死
ルドルフは街道に現れたワーウルフの足跡を辿るように南の森を捜索した。本当はワーウルフの巣に近いリンドベルクの真南から捜索するつもりだったが、街道に現れたワーウルフの行動がどうしても解せなかったからだ。
最初は凶暴化の影響でワーウルフが街道に現れたのかと思ったのだが、よく考えればそれはおかしい。もし凶暴化の影響ならば、もっと早く被害が出ていたハズ。兵士たちの様子から見ても今回の事は今までにない事だったと推測できる。それにワーウルフは夜行性かつ群れで行動する習性を持っているが、今回は日の出の街道に一体のみで現れた。これはどう考えてもおかしい。
このワーウルフの奇行とも言える行動に胸騒ぎを感じたルドルフは急ぎ足で足取りを追った。
(ここで方向を変えたのか)
南の森に入ってすぐの所でワーウルフの足跡は方向が変わっていた。見たところリンドベルク方面から来ている。という事はリンドベルクからわざわざここを目指してきたことになる。だがなぜ此処に、
(ん、これは・・・人間の血か)
辺りを見ると木に血が付いている。見たところ比較的新しいものだがこんな場所に来る人間などいるのだろうか。
その瞬間昨日病院で聞いた話を思い出した。確かレイは友達の死体を回収する為に酒場に行ったと言っていた。という事はこれはその子の血か。
そう思うとワーウルフが現れた位置も怪しくなる。ワーウルフが街道に出た位置の木は数本切り倒されていた。わざわざここに来てそこから街道に出た理由は何か・・・疑問は膨らむがまだ手がかりが少なすぎる。考えるのを止めまずは足取りを追うことにした。
黙々と足跡を辿っていると足跡はリンドベルクのすぐ近くで途切れた。ここで途切れたということは一旦南の森を出たことになる。目の前には馬小屋が、という事は馬小屋に行った後こちらに来たのか。
何かあるかも知れないと馬小屋に近づくと、
「全くなんなんだよ」
大声で不満を漏らす声が聞こえた。この声どこかで聞いたことがあるような・・・
「あ、お客さん久しぶりです」
その気さくな話し方は間違いない。馬引きのオヤジだ。
「おお、久しいな」
答えると少し不思議そうな顔でこちらを見てきた。何か変だっただろうか。
「あれ?前はもっと年寄り臭い話し方だと思いましたけど、人違いですか?」
そういえば、そう話していたな。レイの安否が気になって以来話し方が変わっていたか。まあ、あの話し方はレイの為にしていたからな。
「いや、間違っておらん。同一人物じゃ」
会った時と同じように話すと馬引きの男は安心したように笑った。この男はワシのことを話し方で判断しているのか。いや、ワシも人の事は言えんか。
「どうしたんだ。何かあったのか?」
「どうもこうも無いですよ。これ見てください」
困り果てた様子の馬引きの男が指を差した先には、バラバラに破壊された馬小屋の扉があった。
「これは・・・」
扉は鋭利なもので切り裂かれた様に壊されている。間違いなくワーウルフの仕業だろう。という事はやはりワーウルフは馬小屋に来たのか。
「さっき来たらこうなってましてね。もうホントついてないですよ」
肩を落として落ち込む馬引きのオヤジだが、構っている暇は無い。
「中を見ていいか」
「どうぞ」
扉が酷い状態だから中もと思ったが、中はあまり被害にあっていないように見える。馬も無事だし柱や柵などは一切破壊されていない。唯一壊されているのは手押し車か。
(腹が減った訳では無いのか。だがなぜ手押し車だけが壊されたんだ)
あまりにも不可解なワーウルフの行動に疑問しか生まれないが、被害が少ないことは良いことだ。
「それにしても一昨日から不運続きですよ」
状況も見れたことだし搜索に戻ろうと思うと、馬引きのオヤジが話を聞いてくれと言わんばかりの態度で話してきた。急いでいるというのに・・・だが恩もある。無下にはできんか。
「何かあったのか」
「それがですね、一昨日の夜、外が騒がしくて馬が寝つけなかったんですよ。そのせいで馬がへそ曲げて朝出発の予定が昼になっちゃって、そしたら今度は化物が出たとかで外出が禁止されて。仕方ないから今日に予定変更したらこうですよ」
「私はリンドベルクの市民じゃないから、建物の保証が受けられないのでもう散々ですよ」
矢継ぎ早に不満を口にすると少しスッキリした様子を見せた。まあ、少しでも気が晴れたようで良かった。これで晴れなければ時間を取られた意味が無いからな。
「気の毒だが、まあ、そのうち良い事あるさ」
月並みの励ましをかけ早足でその場を離れた。まだ話したそうにしていたがそんなに暇では無い。
馬引きのオヤジと別れ改めてワーウルフの足跡を探すと、南にワーウルフの足跡が見つかった。この位置からしておそらく縄張りから来たのだろう。
(結局ここの搜索になったか)
巡り巡って結局は予定通りの捜索ルートに戻った事に少し時間の無駄を感じたが、気にせず森に入った。
森の中は先ほどと同じなのだが、どこか息苦しさを感じさせる。どこからかいつも見られているような。そんな居心地の悪さをひしひしと感じる。
(3.4.5体か)
歩いていると近くに化物の気配を感じた。木の上、茂みの裏、取り囲むように位置を取りこちらを見張っている。気配の大きさからして十中八九ワーウルフの子どもだろう。
気にせず足取りを追っていると跡を付けるようにワーウルフの子どもは追ってきた。だが、襲ってくる気配は無い。一定の距離を保ちこちらを見張るような動きをするだけだった。
(いっそ襲ってくれば楽なんだがな)
ワーウルフの子どもの行動に少々の鬱陶しさを感じながらも気にしないで歩いていると、森の奥地にあるワーウルフの巣穴に辿り着いた。
(ここか)
地中に作られた巣穴は真っ暗で飲み込まれそうな不安を感じさせる。
(足跡はここからか)
今まで追ってきたワーウルフの足跡は巣穴の前で途切れた。やはりワーウルフはここから来たのか。
(さて、どうしたものか)
巣穴の前で考え込むルドルフを、ワーウルフの子どもは付かず離れずの距離を保ち警戒している。「今襲えば殺れるんじゃないか」そんな様子を見せながら少し近づいては離れるを繰り返していた。
そんなワーウルフの子どもの行為など目もくれず考え込む。単身ワーウルフの巣に乗り込めば足をすくわれる可能性がある。だが、ここで行かなければ街道にワーウルフが現れた理由が分からない。何よりこの胸騒ぎを鎮めれない。
(久々に、命を懸けるか)
短く息を吐き気を引き締めると、ゆっくりと中に入った。
巣の中はワーウルフが暮らすだけあって広い。入口の幅だけでも4mはあるだろうか。攻められる危険など考えていないのだろう。地面は踏み固められておりしっかりしている。長い間住み着いてる証拠か。
奥へ進むとひんやりとした空気を感じる。地中の作られているだけあって冷気がこもっているのだろう。冷気で体の動きが鈍くなりそうだが問題はそこじゃない。
(暗すぎて前が見えん)
地中に作れているせいで入口の光り以外明かりが無い。奥は一寸先も見えない程真っ暗だ。これではワーウルフの位置を掴めず予期せぬ事態を招く可能性が高い。
(確かあれがあったはず)
ルドルフは何かを探すように腰に付けている袋を触ると、赤い液体の入った瓶を取り出し一気に飲み干した。
(これで見えるな)
ルドルフが飲んだのはワーウルフの目と言う薬で、飲むと一時的に夜目が利くようになると言う道具だ。
夜目が利くようになったルドルフは捜索を再開した。
巣穴は奥へ行く程広くなっていき、道の隅にはワーウルフが寝ている。入口付近で寝ているという事は扱いの悪いワーウルフなのだろう。ワーウルフは階級社会なのかも知れないな。
そんな余計な事を考えながら奥へ進んでいくと、開けた部屋に着いた。
(なんだ、この数は・・・)
たどり着いた部屋で見たその光景は、勇者と言われたルドルフですら一瞬戦くものだった。
小さいマンション程ある部屋一面に広がる黒。もし起こせばいかにルドルフでもただでは済まないだろう。
ゴクッ
生唾を飲んだ音が聞こえる。こんな静かな空間で捜索をするのか・・・・骨が折れるな。
物音を立てないように辺りを見渡す。どこを見てを居る黒に気分が悪くなりそうだが、今は手がかりを捜すことに注力して見る。すると、奥の片隅とその近くに隙間が見えた。
(あの場所・・・怪しいな)
だが、そこまで行くにはワーウルフをどかさなければならない。どうすれば・・・
少しその場で考え込む。そして決心したように隙間を見た。
(まあ、なんとかなるだろ)
楽観的とも思える判断をして足に気を纏い、なるべく音が出ないように地面を蹴った。
コン
小さな音を鳴らしルドルフは大きく飛んだ。音に反応して近くのワーウルフが目を覚ますが、何事もなかったのかのようにまた眠りに着いた。ひとまずは成功だが次の問題が現れる。
大きく飛んだ事で発生する着地音。それは踏み込んだ時の音よりも大きいものになる。もちろんそんなことは重々承知しているルドルフは着地の直前で気を放ち、衝撃を緩和することで音を最小限に抑えた。
(どうだ)
辺りを見てワーウルフの反応を見る。ワーウルフは寝息を立てて起きた様子は無い。成功か。
ルドルフは同じ方法で部屋の片隅へと移動すると、そこにはワーウルフの子どもが寝ていた。
沢山いる中で1体苦しそうに寝ているワーウルフの子どもがいる。食べ過ぎたのだろう。腹が他のよりも膨らんでいる。腹が膨らんでいると言うことはこの近くに餌場があるかもしれない。そう思い近くを見ると横穴があった。成熟したワーウルフでは通るのが辛そうな幅を通ると、木の実や動物の肉が散乱していた。その中には人間の肉らしきモノもある。
(まずは、特定できるものを探そう)
ざわつく感情を抑え込み近くを探した。餌場には食べられない服などの人工物も捨てられている。びりびりに破られた服を探ると生徒手帳が見つかった。少し申し訳ないさを感じながら中を見ると、5人で映った写真が入っていた。その中にはレイナルドの姿もある。
(これは、レイの友達のか)
写真の5人はすごく楽しそうに見える。この子にとってかけがえのない時だったのだろう。
ルドルフは生徒手帳をそっと閉じ袋にしまうと、またその場を探った。ほとんどの物が見る所もないほどズタズタに引き裂かれている中、原型をとどめている袋が見つかった。
(ん、)
その袋を見た瞬間急に胸の鼓動が早くなった。
(なんだ、これに何かあるのか)
どこにでもあるただの袋。なのに、どうしてこうも胸がざわつくんだ。出来ることなら開きたくない。
そう思ってしまうほど気持ちがこの袋を避ける。だが、ここまで何かを感じるという事は、何か有るの違いない。
(避けるな。ここで避けてどうする)
気持ちを奮い立たせ袋を掴み、そっと中を確認した。
(!・・・・)
ルドルフは袋の中を見つめ動かなくなった。それは何を思ってなのだろうか。表情を変えることもなく、様子も変わっていない。まるで感情の一切が無くなってしまったかの様だ。
(・・・・・・)
無感情とも言える様子で袋に手を入れると、両手でそれを持ち上げた。
真っ赤な宝石に王冠が乗った鳥が彫り込まれている。間違いない。これは王族の証であるブローチ。レイが旅立ちの儀式の日に渡された物だった。
「なぜ、なぜこれがここにあるんだ・・・・なぜだ!」
悲しみに満ちた叫びを上げるルドルフ。その声は反響し、巣穴全体に広がった。
突然の大声に一斉にワーウルフが目を覚ましルドルフのいる餌場に詰め寄った。喉を鳴らし威嚇をするワーウルフどもに一切目もくれず泣き続けるルドルフ。
(心のどこかで、もしかしたら、とは思っていた。だけど、無事を信じたかった。信じていた。だけど・・・・レイは・・・・)
「ワシが、ワシがあの時捕まえていれば・・・」
後悔に胸が打ちひしがれる。このままここで死にたくなるくらい自分が憎い。
そんなルドルフにお構いなしにワーウルフは近づいてくる。狭い幅を徐々に通り目前まで迫っていた。
「黙れ」
呟くように言い剣を抜くと、目前まで迫っていたワーウルフに向けて剣を振った。剣からは巨大な衝撃波の様な斬撃が飛び直線上の物を1つ残らず切り裂いた。
跡形も残らないほど細かく切り裂かれた同族の姿にワーウルフ共は後退りをしている。
「レイを死なせた原因全て、ワシの手で殺してやる」
砂煙の中覚悟を口にしながらルドルフが現れた。その顔は怒りに満ちており、近づいただけでも殺されるんじゃないか、そう思ってしまうほど険しいものだった。
「まずは、お前ら化物からだ」
そう言うとワーウルフの群れに斬りかかった。ワーウルフも応戦しようと飛びかかったが一瞬で薙ぎ払われた。
剣をひと振りすれば目の前のワーウルフ血飛沫に変わり、殴れば塵の様に細かく吹き飛ぶ。接触禁止種として恐れられているワーウルフが何の抵抗も出来ないまま殺されていく。それは最早戦いでは無くただの殺戮だった。
―――――
ぴちゃ
剣から垂れた雫が音を鳴らした。ものの数分で辺はワーウルフの血で満たされ、その中心にはルドルフの姿が。全身返り血で濡れたルドルフは何を思うのか。その場に立ち尽くしていた。
「ガルゥゥゥ」
血だまりの中で生き残った一匹の幼いワーウルフが威嚇してきた。まだ威嚇すらままならない様子で必死に喉を鳴らしている。
「・・・・・・」
何も言わずワーウルフを見ると、ルドルフは無言で剣を振った。




