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もと勇者御一行様 ~還暦からの世直しじゃ!~  作者: 永月裕基
ここから二章です(二章完結後変更)
34/44

再出発

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・ふぅ

(やはり起きてしまったか)

いつも通り日の出の少し前に目が覚めた。昨日の今日で体も心もまだ疲れがとれきっていないのだが、歳が及ぼす影響とは恐ろしいものだ。

(風呂にでも入るか)

普段うだうだと歳に抵抗をするのだが、今日は抵抗するのも面倒くさく直ぐに風呂へ向かった。

ちゃぽん、―――――――――ふぅ

浴槽に浸かった瞬間思わず安らぎが漏れる。

(心地よい)

適度に暖かい乳白色の湯が全身に染み渡り身を癒していく。疲れた時こそ風呂に入る。これこそ一番の健康法だ。

(まだ体が重いな)

体を少し動かしてみると、所々動きの悪い箇所がある。それもそうか、何年も田舎で隠居生活を送っていたのに急に体を動かしたのだ。おかしなところが出ない方がおかしいといものだ。

(・・・・ふん、少し眠くなってきたな)

あまりの気持ちよさに睡魔が襲ってくる。そんなもの直ぐに追い払ってやれるのだが、この心地良い眠気を直ぐに払ってしまうのも勿体無い。少し趣向を凝らすとしよう。

そう思ったルドルフは浴槽の湯を飛ばし、目の前の窓を開けた。既に太陽が出始めているのか、外は闇と光が共存していた。

(なかなか良い景色だ)

この一日に2回しか見られない景色を堪能するにはやはり、あれ、が無いとな。

今度は部屋に常設してあるティーセットを次元を切り裂き引き寄せた。

コポコポコポ・・・カチャン

(なかなか良さげなコーヒーだ)

コーヒーの質に満足気な顔を見せる。誰が見ても紅茶の方が似合うティーセットなのだが、昔「ワシの部屋の飲み物はコーヒーにしてくれ」という願いを言っていた為、それからルドルフが泊まる部屋の飲み物はコーヒーで固定されている。

(心地良い湯船に浸かり、眺めの良い空を見ながら飲むコーヒー・・・そうそう味わえるものでもない)

コーヒー以上にシチュエーションに満足しながら、ルドルフは至福の時を堪能した。

(そろそろ上がるとするか)

しっかり堪能尽くしたルドルフは満足そうに風呂を出ると、タオルを一枚巻き外を眺めた。

(青い空に、広大な森。良い眺めだ)

腕組をして眺めるルドルフの体は、驚くほど引き締まっており、とても還暦を過ぎているおじいさんとは思えない。また、体のあちこちにある無数の傷が壮絶な人生を物語っている。

コンッコンッ

(ん?こんな朝早くに誰だ?)

景色に見とれていると、誰かが部屋を訪ねてきた。

「今開ける」

突然の来客に服を着ることも無くドアを開けると、

「ん、レーナか。どうした」

そこには赤面したレーナが居た。

「え、あ、え、」

慌てふためき目を逸らすレーナ。訪ねてきたのに何をそんなに慌てて…

「ん、ああ、すまん。風呂上りという事を忘れていた」

直ぐに扉を閉め、服を取り出し身だしなみを整える。女性に裸を見せるのは失礼だったが、生娘でも無いのにそんなに慌てる事だろうか?少々レーナの男性への耐性を心配になりつつもう一度扉を開ける。

「すまんな、待たせて」

「い、いえ」

赤面し俯き加減に答えるレーナ。まだ恥ずかしがっていたか。

「それで、何か用だったか」

「は、はい、今後について少々相談したいことがありまして」

今後か、確かに考えないといけない事は山積みだ。

「朝食でも頂きながらお話しませんか?」

「ああ、そうしよう」

二人は食堂へ向かった。



食堂には既に料理が用意されており、スープは湯気を出している。傍らには高級ワインも準備してあり、使用人も気が散らない位置に控えている。まるで客人を持て成すような対応だ。

(作り立ての料理に、高級ワイン。他国なら警戒をしてしまう持て成しだな)

裏がある。というと少し聞こえが悪いが、何か頼み事でもあるのだろう。

「どうぞ、着席なさってください」

レーナに着席を促され椅子に座る。普段朝食はコーヒーで済ませるルドルフにとって、この持て成しは少々ありがた迷惑に近いのだが、何も言わず食事をとる。

「それで、相談とはどんな内容なんだ」

会話をこちらから切り出すと、レーナは食事の手を止めて真っ直ぐこちらを見つめた。その顔には緊張の色が見える。

「簡潔に言わせていただきます。ルドルフ様には今後、リンドベルクの建て直しに協力していただきたいのです」

その申し出に思わず顔が渋くなる。今回の件はライドが起こしたものだが、根本的な原因を作ったのは自分であり、それにより多くの者を失った。協力したい気持ちはあるが、この事実を前に手を貸すのはあまりにも無知な行為と言える。

「レーナ、すまんがそれは出来ん」

「何故ですか」

食いぎみに食らいついてくるレーナ。ワシの回答は想定済みということか。

「今回の一件はワシに原因があるからだ。ワシが大臣達を考えなしの人間にしてしまったことで、国を崩壊に導いた。そんなワシがここで協力しては過ちを繰り返す可能性があるからだ」

「なるほど、そう言うことでしたか」

レーナは納得したように頷き、直ぐに鋭い目付きでこちらを見てきた。

「今回の国の崩壊について何をどう感じているのか存じ上げませんが、ルドルフ様1人でこの件が起きたと考えるのは些か傲慢というものです」

「ルドルフ様が他を抜いて優れているのは存じ上げております。ルドルフ様を見ているとつい頼りたくなる気持ちも分かります。ですが、人一人の力だけで国が成り立つ訳もないのです。それは、優れた統治者であっても同じことです」

「ルドルフ様の失敗は秀でた能力ではなく、共に歩む存在が居なかったことです。ですが、今回は私がいます。私と共にリンドベルクの新しい未来へ向かって、歩んでいただけませんか?」

頭を深く下げて頼み込むように言うレーナ。だが分かっている。この申し出は他でもないワシの為のものだと。

(レーナはワシの気持ちを汲み取り、その上でワシにやり直す機会をくれると言っているのか)

全く、ここまで読まれ気を使ってくれるとは・・・恐れ入ったよ。

「そこまで言わせて断る訳にはいかないな」

「ということは!」

「ああ、よろしく頼む。共にこの国を良くしよう」 

レーナはこれ以上無いくらい満面の笑みで、「はい」と答えた。その笑顔は昔、エリスに結婚を申し込んだときを思い出させなんだか懐かしく、少しこっぱずかしい気持ちだ。

「ところで、先程から気になっていたのだがワシの事を「ルドルフ様」と呼ぶようにしたのか?」

「あ、はい」

「なぜ急に?」

「今までの「義父様」や「ルドルフおじさん」では距離が近すぎると感じたのです」

(!?)

予想だにしてないその返答に、胸が悲しくなった。先程まで共に歩もうと約束を交わしていたのに、距離が近いから呼び方を変えただなんて・・・それはつまり、能力は買うが人間としては好きじゃないので距離を置きたい。という意味ではないか。

(まあ、当然か・・・)

最愛の旦那を殺したんだ。そう思うのはおかしなことじゃない。それなのにその気持ちを抑えてワシに協力を仰いだんだ。相当な覚悟で国の建て直しを決意したのだろう。ここは悲しい気持ちを抑えて頑張らねばな。・・・・・・だが、やはり娘同然に思っていた相手に「距離を置きたい」と言われるのは辛いな。

心の中で自分の気持ちに整理をつけようと必死にもがくが、なかなか決まらない。そんな落ち込んだように眉をひそめるルドルフに、レーナは更に惑わせる事を言う。

「あ、でもルドルフ様には、昨日や今日のように私の事をレーナと呼んで欲しいです」

(ん?ん???)

「「姫」が付いていると距離が遠すぎるので」

(距離が遠すぎる?どういう意味だ?)

距離を置きたいから呼び方を変えたのに、ワシには距離が遠いから呼び方を変えて欲しいと・・・・・・それはどういう意味なんだ?

(女心は宇宙の起源よりも難解と聞く。あながち間違っていないかも知れないな)

理解できない疑問を抱え、ルドルフは晴れない気持ちで食事を取る。対照的にレーナは凄く嬉しそうに食事を取った。

――――――――――

「ふぅ、なかなか美味しかったぞ」

少し気乗りしない朝食も終わってみれば満足している。エリスが亡くなって以来ずっと朝食はコーヒーで済ませていたが、誰かと取るならば朝食も悪くないな。

「満足していただけで光栄です」

心底嬉しそうにレーナは答えた。笑顔の食卓というのは何よりのスパイスかも知れんな。

「食事も終えた事だ、立て直しの計画を立てるとするか」

そう言って席を立とうとしたら、

「あ、待って下さい」

呼び止められ、レーナは隣の椅子に手を伸ばした。そして数枚の紙の束を渡してきた。紙には再興計画と書かれている。

「実は私なりに再興計画を立ててみたんです。目を通して頂けませんか?」

「・・・ああ、もちろんだ」

ワシは驚きで少し反応が遅れていた。昨日の今日で計画を立てそれを形にまとめているとは・・・それが現実から目を背ける行為だとしても、それ程の実行力と計画力を持ち合わせているとは驚きだ。

(ふん、なるほどな)

計画書に一通り目を通し終わると、レーナが不安そうにこちらを見ているのに気が付いた。長らく国営に関わっていなかった自分の計画が、受け入れられるか心配なんだろう。だがそれは、杞憂というものだ。

「良い計画だ。課題は多いが何とかしていこう」

「そうですか!良かったです」

安心したように息を吐き、笑顔を向けてくる。昨日の出来事で心に傷を負っているのは間違いないのだろう。それでも嬉しそうに笑い、懸命に再興を目指しているレーナの姿に元気が貰える。

「早速取り掛かろう」

そう言って二人で廊下に出た。



計画書の第一項目は城の整理だ。不要な物を売り払いお金を作るところから始めなければならない。

「要らない物はもう決まっているのか?」

「はい。ある程度は。でもひとつ問題が」

「なんだ?」

そう言ってレーナが指を指したのは、廊下に立並ぶ一個3mはあろう石像だった。

「あれが重くて運び出せないんです」

確かにあんな馬鹿デカい石像人の手で運び出せる訳が無い。そもそも何でこんな物が置いたのだろうか?ハッキリ言って趣味が悪い。

「これは誰が置こうと言いだしたんだ」

「ライドさんが、権威がある様に見えるからと」

なるほどな、これは財政破綻を起こさせる為の策の一部だったんだろう。だからこんな売れないけど高い物を買ったのか。

「レーナ、言いにくいのだが石像は売れないと思うぞ」

「はい。石像全体では売れないと思いますが、土台の部分だけでも売れないかと思いまして」

(土台か…)

近づきよく見ると、土台は希少鉱石で有名な「オルベリアン」が使用されている。土台に石像を乗っけただけの造りなので取り外しも可能だ。石像もよく見るとまあまあ希少な「グラン」が使われている。砕いてバラ売りにすれば多少の価値は出るかも知れないな。

「これなら売れるが、確かに重いな。人の手で運び出すには軽量化の魔法で軽くしないと無理だぞ」

「そうですよね…」

早速ぶつかった壁に頭を悩ませるレーナ。今国で軽量化のような高等魔法を使える人間はいない。唯一使えたライドとアーナルドはワシが葬ったのでどうしようもない。

「業者に頼むか?」

「う~ん、これだけの量を業者に頼むと追加料金で結局赤字になりそうで・・・・それになるべく早くお金を作りたいので、手配に時間が掛かる事は避けたいんです」

悩み頭を捻るが特に名案が思い浮かぶ事も無く、レーナは石像の前で立ち尽くした。

仮に運び出しても土台だけで100~150Kgはあるため、幾らか積んだだけで馬車が壊れてしまう。それを防ぐ為に馬車の数を増やせば、国の分だけでは足りなく結局レンタルで金が掛かってしまうし、国がガラ空きになってしまう。

(仕方が無いか。あまり見せたくは無いのだがな)

諦めたように短く溜息を吐きルドルフはレーナに声をかけた。

「レーナ1つ良い方法がある」

「どんなのですか」

レーナは期待の篭った目でワシを見つめた。

「ワシの技を使えば問題が全て解決出来る。ただし、他言無用で頼むぞ」

そう言ってルドルフは次元を切り裂き石像を押し入れた。

「え、石像が消えた」

驚き声のトーンが高くなるレーナ。レーナには突然石像が消えたように見えただろうな。

「ワシは次元を切り裂くことが出来るんだ。それを利用すればどんなに重いものでも、ある程度大きな物でも簡単に持ち運ぶ事が出来る」

この信じ難い事実にレーナは戸惑っているのか黙り込んでいた。やはり、直ぐに信じるのは無理か。もう一度見せて説明しようとした次の瞬間、

「凄いじゃないですか!それさえあれば余計な経費も無く全てを持ち出せます!」

レーナは目を輝かせて言った。その様子にこちらの方がたじろいでしまう。普通「次元を裂く」何て言われればまず信じないし、仮に信じてもそちらに興味が移る。それを直ぐに信じ、「手段」の1つとして認識するなど中々出来る事ではない。

(女性が現実主義を言うが・・・これもそうなのだろうか?)

60年以上生きているが、女性という生き物は難解の極みだと改めて思う。

「ではルドルフ様、残り全てもよろしくお願いします」

深々と頭を下げて笑顔を向けてくるレーナ。なぜだ、何故か上手く使われている気がするのは…

――――――――――

「はぁ、はぁ・・・これで・・・最後だな」

息も絶え絶えにルドルフは最後の石像を片付けると、倒れるようにその場に座り込んだ。決して体力の少ない方では無いが、昨日の今日かつ次元を切り裂くという大技の連発に、立っているのも辛いほど体力・精神力を消耗していた。

(流石に、この量は堪えるな)

50はあった石像は全て無くなり、広い廊下や階段は更に広さを増した様に感じる。

そんなワシの下に一杯の水を持ってレーナが現れた。

「ありがとうございました。凄く助かりました」

笑顔でお礼を言って水を手渡してくる。疲れた時の水はありがたい。

「しかし、こんな大量の石像どこが取引してくれるんだ」

受け取った水をゆっくり飲みながら質問をすると、レーナ明るく答えた。

「普段から食料支援して下さっている、露店商会の方と取引致します」

「そうか、あそこは何でも取引する事を信条にしているからな。しかし、あそこが取引相手となればこちらが不利になるな」

「ええ、ですが他にツテもありませんし、いつものお礼と今後の関係強化と思えば安いものです」

確かに国の再建に露店商会の力添えは必須条件だ。そう思えば今回の取引は良い一手と言えるかもしれん。

「取引はいつだ?3日後ぐらいか」

「いいえ、明日の正午には取引をします」

「明日の正午だと!?」

ルドルフが驚くのも無理はない。露店商会の本部は北の国にある。ここから馬を飛ばしても2日は掛かる計算だ。

「それは難しいのでは無いか?」

「大丈夫です。既に連絡は取ってあるので」

自信満々に答えるレーナに抱いていた不安も薄らいでいく。何か策があると言うことか。

「では、取引は明日にするとして今日はどうする?」

「後は小物だけなのでルドルフ様は自由になさって下さい。国民への説明は後日準備が整い次第行うという事で、今は抑えておいてもらいます」

「ふん、まあ、今はそれが一番か」

正解の無い選択はどれを選んでも安心は出来無い。しかし、今はこの選択が正しいと信じルドルフは休むことにした。

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