廃った城下町
「お客さん。着きましたよ」
10m以上はあるリンドベルクの西門の前で馬引きのオヤジがルドルフに声をかけると、不安な気持ちを抱えたままルドルフは重い足取りで馬車を降りた。
(足りるじゃろうか)
その思いだけがルドルフの頭を支配している。
「お客さん。勘定お願いします」
オヤジは満面の笑みでこちらを見ている。ルドルフは財布を取り出し不安そうにいくらか尋ねる。
「2,000Gです」
足りた! ルドルフは料金が足りたことに安堵し頬を緩める。しかし、本来2,000Gは物凄く高い。大通りならば600G程の距離しか移動していないからだ。しかしお金が足りたことで安心していたルドルフは気にしていない。
「助かった。ではまたな」
満足そうに2,000Gを支払い、その場を去ろうとしたルドルフを「ちょっとお客さん。まだ支払いが終わってないですよ」オヤジが呼び止めた。
ルドルフはオヤジの言っている意味が分からない。今さっきお金を払ったばかりだろ。
「どういうことじゃ」
ルドルフが尋ねるとオヤジが笑顔で答える。
「追加料金のことですよ」
「追加料金?なんのことじゃ」
事態が飲み込めてないルドルフに、オヤジは馬車に貼ってある張り紙を見るように指を指した。
なんだか嫌な予感を感じながらルドルフは馬車に張ってある紙に目を通す。
この馬車は乗客を安全に送り届けるために魔札を使用することがあります。魔札を使用した際は追加で1枚につき600Gいただきます。また、乗客の方が魔札の使用を拒み、その影響で出た損害は乗客皆様に支払っていただきます。
張り紙を読み終えた時には、全身が冷や汗で濡れていた。この年になって、まさかお金が足りなくて乗車違反をしてしまう事になるなんて......
チラッとオヤジの顔を見ると「ね、書いてあるでしょ」と言いたげな表情をしてこちらを見ている。途端に悪徳商法に引っかかった気分になりながらどうしたものかと考えたが、無いものは無い。
「馬引きよ。すまん。持ち合わせが足らんのじゃ」
ルドルフは深く頭を下げた。ルドルフにはオヤジの顔が見えていなかったが怒っているように感じる。
「足りない分は物で払わしてくれ。と言っても金目になるのはこの服くらいしか無いのじゃが」
ルドルフが服を脱ごうとした瞬間、オヤジはルドルフの手を掴んだ。
「お客さんいいよそこまでしなくて。足りない153Gは負けとくよ」
「本当に負けてもらって良いのか」
ルドルフが聞き返すとオヤジはいいよ。いいよ。と笑顔を向ける。
「その代わり、お帰りの際もご利用くださいね」
オヤジは満面の笑みで自分が明後日には城を立つ事を伝えてきた。
(ありがたいが、商売上手なオヤジだ)
ルドルフはオヤジの商売根性に感心しつつ、お礼を言って城門をくぐった。
ルドルフが訪れた国。王立国家リンドベルクは、他国と比べて小さい国ながらも活気の溢れる国で、城下町には店が立ち並び、露店商も所狭しと敷き詰め合っていた。人は溢れかえっており、笑顔が絶えない理想的な国家そのものだった。
しかし、それはルドルフの記憶の中のリンドベルクでしかない。今のリンドベルクは真逆だった。店は少なくほとんどの店が閉まっている。露店商は片手で数えれる程しかいない。人も少なくその表情に笑顔は無い。
変わり果てた城下町にルドルフは戸惑いながらも見て回る。
買い物客だけでなく店の商人にも覇気が全く感じられない。表情は疲れきり辛そうだ。重くどんよりとした空気で居るだけで息が詰まりそうになる。
(見ているのが辛くなるのう)
城下町の人々を見ながらそう感じていると突如大きな声がした。
「安いよ!安いよ!うちの果実は安いよ!」
声の主は露店の八百屋だった。今の城下町には似つかわしくない程の活気のある声で八百屋の露店商は呼び込みをする。
(まだあのような商人もいるんじゃのう)
昔を思い出すような活気のある声に、嬉しくなったルドルフは駆け足で近づき露店商に尋ねた。
「何が安いんじゃ」
ルドルフが声をかけると露店商はりんごを差し出してきた。
「このりんご、今日入った中で一番の品ですよ」
そう言う露店商の顔は笑顔だが、ルドルフの表情は曇った。
(なんじゃこの粗悪品は)
サイズは小ぶりで、みずみずしさの欠片もない見た目に、所々打ったような跡。見た目からして不味そうだ。とても今日一番の品とは思えない。
ルドルフが値段を聞くと露店商は誇り気に「20Gです」と答えた。
あまりの高値にルドルフは一瞬耳を疑った。
りんごの相場はおしいしそうなりんごで4Gだ。市場に出回る最高級のりんごですら高くて10Gだ。
聞き間違いだと思ったルドルフはもう一度聞いた。
「店主よ。2Gの間違いじゃないのか」
「いいえ、20Gです」
露店商は悪びれも無く同じことを言う。
こんな粗悪品を破格の値段で売っているにも関わらず、悪びれもなく答える露店商にルドルフは語尾を強めてた。
「こんなりんごのどこに20Gの価値があるんじゃ。こんなもの値打ちのない粗悪品ではないか!」
怒鳴られた露店商は少し驚いた様子だったが、すぐに不機嫌そうになる。
「お客さん。文句言うなら帰ってくれませんか。あんたみたいなクレーマーはお呼びじゃないんですよ」
「なんじゃと!」
あまりの態度に苛立ったルドルフは露店商に詰め寄る。しかし、露店商の覇気の無い顔を見て怒るのを止めた。
(こんなのに構っていても仕方ない)
ルドルフは黙ってその場を後にし、城へ向かうことにした。




