魔獣王ガルフ
―――――――ドンッ!!・・・ドンッ!・・・・ドンッ・・・・・・ドッ・・・・
巣穴に飛び込んだルドルフとヘルヴァの着地音が巣穴の中を反響する。それだけ巣穴が広い事を示していた。
「まさか、捻りも無い一直線の穴だとは・・・少し驚いたな」
着地で縮こまったような感覚の体を動かしながらヘルヴァが斧を取り出す。
「確かにな。これ程高いところから一直線に落ちたのは崖に突き落とされた時以来だ」
ルドルフも体を動かしながら剣を取りだした。
一見呑気に話しているような2人だが、2人の前には既に『王』が姿を現していた。そして、こちらの準備が整うのを待つかのようにじっと2人の様子を窺っている。
『王』の名は魔獣王ガルフ。7.8mはありそうな巨躯を剣の様な体毛が覆い、空を切るだけで岩石を砕く鋭い爪を持ち、「その牙に貫け無ものなし」とまで謳われたほど鋭く立派な牙を持つ。
体の全てが刃の様なガルフだが、最も注意すべきはその速さ。その巨躯に見合わぬ素早さは『王』の中でも上位に君臨する。
「襲ってこねえとは、なかなか律儀な『王』だな」
「いつでも殺せると高を括っているだけだろ」
ルドルフとヘルヴァが武器を構えると、鎮座していたガルフが二足で立ち上がり、
「ガアアアアアアアア!!!!!!!」
凄まじい殺気と共に、森全体に響き渡るほどの大きな咆哮を上げた。
その咆哮に同族であるワーウルフですら恐れ戦き、他種族は警戒を強める。
そんな咆哮を間近で受けた2人は・・・
「ふっ、滾るな」
「いいねえ、楽しませろよ」
怯むどころか不敵に笑みを浮かべ、氣を増大させていた。
この2人にとって強敵は脅威では無く、喜ばしいものに近いのかも知れない。
「行くぞ!ヘルヴァ!」
「ああ!」
気合十分に2人はガルフ目掛けて走り出した。
「まずは、俺から行く」
ヘルヴァは少し左の逸れると、斧を地面に叩き付けガルフ目掛けて衝撃波を放った。するとガルフも、右手を地面を掬い上げる様に動かし衝撃波を放った。
互いの衝撃波は強い音を鳴らしながらぶつかり合うと、どちらかを押す事も無く消し飛んだ。
(力は互角って事か)
ヘルヴァの小手調べが終わると、今度はルドルフがガルフ目掛けて衝撃波のような斬撃の塊を放つ。
今までどんな相手でも一撃で葬って来たルドルフのこの攻撃を、ガルフは左手で受け止め、全ての斬撃を握りつぶした。しかも、受け止めたガルフの左手は血はおろか傷1つ付いていない。
(やはり、あの程度の斬撃では通じないか)
2人の攻撃が終わると今度はガルフの方が攻めに入る。地面を蹴りルドルフ目掛けて飛びかかりると、素早い動きで左手から攻撃を繰り出した。
ルドルフは瞬時に飛び上がりガルフの左を避けると、ガルフの左手を足場にガルフの頭目掛けて斬りかかる。それを見たガルフは右手を地面に押し当て、その反動で大きく上に飛び上がった。
カウンター攻撃をしたルドルフの攻撃をうまく避けたガルフは、空中で体を反転させ巣の天井に足を着けると、思い切り踏み込み空中で無防備に佇むルドルフ目掛けて飛びかかった。
(避けられん!)
次元を割くのが間に合わないと見たルドルフは、咄嗟に空中で防御を固めてガルフの攻撃を受けるが、空中で踏ん張りが効くわけも無く、そのまま地面に叩き付けられた。
「くっ!」
ガルフの攻撃は想像以上に強烈で、叩き付けられたルドルフは地面にめり込み、身動きが取れなくなってしまった。そこに、追い打ちをかける様にガルフが牙を立て襲い掛かる。
(くそ、抜かったか)
このままでは牙に貫かれる。そう感じたその時、
「龍砲!」
ヘルヴァの叫び声と共に龍の頭の形をした氣の塊が、ガルフの顔にぶつけられた。
突然の横やりにガルフは吹き飛ぶと、そのまま空中で体制を整え壁を足場に、今度はヘルヴァ目掛けて飛びかかった。
(あの状態から攻撃に移れるのか)
ヘルヴァはガルフの身のこなしに驚きつつ、防御を固める。
防御を固めたヘルヴァでも、ガルフの強烈な飛びかかり攻撃に吹き飛ぶかと思いきや、ヘルヴァはその場から一歩も動かずそれを受け止めた。
ヘルヴァはガルフとぶつかる瞬間、氣をガルフにぶつけることで衝突による勢いを相殺したのだ。
ガルフはヘルヴァが吹き飛ぶのを計算に入れていたため、自身の衝撃を逃がしきれず自身の体を宙に浮かせてしまっていた。
その隙を突かない2人では無い。
ルドルフは次元を通り一瞬でワーウルフの下に移動すると、心臓目掛けて槍の形をした斬撃を飛ばした。
それと同時にヘルヴァは飛び上がり、ガルフの頭を目掛けて斧を降り下ろす。
2人がバラバラの位置を攻撃するのは、ワーウルフを仕留めるには脳と心臓の両方を潰さなければいけないからだ。そも法則は当然『王』であるガルフも例外ではない。
身動きのとれない空中での同時攻撃。勝利を決定付けるには十分の連携だが、そう簡単に獲らせるほど『王』の命は軽くない。
ガルフは空中できりもみ状に回転しルドルフの斬撃を弾くと、そのままヘルヴァに突撃した。
(足場も無しに前進してくるか!)
このまま衝突してはいけない。そう感じても既に手を変える事は出来ず、ヘルヴァの斧はガルフに弾き返されそのままガルフの突撃を受けてしまった。
剣の様な鋭い毛に回転が加わったガルフの突撃を受けるという事は、巨大な刃の塊を受ける事と同じ事を意味する。突撃を受けたヘルヴァは体を斬り裂かれ、そのまま地面に落下した。
「ヘルヴァ!!!」
ルドルフは急いでに駆け寄った。
(全身酷い裂傷だ。ヘルヴァじゃ無ければ細切れになっていてもおかしく無かったな)
ヘルヴァは並みの人間より体が頑丈で、余程の攻撃でない限り傷を負う事も無い。それと目と耳も並みの人間以上に優れているので、暗い巣穴でも視界を気にしないで戦えている。
「今すぐ回復薬を出す。少し待っていろ」
ルドルフは次元を引き裂き中からエクスポーションを取り出すとヘルヴァに飲ませた。
エクスポーションを飲んだヘルヴァの傷は徐々に塞がり、ほどなくして全てが塞がり元通りになった。
「すまねえな。へましちまったぜ」
少し申し訳なさそうにヘルヴァは言う。
「命があるなら問題ない。次は決めるぞ」
寝転ぶヘルヴァを引っ張り起こし2人はガルフと見た。ガルフは最初同様2人の様子をじっと窺っている。
「まだまだ余裕ってことか」
「余裕をかましているならば好都合だ。こちらは全力で行くぞ」
本気になった2人は一気に氣を高め、武器に氣を注いでいく。
氣を注がれたルドルフの剣は、薄氷の様な薄い氣を纏い刀身が3倍ほど長くなった。
ヘルヴァの斧は全体が赤くなり、黄金色の龍の装飾も獲物を狙うかのように口を開いた。
「久々だな。全力を出すのは」
「俺もだ。最近はぬるい相手ばかりだったからな」
2人は嬉しそうに話すとそのままガルフを見つめる。すると、ガルフも2人の氣の上昇に危険を感じたのか、手をして扱っていた前足を地面に着けて、本来の戦闘スタイルであるも四足に構え直した。
「一気に決めるぞ!」
声を上げ2人がガルフ目掛けて走り出すと、ガルフは最初よりも強い殺気を込めた咆哮をし、2人向かって駆け出した。
全力の両者の動きは先ほどよりも速く、見る見るうちに距離が縮まっていく。そして、互いに攻撃圏内に入った途端、ガルフはルドルフ目掛けて飛びかかった。
2人のうちガルフがルドルフを選んだのは、ここまでの戦いでルドルフがガルフに行った攻撃の多くが、ほとんど意味を成さず終わっているからだ。特に、小手調べでは握り潰せるような弱い攻撃をしていたので、それがまたガルフの中でのルドルフの評価を下げていた。しかし、ガルフはその評価を改めることになる。
(やはり来たか)
来ることが分かっていたルドルフは瞬時に迎え撃つ体制を整えと、飛びかかって来たガルフの左前足に剣をを斬りつけた。すると、ガルフの爪は音も無く切り落とされ、そのままガルフの左前足ごと斬り裂いた。
その予想もしていない結果にガルフは痛み以上に驚きを感じていた。まさか、自分の爪が斬られるなんて、しかもその結果が当たり前のかのように簡単に・・・・
その一瞬の動きの鈍りを見逃さないルドルフでは無い。ルドルフは切り抜いた動きのまま左前脚の下に移動し、そのまま左前脚を切り落とした。
「ガアアアア」
今度は驚きよりも痛みが勝りガルフは絶叫を上げて苦しんだ。
体を斬られて苦しむ。それは人であれ化物であれ当然の行動で自然な流れなのだが、その苦しむという行動自体がガルフを更に追い詰める。
「龍砲!!!」
苦しみから動きを止めたガルフに今度はヘルヴァの龍砲が迫りくる。
龍砲は先ほどよりも強い氣を放ち、速度も上がっている。今のガルフの状態ではそれを防ぐことも避ける事も出来ず、龍砲は食い破るかの様にガルフの心臓を貫きガルフの胸には大きな穴が開いた。
「ガアアアアアアアア」
心臓を潰され又しても絶叫を上げて苦しむガルフだが、今度は苦しみながらも素早く後ろに飛び退き2人と距離を取った。短い間で経験させられた痛みの連続に、理性よりも本能で体が動いていた。
「仕留めきれなかったか」
悔しそうに呟くと2人はまたガルフ目掛けて駆けだす。
全力を出した途端少し前までのガルフ優勢が嘘のように覆され、今となっては戦いというよりは遊戯に近い状態まで変わっている。
この状態に『王』であるガルフの胸の中では2つの葛藤が生まれていた。
それは自分の最期をどう飾るかだ。
『個』としてこのどうやっても勝ち目のない2人の死神と戦い抜き、満足して終わるか。それとも『王』として群れの為になる最期を飾るか。
・・・・・・・・・・
暫しの沈黙。その時間はとても短い時間だったが、ガルフにとって人生で一番長い沈黙を経て、覚悟を決めた。
ガルフは右前脚を自身の体の中心に置くと、地面を固く踏み込んだ。そして、大きく息を吸い込む。
(ん?何かやる気か)
今までにない動きに2人が警戒を強めると、次の瞬間、ガルフは砲弾の様な空気を飛ばしてきた。
(!?)
2人は瞬時に防御し空気の砲弾から身を守る。だが、空気の砲弾は2人をかすめる事も無く、ジェット機の様な速度で一直線に巣の出口に飛んでいくと、そのまま外に抜けていった。
(何だったんだ?)
空気の砲弾が通った周りは気流の流れが変化し、通り抜けた後でも前進するのが困難なほど凄まじい風が吹いている。これほど強力な攻撃を何故直接狙って打たなかったのだろうか?
2人は吹き荒れる風に耐えていると、またしてもガルフは大きく息を吸い込んだ。
(また撃ってくるのか!)
2人は防御を固めると、ガルフは空気の砲弾では無く大きな咆哮を上げた。その咆哮は森全体に届くほど大きく、どこか物悲しさを含んでいる。
(今度は咆哮・・・どういうつもりだ)
急に戦意を失ったかのような攻撃の連続に不可解さは深まっていく。だが、攻撃をしてこない事はチャンスである。
「ヘルヴァ!一気に仕留めるぞ」
ガルフの咆哮が鳴りやむと空気の流れも治まり、2人はガルフ目掛けて駆けだす。すると、またしてもガルフは大きく息を吸い込んだ。
「何度もやらせるか!」
ヘルヴァはガルフの正面に飛び上がると、ガルフの顔目掛けて龍砲を撃った。すると、ガルフはそれに応戦するようにヘルヴァ目掛けて空気の砲弾を撃ち込んだ。
バンッ!!!!
互いの全力の攻撃はぶつかり合うと、ヘルヴァの龍砲だけが消し飛ばされガルフの空気の砲弾だけが残った。しかし、勢いは完全に殺され気流の変化を起こすような勢いは無くなっている。
(今だ!)
ルドルフは次元を移動しガルフの頭上に移動し、そのままガルフの頭を剣で貫いた。
「ガアアアァァァァ」
脳を貫かれたガルフは小さく声を上げながら倒れると、放たれていた強烈な殺気は消え去り、最期の足掻きも無く静かに息絶えた。
そのあっけない最期に少し肩透かしをくらったような感覚を覚えたが、ルドルフは無言で剣を引き抜き、吹き飛ばされたヘルヴァの下へ向かう。すると、ヘルヴァもルドルフに近づき拳を突き出してきた。ルドルフは黙ってヘルヴァの拳に拳を当てると、ヘルヴァは豪快笑った。
(こんな気持ちは久々だ)
大物討伐に心通わせた友との共闘。当たり前だった昔の日常に戻った様な懐かしく嬉しい感覚。思い起こされる昔にいつの間にか笑顔になっていた。
「あとは帰るだけだが・・・その前に、こいつの素材を頂いていくか」
そう言うとヘルヴァはガルフの周りを見渡し傷の少ない部位を切り取った。化物であれ死体を剥ぐ行為はあまり関心出来る行為じゃないが、多くの魔法道具が化物の素材で出来ているため、傭兵や狩人はこうして化物の死体を剥ぎ取り売りさばくことがよくある。
「ルドルフ。剥ぎ取ったこいつの素材、持ち帰ってくれよ」
ヘルヴァは血の付いたガルフの牙や目玉などの素材をルドルフに渡した。
「次元を割くのは氣を消費するんだぞ。まったく」
少し不満を漏らしながらもルドルフは躊躇なくそれを受け取り次元の中に放り込んだ。
「侵攻も止められたし、『王』の素材も手に入った。後は帰るだけだな」
ヘルヴァは満足そうな笑顔を浮かべながら、軽い足取りで巣の出口へ向かっていく。
(もしや、最初から『王』の素材目当てだったのでは?)
あまりの喜びようにそんな事を考えながらルドルフもヘルヴァの後を追い出口へ向かった。
「さてと、ルドルフ。準備はいいか?」
「いつでも大丈夫だ」
入り口の真下に到着すると2人はもう一度武器を手に取り戦闘態勢を整えた。その理由は『王』の敵討ちの為に巣穴近くで大挙しているであろうワーウルフを仕留める為である。
「じゃあ行くぜ!」
ヘルヴァはそう声を掛けると壁を蹴りながら縦に伸びた巣穴を昇っていく。ルドルフもその後を追う様に壁を昇っていくと、直ぐに巣穴の入り口が見えてきた。
「もうすぐ出口だ。行くぞ」
2人は勢いよく巣穴を飛び出し武器を振りかぶった。しかし、巣穴の入り口近くには1体たりともワーウルフの姿は無かった。
「これはどういうことだ」
経験からは考えられない光景に2人は戸惑い気味に周囲を探るが、あるのは足跡だけでワーウルフの姿は一切見当たらない。
その異様な光景に2人の胸は少しざわついていた。もしかしたら、侵攻が始まってしまっているのではないかと。
「ヘルヴァ!直ぐにリンドベルクに戻るぞ」
ルドルフは焦ったように声を掛け、2人は全速力で森を駆け抜けた。
(襲ってこない)
南の森の奥深くを全速力で駆ける2人は普段よりも隙が大きく、襲うならば絶好の機会なのだが、ワーウルフは1体たりとも襲ってこない。いや、そもそもワーウルフがいるのかすら怪しい。
(『王』を仕留めたのに侵攻が起きたのか?だがどうして・・・!)
速度を落とさず侵攻が起きたかも知れない可能性を考えていると、ガルフのおかしな行動を思い出した。強力な空気の砲弾を直接狙わなかったこと、その後大きな咆哮を上げたこと、足掻くことの無い死に様。
(そうか、あいつは砲弾で作り出した気流に咆哮を乗せ、森全体に最後の命令を下した。あっけなく死んだのは自分の殺気を急激に減らし、ワシら2人の感知能力を狂わす為だったのか)
今更になってガルフの行動を理解したが、今となってはもう遅い。
焦る気持ちを抑えながら2人は全速力で森を駆け抜けた。
「ルドルフ、リンドベルクの方向から沢山の足音が聞こえるぞ。おそらく国の中からだ」
「分かった。ワシは次元を通り先に状況を探る。お前はそのまま直進して東門からワーウルフを叩いてくれ」
そう言い残しルドルフはリンドベルク南の城壁まで移動すると、目の前に飛び込んできた光景に言葉を失った。
リンドベルクの町中はワーウルフで溢れ返っており、町の家々は瓦礫の山に変えられていた。
そして、リンドベルク城は――――――
ボオオオオオオ
天を焦がすほど凄まじい炎に包まれていた。




