調査
ルドルフ達調査隊は国を出たばかりで警鐘を聞いた。
「リンドベルクに化物が出るなんて」
まさかの事態に調査隊にも動揺が走る。兵士の中には慌て取り乱すものさえ出ていた。
普段冷静なルドルフも今回ばかりは動揺をしている。国会一安全なリンドベルクで化物が出るなど夢にも思っていなかった。
「まずは化物の討伐を優先する。調査は一時中止じゃ」
そんな素振りを一切見せずルドルフは号令をかけ調査隊はリンドベルクに引き返した。
急ぎ足で戻ると東門の前で伝達隊の兵士が駆け寄ってきた。
「どうした」
動揺から威圧的になるルドルフ。その様子に伝達隊の兵士は少し気押され気味に話した。
「警鐘の事で引き返してきたのであれば、調査を続けてください」
伝達隊の兵士の発言に戸惑うと同時に怒りを感じた。
「何を言っておる。そんな場合じゃ無いだろ」
怒鳴り声をあげると伝達隊の兵士は身をすくませた。この兵士に意思は無く、ただ言われた命令を伝えに来たのは分かった。それでもルドルフはこの馬鹿な命令に怒らずにはいられなかった。
「こんな一大事に調査などしておる場合では無い。そんな事も分からんのか」
ルドルフの剣幕に伝達隊の兵士はただただ怯えるばかりだった。だが、兵士はその場を動こうとはしない。
「今戻られては国民の不安は更に強くなります。このまま調査を続けて下さい」
ルドルフ程の実力者が引き返して来たとなれば、事態を必要以上に重く受け止める人が出てくる、という判断からの命令だった。しかし、ルドルフにとってその命令自体がおかしなものに感じた。
「国に化物が出た時点で既に深刻な状況だ。不安に思うのならば直ぐに解決して安心させれば良いだけだ」
ルドルフはそう言い放ち兵士を払い除けた。
ルドルフがリンドベルクに入ると裏路地から何者かが現れた。
(あれは)
現れたのは全身傷だらけで所々溶けたような怪我をしている何者かだった。見た目はアナウンスで知らせていた化物と特徴が重なる。だがルドルフには化物には見えなかった。
(どう見ても人間に見えるが、もしかしてあやつが国に現れた化物か)
疑問に思い見ていると、傷だらけの人間はこちらを一瞬見て逃げていった。その瞬間ルドルフの胸はざわついた。
(あの姿、あの走り方、もしや)
ルドルフの頭の中には最悪な可能性が思い浮かんだ。だが、信じたくなかった。まさか国中に追われる化物がレイナルドであるなんて。
「伝達隊の兵士。こっちへ来い」
大声で呼ばれた兵士は急いでルドルフに駆け寄る。ルドルフは半ば脅すように命令した。
「おい、直ぐに化物の討伐命令を撤回して生け捕りに変更するよう伝えろ」
突然言われた命令に理解が追いつかない様子の兵士だったが、ルドルフはそんなのお構いなしだ。
「早くしろ、責任はワシが取る」
兵士は釈然としない様子だったが、言われるがままに伝えに行った。隊全ての隊長達の顔や位置を知らないルドルフと違い、全てを把握しているだろうという考えからの判断だった。
「皆の者、お主らも生け捕りに協力してくれ」
ルドルフが頼むと調査隊の兵士達は大きく頷き傷だらけの人間を追った。
(ワシは、あの人間の素性を調べなければ)
ルドルフ自身今すぐにでも生け捕りに行きたかったが、行くわけにはいかなかった。部外者であるルドルフが確たる証拠も無しに命令を出したのだ。証拠を集めなければ後々問題に成りかねない。そうなればライドに迷惑がかかる。
歯がゆい思いを抱えながらもルドルフは証拠集めをすることにした。
最初に傷だらけの人間が出てきた裏路地を調べることにした。
裏路地には所々血の跡がある。あの人間の血だろう。ルドルフは血を辿り歩いていくと開けた小さな広場が見えた。そこにはレイナルドと同い年くらいの女の子と、昨日城の前であった中年兵士と若い兵士が居た。
「ルドルフさん」
気づいた中年兵士が声をかけてきた。ルドルフを見たからか少し嬉しそうだが、この状況にはあまりそぐわない。
「ここからアナウンスで言っていた化物が来たと思ったが、間違いないか」
「はい、その通りです」
中年兵士は即答した。ルドルフと会って高揚しているのだろう。少し前傾気味に話を聞いている。一刻も早く情報が欲しいルドルフにとっては好都合だ。
「どうして此処に居ると分かったのじゃ」
この小さな広場は裏路地の奥にあるということもあり、あまり知られていない。今日みたいに年配の兵士が出払っていてはこの場所を知る人自体少ないだろう。
「それは、この子が知らせてくれたんですよ」
中年兵士は近くにいた女の子を指さした。
「ほう、この娘が」
この娘はなぜ警鐘が鳴っていたのに外に、第一なぜこの場所を知っていたのだろうか。
「少し話を聞きたいのだが」
「あれは違う、違う違う違う」
女の子は酷く取り乱しており、ずっと「違う」と繰り返すばかりだった。
この娘から話を聞くのは無理だ。そう判断したルドルフは諦め離れようとしたその時、
「あれは、レイじゃない」
女の子の口から今最も聞きたくない名前が飛び出した。ルドルフは振り返り詰め寄った。
「今レイと言ったか。なにか知っているのか」
女の子の両肩を掴み当たりそうなくらい顔を近づけ尋ねた。だが女の子はまた「違う」を繰り返すだけになってしまった。
(くそ、何か分かると思ったのだが)
ルドルフは悔しそうに手を離した。女の子は若い兵士に連れられ安全な場所に移動した。
「最初からああだったのか」
「いいえ、先程までは冷静な女の子でしたよ」
「では、どうしてああなった」
「たしか、化物に向かって「お前はレイじゃない」とか何とか言って追い払った途端、急にああなってしまいました」
(お前はレイじゃないだと。やはりあれはレイなのか。それにあの娘はレイを知っているのか)
「あの娘が誰か知っているか」
「ええと、確か王子と同じ学校に通う同級生だったと思います。確か名前はスリアとか言っていたような」
ルドルフの頭の中に新たな疑問が浮かんだ。なぜあの娘は化物の正体がレイと分かったのか。なぜレイじゃないと思ったのか。新たに浮かんだ疑問を解消するためにもルドルフは調査を進めた。
辺りを見るとベンチには飲みかけの水と空の瓶が置かれていた。瓶には水分が入っていたのだろうが、一滴も入っていない為中身までは分からない。相当必死な思い出飲んだんだろう。
よく見るとベンチの下に小さな紙が落ちている。踏まれた跡がありだいぶ汚れているが、読む分には困らない。
(この字は、間違いない。レイのものじゃ)
震えたような字で分かりにくいが、所々レイナルドの癖が見られる字だった。小さい頃字を教えていたルドルフは確信した。
(病院にある隠れ里の秘薬を取ってきて欲しい。か)
なぜ、そんな貴重品をレイが持っているんだろうか。そんな疑問と共に忘れていた可能性を思い出した。レイナルドは病院のベットで安静にしているという事を。
傷だらけの人間の正体がレイナルドじゃないという可能性と、それを確定しうる可能性。どちらも病院へ行けばハッキリする。
「少し頼まれてくれるか」
「なんでしょうか」
いつ声をかけられても言いようにルドルフに付いて来ていた中年兵士は、意気揚々と答えた。その態度はやはりこの場に似つかわしくない。
「少し調べて欲しい事がある」
そう言うとルドルフは中年兵士に頼みごとをした。
「お任せ下さい。直ぐに調べてきます」
中年兵士は足早にその場を去っていった。その行動の速さはありがたい。
ルドルフも証拠を探しに病院へ向かった。
病院へ向かう道中にも大量の血の跡があった。東門から裏路地に入ったときよりもその量は多かった。
(これだけ付いていればあの娘に言われなくても見つけれたと思うが)
ルドルフは兵士達の捜索能力を疑わずにはいられなかった。
血の量は中央通りに向かうにつれ増えていった。特に中央通りの道には気づかない方が難しいくらい血が付いていた。
(病院の前か)
血の跡から何かあったのは確実だろう。そのことも含めてルドルフは尋ねることにした。
コンッコンッ
ドアを叩くが返事は返ってこない。こんな状況で音が鳴ったら息を潜めるのも無理はない。仕方がないので少々強引な方法で訪問することにした。
ドンッ
大きな音と共にドアは吹き飛んだ。ルドルフは病院のドアを蹴り破ったのだ。
「おい、誰かいるだろ。ルドルフだ。早く顔を出せ」
警戒しながらマティスと数人の看護師が現れた。余程怖かったのか手には刃物が握られていた。
「どうしたんですかルドルフさん」
安心した様に、しかしどことなく不満げにいうマティス。そんなマティスの心情など意にも介さずルドルフは話を始めた。
「いくつか聞きたい事がある。直ぐに答えてくれ」
「・・・何ですか」
口にしたい不満を飲んでマティスは話を聞くことにした。
「レイは居るか」
「・・・居ません」
最良の可能性はいとも簡単に潰えた。なぜ居ないのかを問いただしたかったが、今はそんな事をしている場合では無い。ルドルフは怒りを理性で押さえ込み話を続けた。
「では、先程レイと同い年くらいの女の子は来なかったか。確か名前はスリアだ」
「はい、少し前に来ましたよ」
「薬を欲しいと言われなかったか」
「ええ、言われました。レイ君が友達の為に置いていった薬を欲しいと言ってきて、その事を伝えると急に黙って病院を出て行きましたよ」
(やはりそうか)
あの娘はレイナルドと話、頼みごとを聞いた。しかし、その頼みがレイナルドの性格から離れていたためレイナルドを偽物と考えたのだろう。結局傷だらけの人間の正体をレイと分かった理由は分からなかった。だが、あの傷だらけの人間がレイと言うことはほぼ間違いないだろう。
「化物はここを訪れたのか」
「はい、私がいない時に襲ってきたみたいで。最初は受け入れようとしたらしいんですけど、警鐘が鳴って慌てて追い払ったようです」
「そうか・・・」
おそらく襲ってきたのではなく治療を受けに来たのだろう。だがあの警鐘のせいで化物と思われてしまったのか。
我が孫にして何たる不運。もしマティスが居れば警鐘などに惑わされず治療をしてくれていただろう。ルドルフにはどうしようも出来ない事だったが、悔しい思いがこみ上げてくる。
「レイは病院をどうして出たんだ」
出来るだけ平素を装って尋ねた。本当は怒りの丈を全てマティスにぶつけたかった。お前が病院から出したからこうなったんだと。だがそんな事を言っても意味がないし、ただの腹いせに過ぎない。
「理由は聞いてないですが、おそらく仲間の死体を回収しに行ったと思います。なのでおそらく兵舎か酒場に行ったかと」
自信なさげに言うマティスに更に苛立った。患者がどこに行くかも聞かずに送り出したのかと怒鳴りたくなった。だが、ここで怒って時間を消費している場合ではない。今のところあの傷だらけの人間がレイと確定付ける証拠は集まっていない。
レイナルドが追われる原因になったのは誰か。それを突き止めそいつに怒りの全てをぶつける。心でそう決め調査を続ける事にした。
「もういい、邪魔した」
そう言ってルドルフは病院を出て行った。ドアを壊され修理もしていかない態度に不満を抱くが、そんな事を言える雰囲気では無かった。マティスは入口を椅子などで塞ぎ応急処置をした。だが、ドアがなくなったことで感じる不安はとてつもなかった。マティス達は化物に怯えながら、部屋で息を殺して危機が去るのを待った。
病院を出たルドルフは先程同様道に付いた血を頼りにレイナルドの足取りを探った。進むごとに血と血の感覚が狭まっていく。病院へ向かう途中で徐々に元気が出てきたのだろうか?そんな事を考えながら心は沸らしたまま、頭だけは冷静さを取り戻そうとした。
「怒りに頭を支配させるな。落ち着け」
声に出し自分に言い聞かせる。それで収まるほど穏やかな怒りでは無いが幾分かは安らぐ。
血を辿っていると、血は城と裏路地の二手に分かれていた。
(これはどういう事だ)
その場に止まり考える。見たところ城に続く血は2つあり、裏路地からの血は1つだ。ここまで来る時にあった血は1つだけだった。ここから考えられる可能性は1つ。1度城に向かい引き返してきたという事、それだけだ。
だがどうして引き返した。そのまま城に行けばよかったのでは?あるいは行ったのか。だがそれならあの中年兵士に会っているはず。何か理由があったのか。
頭の中に浮かぶ可能性はそのままに、一先ず酒場に続く裏路地の調査をする事にした。
少し暗くなってきたか。急いで調査をしているつもりだが空は徐々に赤みを増していた。裏路地となればそもそも陽の光が入ら無いので余計暗く感じる。
急がなくては。ルドルフの足は焦りから早くなっていた。
裏路地を抜けると酒場が見えた。酒場からはうるさく感じるほどのボリュームで陽気な声が聞こえたる。その楽しげな声がかんに障った。
(いい気なもんじゃな)
八つ当たり気味に感想を言う。
気持ちを切り替え酒場に入ろうと思うと、入口付近の道に破損が見られた。
(これは)
その明らかに人工的に傷つけられた跡にルドルフの想像が掻き立てられる。何か重いものを打ち付けたような跡に、何かがかかって溶けたような跡。
(この溶けた跡、もしや、ここで襲われたのか)
周りを見ると血の跡やガラスの破片の様な物が落ちている。よく見ると血は酒場の中へと続いている。
(酒場の中で騒ぎを起こした後、襲われたと見て間違いなさそうだな)
襲われたのが本当にレイナルドだったのか。確かめるために酒場に入ろうとしたその時、
「ルドルフさん!」
背後から大声で呼ぶ声がした。振り向くと中年兵士が息を切らしながら駆け寄ってきた。すると中年兵士は興奮気味に話し始めた。
「ルドルフさん。頼まれてたこと、全部終わりました」
息を切らしながら話すため少し聞き取りにくいが、それだけ必死に動いてくれたことがありがたかった。
「で、どうだったのじゃ」
兵士は息を整え話し始めた。
「まず最初の兵士長への命令変更の件ですが、了承いただけました」
「そうか」
東門で兵士に命令を出したことを了承してもらうよう、中年兵士に頼んでいた。だが、その頼みごとは大して重要じゃない。本命は次だ。
「もう1つのモンス、失礼。傷を追った人の目撃者なのですが、鍛冶屋のダナトスと道具屋のページの二人組で間違いないようです」
「それと、ルドルフさんの読み通り兵士は誰1人傷を追った人を見ていないそうです」
ルドルフは兵士長に命令変更するよう頼むと同時に、目撃者の情報も調べてもらった。そして、この情報でレイナルドと思わしき人を襲った人間も割り出せた。
「・・・そうか」
静かに、しかし怒気を含みながら答えた。その様子に浮かれ気味だった中年兵士も身を引き締める。
今まで調べてきた事をまとめると、あの傷だらけの人は酒場の前で襲われ裏路地に逃げ込んだ。その後、病院の前で警鐘を鳴らされ化物扱いされてしまった。通った道から考えても襲われてから病院へ行くまでの道中、人と会った可能性は低いだろう。そもそも、警鐘などそう鳴らすものではない。ある程度の情報がない限りどんなに馬鹿な兵士でも鳴らすことは無いはずだ。それに、普通の人間なら近場の兵士に通報するだけで終わりだ。
導き出される答えは1つ。襲った人間が被害者面して兵士を騙し、警鐘を鳴らさせた。
だがルドルフはこの答えに自信を持てないでいた。なぜなら、2人が傷だらけの人間を襲う理由が思い当たらないからだ。2人のことは昔から知っているが、そんな事をするような人には見えない。仮にレイナルドとしたら尚更だ。王子を襲うこと自体リスクが高いし、馴染みのあるレイを襲う理由が全く思い付かな・・・いや、1つだけある。仮に傷だらけの人間をレイと仮定した場合にのみ当てはまる理由が。
ルドルフは昨日のマティスの言葉を思い出した。それと同時に確信した。あの傷だらけの人間がレイナルドであると。
「少し聞きたいことがある。昨日運ばれた死体について知っているか」
「はい。存じております」
そう答えると中年兵士は腰につけている袋から手帳を取り出した。
「確か、昨日はダナトスさんの息子さんの死体が運び込まれてます」
やはりそうか。ダナトスは息子を失い、一緒に居たレイの命を狙ったのか。
「それともう1人」
もう1人?昨日は確か1人しか運ばれていないと言っていたが。もう1人は意識不明のはずじゃ。
「ページさんの奥さんも昨日亡くなられてます」
なんだ、レイナルドと一緒に運ばれた人ではなく、昨日病院に運ばれた死体全てを答えたのか。少し聞き方が悪かったかも知れない。
確信を持ったルドルフだったが、一応酒場も調べようと向き直ると中年兵士は独り言を呟いた。
「それにしても、残念だな。助かると思ってたのに」
「どういう事だ」
その独り言が妙に気になったルドルフは、また向き直り尋ねた。
「いや、少し前にページさんに会いましてね。その時に聞いてたんですよ。奥さんの病気を治せるような薬が近々手に入るって」
「確か届くのが昨日だったと思うんですけどね。効果が無かったのかな」
その話を聞いた瞬間ルドルフの顔が曇った。もしかしたら、レイの持っていた隠れ里の秘薬は、ページから奪い取った物では無いのだろうか。そうでなければあんな貴重品持っている説明がつかない。
「昨日お子さんのポルタくんも意識不明で運ばれてますからね。ページさんのショックはもの凄かったでしょうね」
(あの意識不明の子はページの子だったのか)
もし、ワシの考えが全てあっていたとしたら、2人の憎しみは凄まじいはずだ。その憎しみを一身に受けたんだ、レイの心も相当傷を負っているはず。
ルドルフは居ても立っても居られなくなった。今すぐ見つけて抱きしめたくなった。
「ルドルフさん。どうしました、そわそわして」
一見して分かる程落ち着きが無くなっていたのか。
「ルドルフさん。何がどうか分かりませんが、何かあるならお任せ下さい」
その引き締めた声に、力になりたいという強い思いがしっかり伝わってくる。
「なら、すまんがワシの代わりに酒場を調査してくれんか」
「お任せ下さい」
胸を叩き、力強く答える。その姿がとても頼もしく見える。
「では、酒場にレイが来たかどうかを調べてくれ」
「レイって、王子のことですか」
「ああ、そうだ」
予想外の内容に少し戸惑った様子を見せるが、何も聞かず黙った。今はそんな場合じゃないと判断したのだろう。思っていたよりも頭が回る男だ。
「それと、お主、名は何と言うんだ」
とても驚いた様子を見せる中年兵士。憧れの人に名前を尋ねられたのだ、嬉しさで弾け飛びそうな思いだった。
「私は、アヴェルです」
力が入りすぎて少しぎこちなくなってしまったが、そんな事気にならないほど気持ちが高揚していた。
「ではアヴェル、よろしく頼んだぞ」
それだけ言い残しルドルフは去っていった。
アヴェルも全身にみなぎるやる気をそのままに酒場に入っていった。
ルドルフは足に気を張り街を駆け抜けた。強く踏み込むため一歩が尋常じゃなく大きい。その分衝撃も大きく、踏み込んだ道は大きく凹んだが、そんなのお構いなしだ。
道を破壊しながら進んだこともあり、あっという間に西門までたどり着いた。酒場から西門まで移動しようとすれば、常人ならば30分近くはかかるだろうが、ルドルフならば1分もかからない。
ルドルフは落ち着きなく辺りを見る。兵士が散らばっているところを見る限り、まだ見つかっていないようだ。
(まだ見つかっとらんのか)
心の中で愚痴を言い眉をひそめる。
「おい、日も暮れてきている。何としてでも今日中に見つけるぞ」
兵士達に激を飛ばしているのは副兵士長のモンドだ。顔中汗だらけにしている姿から必死さは伝わてくるが、これだけの人数がいて見つけ出せれないことに、どうしても不甲斐なさを感じずにはいられなかった。
「状況はどんな感じだ」
怒り気味にモンドに尋ねる。怒っても仕方が無いのも、必死でやってるのも分かってはいる。だがどうしても怒りが湧いてくる。
「まだ見つかってません。捜索範囲を広げてるんですが何故か見当たらなくて」
「まるで神隠しにあったみたいですよ」
愚痴をこぼすようにモンドは言った。これだけの人数で手負いの人間を探しているのに、見つからないのはおかしな事だ。愚痴の1つもこぼしたくなるだろう。だが、余裕のないルドルフはその愚痴が癇に障った。
「愚痴などこぼしてないで早く探せ!」
国中に響き渡るんじゃないかと思えるくらいの怒鳴り声に、モンドだけでなくその場にいた兵士全員が震え上がった。
「し、失礼しました」
少し震えたような声を出しモンドは捜索に戻った。兵士達も気合を入れ直し捜索を続けた。
(全く、ここまで余裕が無くなるとは)
いくら癇に触ったとは言え、副兵士長を皆の前で怒鳴りつける必要は無かった。自己嫌悪から少し冷静になったルドルフも捜索に加わった。
辺りの兵士の話では門を出たのは確実らしい、それに城下町を捜索している兵士の数は多い。仮に出ていなくて見つけているだろう。ならば可能性は門の外。
気持ちを落ち着かせなるべく頭を働かせることだけに意識を集中して、余計な事を考えないように努めた。
門の外には馬小屋以外の建物は無く、あるのは森ばかり。昨日の今日で森に入るほどレイは馬鹿じゃない。中央の道を走れば見つけられないはずもない。ならば、馬小屋以外有り得ない。
ルドルフは微かな可能性に賭けて馬小屋に向かった。
馬小屋の中は所々探した様な跡があり少し荒れていた。兵士達も探したのだろう。だがここ以外考えられないルドルフは辺りを探した。だが、そもそも馬小屋には人が隠れられるような物が無い。あるのはバケツとホークと手押し車だけだ。
(ここではないのか)
諦め切れないルドルフは入念に辺りを見渡すと、馬の居る部屋の奥に干し草の山を見つけた。
ここしかない。一目散に駆け寄り干し草を払い除けた。
(レイ、レイッ、レイ!)
願いを込めて干し草を払い除けるが、そこにはレイナルドの姿は無かった。
「くそ、どこに居る。レイ!」
悔しそうに叫ぶが返事はない。
「絶対に見つけてやる」
決意を口にし自信を奮い立たせたルドルフは、馬小屋を出て捜索を続けた。しかし、必死な捜索も虚しく見つからないうちに日は沈み、辺りは暗くなっていた。
(なぜ見つからん)
焦りから苛立ちが心を支配する。刺々しい雰囲気に兵士達も寄り付けないでいた。
「お前たち、今日の捜索はここで終わりだ」
モンドの声が辺りに響いた。誰一人口を開くこともせず捜索を続けている状態に加え、夜という事もありその声はいっそう響いた。結果は残念だったが疲れきっている兵士にとって、その号令は顔には出さないが喜ばしいものだった。
「何を言っておる!続けろ」
だが、ルドルフはそれをよしとしない。ルドルフはモンドに詰め寄り大声で叫んだ。
「少し暗くなった程度で止めるな。明かりならいくらでもあるだろ。捜索を続けろ」
凄い剣幕で詰め寄るルドルフだったが、モンドは一歩も退かなかった。
「いいえ、今日はここまでです」
毅然とした態度が更に癇に触る。
「ワシがやれと言っておるのだ!いいから黙って従え!」
「できないと言ってるだろ!」
今度はルドルフを上回る声でモンドが怒鳴り声を上げた。
「夜の探索は危険を極める。大事な兵士にそんな事は絶対にさせん!」
その、モンドの態度にやっとルドルフは我に帰った。レイナルドを思うあまり、他の命をかろんじていた事にやっと気がついた。
(ワシは、それでも)
自身の身勝手さは理解したが、それでも、諦め切れない。下を向き悔しさに拳を震わせた。
よく見るモンドの手も固く握られていた。モンド自身、止めたくて止めた訳じゃない。だが、安全を考えたらこうするのが一番と判断したのだ。
(くそ、)
諦めきれない気持ちはもちろんある、それでもこの場は折れることにした。
「すまんかった。捜索はまた明日頼む」
モンドに頭を下げルドルフは西門に戻ることにした。足取りはとても重い。頭で理解できても気持ちは消化しきれていないからだろう。まるで目に見えない何かを引きずって歩いている気分だ。
(こういう諦めの悪いところは年を取っても変わらんな)
自身の性格を振り返りながら懸命に歩く。
「ずいぶん沈んだ顔だね、父さん」
西門の前に居たライドが声をかけてきた。なぜ此処に。そんな疑問をぶつけるよりも先にライドが話を進めた。
「今から僕も捜索に参加する。だから父さんは帰って休んでてくれ」
何を言っているんだ、さっきの会話が聞こえなかったわけもない。なら何故こんな事を言い出したんだ。
「アーナルド、やるぞ」
「分かりました」
困惑するルドルフなどよそに、ライドとアーナルドは魔力を放った。
「これは、なんじゃ」
初めて見る魔法に思わず声が漏れた。放たれた魔法は光となり、人の形を成した。その数は40を越える。数も凄いがルドルフが驚いたのはその美しさだ。淡い光だが、決して消えることが無いような強さを感じさせる。いつの間にか沈んだ気持ちなど何処かへ行っていた。
「捜索は僕たちで十分だから。父さん達は休んで明日に備えてくれ」
前頭に立ち指揮を振るう姿に、頼もしさと喜びを感じると胸に熱いものがこみ上げてきた。
(こんなにも頼もしくなっていたのか)
子どもはいくつに成っても子どもと思っていたが、いい加減認識を改めなけれないけないな。
「ライド、任せたぞ」
ライドは力強く頷き搜索に向かった。ルドルフは全てを託しリンドベルクに戻った。




