『王』
会議室を飛び出したルドルフとヘルヴァは、中央通りを一気に駆け抜け城下町へ向かうと、その空気に身を震わせた。
「この殺気は・・・思った以上だな」
城下町には国内とは思えないほど濃い殺気がに充満しており、殺気に中てられた無数の野鳥がそこらじゅうに倒れ込んでいる。
もし、レーナの言う通り国を放棄していたらと思うとぞっとする。
「俺が此処に来た時よりも濃くなってやがる。これじゃあ、今日にでもワーウルフの侵攻が起こるかも知れねえぞ」
数時間で膨れ上がった殺気にヘルヴァが危機感を示す。確かに、凶暴化と言ってもここまで急速な殺気の上昇はおかしい。
2人は城壁に上がり状況を確認した。
(外は更に濃いか)
城壁越しでない直に感じる殺気は更に凄まじく、元勇者の2人ですら全身にチクチクと刺すような痛みを感じるほどだ。そして、その痛みに2人は新しい脅威の存在を確信した。
「ルドルフ。これは確実にいるぞ」
「ああ、分かっている」
2人が感じ取ったのは化物の群れのリーダーよりも上の存在。『王』の存在だった。
『王』とはその群れの中で最も強く最も権利を持った絶対的存在。その力はその化物の持つ習性と大きく異なる事すら行わさせる力を持っている。
慎重なワーウルフがここまで大胆に縄張りを広げたこと、それを悟らせない様に殺気を隠す様に行動させたこと、そして、この刺すような殺気。その全てが『王』の存在を確信させた。
「『王』がいるなら近場の雑魚を倒しても侵攻は起きちまう。だとしたら一気に『王』を獲りに行くしかねえ」
「ああ、ワーウルフの活発化まで時間が無い。一気に『王』を叩くぞ」
互いに意思の確認を済ませると、ヘルヴァが正面の一際大きな木を指さした。
「あの木まで行けば『王』とリーダーの位置を探ることが出来る。まずはあそこまで行くぞ」
ヘルヴァの指示に頷くと、2人は城壁から飛び降り南の森へ入って行った。
南の森は他の森よりも木が高く、森全体が日中でも薄暗い。そのため南の森では昼夜を問わずワーウルフが全力を出せる状態にある。そんな南の森に飛び込んだ2人も、当然ワーウルフの襲撃を受けるのだが・・・
「ガルゥゥゥゥゥガアアア―――――――」
2人は火の粉を振り払うかのような軽い挙動でワーウルフを肉片に変え、足を止めずに目的地を目指して走り続けた。
その光景は魔獣と呼ばれるワーウルフの扱いとはとても思えない光景で、森の支配者であるワーウルフ自身信じられないものだった。
そんな圧倒的な実力差を見せつけてもワーウルフどもは襲うのを止めず、一心不乱に2人に飛びかかる。
「これだけ力の差があるにも関わらず襲ってくるのは、凶暴化の影響か?」
「それもあるだろうが、一番は『王』の存在だろうな。今回の『王』は武闘派って事だろ」
2人が襲い掛かってくるワーウルフを仕留めながら話をしていると、最初に目的としていた大木に到着した。近場で見るとその大きさは凄まじく、半径9mくらいはありそうだ。
「これならいける」
木の表面を触りながらヘルヴァはそう呟くと、背負っていた斧を取り出した。斧はヘルヴァの身の丈ほどあり、龍を模したような形と、黄金色の龍の装飾が目を引く。
「今から『王』の位置を探る。周りの警戒は任せるぞ」
そう言って斧を木の根元に突き刺すと、氣を高め全てを斧に注いでいく。ヘルヴァは一番力の集まっているこの地脈に気を流し込み、森全体の化物の分布を探ろうとしているのだ。
(凄まじい気だ。だが・・・)
氣を注がれた斧は徐々に赤みを増していくと同時に、氣の強まりがダダ漏れになっていた。それはつまり、自身の危険性を周囲に告知しているようなものだ。
(集まってくるワーウルフの相手などしていられん)
ヘルドルフは前方の次元を切り開くと、そこ目掛けて氣の塊を幾らか放った。すると、森のあちこちから爆発音が聞こえてきた。
ルドルフが放った氣の塊は強い氣で獲物を引き付け、触れた瞬間10m近くを吹き飛ばす爆弾の様なもので、ワーウルフはまんまとルドルフの罠にかかったのだ。
「よし、位置が分かったぞ」
そうこうしているうちに地脈を探り終えたヘルヴァは、斧を引き抜きルドルフの下へ戻ると、地面に簡単な地図を書き始めた。
「ここから東南東、南東、南南東、南南西、南西に1つづつワーウルフの巣があった。おそらく『王』が居るのは2つの巣に守られてる東南だ」
「ならば南東に向かうとするか」
そう言い直ぐに走りだそうとするルドルフを、ヘルヴァが止める。
「いや、まずは手分けして『王』が居ない巣を叩いた方が良さそうだ」
「何故だ?まずは『王』を仕留めて侵攻を止めるのが優先だろ」
「『王』以外のリーダーが思った以上に成長してんだ。もし『王』を仕留めれば他のリーダーが勝手に動き始めるかも知れねえ。そうなったら掃討は難しくなるぞ」
今は一刻も早く『王』を仕留めたいが、侵攻を起こしては意味が無い。ルドルフはヘルヴァの案に乗り手分けして巣並びリーダーの掃討を行う事にした。
「分かった。ならばワシは東をやる。お前は西をやってくれ」
「任せろ!」
2人は互いの任された位置に移動を始める。
南の森は奥へ行くほどに深みを増し、ワーウルフがより活動的になっていた。その禍々しい殺気や凶暴性は、ルドルフやヘルヴァが生き抜いた絶望の時代と似た凄みさえ感じさせる。
(持つ者はより良い環境で暮らせるという訳か。そこは人間と変わらんな)
ワーウルフも人間も構築する社会は同じだと感じながら森を駆け抜けていると、巣穴の少し手前まで辿り着いた。そこには既に多くのワーウルフが待ち構えており、下手に手を出せば一斉攻撃をくらいかねない。
(これだけの数を一度に相手をするのは少し危険だ)
ここまで来る途中に戦ったワーウルフは、南の森に入った時のバラバラと襲ってくる奴とは違い、同時攻撃や死角を突いて攻撃をしてきている。そんな連携のとれた相手に1人で挑むのは幾らルドルフでも危険を伴く。
(おそらくもう一つの巣も同じ状態だろう。片方ずつ相手をしている時間も無い。消耗は激しいが一気に決めるしかないか)
ルドルフは剣を取り出し目の前の次元を切り開くと、そこに向かって衝撃波の様な斬撃の塊を何度も撃ち放った。その行動は直接巣穴に斬撃を送り込む、突発的な無情極まる攻撃なのだが、巣穴の前で大挙するワーウルフにそれが分かるはずも無く、殺されていく同胞を後ろにワーウルフ達は黙って警戒を強めていた。
(今ので仕留めたか)
巣穴のリーダーの反応が消えたのを感じ取ったルドルフは、次元を閉じ剣を納める。すると、巣の前で大挙していたワーウルフもその異変を察知したのか、巣穴の方を振り返って見た。ワーウルフ達は今更になって気が付いたのだ。自分たちの守ろうとしていたものが既に殺されている事に。
「ガアアアアアアアア」
憤ったワーウルフ達が一斉にルドルフ目掛けて襲い掛かる。しかし、ルドルフは既に次元の中に身をやり移動を始めていた。それでも一撃を食らわそうとワーウルフ達が必死に腕を伸ばすと、ルドルフは自身の身を次元に隠し、氣の爆弾だけをそこに残した。ワーウルフ達はそれが触れちゃいけないものだと分ってはいたが、伸ばした手を引っ込めることは出来ず、爆発に存在を消滅させた。
次元を移動してルドルフがヘルヴァの下へ向かうと、ヘルヴァはワーウルフの死体に腰を掛け、地面に突き立てられた自前の斧を見つめていた。
「ヘルヴァ、巣はどうした?こんな所で何をしている」
ルドルフが声を掛けると、ヘルヴァは静かにするよう手でサインを送って来た。何かに集中しているのか?
少し黙ってその姿を見ていると、突然ヘルヴァが立ち上がり斧に向かって膨大な量の氣を注ぎ込んだ。その量は明らかに斧の許容限界を超えており、ほとんどの氣が斧を通り抜け地面に送られている。
(何をしているんだ)
氣の無駄遣いの様なヘルヴァの行動を不可解に思っていると、突然地面が揺れ始めた。
(これは、いったい)
次第に揺れは大きくなり立っているのも辛くなっていると、突然大きな音を上げ前方の地面が吹き上がった。それは間欠泉の様な勢いの吹き上りで、よく見ると土と一緒にワーウルフも打ち上げられている。
「これはどういうことだ?」
堪らず尋ねると、ヘルヴァは自慢げに答えた。
「地脈に氣を送り込み、地脈を爆発させたんだ。」
ヘルヴァがやったのは地脈に許容を超える氣を送り込み、地脈を爆発させる自然環境を度外視した技で、その威力は凄まじく、一撃でワーウルフの巣を2つ壊すほどだ。
その強力な技のせいで南の森の全ワーウルフが異変を察知してしまい、ワーウルフの大群が2人の下に押し寄せてきた。すぐさま2人はその場を離れて南東の『王』の巣穴に向かう。
「なぜあの大技を『王』の巣にぶつけなかった」
「『王』の巣は地脈が太くて、とてもじゃ無いが爆発させる事は出来ねえからだ。そんな事よりこの後はどうする。『王』の巣穴に飛び込むか、押し寄せてくるワーウルフの大群を仕留めてから『王』を仕留めるか」
「時間が惜しい。巣に乗り込み一気に『王』を仕留めるぞ」
森を駆け抜けながら作戦を決めると、目の前に『王』の巣穴が見えてきた。
その形は他の巣穴と違い、落とし穴の様な縦に伸びる形で造られている様に見える。それはつまり、入ったら出られない事を意味していた。
「準備はいいか?ルドルフ」
「ああ、いつでも良いぞ」
ヘルヴァの声掛けにルドルフはワーウルフの目を飲みながら答えた。
「なら行くぜ!」
そして2人は『王』の巣穴に飛び込んだ。




