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もと勇者御一行様 ~還暦からの世直しじゃ!~  作者: 永月裕基
止まった時間が生んだもの
31/44

心の穴

西の街道を走る馬車の中、ライドは浴びるようにワインを飲んでいた。

計画は成功と言って差し支えない成果に思えるのだが、ライドはやけ酒の様な飲み方を繰り返す。成果に満足いっていないのだろうか?

(これであの国は終わりだ。全部僕の計画通りだ)

成功を喜んでいるはずなのに、その顔は曇っており全く嬉しそうにでは無い。その胸中はいったい・・・

ガシャン!!!

そんな中、突然目の前で馬車が半壊した。

「なんだ!何があった」

思わず疑問が口を突いて出たが、目の前の人物を見て既に理解は出来ていた。

「父さん・・・」

目の前には鋭い眼光でこちらを睨みつけるルドルフの姿が。

どうやってここまで此処に。そんな疑問を口にする間も無くルドルフはドーム状の気を放った。

(まずい)

一瞬で身の危険を感じ取ったライドは、直ぐに後ろに飛び退き距離を取った。

気の波はけたたましい音を立てながら広がり全てを消し飛ばしていく。

止まった時には馬車の残骸も、馬引きも、馬も、綺麗さっぱり無くなっていた。

「随分手荒だね。馬引きも消し飛ばすなんて。知り合いだったんじゃないの?」

気の波が止まったと見ると、ライドは余裕を漂わせながら現れた。馬車の中で見せた曇った様子など微塵も感じさせないほどに。

「ワシに脱走屋の知り合いなどおらん」

脱走屋とは国外逃亡などの手助けを生業とする裏社会の職業で、普段は表の仕事をしてその正体を隠している。

先ほど消し飛ばした馬引きはルドルフをリンドベルクに運んだ馬引きと同一人物だ。

ひと1人消し飛ばして微塵も罪悪感を抱いていないルドルフの様子に、何故かライドは嬉しそうだった。

「それで、手紙は読んだんでしょ。何か聞きたいことでもあった?」

直ぐに表情を戻してあっけらかんと聞くライド。その様子からは、計画の実行に対しての罪悪感も、ルドルフに対しての恐怖心も感じられない。だが、どこかおかしい。どこか本心を隠しているような違和感を感じる。

「何故、関係ないものまで巻き込んだ」

その問に不思議そうな顔をするライド。

「それはどういう意味?」

「分かっているだろ。レイと国を巻き込んだ事を聞いたんだ」

ライドは更に不思議そうな顔をしてこちらを見た。

「何をとぼけた顔をしている。お前の復讐と直接関係のないレイと、国を巻き込んだ理由を聞いたんだ。答えろ。ライド!」

強い口調で責めるように言うと、ライドは下を向いた。

「クククハハハハハ」

そして、大声で笑い出した。

「何を笑っている。質問に答えろ!」

答えを催促するがライドは高笑いを続けこちらの質問に答えようとしない。何をそこまで笑っている。会話が成立できないほどおかしくなってしまったのか。

「いやぁ、まさかそこまで分かっていないとはね。逆に予想外だったよ」

笑い終えワシを見たライドの目は、僅かばかり残っていた尊敬は消え、虫けらを見るような冷たいものに変わっていた。

「どういう意味だ」

その質問を鼻で笑い、悪意しか無い笑みを浮かべ言い放った。

「巻き込んだんじゃない。最初からそっちが本命だよ」

「なんだと」

国とレイが本命?ならばあの手紙は何だったのだ?まさか、あの手紙は偽造だったのか?いや、あれはライドの字だった。間違いない。ならばなぜこんな事を言い出した。

思いがけないライドの発言に頭が追いつかないまま、その真意を探るべく質問を繰り出した。

「手紙には仕返しと書いていただろ」

「本当に大事な事は目に見えないところにある」

ワシが質問を続けるのを遮るようにライドは懐かしい言葉をかけてきた。

「昔、父さんが僕にいった言葉だよ」

ライドが嫁ぎ、まだ王になる準備をしているときに言った言葉だ。

「一番大事な事は目に見えないところにある。だから、それを見つけられるよう注意深く観察し、推理できる頭を持て。そういう意味だよね」

「そう教えてくれた父さんならこの真相に辿り着けると思っていたけど、ガッカリだよ」

心底残念そうに言い肩を落とす。だからライドの目からワシへの尊敬が消え去ったのか。

「確かにそう言った。だが、あの手紙から国を狙っていた事は分からんだろ」

「いいや、分かる。もっと想像力を働かせて、もっと細かいところに目を向ければ分かるはずだ。父さんは与えられるだけの人形になるなよ」

望みにも似た感情を見せライドは訴えかけてくる。だが、何処にそんな言葉が隠されていた。あの手紙には狂気しか書いていなかったじゃないか。

黙っていると、ライドがヒントを出してきた。

「父さんは「廃らせておいたのに」て言葉で国を巻き込んだんと思ったんでしょ。でもよく考えてよ。女か国か、選ばせるなら廃った国より栄えた国の方が面白いでしょ」

放っておいても滅亡しそうな国より、幸せな人が多い国の方が選択の対象としては重みが増す。まあ、当然のことだな。

「だが栄えていたなら自分が王になろうと思わなかったかも知れないぞ。アーナルドが王になろうと思ったのはお前が国を廃らせたからだろ」

そう言うとライドは深い溜息を吐いた。その溜息はとても深く、心の底からだと分かるほどだ。

「あんまり幻滅させないでよ。アイツがレーナに手を出したのは19年前だよ。その時は一番国が栄えている時だ。アイツはそんな昔から自分が王になることを考えていたんだ。栄えていようと廃っていようと関係無かったよ」

「そこに気付きやすいよう、ヒントも書いてあったでしょ」

「アーナルドがレイを使って王になろうと画策していた。というところか」

そう答えるとライドは少し満足そうな顔をした。

「この一文だけでもアーナルドが昔から王になる事を狙っていた事を想像できる。それを読み取っていたなら父さんの疑問は生まれなかったと思うよ」

写真の存在を知らないからだろう。ライドはアーナルドが王になるためにレーナを使ったと思っているのか。

「わざと発展させない。考えればその答えだけでもこの国を狙っていた事が分かるはずだよ」

小さな違和感。過激な文に惑わされ大切な部分を見落としていたというわけか。

「もう分かったでしょ?国を滅ぼすのに邪魔になる人間を始末していただけということも」

「こんな事にも気付かないほど老いたんだね」

また呆れた様に溜息を吐きライドはこちらを見た。呆れたのはこっちの方だ。

「そんな下らない事はどうでもいい。ワシが聞きたいのはなんでこんな計画を立てたかだ」

今までの会話を切り捨ているように言うルドルフ。一番知りたいのはこんな計画を立てた真の理由であり、目的もトリックもどうでもよかったからだ。しかし、その態度がライドのプライドを踏み躙った。

「どうでもいいってなんだよ」

先程までの勝ち誇った態度と一変し、怒りに身を震わせルドルフを睨みつけている。

「もっと驚いたりしないのかよ、もっと悔しがったりしないのかよ、僕のトリックに気がつけ無かった父さんは、僕との知恵比べに負けたんだぞ!」

不満にも似た怒りをぶつけてくるライド。そうか、そういうことだったのか。

(そんな事だったのか)

今になって初めてライドの気持ちが分かった。ライドはワシに勝ちたかったのだと。だからこんな手の込んだトリックをわざわざ手紙に残したのだと。だが・・・それは間違った方法だ。

「負けてなどおらん。そんなトリック成立すらしていないのだからな」

「どういう意味だよ。このトリックのどこがおかしいって言うんだ!」

「前提が間違っている。お前は自発的に国を廃らせたんじゃない、力不足で国を廃らせたんだ」

耐え難い侮辱と相手にしていないような態度に怒りの限界を越えたライドは、ルドルフに詰め寄り胸ぐらを掴むと、抱いていた不満が一気に吐き出した。

「ふざけるな!僕には発展させる力があった。だけど、周りが僕の力を認めなかっただけだ!」

「いくらでも案はあったんだ。みんな協力してくれれば成功させるのは難しくないもばかりだった。なのに!全員父さんの案以外は協力しないと言って僕の話を聞こうともせず国を見捨てたんだ!」

「そんなはずはない!大臣達は先王ヴァルトナが死んで以来、誰かに依存した国造りはいけないと皆自分で動ける力をつけてきた。ワシが居なくなっても各々でお前を全力で支えたはずだ!」

「その場に居なかったくせに、知ったような口聞くなよ!!!」

心の底から出た叫び。それはとても強い悲しみ、劣情を含んでおりルドルフの胸を貫いた。この感情が嘘なはずがない。ならば本当に・・・

「父さんは自分の凄さを分かっていないんだ。その凄さは人を惹きつけ、魅了し、虜にする。それと同時に人をダメにする」

「なぜダメになるんだ」

「底の見えない才能を間近で見せつけられた人間は、自分の存在の薄さを痛感し、自分で何も考えられない人形になるんだよ。だから父さんの周りには父さんを頼る人間だけで溢れているんだ」

「そんな事は・・・・」

否定しようとして言葉が詰まった。自分でも薄々とは感じていたからだ。周りの人間がイエスマンに変わっている事に。

「そんな人形しかいない国を僕はどうすれば良かったんだよ!どう導けば正解だったんだよ!僕に父さん程の才能は無い。平凡極まる凡才だよ。そんな僕が出来ることなんて何も無かったよ」

震えるライドの手から悔しさが伝わってくる。ワシは、どれほどライドを苦しめてきたのだろうか。

「なぜ、頼って来なかった。一人で出来無いならワシを頼ってきてもよかったではないか」

「そんな事、出来るわけないだろ」

ライドはそっと手を離し少し距離をとって話を続けた。

「初めて父さんが任せてくれたんだ。期待に応えたかった。どれだけ相手にされなくても、ここから僕が国を発展させると誓ったんだ」

「それに、そこで頼ったら僕まで人形になってしまうじゃないか。それは絶対に嫌だった。凡才でも、遠く及ばない存在でも、頑張り続ければいつか肩を並べられる存在になれる、そう信じて頑張ってきたんだ。僕がそうなれば、父さんを安心させて母さんの元に送り出せただろ?」

「ライド・・・・」

どれだけ苦しい環境に追い込まれても、ライドずっとワシの事を思って頑張ってくれていたのか。なのにワシは、それに気づくことすら出来なかった。

「でも、でも!父さんは僕を見限った」

「何のことだ。ワシはお前を見限ってなどいない」

「じゃあなんで!なんであんな案レーナに持ってこさせたんだよ」

「ワシがレーナに案を?そんな事一度もさせていないぞ」

「とぼけるなよ。場所代の引き下げと商会の廃止の案だよ!」

「それはお前が考えたものだろ」

「僕があんな案思いつく分けないだろ?あれはレーナが持ってきた案だ。けど直ぐに分かった。これは父さんが考えた案だって。今までの概念を打ち壊すような奇抜な案は絶対に父さんの案だって」

本当に心当たりのない事に疑問だけが生まれてくる。だが、ライドの話を聞いたときに自分の考えたものと似ているとは感じていた。けど、あれはその後の対策が練られていない未完成の案。妻以外に話したことなど一度も無いぞ。

(もしや、レーナがワシの会話を聞いて、それをライドに伝えてしまったのか)

誰も聞いていないと注意を怠っていた。まさかレーナが聞いていたとは。それがこんな事に繋がるなんて。

「それを僕の名前で出してくれって言われた時、完全に見限られたんだと理解したよ」

「違う!それはレーナが勝手にやった事だ。ワシはお前を見限ってなどいない!」

その言葉を信じてくれたのか分からないが、ライドは一瞬目を見開きまたすぐに悲壮感漂う顔に戻った。

「もしそうだとしても、今となってはどうでもいいことだよ」

そう言ってまたライドはワシから離れた。徐々に開けられていく距離が、実際の距離以上に離れているように感じ、これ以上離れたら二度と近づくことすら出来ないように思えてくる。

「それからだよ。僕の中で何かが壊れた。今まで頑張ってきた意味も、努力してきた事も無意味だと知ってから世界の全てが憎らしく見えた」

「だから、国を滅ぼそうとしたのか」

そう聞くとライドは小さく微笑んだ。この状況に似つかわしくない笑がとても奇妙に見え、背筋が凍る気がした。

「ああそうだよ、そこからは最高に気分が良かった」

「国の為だの何だの言って自分では何もしない人形達を壊していくのは最高だったよ」

「壊した・・・まさか、大臣達を」

「大臣達だけじゃないさ。レーナの前の世話係も、前兵士長のランパルドも、僕が全員殺した!どうせ主の居ない人形なんだ、僕が代わりに遊んでやっても問題ないよね」

そう言って心底楽しそうに笑うライドの姿から、もう戻れない程壊れてしまったんだと理解出来る。けれど、そう簡単に諦められるはずが無い。たった1人の肉親なんだ。諦めてたまるか!

「ライド。お前のやった事は到底許される事じゃないぞ!・・・・だが、まだやり直せるはずだ」

その言葉が意外だったのかライドは驚いた顔をして黙り込んだ。

「一緒に来い。昔みたいに一緒に暮らすんだ。田舎だが良い処だ。そこからやり直そう、ライド!」

必死で呼びかけにライドは顔を伏せた。

ワシの選択が間違っているのは分かる。ここでライドを逃せば世界の秩序を無視することになるのだから。だけど、世界の秩序よりもワシは息子の方が大事だ。

「・・・・・何言ってんだよ父さん。そんなの・・・無理に決まってるだろ」

だが返ってきた言葉はワシの求めていたものとは違った。

「何が無理なんだ。」

「もう、やり直せないところまで来てちゃったんだよ」

悲しみに満ちた表情を浮かべライドはまた後ろに下がった。これ以上下がらないでくれ。

「大臣も、レーナの前の世話係も、前兵士長ランパルドも、殺すのに罪悪感も生まれなかった。だけど、レイナルドだけは違った。レイナルドだけは殺しちゃいけなかったんだ」

「ずっと王族のブローチからレイナルドを監視していた。悲惨な最後を遂げっせようと機会を狙ってたからね。だからレイナルドの場所に街で化物扱いされたとき、兵士に発見されないよう魔法でレイナルドの存在を認識できないようにして、好きな女の子に偽物扱いまでさせた」

ずっと引っかかっていた。なんでレイが兵士に発見されなかったのかと。全てライドの仕業だったのか。

「そんな人生最悪の時に実の親に殺される。これほど最高なショーを見逃すなんて馬鹿らしいだろ。だから僕もアーナルドにかけた魔法と同じ魔法をかけて、特等席でその様子を見たんだ」

そう言うとポケットから王族の証であるブローチを取り出した。それは血で汚れ、形も変形している。レイのブローチだ。

「・・・・・だけど、ショーは思っていたのとは違ったよ。僕はレイナルドがアーナルドへの憎しみを口にしながら死んでいく様を見たかった。なのに、あの子はワーウルフに食われて死ぬ瞬間「父さん、ライド父さん助けて」って叫んだんだ」

ライド父さん。そう叫んだのはライドが実の父で無い事を知っていたからか。そして自分がブローチで監視されてるのに気づいていたから、ライドに助けを求めている事が分かる様にそう言った。

そこまで分かっていてなら、ライドが自分を狙っている事にも気づいていいたのかも知れん。それでも思い止まってくれると信じていたのか。やりきれんな。

「それからずっと、その言葉が頭から離れないんだ」

「寝ようとしても眠れず、酒を飲んでも酔えなくて、計画を成功させれば少しは違う気持ちで紛れるかと思ったけど、全然紛れなくて・・・・・」

膝を着き、レイナルドのブローチを握り締め苦しそうに話すライドの姿は、後悔に満ちており昔のワシの姿を思い起こさせた。

本当に大切な者を失った時、心に埋めようのない穴が空く。その穴はどうやっても埋めることは出来ず、自分を苦しめ続ける。それが自分の手で失わせたのならば尚更だ。

(お前も、その苦しみを知ったのか)

自業自得と言えばそうだが、その苦しみを一番知っているルドルフは、これ以上やり直せとは言えなかった。

「・・・・・」

互いに言葉が見つからず静かに時だけだ過ぎていく。いつの間にか空は闇に覆われ、森の化物達が動きを強めていった。

このまま此処に居るわけにもいかない。一旦此処を離れるようライドに近づくと、

「父さん、頼みがあるんだ」

深く沈んだ声で話しかけてきた。その声はどこか覚悟を匂わせ胸をざわつかせた。

「なんだ」

息を呑み尋ねると、ライドは真っ直ぐこちらを見て言った。

「僕を・・・殺して」

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