協力
立ち上がったボブゴブリンは右手を地面につけ、また右手の代わりを作ろうとしていた。
「させるかよ」
ロベルトは両手を突き出し魔力を溜めだした。レイナルドも左手を突き出して魔力を溜める。
「くらえ、フレイム」
レイナルドは人の頭程のサイズのフレイムを作り、放った。フレイムはボブゴブリンの頭めがけ飛び、直撃した。ボブゴブリンは痛みで声を上げるが、右手を地面から離そうとしない。
「こっちも行くぞ。ロックエッジ」
ロベルトは叫ぶと、地面から剣の形をした岩が出現し、ボブゴブリンの右腕に突き刺さった。叫び声を上げるボブゴブリンだったが、それでも地面から手を離さなかった。
それを見たレイナルドは再度魔力を溜めだしボブゴブリンに接近した。
(正面から行くと右手の反撃をくらっちまう。なら、)
レイナルドは少し大きく周りボブゴブリンの右側から攻め込んだ。そして、触られる程の距離まで近づきボブゴブリンの顔めがけてフレイムを放った。ほぼゼロ距離から放たれたフレイムはレイナルドの左手にも火傷を負わせたが、それ以上にボブゴブリンに大きな傷を負わせた。
顔の右側は大きく焼け、右目は焼き潰れていた。ボブゴブリンは怒り、右腕でレイナルドを殴り飛ばそうとしたが動かなかった。ロベルトの放ったロックエッジが刺さり動かせなかったのだ。
ボブゴブリンがレイナルドに気を取られているうちに、ロベルトは近づき顔面を蹴りつけた。するとボブゴブリンは大きく吹っ飛び地面に叩きつけられた。
打ち合わせもしていないのに2人は息のあった連携を繰り出せたのは、お互いの事をわかっているからこそだった。
「ふぅ。何とか決まったな」
安心するロベルト。だがレイナルドはまだ警戒を解いていない。
「油断するな。終わってねえぞ」
レイナルドの視線の先を見るとボブゴブリンが立ち上がろうとしていた。
「どんだけタフなんだよ」
ロベルトはついつい愚痴をこぼす。
立ち上がったボブゴブリンは2人を睨みつけた。2人は気合を入れ直し、ボブゴブリンの攻撃を警戒してたが、一向に襲ってくる気配がない。
「どうしたんだ」
ロベルトが警戒しながらそう言う。
「多分動けないんだろ。あいつの右半身はボロボロだ。それに加えてさっきの連携、警戒しないほうがおかしいってもんだ」
レイナルドの説明に納得したように頷き、どうするかを尋ねてきた。
「じゃあ、どうするよ。襲ってこないなら逃げるか。元々戦闘は避ける作戦だったしよ」
レイナルドはボブゴブリンを見ながら考えた。確かに逃げた方が危険も少なく食料奪還という作戦も果たせる。しかし、レイナルドはボブゴブリンを様子に疑問を抱いていた。
(ロベルトの言う通りここは逃げた方が良いかもしれない。けどなんだ、この変な感じは)
ボブゴブリンは2人を睨みつけている。その顔は今にも襲ってきそうなくらい険しく、殺意に満ちていた。だが一向に動く気配は無い。
(戦意はあるのに襲ってこない。なんでだ、)
レイナルドが考え込んでいると地面から音が聞こえた。
「なんだこの音」
ロベルトも気が付き疑問を口にした瞬間大きな音が鳴った。その瞬間レイナルドの疑問は一瞬で消え、絶望が顔を染めた。音と共に突き出た岩に、ロベルトの体が貫かれていたからだ。
音の正体はボブゴブリンの魔法だった。
「ロベルト!」
レイナルドは叫び近づいた。岩はロベルトの腹を貫いており、その傷は拳程はあった。
「おい、大丈夫か。おい!」
必死に呼びかけているとロベルトは力無い声で答えた。
「へへ、まさか、こんな隠し球を、持ってるとはな、」
「完全に、油断してたぜ」
そう言うとロベルトは苦しそうな顔をした。岩には血が大量についており、今も血を流し続けている。
(くそ、どうすればいい。どうすれば、)
レイナルドが考えているとロベルトが何か言ってきた。その声は弱々しく聞き取るのも困難だった。
「どうした。何て言ったんだ」
レイナルドはロベルトの口元に耳を寄せる。すると弱々しくも必死な声で言ってきた。
「前を見ろ」
その言葉を受けレイナルドが前を向くと、左手を後ろに引き今にも殴ろうとしているボブゴブリンの姿があった。レイナルドは急いで防御しようとしたが間に合わなかった。ボブゴブリンの拳はレイナルドの顔面を捉え、大きく吹き飛んだ。吹き飛んだレイナルドは木に叩きつけられその場に倒れた。
「レイ!」
ロベルトは苦しそうにしながら叫んだが、レイナルドはその場に倒れ動かなかった。
ロベルトは岩の先端に体を動かすことで、岩から抜け出そうとした。岩で塞がれていた傷は動くたびに広がり傷口から血が流れる。痛みに耐え何とか先端まで移動した時、ボブゴブリンの手がロベルトの体を押した。
「こ、こいつ」
必死で抵抗するが力で押し切られロベルトの体は岩へ押し戻されてしまった。それどころか更に押し込まれロベルトの傷口は広がった。
「あ、あああ」
声にならない叫び声を上げながら必死に抵抗するロベルトを面白く思ったのか、ボブゴブリンはどんどん岩の根元の方へ押し込んでいく。傷口は広がりロベルトの体から血がどんどん流れていった。
「あ、あ、うああああ」
ロベルトの悲痛な叫びが森に響いた。ボブゴブリンは面白がりどんどん奥へ押し込んだ。拳ほどだった傷口は手の平程まで大きくなっていた。
ロベルトの体からはどんどん力が抜け、抵抗すらできなくなっていた。痛みで上げていた声も弱くなり、意識も朦朧としてきた。
(くそ、ここで終わりか)
ロベルトが死を感じていると突然ボブゴブリンが叫び声を上げた。
朦朧とする意識の中ボブゴブリンを見ると、ボブゴブリンは燃え上がっている右手の炎を必死で消そうとしていた。
(なんで、燃えてるんだ)
疑問に思っているロベルトの前にレイナルドが現れた。だがその姿はいつもと少し違っていた。
髪は全て赤くなり、近づくだけで火傷しそうな程レイナルドの周辺は熱くなっていた。
「もう少しだけ待ってろよ」
そう言うとレイナルドは剣を構えた。折れた剣の刃は炎で造られ元の刀身と同じ、いや、それ以上に長くなっていた。
「燃えろ」
レイナルドが剣を振ると赤い斬撃がボブゴブリンに飛び右腕を切り落とした。切り落とされた右腕はその場で焼け落ちた。
「燃える、斬撃か」
ロベルトが驚いたように言う。
レイナルドは剣を何度も振り赤い斬撃を飛ばす。ボブゴブリンは必死で避けようとするが、その巨体では避けきれず体はどんどん傷つけられていく。赤い斬撃は当たった部位から発火し徐々にボブゴブリンの体は炎に覆われていった。
「ゴッゴブゥゥゥ」
身を焼かれる苦しみの声を上げるボブゴブリンにレイナルドは容赦なく赤い斬撃を飛ばし続けた。赤い斬撃はボブゴブリンの四肢を切り落とし、ボブゴブリンは動けなくなった。するとレイナルドは赤い斬撃を飛ばすのを止めた。
「ゴォッゴブゥゥゥ」
「殺せ」とでも言わんばかりに叫び続けるボブゴブリンを無視してレイナルドはロベルトの様子を見る。
ロベルトの体は岩の根元近くまで刺さっており、引き抜けば出血で死んでしまうのは明らかだった。かと言ってこのままにはしておけない。
「レイ、俺はもう無理だ」
力無い声でロベルトがそう言ってきた。だが、レイナルドは何の反応もしない。
「色々あったけど、やっぱお前は、最高のダチだったぜ」
遺言のようなことを言うロベルトにレイナルドは声を荒らげた。
「うるせぇ。少し黙ってろ」
そう言うレイナルドは剣をロベルトの腹に近づけた。
「何すんだ」
ロベルトの問いにレイナルドは答えずただ、「我慢しろ」とだけ言った。なんだか嫌な予感で顔が歪むロベルト。
するとレイナルドはロベルトの腹と腹を貫いている岩を焼き始めた。
「う、うああああああ」
ロベルトは悲痛な叫びを上げた。それはボブゴブリンに押し込まれていく時とは比じゃなかった。なんとレイナルドは腹と岩を焼いてくっつける事で止血しようとしていた。ロベルトはあまりの痛みに気絶した。
レイナルドは絶妙な温度調節で皮膚が溶けるように焼き、皮膚と岩をくっつけた。それを正面と背中の両方に施し何とかロベルトの血は止まった。
「よし」
レイナルドは上手いったことに安堵した。そして、邪魔な部分の岩を斬り壊した。
「おい、起きろ。いつまで気絶してんだ」
そう言うとレイナルドはロベルトの体を揺すった。するとロベルトは目を覚まし、レイナルドを睨みつけた。
「お前どういうつもりだ。危うくショック死するところだったろ」
不満そうに言うロベルトにレイナルドは平然と言った。
「ああしなきゃどのみち死んでただろうが。一時的にも助かったんだから文句言うな」
その様子にムカついたロベルトだったが、怒る気力もないロベルトはこれ以上は何も言わなかった。
「止血はしたけどお前はまだ危険な状態なんだ、分かったら文句言ってないで早く起きろ。そんでさっさと合流地点に行くぞ」
そう言うとレイナルドはロベルトの体を抱き起こした。
「食料は良いのか」
ロベルトが尋ねるとレイナルドは少し恥ずかしそうに言った。
「食料と仲間の命。比べるまでもねえだろ」
ロベルトは少し驚いたが嬉しそうに笑った。
「ほら、どうでもいいこと言ってないで早く行くぞ」
そう言うと2人は肩を組んだ。
「お前あちぃよ」
「お前は血生臭い」
2人はお互いの文句言いながら合流地点へ向かった。




