されると、東門も破られ更に多くのワーウルフがリンドベルクに雪崩れ込んできた。となれば次は、

「ワーウルフ、城目掛けて北上してきました」

 横並びに襲い掛かって来るワーウルフは、リンドベルクを更地にするかのように全てを破壊しつくしていく。その勢いは徐々に増しており、瞬く間に国の3分の1ほどがワーウルフに壊された。

 目の前で繰り広げられる蹂躙と、次第に大きくなっていく破壊の音。想像以上に早い侵攻はレーナ達の恐怖をかきたてるのに十分すぎる。しかし、もとより分の悪い戦い、レーナ達は押し負けそうな気持を何とか堪え、ワーウルフの侵攻を目にし続けた。

「そろそろ2つ目の罠が作動する頃です。皆さん心の準備を」 

 状況報告する兵士の声に緊張が走る。2つ目の罠は家屋の一部にガスを充満させたり、爆弾を仕掛ける事で、ワーウルフの侵攻を1点に絞る罠だからだ。これが成功しなければ、今回の防衛は失敗と言ってもいいほど重要な罠だ。

 皆が固唾を呑んで見守る中ワーウルフは勢いよく家屋を壊していく。そして、国の半分ほどが壊されたその時、城下に大きな爆発音が鳴り響いた。 

「罠作動。左右のワーウルフが進路を変えて中央に雪崩れ込んできました」

 思わずロゼの声にも喜びがにじみ出る。レーナ達も罠の成功に一安心するが、防衛戦はここからが本番だ。

「全員武器を取れ! ワーウルフを撃退するぞ! 」

 モンドが檄を飛ばすと、レーナ達はボウガンや弓矢を手に取り構えた。

「放てぇ!!! 」

 モンドの指示で全員が一斉に攻撃を開始する。攻撃事態は大したものでは無いが、空中からの突然の奇襲に先頭のワーウルフが戸惑うと、後ろを走るワーウルフとぶつかり一瞬侵攻の足が止まった。

「今だ! 油玉を投げろ! 」

 モンドの合図に呼応して第二部隊の兵士が油玉を投げる。そこにモンドが火薬を付けた矢を放つと、隙間なく押し寄せていたワーウルフはどんどん燃え広がり、一瞬にして先頭にいたワーウルフの集団を焼き払った。

「よし! 続けていくぞ! 」

 作戦の成功に歓喜する間もなく、押し寄せてくるワーウルフの第2陣に攻撃を加えるレーナ達。一度見せているせいか空中からの攻撃に足を止めることは無かったが、先ほど同様油玉を投げてワーウルフを燃やしていく。しかし、次第に炎から逃れるワーウルフが増え、ワーウルフは城の近くまで迫っていた。

「ワーウルフ、城まで残り1mを切りました! 」

「ここからは矢だけに頼らず武器も投げつけろ! これだけいるんだ。投げれば当たる! 」

 兵士達は剣や槍を投げ、レーナ達使用人は重く持てないため、光の粉を固めた玉を投げたりと補助に徹して何とか防衛をしていく。それでもワーウルフの侵攻は止まる事も無く、遂に城の真下まで辿り着かれた。

「ワーウルフが城の真下に到達! 城に攻撃を加えています! 」

「ありったけの油玉を落とせ! 一気に焼き払うぞ! 」

 皆急いで油玉を落とすと、ワーウルフが油まみれになるだけでなく、地面を染み渡るように油が広がっていく。そこに焚き木を落とすと油は一気に燃え盛り、近場にいたワーウルフだけでなく、奥で控えていたワーウルフごと燃やし尽くした。

 それでもリンドベルクを黒く覆いつくすほどのワーウルフが残っている。

「潮時ですね」

 絶望的な光景にボソッとレーナが呟く。既に一番の武器であった油玉も使い切り、用意した武器も道具も殆ど残っていない。もう、戦う術がない。

「皆さんありがとうございました。後は運を天に任せるしかありません。直ぐに城の中に戻ってください」

 レーナの指示に皆苦悶の表情を浮かべて城の中へ戻っていく。最初から勝てる戦いでは無かった。それでも、引き下がる事はとても苦く、辛い。

 城の中に戻った後、皆は更に暗い表情は浮かべ、重苦しい空気が流れていた。戦いの熱で薄れていた死への恐怖や不安がどうしようもなく湧き上がってくる。それを皆が必死で隠そうとしているが、またいたたまれない。

「私たちはやれるだけの事はやったのですから。後はルドルフ様とヘルヴァ様がどうにかしてくれることを信じましょう」

 レーナは元気付けるように言い下の階へ下りて行く。レーナの言葉を聞いても誰一人として笑顔が戻ることは無いが、レーナに付いて移動すると、2階にある食堂に辿り着いた。

「レーナ王妃。どうしてこちらへ? 」

 モンドが尋ねると、レーナは近場にあるワインを手に取った。

「お昼。まだでしたよね? 私、お腹が空いてしまいました」

 その状況と全く合っていないレーナの言葉に皆きょとんとしている。こんなワーウルフの声が聞こえる環境で食事の話をされるなど、誰も予想していなかった。

「もうやれる事はやったのです。後は食事でも取りながらゆっくりと過ごしましょう」

 笑顔でそう言うレーナの顔には、強がっている様子は微塵も無く、心からそう言っているのが見て取れる。すると、なんだか皆の表情も明るくなってきた。

「そうですね。もうやれる事はやりましたもんね」

「確かに。......ふぅ~、なんだか私もお腹が空いてきましたよ」

 同調した使用人達がいそいそと保存しておいた昼食をテーブルに並べていく。アヴェルとロゼは遠慮しがちに席に着いた。その光景はモンドと第二部隊の兵士の理解が追いつかない、異様にすら感じる光景だったが、どうしようも出来ない事は誰よりも理解しているモンド達も席に着いた。

「それでは、少し遅いですが昼食を頂きましょうか」

 レーナが笑顔で挨拶をすると、皆で食事を始めた。

 場違いな食事。それは、不安や恐怖を取り除こうとしたレーナの気遣いだったのかもしれない。

(後は頼みましたよ。ルドルフ様)

 心の中で再度お願いをし、レーナは死地での食事を楽しんだ。



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