掃除
住民移動を終え新たな一歩を踏み出したリンドベルクは、皆一丸となって再建に取り組むハズだったのだが・・・
「我々はモンド隊長の意向を聞くまで一切協力しません。施しも結構です!」
モンドの為に残った第二部隊の兵士達はそう言い切り、一切協力を拒んだ。そのことで人数不足は更に深刻化し、現状維持が精一杯だった。
そんな状態で4日が経った頃、今日も会議室では険しい顔をしたレーナとルドルフが、互いの意見を衝突させていた。
「やはり他国から人を雇うしかないだろ。それが最も現実的な策だ」
「ですが雇うにはお金がかかります。今は少ないお金をやりくりしないといけないのですから、モンドの回復を待ち、考えを聞いてからでも遅くないと思います」
「モンドが起きる気配は無いのだろ。いつ起きるかも分からぬ者を当てにしていては再建は遅れる一方だ。それに、このまま何もしないでは残った人間に不安が広がるぞ」
2人の意見は真っ向から対立し、結論が出ないまま既に3日は経っている。いい加減落としどころを見つけたいのだが、互いに譲る気の無い話し合いは泥沼化の一途を辿っていた。
「第一起きたところで協力するとは限らないだろ。そんな曖昧な者に賭けるのは現実的じゃないと言っているんだ」
「モンドは人一倍この国を思っていたので、きっと建て直しに協力してくれるはずです」
「そんな理想だけを掲げていては何も進まないぞ。もっと現実を見ろ」
「ルドルフ様こそ現実的過ぎます!もっと理想を持って計画を進めるべきです!」
現実的な手法で再建を進めようとするルドルフと、理想を掲げながら再建を進めようとするレーナ。互いの意見はどちらも正しいのかもしれないが、現実主義と理想主義では話がまとまる訳も無く、話は平行線のまま今日も会議を終えようとしたその時、大きな音を立てて会議室のドアが開いた。
音を反応したルドルフは瞬時に立ち上がり臨戦態勢を整えるが、入って来た人物を見て直ぐに警戒を解く。
「久々だなルドルフ!」
「ヘルヴァ!」
思いがけない来客に驚きながらもルドルフは喜び、ヘルヴァも嬉しそうに話しかける。
「こうして会うのはエリスが死んで以来か?思ったより元気そうじゃねえか」
「まあな、それよりどうしてお前が・・・何か用か?」
「お前がエリスの時みたいに塞ぎ込んでるんじゃねえかと思って、心配して来てやったんだよ」
「エリスの時みたいに?どういう事だ?お前何か知ってるのか?」
「何かって・・・新聞に載ってただろ。お前見てないのか?」
リンドベルクは鎖国状態だった事もあり、他国の情報を知れる世界新聞は発行されていない。あるのは国内専用の新聞だけだったが、今はそれすら無い。
ルドルフがどういう記事か尋ねるとヘルヴァは道具袋を手を入れながら答えた。
「確か3日くらい前にこの国の事が新聞に載ってたんだ。大量殺人が起きた泥沼国家とか何とか書かれてよ。確かどっかにしまって・・・お!あったあった。これだ」
そう言ってヘルヴァはくしゃくしゃになった新聞を渡してきた。直ぐにそれを受け取ると、ルドルフはレーナを呼び一緒に内容を見た。
その内容に2人は顔沈ませ渋い顔を見せる。内容は概ね合っているものの、脚色が酷く、後には悪い印象しか残らない。特に元勇者であるルドルフの事が酷く書かれており、ほとんど殺人鬼や異常者としか受け取れない内容だ。
「こんな記事・・・酷過ぎます!直ぐに抗議の電話を!」
そう言って抗議に向かおうとするレーナの腕を掴み、ルドルフが止めた。
「止せ、レーナ。脚色はあれど事実は事実だ。それにこういう奴らはこちらが怒れば怒るほど面白がる」
「ですが!」
しかし、理解は出来ても納得いかないレーナは不満を表しにし、ルドルフの静止を振り切ろうとする。
「随分と血気盛んな嬢さんだな。でも、講義は無理だぞ」
その様子を見ていたヘルヴァが呑気に言うと、レーナはルドルフ手を振り払い詰め寄る様に近づく。
「何が無理なんですか!電話くらいいくらでも出来ます!」
「この新聞社は少し前に無くなった。だから講義も出来ないんだよ」
「無くなった・・・どういうことですか」
不可解そうな顔をしてレーナが尋ねると、ヘルヴァが笑って答えた。
「俺がぶっ壊してきたからだ」
その言葉にレーナは驚き、ルドルフは呆れたように顔を横に振るわせる。
「お前と言う奴は、なにも壊す必要は無かっただろ」
「こんなくだらねえ記事書くとこなんか無くなっていいんだよ。この新聞もその時土産に貰ってやったんだ。最後の新聞だから大切にしろよ」
そう言ってまたヘルヴァは豪快に笑った。その常識外れの行動に圧倒されるレーナと呆れたように笑うルドルフ。仲間思いと言えばそうだが、ここまでやるあたりはこの男も規格外の人間と言える。
「ところで、あんた誰だ?」
急に変化するヘルヴァのペースに戸惑いながらも、レーナはヘルヴァと距離を取り、丁寧な仕草でお辞儀をした。
「私はこの国の女王レーナ・エルフレアと申します。貴方は?」
「俺はヘルヴァ・オルネシアだ。昔はこいつと旅をしていたが、今は傭兵だ」
「ルドルフ様と旅を?という事は貴方も勇者なのですか!?」
大きく頷き「そうだ」と答えるヘルヴァに若干の不信感を漂わせるレーナ。信じない訳じゃ無いが、悪い記事を書いたという理由だけで新聞社を潰す人間が、勇者だなんて少し信じがたい。
「そう言えば、廊下までお前らの声が聞こえてたが何の話をしてたんだ?なんかもめてんだったら相談くらい乗ってやるぜ」
ヘルヴァの申し出にルドルフとレーナは顔を見合わせた。
(ヘルヴァは傭兵だ。世界情勢にも詳しいから意見は参考になるはず)
(少し乱暴な方ですが、この人もルドルフ様と同じ勇者なら少しは頼りになるかしら)
互いに思っていることが同じだと感じた2人はヘルヴァに再建計画を話した。
「つまり、その再建計画とやらは近場の森の化物を殲滅して、領地拡大と食料確保をする計画ってことか」
話を聞いたヘルヴァが簡単にまとめると、レーナとルドルフは頷いた。
「ああ、だがその過程で意見が食い違ってな。お前はどう思う?」
意見を聞かれたヘルヴァは少し考えるような仕草をし、難しい顔を向ける。
「一先ず言えることはルドルフの雇うって案は無理だな」
「どうしてだ?」
「今は世界各国で化物が凶暴化してるからな。どの国も保有してる兵士だけじゃ手が足りず、傭兵が引く手数多の状態なんだよ。特に北の国は凶暴化が酷いから良い奴は大国に持っていかれて、残ってるのは残りカスみたいなもんだ」
化物の凶暴化が世界規模だと知らなかったルドルフにとってこれは盲点だった。レーナは知っていたが傭兵事情に疎い為、雇えるものだと思っていた。
「それにこの地域はワーウルフがいるだろ。北の凶暴化を知ってる奴は、例えゴブリン退治で召集しても受けないと思うぜ」
その言葉にルドルフは顔をしかめる。この事実が半ば詰みを意味する事が理解できたからだ。
「まあ、詰まるところ南の森にいるワーウルフをどうにかしないと何も出来ないってわけだ」
そのヘルヴァの総括にレーナも理解した。仮に第二部隊の兵士が協力しても再建計画は進められないのだと。
「あの、兵士を鍛えてワーウルフと戦えるようにすることは出来ないのですか?」
「氣を使えない奴らじゃどれだけ鍛えても無理だ。仮に使えるようになっても第2段階くらいじゃないと相手にならないだろうな」
氣には5段階あり通常の人間であれば1段階目で終わるか、扱う事すら出来ないまま生涯を終える。そして、氣の発現は指導ではどうしようも無い。
この八方塞がりといえる状況に流石のレーナも参ったのか、力なく椅子に背を預けた。
(最早、再建は叶わぬ夢なのでしょうか・・・)
レーナの顔を徐々に諦めが覆いつくそうとしていると、突然ルドルフが席を立った。すると、それに同調するようにヘルヴァも席を立つ。
「お2人ともどうしたのですか?」
レーナが困惑気味に尋ねると、ルドルフは平然と答えた。
「決まっているだろ。ワーウルフの掃除だ」
そのルドルフの言葉にヘルヴァも頷くと、レーナは必死な様子で止めに入る。
「何を言っているのですか!相手は魔獣ワーウルフですよ。お二人で相手できる相手ではありません」
だがルドルフもヘルヴァも止まる気配が無い。すると、絶対に行かせないと言わんばかりにレーナは出口に立ちふさがった。
「ワシがあいつらを大量に始末したのは知っているだろ。老いぼれたがあいつら如きに遅れはとらん。それに今日はヘルヴァもいるしな」
「そうだぜ姫さん。俺とルドルフが揃って後れを取る訳ねえんだ。だから心配しないで待ってな」
そう言い聞かすが、レーナは出口から退こうとしない。そこまでして止めるのはレーナが人命第一と考えてるからもあるが、父親同然に慕っていたランパルドが死んだせいでもある。
「私は、大事な方が危険すぎる行為をするのを見過ごす事は出来ません。それに、ヘルヴァさんは来客者です。その様な方に危険を冒させるのは絶対出来ません!」
「ワーウルフを殺さない限り再建の道は無いんだ。これはやらなければいけない事だと分っているだろ」
「それでも今じゃなくていいハズです。私が交渉して傭兵を集めますから、それまで待ってください」
必死に止めるレーナに今度はヘルヴァが現実を叩き付けた。
「姫さんよ。残念だがそんな悠長な事は言ってられねえ状態だぜ」
「どういうことですか」
「この国から西に進むと平原があるだろ。その平原近くまでワーウルフの縄張りが広がってたんだ」
ワーウルフの縄張りはリンドベルク真南だけ。それがそこまで広がっていたという事は、ワーウルフが縄張りを広げていることを意味する。となれば、次狙われるのは北の森かこの国しかない。
「次ワーウルフがどっちを狙うかなんて分からねえが、どっちを狙われてもこの国は終わりだろ。だったらこっちから攻めた方だ断然良いと思うぜ」
ヘルヴァの言葉を受けてレーナも諦めるかと思いきや、レーナは先ほどよりも強く道塞いだ。
「ならば、今すぐ国を放棄して逃げるべきです。それが最前策です!」
レーナは国と人の命を天秤にかけ、人の命を選んだ。それは実にレーナらしい選択であったが、同時にルドルフとヘルヴァは絶対に選ばない選択でもある。
「悪いがそれは出来ん。ワシはこの国を立て直すと決めたからな。それに、ヴァルトナとも約束した」
「俺も無理だな。俺はいつでも最善の選択が好きなんだ」
2人はそう言うと、会議室の窓から飛び出していった。止めに入ろうとするが間に合うはずも無く、レーナはただ背中を見送ることした出来なかった。
止める事も出来ず、ただ託すことしか出来ない自分の無力に気持ちを落ち込ませる。かと思いきや、レーナの胸には沸々と怒りが湧き上がっていた。
「勝手すぎます!勇者の人は皆勝手すぎます!」
普段おとなしいレーナが暴れる様に床を蹴ると、レーナも自分の役割を果たすため会議室を後にした。




