心配
ドンッ
病院に駆けつけたルドルフとライドは勢い良くドアを開け中に入る。中には白衣を着た男とベットに横たわるレイナルドの姿があった。
「レイ!」
ルドルフが叫び駆け寄ると、レイナルドは静かにベットで寝ていた。見たところ息はあるようだ。
「マティス先生。レイナルドの症状はどうなんですか」
白衣の男はマティスと呼ばれる医者で、リンドベルク唯一の医者だ。年齢は50代くらいで凄腕と評判だ。
焦ったように聞くライドにマティスは冷静に言う。
「まあ、まずは落ち着いて」
そう言うとマティスはベットの横に置いてある紙を見せた。それはレイナルドの診断書だった。
「王子は魔力の使いすぎで倒れただけです。外傷もそれ程大したこと無いのでじきに起きますよ」
マティスの言葉を聞いて2人は一安心した。
「ただ、外傷よりも内面の傷の方が酷そうです」
「どういう事じゃ」
ルドルフが尋ねるとマティスは暗い顔をして話した。
「王子が運ばれたと同時に同い年くらいの少年の死体も運ばれたんです。おそらく王子と一緒に旅に出た仲間だと思います」
マティスの言葉を聞いた2人も暗い顔をした。もしマティスの推測通りだったら、今回の事でレイナルドが負った心の傷は計り知れない。旅に慣れ、ある程度人の死に携わる様になれば少しは死に対する耐性もできるが、今日が旅の初日だったレイナルドにはそれがない。ましてや初めて経験した死が仲間では最悪立ち直れなくなってしまうかも知れない。
「まあどういう状況だったかは分からないので今は推測の域を出ませんが、心のケアは必要になると思います」
そう言うとマティスは2人の前から去り手術の準備をし始めた。
「他にも運ばれた者がおるのか」
ルドルフが尋ねると先ほどよりも余裕のない顔をして言った。
「ええ、王子と同い年くらいの少年が運び込まれました。おそらく王子の仲間だと思います」
「その子は助かりそうか」
「状況はかなり厳しいです。正直なところ助かっても障害が残る可能性が高いです」
そう言い終えるとマティスは手術室へ向かった。
「王子の状況を詳しく知りたかったら運んできた兵士に聞いてください。確かブライトと言う名前の中年兵士が待合室に居るはずです」
そう言い残しマティスは手術室の扉を閉めた。
残された2人はブライトと言う兵士から話を聞くことにした。
ブライトは病院の待合室に座っていた。レイナルドの事が心配だったのだろうかとても落ち着かない様子だ。
「お主がブライトか」
ルドルフが尋ねるとブライトはルドルフを見た。するとその場に立ち上がり直立した。ルドルフよりもライドを見てそうしたのだろう。
「はい。私がブライトです」
緊張したように答えるブライトを見てリラックスするようにライドが言ったが、なかなか緊張は解けなかった。一国の王が目の前に来られて緊張するなと言われる方が無理というものだ。仕方がないのでそのまま話すことにした。
「お主がレイを運んでくれたようじゃの、感謝する」
ルドルフが礼を言うとライドも続いて礼を言った。ブライトは恐縮しておどおどしていた。
「や、やめて下さい。当然のことをしただけですから」
お礼を言ったことでブライトを困らせてしまったようだが、それでも礼を言いたかった。
「それで、どういう状況だったんじゃ」
ルドルフが尋ねるとブライトは思い出すように話した。
森が燃えていたから駆けつけたこと。駆けつけたらレイナルドと男の子の死体があったこと。南の森に入った仲間を助けに行ったこと。そこでワーウルフの子どもに襲われたこと。ブライトは知りうる限りを話した。
話を聞き終えた2人は何とも言えない表情を浮かべブライトを見た。特にルドルフは敵意にも似た感情を思って見ていた。ブライトの話の中には常識では考えられない事が含まれていたからだ。
「お主の話は分かった。お主の話が事実ならばお主は凄い事をしてくれたと思う」
「じゃが、その話にはおかしな点があるの」
「え、」
突然疑われたブライトは驚いた。
「お主の話だとワーウルフが道沿いまで来た事になる。じゃがワーウルフが縄張りから出ることは無い。それは子どもでもじゃ。そしてあやつ等の縄張りは森の奥じゃ。道沿いまで来るはずがなかろう」
そういうルドルフの言葉は少し威圧的だった。ライドにとっては慣れたものだが、ルドルフと接した経験が少ない人にとってはかなりの圧力を感じる事だった。
「本当に道沿いまで来たのか」
ルドルフの圧力に押されてブライトは何も言えなくなってしまった。その様子を見てルドルフの不信感は更に高まった。
「どうなんじゃ。本当に道沿いまで来ていたのか」
再度尋ねるルドルフだったが、怯えてしまったブライトは何も言えなかった。言おうとしても言葉が声にならなかった。その様子にルドルフは更に不信感を強めた。
「どうだったのかと聞いておるのじゃ。はよう答えぬか!」
ルドルフは言葉を強めて言った。すると、恐怖に耐えギリギリのところで保っていたブライトの意識はついに飛んでしまった。ブライトはその場で後ろに倒れた。
「父さん・・・」
呆れたように言うライド。ルドルフもただ事実かどうかを確認したかっただけなのだが、レイナルドのことだと思うとつい冷静さを欠いてしまっていた。
「すまん。まさか少し強く聞いただけでこうなるとは」
ルドルフは頭を落ち着かせる為に水を飲んだ。それを見たライドは少し疑問に思った。
(今、どこから水を取り出したんだ)
ルドルフの手には水の入った瓶が握られている。しかし、ルドルフは道具袋のような物は何も持っていない。そんな疑問をよそにルドルフは水を飲み干し瓶をゴミ箱に捨てた。
水を飲んで落ち着いたルドルフだったが、何度考えてもワーウルフが縄張りを出ることはありえない。そうなるとブライトが嘘をついているとしか考えられない。ルドルフが頭をひねっているとライドが声をかけてきた。
「父さんちょっといい」
「なんじゃ」
ライドが小声で話をした。
「実は、東に湿地化が進んだ頃からリンドベルク周辺の化物が凶暴化しているんだ」
「なんじゃと」
ルドルフは小さい声で驚く。
「もしかしたらワーウルフが道沿いまで来たのもその影響かも知れない」
「それをなぜ早く言わん」
「あんまり聞かれたくないんだよ。ただでさえ安全性が損なわれていると思われてるのに、凶暴化の話までしたら本当に国が壊滅するだろ」
ライドの言う通り今のリンドベルクは半崩壊状態だ。それに加えて化物の凶暴化の話まで上がればリンドベルクは完全に終わりを迎える。
「まあそれが原因ならこやつには悪いことをしたのう」
そう言ってブライトを見た。
「気にしなくて良いんじゃないかな。このくらいの圧力で気を失うほうが不甲斐ないよ」
ルドルフの息子ということもあってわりとライドも厳しい基準を持っている。
「まあ、何にせよレイが無事で良かった。すぐに旅立つとはいかないかも知れないが、レイなら乗り越えられるはずじゃ」
2人が話し終わると同時にレーナが病院に入ってきた。急いできたせいかドレスの裾が汚れている。
「レイナルドは、大丈夫なのですか」
息を切らし、必死な様子で尋ねるレーナに優しく状況を説明するライド。話を聞いたレーナは、安心したのかその場にある椅子に倒れ掛かった。
「大事なくて本当に良かった」
ホッと胸を撫で下ろすように言うと、今度はレイナルドを見たいと言い病室へ向かって行った。
ライドもレーナと一緒に居ると言うので、ルドルフは明日の調査のためにも先に城に帰って休息を取ることにした。




