本来の姿
リンドベルクに戻ったルドルフは歯がゆい思いを感じていた。ライドを信じていないわけでは無いが、自分が搜索に参加できないことが悔しくてならなかった。
(ワシにあれほどの魔力があれば)
自身の無力感に腹が立つ。
「ルドルフさん、少しよろしいですか。今日の命令変更についてお尋ねしたいんですが」
時間を取れと言わんばかりの態度で言うモンド。余程気になっているのだろうか。
「なんだ、何を聞きたい」
「あの化物を捕らえる理由は何ですか」
この質問にどう答えるかべきか。素直に理由をいえば当然「誰」と言う話になってしまう。まだ確定していない情報で混乱させるのは良くないが、何か答えないとこの場は収まらない。
「なぜ黙っているんですか、言えない理由なのですか」
「いや、そんなことはない。だが、」
歯切れの悪いルドルフにモンドは不信感を募らせる。
「リンドベルクに化物が現れたという史上類を見ない事態に困惑している中、理由も聞かされない命令変更。これでは兵士達の混乱は増すばかりです」
「何か、納得できる理由を示してもらわないと明日以降の搜索に支障が出てきます」
モンドの言うことは最もだ。兵士達もこの緊急事態に混乱しているだろう。ならば、今分かっている事だけでも言うべきか。
「実はだな」
理由を話し始めると同時に大きな声が会話を遮った。
「副兵長!大変です!」
慌てた様子で兵士が駆け寄ると、モンドは少し不満げに話を聞き始めた。
「どうした」
「リンドベルク内で、全身傷だらけの兵士が発見されました」
「何だと!」
モンドの声に周りの兵士達がざわつき始める。このタイミングで兵士が傷を負ったとなれば、真っ先に疑われるのレイであろう化物。だが、そんなはずは・・・
「その兵士はどうなった」
「病院へ運び込まれ、現在マティス先生が手術をしています」
誰が兵士を傷つけたのか、それを確かめるためにもルドルフとモンドは話を切り上げ病院へ向かった。
病院の入口には既に多くの兵士が集まっており、入口を塞いでいた。
「やっぱり化物に襲われたのかな」
「あの命令変更のせいでこうなったんだ」
「これから大丈夫なのか」
集まった兵士達は怪我をした兵士の身を案じることもせず、ただ不安を漏らすばかりだ。リンドベルクの兵士が揃いも揃って・・・嘆かわしい。
「どけ、邪魔だ」
言葉一つで払い除け、中に入ると手術を終えたばかりのマティスが一息ついていた。
「マティス先生!兵士の容態はどうなんですか」
ルドルフが声を掛けるよりも早くモンドがマティスに尋ねると、小さく笑ってみせた。
「今は眠ってるが明日には目を覚ますはずだよ。ただ、当分の間は安静にしないといけないけどね」
その言葉を聞いて安心したのかモンドは肩を下ろした。
「怪我はどんな感じだったんだ」
「全身の殴打です。こんなに多いって事はフクロ叩きにでもされたんでしょう」
「複数の相手にやられたのか・・・」
怪我の状態から見てレイの可能性は無いな。そもそもレイがやったなどとは微塵も思っていないが、
「誰かは分かったんですか」
「城の門番をしていたアヴェルと言う兵士だよ」
「アヴェルだと!」
調査を代行してもらっていたアヴェルが怪我を、という事は酒場の連中にやられたのか。
自分が頼んだばかりにこんな事に・・・腹の底から怒りがこみ上げてくる。今すぐにでも酒場の連中を叩きのめしたい。
「その兵士を知ってるのですか」
「ああ、用を頼んでいた。そのせいでこんな目にあったのかも知れない」
「それは、どんな」
恐る恐る尋ねてくるモンドの姿にすら腹が立ってくる。恐れさせているのは自分だというのに、
「あの化物の正体を探る為に酒場を調査してもらっていた」
それ以上は何も聞いてこなかった。とても話しかけれる雰囲気では無かったのだろう。だが、聞かれないのならば好都合だ。今すぐ酒場に行って全員叩きのめしてやれる。
振り向き病院を出ようとすると、近くにいた若い兵士が近づいてきた。
「・・・何の用だ」
溢れる怒りを抑えず聞くと、兵士は震えた手で紙を差し出してきた。紙はくしゃくしゃに丸められており、一見ただのゴミに見える。
(なんだと言うんだ)
中を開くとそこには一言だけ書かれていた。
―王子は酒場にきてました
これは、アヴェルに頼んでいた!この若い兵士がアヴェルを病院へ運んだのか。
「先輩、これだけは、ルドルフさんに渡してくれって、」
「先輩が、酒場の連中にやられたのに、俺、何もできなくて、何もやれなくて」
若い兵士はその場に泣き崩れた。全身を小刻みに震わせ、目からは止めど無く涙がこぼれ落ちる。手は固く握られており、一際大きく震えていた。
この兵士の選択はとても辛いものだったろう。たとえ敵わなくても挑むことくらいは出来たはず。それをしないでアヴェルの願いを優先した。中々出来ることでは無い。
若い兵士の行動に自身の行動を顧みた。あのレイかも知れない化物を見てからワシは、ずっと自分の感情に任せて動いていた。認めたくない一心から生け捕りよりも、逃避を選んだ。その後もそうだ、冷静に調査をしているつもりでも、違った。自分の間違いにイラつき、怒りをぶつけることしかしなかった。
(ワシは、馬鹿だ)
実のところレイの安否を真剣には考えていなかったのかも知れない。結局は自分の気持ちを落ち着かせる為に動いていただけなのかも知れない。
「お主、名は何という」
「・・・ロゼです」
「ロゼ、お主のおかげで頭が冷えた。礼を言う」
先程までの感情に振り回される姿はそこになく、今は驚く程に感情をコントロール出来ている。その姿こそ勇者ルドルフの姿そのものだ。
「モンド、話がしたい。ちょっと来てくれ」
急に優しい声で呼ばれて驚いた様子を見せるモンド。実際は普段通りの呼びかけなのだが、さっきがあれなので優しく思える。それが逆に怖かった。
「なんで、しょうか」
「命令変更の件について話をしたい。今いいか」
「え、はい、大丈夫です」
急な申し出に戸惑った様子を見せるモンドだが、ルドルフは気にせず話を進めた。
「変更した理由だが、あの化物と呼ばれて追われている者を人間と思ったからだ。そして、その正体は十中八九レイナルドだ」
「え、今、なんて」
あまりにもサラッと言ったため頭が追いついていない様子を見せるモンドに、一切構わず話を進めた。
「だが、確証は無い。だがらそれを見つけて欲しい。酒場の前の道に大きな凹みと溶けたような跡があった。その2つを調べて欲しい。どうやって出来た跡か分かれば、誰がレイを襲ったか分かる」
「え、あ、はい?」
何か言いたいが言葉がまとまらない。そんな様子だったが、それでも気にせず話を進めた。
「それと、今日酒場にいた人間全員と、鍛冶屋のダナトスと道具屋のページを国から出ないようにしてくれ。そいつらには厳罰が必要だ」
「・・・・」
最早何を聞いたらいいのか分からなくなり、モンドは黙ってしまった。
「それと、化物の正体がレイであることは国の中では話すな。連中に警戒されるかもしれない。明日の捜索で外に出たとき話すよう、各小隊長に連絡しておけ」
「あと、今日は休む。東門に近い宿を取るから何かあったら連絡してくれ」
それだけ言うと病院を出て宿に向かった。本当は酒場に行きたかったが、行けば騒ぎを起こしかねないと思って止めた。
多くの情報を一気に詰め込まれたモンドはその場に立ち尽くし、頭の中を必死に整理した。これが勇者ルドルフの日常会話。一瞬遅れれば置いていかれる厳しい会話だ。
(直ぐに見つけてやる。待っているんじゃぞ)
ベットの中、天井を見つめながら決意を新たにルドルフは床に着いた。




