嘘か真か
ルドルフが夜間の犯行を行った次の日。リンドベルクでは昨晩の事件を『不可解な殺人事件』とし、新聞に大きく掲載された。それにより市民の不安は更に高まっていた。
ルドルフの泊まった宿屋
いつものように日の出より少し前に起きたルドルフは、宿主に頼み少し早めのモーニングコーヒーを飲んでいた。いつもは窓のから射す陽の光を浴びながら飲むが、部屋に窓がないためか少し落ち着かない。そのせいか今日はコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。
(ほお、思ったより早く掲載されたな)
各社の朝刊の一面は昨晩の犯行が全てを占めていた。どの新聞にも犯行の残虐性や手口の不可解さを記事にしているが、どこも似たような内容で記者の憶測が飛び交っている。まともな情報が少ないのだろう。
そんな自分の犯行が掲載されている新聞を顔色一つ変えないで読み終えると、また静かにコーヒーを楽しみ始めた。
(ふん、なかなかいい香りだ)
コーヒーを楽しむルドルフはとても穏やかな表情を浮かべており、昨日見せた残虐性など微塵も感じさせない。
ゆっくりとコーヒーを味わい尽くすと、心地よさげに居眠りをした。
一方兵舎ではモンドの怒鳴り声のような大声が響き渡っていた。
「何故ですか。アーナルド兵士長!」
早朝の静寂を打ち破るようなデカい声に、兵士達は1人残らず飛び起きる。
「モンド副兵士長。声が大きいぞ。これでは2人で話している意味がない」
モンドのデカい声を受けながらも顔色一つ変えないでアーナルドは注意した。慣れているのだろう。
「そんなおかしなこと言われたら大声にもなりますよ」
モンドはとても不満そうな顔をしてアーナルドを見ている。こんなに怒っているのは今日の事件の捜査についてアーナルドと意見が食い違っているからだ。
「何がおかしい。捜査の結果から見ても今回の犯人は失踪中のページと見て間違いない。だからこれ以上の捜査は不要だ」
「いいえ必要です。今回の殺人はどう考えても道具屋風情がやれる犯行じゃない。もっと手練の仕業です。それに死体の有様から見ても怨恨であることは間違いない。徹底的な捜査が必要です」
「現場と現場周辺には被害者とページの痕跡しか残っていない。それに酒場から逃げるように走っていく姿と、鍛冶屋から飛び出していく姿が目撃されている。状況から見て殺害後逃走を図ったと見て間違いない」
「ですから、それでは殺害方法の説明がつかないと言っているんです。酒場に居た傭兵達はそれなりの実力者です。それを肉片も残さないように殺すなんてページでは無理です」
二人は自分の主張を譲らず話はなかなか進展しない。そこでモンドは隠していた調査の話をした。
「それと、報告が遅くなりましたが今回、王子を襲った犯人はページとダナトスの可能性が高いです。その共犯者のダナトスを殺すなんて考えられません」
この事実を知ればアーナルドも考えを変えてくれるはず。
「そんな事は知っている」
まさかの返答に驚き一瞬たじろぐモンド。それを見て小さくため息を漏らすアーナルド。
「お前がどう思っているか知らないが私は兵士長だ。これでも部下の行動には目を配っているつもりだ。兵士がおかしな行動を取っていれば気が付く」
「ならば、なぜ今回の事件をページが行ったと言うんですか。どう考えてもおかしいじゃないですか」
「・・・・・」
するとアーナルドは黙り込み渋い顔をしてモンドを見た。その物言わぬ圧力にモンドに緊張が走る。
「モンド、今回の事件がどれだけ重要な事件か、お前は理解しているか」
その質問の意図はなんなのだろうか。この事件に何か重大な何かが秘められているとでも言うのか。考えるが答えが出ないモンドが黙っていると、アーナルドが呆れたような顔を向けてきた。
「今回の事件の処理の仕方次第では、この国が崩壊するかもしれない、ということをお前は理解できているのかと聞いたんだ」
「どういうことですか」
あまりにも飛躍した話にモンドは更に理解が出来なくなった。そんなモンドにアーナルドはもっとわかりやすいように噛み砕いて話をする。
「モンド、お前はこの国を支えている三つの柱は分かるか」
「はい。豊かな経済と他国と比べて安全な土地と勇者の居る国の三つです」
「そうだ。だが最近は、長きに渡る経済不安と湿地帯の調査失敗の影響で柱は揺らいでいる。特に経済の方はもう崩れ去っていると言ってもいいくらいだ」
「そこに今回の事件だ。国内に現れた化物騒動で唯一残されていた国内は『絶対安全』という神話を、兵士団自らの手で打ち壊してしまった。これにより安全な土地という柱は崩壊した」
警鐘を鳴らした件を話す時のアーナルドの顔には後悔の念がにじみ出ていた。
「そして何より問題なのは王子の死だ」
「この国は他国と比べて勇者に対する考え方が信仰的な感性を含んでいる。『勇者は神が生んだ絶対的な聖者』そう思っている者も少なくない。そしてこの国が神に守られた土地であると思っているものもな。だが、その末裔である王子が亡くなったと知れば、この国の希望は無くなり直ちに崩壊を始める」
アーナルドのいう事は少し飛躍しているようにも聞こえるが、この国で育ったものでは当然思いつく結果だった。
「ですが、まだ王がいます。それに今は市民権を放棄していますがルドルフさんだって・・・!」
そこでやっと気がつく。モンドがこの事件を知ってから漠然と頭の中に思い浮かんでいた人物。その人物に疑いの目を向ける事の重大性が。戸惑ったようなモンドの様子から理解したことがアーナルドにも伝わった。
「やっと理解したか。お前の言う通り王もルドルフさんも居るが王はこの体たらくだ。王子の死が知られれば勇者の加護は失われたと言われ、積もり積もった不満は爆発するだろ。そこで重要なのは勇者ルドルフ。あの人は先王ヴァルトナが亡くなった時レーナ王女と共に国を立て直した方だ。その方が戻ってきたことに期待をしている国民も少なくない」
「分かったら今回の事件はページの仕業として処理しておけ」
アーナルド兵士長の説明で状況は理解できた。しかし、それを理由にページに罪を被せるのはやはり違うのでは無いか。どんな状況であろうとも真実を曲げることはするべきでは無いのではないか。モンドの中にある正義感がどうしてもその行為を良しとしない。
「状況は理解できました。ですが、それではやっていもいない罪を被せる事になります」
「相手は王子を襲った大罪人だ。殺人の罪が増えたくらいどうって事は無い」
「たとえ大罪人であろうとやってもいない罪を被せるのは、納得できません」
真実を追うことを頑として譲らないモンドに、大きくため息をつきアーナルドは呆れを通り越して失望にも似た顔を向けた。
「お前は大罪人の名誉のために国を滅亡に追い込もうと言うのか」
「そうは言ってないです。俺はただ、真実を公にするべきだと言っているんです」
「それが追い込むことになると言っているんだ!今回の事件の犯人など誰も気にしていない。気になっているのはそんな危ない奴が国内に居るかどうかというだけだ。ここですぐに事件を解決すれば国民の不安は幾らかは拭える。今求められているのは真実ではなく安心だと何故理解できない!」
普段冷静なアーナルドが珍しく声を荒げた。その姿は今までに見たことがない程必死で、真剣に国の未来を考えている事が伺える。だがそれはモンドだって同じこと。モンドも自分自身の信念と考えを持ってこの選択が正しいと判断している。
「たとえ求められていなくても、真実を追求する必要があるんです。そうしないと、この国は嘘の上に成り立つ事になってしまう」
「国自体が無くなっては元も子も無いだろ。どちらが正しいかじゃない。どちらがより良い未来を築けるかの話をしているんだ」
「嘘で成り立つ国に良い未来など無い!」
モンドも立場を忘れ強い口調で意見をした。今後どんな罰を受けようとこの件だけは譲れない。
「たとえこの選択で国が崩壊しても新しく築き上げれば良いだけです。そこには嘘も無ければ偏った信仰心も存在しない、本当に意味で正しい未来が待っている」
「そんな子どもじみた考えがまかり通るワケ無いだろ。もっと現実を見ろ。希望も無ければ信じれるものも失った者たちが、また立ち上がれる訳無いだろ!」
「なぜ決め付けるんですか!」
「そうに決まっているからだ!」
「なぜ!」
「私は第一部隊の隊長だぞ!お前のような国を守護していない者には分からないんだ!!国民の声が、この国の嘆きが、」
自分が昨日経験した痛みなど比べものにならないほど辛そうな顔で言うアーナルドの姿に、モンドも思わず胸が苦しくなる。国を開けることが多い第二部隊と国を守護する第一部隊では、国民の心と触れ合う機会が段違いなのは間違いない。これほどまで辛そうな顔をさせるほど国民の声は過酷なものだったのか。
「お前は理解しているか?国民の気持ちを」
その問い掛けには答えたくなかった。何か言えばその言葉は宙を浮き、簡単に離散してしまいそうなくらい軽いものになりそうだったから。
「分からないなら教えてやる。国民の皆が、この国を去りたいと思っているんだよ」
あまりにも衝撃の内容にモンドはただただ呆然とした。この話がどれほど真実なのかは分からないが、今のアーナルドの様子から見ても相当に近い心理状態であるのは分かる。
「ふふ、笑えるだろ。散々信仰心や希望を口にしてきたが、そんなものは移住する金が無いという現実から、目を背けるために使っている理由でしか無いんだぞ」
生気の抜けたような笑みを浮かべて話すアーナルド。今回の言い争いで、胸に押し留めてきた辛さが少し吹き出してしまったのかもしれない。
これほどまで心を砕いているアーナルドの判断に、モンドも心揺れるものがある。自分の信念も考えも決して間違っているとは思わない。だけど、今回ばかりはアーナルドの選択の方が良いのではないかと。
「その、ページの子はどうする気ですか。今は意識を失っていますが起きればこの事件の不可解な点に気づき、真実を追求してくると思いますが」
揺れ動く心の中残っていた気がかりをぶつけてみた。これに答えられるならば今回は、アーナルドの指示に従おう。
「その心配はいらない」
「どういうことですか」
「その子には意識が戻る前に国を出てもらう」
そのあまりにも冷たい判断に思わず掴みかかりそうになる。ページの子自身は国のために命をかけて食料を守った立派な子だ。それをこんな理由で追い出してはあまりにも可愛そうだ。
「それじゃあ厄介払いじゃないですか!」
「話は最後まで聞け」
強い口調で制止するように言われ、力がこもってた足を何とかその場に止めた。
「王子を襲った親を持つ子がこの国でまともに暮らせる訳が無いだろ。だったら国を出し新しい生活をさせるのがその子の為にも一番良い判断だ」
確かに王族に手を出した者がまともに暮らせるとは、さすがのモンドも思えない。
「でも、それでは戻ってきたときどうするんですか」
「その心配は無い。その子は好きな子を失い、大切な友を親に襲われ、そして親に捨てられた。酷だがその事実だけを全て伝え、戻ってきたいと思えないようにする」
それは今回着せる罪の話はしない。という意味でもある。
「・・・・・・・分かりました。今回はアーナルド兵士長の指示に従います」
モンドは長い沈黙の後そう決断をした。その答えにアーナルドも安心した様子だった。
「ですが、これからは嘘の無いようにしていきましょう」
「ああ、そうしていこう」
胸に引っかかるモヤを飲み込みモンドは部屋を出た。




