無力
急激に上昇した魔力に顔には出していないがレイナルド自信驚いていた。昔から危機的状況になると髪が赤くなり、魔力がハネ上がる事はあった。だが今回は異常だ。危機的状況でも無いし、こんなに魔力は跳ね上がらない。まるでレイナルドの怒りに反応したかのようだった。
(これなら、いける)
感情に任せて始めてしまった勝ち目の薄い戦いだったが、小さな希望が見えてきた。
「許さねえ、か。ならどうすんだ」
余裕そうに言うロブソン。レイナルドの魔力の上昇など気にもしていなかった。
チャンスだ。これはボブゴブリンと同じ。相手が弱いと思って油断している態度だ。
(チャンスは最初の一撃。俺の全力をぶつけて決める)
造り上げた炎の刀身に魔力を集める。炎は勢いを増し触れたものを全て焼き切るのではないかと思えるくらい熱くなった。
目に見えて変化した剣に酒場はざわつく。もしかしたら、もしかするのでは。酒場にいるダナトスをよく思わない人達はレイナルドに期待した。
「行くぞ!」
叫び声と共にレイナルドが斬りかかる。
真っ向から受け止める気なのかロブソンは身構えることなく立っていた。その態度はレイナルドにとっては好都合だ。レイナルドは全体重を乗せ全力で剣を振り下ろした。
ガンッ
剣は空中で止まっていた。正しくは止められていた。
「そんな、馬鹿な」
思わず声が漏れるレイナルド。レイナルドの全力の一撃は片手で止められた。
「おいおい、この程度か」
拍子抜けしたようにロブソンは言う。ロブソンは気を手に纏い防いだのだ。
レイナルドは目の前の光景を信じられなかった。まさか止められるなんて・・・
レイナルドはとっさの刀身を消し、後ろに下がった。
「なんだ、それだけか。まさか一撃で決められると思ったのか」
レイナルドの全力の一撃を受けたのにも関わらずロブソンは全くの無傷だった。その事実がレイナルドを精神的にも追い詰める。
(くそ、どうすればいい)
あまりの事に少しパニックになるレイナルド。
「どうした、もう終わりか。許さねえんじゃなかったのか」
攻め手が思い付かないレイナルドは動けないでいた。
「へ、勢いだけの雑魚か。つまらねぇな」
そうに言うとロブソンは椅子に座った。
「おい、なに座ってんだよ。まだ終わってないぞ」
レイナルドが怒ったように言うがロブソンは聞く気すらない。
「お前なんか立って相手する必要もねぇ」
そう言うとテーブルにあった酒を左手で掴み飲み始めた。
「なめんじゃねえ!」
レイナルドは怒号と共に赤火斬を飛ばしたが、ロブソンは先程同様弾き返した。だが返されるのはレイナルドも予測済みだ。
「フレイム」
今度はロブソン目掛けてフレイムを放つ、ロブソンは手に持ったジョッキをフレイム目掛けて投げた。ジョッキは空中で爆発してバラバラに砕け散っると奥から赤火斬が飛んでき来た。ジョッキの爆発で視界が悪くなっているロブソンに向かってレイナルドは赤火斬を飛ばしたのだ。これにはロブソンも驚いた。
とっさに手で弾き返したのだが、急だったため振りが大きくなっていた。
(今だ!)
なんとか作り出したロブソンの隙。レイナルドはロブソン目掛けて攻め込みガラ空きになったロブソンの心臓目掛けて剣を突き出した。ロブソンは完全に不意を突かれていた。レイナルドはビビって赤火斬しか打ってこないと思っていたのだ。まさか煙に紛れて近づかれるとは思っていなかった。
「決まりだ!」
レイナルドはロブソンの胸を貫いた。
その瞬間、その場にいた者全てが黙る。ここまでとは。ここまでコイツは強かったのかと。
「・・・・それだけか?」
レイナルドの顔は絶望に歪む。ロブソンの胸を貫いたと思っていた剣は。貫くどころか刺さってすらいなかった。
「なんだよ、わざと受けてやったのによ。もっと何かねえのか」
ロブソンは体全体に気を纏っていたのだ。
大げさに落胆した様に見せるロブソン。ロブソンは最初から分かっていた。レイナルドの剣ではどうやっても自分を傷つけられないことを。だから警戒もしていなかったし終始余裕だったのだ。
魔力と気力に優劣は無い。ぶつかり合えば弱い方が負ける。レイナルドの敗北は純粋な力の差による負けだった。
レイナルドの頭の中は1つの考えが支配していた。
(こいつには勝てない)
戦意を失ったレイナルドに呼応するよう魔力は減っていった。刀身は徐々に短くなり髪も赤みが抜けていった。
「なに諦めてんだよ。まだチャンスはあるぜ、胸に剣は届いてんだからよ」
そう言うとロブソンは剣を掴み心臓に近づけた。
「ほら、チャンスだぞ。頑張れよ」
ロブソンは馬鹿にしたように笑いながら言う。だが戦意を失ったレイナルドは何も出来なかった。何をやっても無駄と思ってしまっているからだ。
ロブソンはため息混じりに言う。
「いるんだよな、ちょっと魔力があるからって自分が強いと勘違いする奴」
「お前はそれに加えてその特異体質もあるから余計か」
ロブソンが言っている特異体質はレイナルドの急激の魔力上昇の事だ。怒って力が出る人はいるが、細工もなしに容姿が変わる人はいないし、ここまで上昇はしない。
「今度から喧嘩売るときは相手を見てからしな」
そう言うとロブソンはレイナルドの剣を握り潰した。
「なめた口を聞いたバツだ。受け取れ」
ロブソンは無防備に立ち尽くすレイナルドの腹を殴った。気を纏ったパンチの衝撃は強く、鈍い音と共にレイナルドは宙に浮き上がった。
「がはっ」
血を吐き苦しそうな表情を浮かべる。だがロブソンは攻撃の手を止める気は無い。体を捻り体重を乗せたパンチを顔めがけて打った。座りながら打ったとは思えないほどの衝撃でレイナルドを吹き飛ばした。
吹っ飛んだレイナルドはカウンターを越え、奥の棚に叩きつけられた。衝撃でその場にあったお酒が全て床に落ちた。
パリン、パリン、パリン
大きな音と共に酒瓶は割れ、辺りには酒の匂いと瓶の破片が散らばった。その場に落ちたレイナルドの体に多量のガラスの破片が突き刺さる。
ロブソンはレイナルドに近づき頭を掴み持ち上げる。レイナルドの顔は左側だけが腫れ上がっていた。
「無様だな」
レイナルドは動けないのか動かないだけなのか微動だもしない。
「手間賃だ」
ロブソンは身ぐるみを剥いだ。お金に道具。取れるものは何でも取ると言わんばかりに全てを取り上げた。その中にはダナトスから奪ったお金もあった。
「これも良さそうだな」
今度は王族の印であるブローチに手を伸ばした。だが途中で手を止めた。
(なんだ、この感じ)
ロブソンは何かを感じ取った。その正体は分からなかったが「触ってはいけない」と本能が言ってきた。
だがどう見ても価値のある物だ。ロブソンは諦めきれず手を近づけた。ロブソンの指がブローチに触れた瞬間、頭にイメージが流れ込んできた。それは自分の死を感じさせるイメージ。まるで体感でもしたかのような生々しいイメージにとっさに手を引っ込めると、レイナルドを離し自分の体を触り始めた。まるで自分が生きている事を確かめるようだった。
「何なんだ、今のは」
気味が悪くなったロブソンはブローチを諦めた。
「ちょっとあんた。これだけ大騒ぎしたんだからちゃんと弁償しなさいよ」
さっきまで隠れていたイズベルは急に現れロブソンに文句を言った。カウンターに隠れていたため全身酒まみれだった。
「へ、壊したのはそいつだ。そいつの払わせろ」
そう言うとロブソンは奪い取った物を持って席に戻った。
「よし、飲み直しだ。ありったけの酒と料理持って来い」
そう言うとテーブルにあった料理を払い除けてお金を置いた。
「この金が無くなるまで今日は飲むぞ。ここにいる奴は全員付き合え」
ロブソンは上機嫌でそう言うと周りの傭兵たちも嬉しそうにはしゃいだ。中には気分を害している人も居たが、あんなの見せられた後では何も言えない。
「あいつ、外に捨てとけ」
ロブソンが無傷の取り巻きにそう言うと、取り巻きはレイナルドを担いだ。
「ちょっと、これ入れといてくれ」
イズベルが渡したのは請求書だった。額は100000G かなり割増で請求をしている。
取り巻きはめんどくさそうに受け取るとレイナルドのズボンに請求書を入れ、酒場の外に投げ捨てた。
「助かったよ。ありがとさん」
イズベルは礼を言い料理を作り続けた。
酒場は先ほどの争いが無かったかのように騒ぎ立てた。気乗りしないような態度を取っていた傭兵達も、いざ料理が運ばれると嬉しそうにがっついた。レイナルドの事などもう誰も覚えていない
放り出され傷だらけのレイナルドは動けないでいた。体の痛みもそうだが何より心が痛かった。アンナの死体を回収するために来たのに、騒ぎを起こし、挙句の果てに全てを失った。
レイナルドは自分の馬鹿さと無力感で動けない。悔しさを越して涙すら出なかった。




