この人は・・・嫌いだ
「構えたらどうだ?そこはもうワシの間合いだぞ」
「それはこっちも同じだよ」
両者は同時に斬りかかる。構えていた分ルドルフの方が僅かに早く、ルドルフはアーナルドの胴体めがけて勢い良く剣を振るった。
しかし、そうなる事を読んでいたアーナルドはルドルフの攻撃を避け直ぐに反撃をする。ルドルフもアーナルドの動きから予想できていたのでそれを避け直ぐに反撃をした。互いに相手の動きを確かめるように動き、互いに一撃も当てられない斬り合いが続いた。
シュ、シュ、シュ
空を斬る剣の音だけが聞こえる静かな街の中、2人は息もつかせぬ激しい攻防を繰り広げている。もう数分は斬り合っているのに互いに一撃も与えていないし、受けてもいない。それどころか剣をぶつけ合う事も無い。そこまで慎重な斬り合いをしているのには理由がある。
アーナルドの剣には爆発の属性付与をかけてあり、刀身に触れた瞬間爆発を起こせるようになっている。少しでもかすればそこから爆発が起こし、ルドルフの体を木っ端微塵に吹き飛ばすだろう。
ルドルフの方は剣に気を纏わせ、強力な衝撃を放てるように準備してある。少しでもかすればそこから衝撃を放たれアーナルドの体は一瞬で吹き飛ぶだろう。
そのことを互いに気づいているため無理に攻めれない。かと言って避け一辺倒では勝てるものも勝てなくなってしまう。互いに余力を残しながら相手の隙を伺うような斬り合いが続いた。
(先程と同じ人物とは思えないキレだ)
その激しい斬り合いの中ルドルフは少し驚いていた。少し前まで避けるのは疎か受けることすらままならなかった自分の剣を、今は余裕をもって避けている。その能力の上昇はまるで、自分の限界を突破したかのような成長ぶりだ。
「どうした!こんなもんじゃねぇだろ!」
アーナルドは挑発じみた事を言い攻撃の速度を速める。ルドルフも速度を上げて応戦するが、アーナルドの剣は斬り合いの中で徐々にキレを増し、まともに張り合っていては足元を掬われそうな勢いにもまでなった。
(此奴、軽量化の魔法を使ったな)
ただの成長では説明が付かない程にアーナルドの剣は早くなり、反撃の余裕すら無くなってきた。
ルドルフは避けることに注力してアーナルドの攻撃を避け続ける。アーナルドはここぞとばかりに攻め手を速め攻撃を加え続けた。
一瞬気を緩めた方が死ぬ。そんな斬り合いが続くが、ルドルフの顔からは焦りの色が一切ない。
絶対に当たらない。そう言っているかのような自信に満ちた顔。共に戦うならばこれほど頼りになるものは無いが、敵としてはこれほど嫌な相手はいない。
(くそ、なんで当たらない。なんで避けれるんだ)
後一歩で捉えられそうなのに、全くと言っていいほど剣を当てられる気がしない。動きのキレも早さもこちらの方が優っているのに、何故か当てられない。追い詰めているはずなのに追い詰められているような感覚に、アーナルドは体力、精神共に追い込まれていく。
「ハァ・・ハァ・・」
アーナルドはとても辛そうに息をしながらも、攻撃の手だけは緩めず剣を振るい続けた。息も切れ体力的にも精神的にも仕切り直しをしたいところだが、ここで手を緩めれば確実に殺されることは分かっていたからだ。
(くそ、腕が重くなってきた。このままじゃ・・・)
腕の限界を感じたその瞬間、最大のチャンスが巡ってきた。今まで完璧なまでに避けていたルドルフが、一瞬避ける方向を間違えたのだ。直ぐに修正しアーナルドの攻撃を避けたが、常に浮かせるように構えていた足はしっかりと地面を踏みしめている。
(今しかねぇ)
それは隙にも満たない小さな隙。それを隙に変えるため、アーナルドは渾身の攻めを見せる。
「オラァ」
流血している右腕をルドルフの顔めがけて振るう。
「くっ」
一瞬視界を奪い生まれた僅かな隙、それこそがアーナルドが求めていた最大のチャンス。
(ここしかない!)
確信したアーナルドはルドルフの心臓めがけて剣を突き出した。右手を振るうと同時に引いていた左手から繰り出された突きは今までで一番鋭く一番速い。
しかし、それこそがルドルフの狙いだった。
無防備の体に放ったはずなのに、ルドルフの剣がアーナルドの剣に当てるよう振るわれていたのだ。それは後から振ったような速さじゃない。こうなる事を分かっていた速度の振り。
(くそ――)
心の中で無念の叫びを上げる間も無く剣は触れ合い、両者の間で大きな爆発と衝撃が起きた。
両者は爆発に飲み込まれその姿は見えなくなった。
―――――
何も・・・・感じない。痛みも、音も・・・・何も・・・・
目の前に見えるのは、見慣れた空だけだ。それ以外、何も無い。
動かしたいのに体が動かない。まるで地面と同化したみたいだ。
私は、あの瞬間負けたのか?いや、負けたんだ。だからこうして空を見ているんだろ。・・・・でも、不思議と悔しくない。なんでだろうか?それが分からない。一撃も当てれなかったのに・・・なんでこんなに清々しい気持ちなんだろう。もう、心が満足したのか。負けを認めたのか。
―――――いや、まだ終わってない。まだ戦える。もう一度立ち上がって・・・・!
上体を起こそうとした時初めて今の自分の姿に気がついた。
「フフフ、そうか、もう、ダメか」
アーナルドの体は大部分が吹き飛び、既に死んでいた。
今のアーナルドは膨大な魔力のお陰で残っている意識体だった。しかし、それもすぐ尽きる。
諦めが着いたのだろう。何かする気も起こらない。
ただ、死を待ち呆然と空を眺めていると、無傷のルドルフが近づいてきた。
(爆破も衝撃で吹き飛ばされたのか・・・)
一矢報いることも出来なかった事を少し残念に思う。
「なかなか、良かったぞ」
褒めたように言うルドルフ。今回のは嫌味や侮辱じゃないと分かる。いや。前回のもそうか。
「私の敗因は、なんですか」
「お主の敗因は、ワシに剣で勝負を挑んだ事だ」
その答えを聞いた瞬間なんでこんなに心が晴れやかなのか分かった。私は、この人と対等に戦いたかったんだ。この人を私の剣で越えたかったのだと。
「あれだけ魔力があったんだ、魔法を使えば結果は変わっていたかも知れないぞ」
その言葉とても優しかった。けど、もし魔法を使っていても結果は同じだっただろう。死に際に夢を見せてくれるなんて、やっぱりこの人は・・・嫌いだ。
「あと、これを」
ルドルフはアーナルドに一枚の写真を見せた。それを見たアーナルドは、
「これは・・・なんで」
驚きの声を漏らす。それはアーナルドが兵舎に飾っていた一枚の写真。アーナルドにとって命と同じくらい大切にしていた物だった。
「大切な物なんだろ。今度はきちんと持っていけ」
そう言ってアーナルドの胸に写真を置く。
「ありがとう・・・ございますっ・・・」
涙を流しお礼を言うと、アーナルドの体は光に包まれるように消え去った。
ルドルフは黙祷を捧げその場を去った。




