手紙
「なんじゃ、まだこんな時間か」
ボソッと呟き寝室の小窓から外をのぞき込む。外はまだ暗い。昔は寝室の小窓から射す日で起きていたが、還暦を迎えた頃ぐらいから眠りが浅くなった。自身の老いに抵抗しようと二度寝を試みるが目が覚めてしまい眠れない。
「仕方ない。起きるか」
自身の抵抗に区切りを付け渋々起きることにした。
顔を洗い。長く伸びた白髪を束ね、髭を整える。今日を向かえる準備を終えた頃には日が射していた。
朝食はコーヒー1杯だ。とびっきり濃いブラックコーヒーを時間をかけて飲む。心地よい静寂の中で飲む1杯は何物にも代え難い至福の時間だ。
「ドン!ドン!」
突然鳴った音に静寂が打ち破られる。
「なんじゃ、うるさいのう」
至福の時を邪魔され不満そうにぼやく。
「ルドルフさん!」
そう叫ぶとまたドアを叩く。このバカでかい声は郵便屋の男とすぐにわかった。
「分かった。今開けるから少し静かにしろ」
ルドルフは少し気だるそうにドアを開ける。思ったとおり声の主は郵便屋の男だった。
「朝っぱらからうるさいのう。近所迷惑じゃろうが」
少し怒りながら文句を口にすると郵便屋の男は頭を触りながら謝ってきた。
「すいません。でも、ルドルフさん朝は大声出さないと気づかないじゃないですか」
この男の言う通りだ。コーヒーを飲んでいるときのルドルフは耳障りにならない程度の声ならば気づかないし、気づいても無視をする。
「で、用は何なんじゃ」
都合の悪そうな話は軽く流して用件を聞くと、郵便屋の男は見るからに質の高そうな封筒を渡してきた。宛名には父へと書いてある。息子のライドからだ。
「手紙ならポストに入れれば良かったじゃろうが。わざわざ直接渡す必要はなかったではないか」
「それが、この手紙特別配送指定で直接渡すように言われてるんです」
そう言うと郵便屋の男は書類を差し出してきた。
「ここに配送確認のサインを下さい」
ルドルフは言われるままにサインをすると郵便屋の男は「またよろしくお願いします」と元気に去っていった。
(特別配送にサインがいる手紙とは。一体何が書かれておるんだ)
ルドルフは早速手紙を読むことにした。
父さんへ。如何お過ごしでしょうか。こちらは相変わらず元気にしております。父さんが城から出て行ってもう8年が経ちました。時が経つのは早いですね。私は42になり父さんは還暦を過ぎた。どんどん年を取りますね。
(あいつももう42か)
時の流れをしみじみと感じながら続きを読む。
それと息子のレイナルドが18になりました。18になったので旅立ちの儀式をしたいと思います。父さんにもぜひ参加して頂きたいです。
(18、もうそんな年に成ったのか)
なお、旅立ちの儀式はリンドベルク城の謁見の間にて行います。開催日時は28日8時を予定しております。
(ん?28日じゃと)
時計に目をやる。27日7時14分。
まずい。手紙を置き急いで支度をする。儀式の開催は明日だがリンベルク城行きの馬車は7時30分までに乗らないと今日はもうないからだ。
「どこへしまったか......」
儀式など何十年も出ていなかったため儀式用の服が見当たらない。もう一度時計に目を向ける。
7時21分
「仕方がない」
ルドルフは儀式用の服は諦め手持ちの中で外行きの服を選び馬車へ向かった。
ルドルフは小高い山の上にある小さな村に住んでいる。小さい村なので馬車まではあまり遠くはなのだがルドルフは村の西側に住み、馬車は東側にある。
「急がねば間に合わん」
老体に鞭を打ちながら必死に走るが、山を切り開いた村なので道の凹凸も激しく走りづらい。それでも懸命に走り続けていると馬車が見えてきた。
間に合った。そう感じたのも束の間、馬車はルドルフを置いて動き出してしまったのだ。
「くそ、間に合わんかったか」
しかし、諦めるわけにはいかない。旅立ちの儀式はルドルフ達勇者家系にとって最重要行事。これに参加しない事は親の葬儀に参加しない事よりも罪深い。
「仕方ない少し使うか」
諦めたように呟くと突然ルドルフの足が淡く光り、還暦を迎えたお爺さんとは思えない速度で駆けだした。
「すまんが、その馬車に乗せてくれんか」
馬車が走りだしだったこともあり直ぐに追いつき馬引きに声をかけると、突如現れたらルドルフに驚いた様子だったが直ぐに快諾してくれ、ルドルフは何とか馬車に乗ることが出来た。
馬車は整備もされていないゴツゴツした山道を下っていく。時折石に引っかかるのか馬車が大きく跳ねて乗り心地はとてもじゃ無いが良いとは言えない。
それでも、早朝からのひとっ走りに一息ついていると馬引きのオヤジが声をかけてきた。
「お客さん。城へは何のご用で?見たところ観光って訳じゃ無さそうですが」
気さくに話してくる馬引きのオヤジにこちらも気さくに話す。
「孫の門出を祝いに行くんじゃよ」
「そうなんですか。めでたいですが少し寂しくなりますね」
「なに、8年も会っとらんのじゃ。寂しくもないよ」
そう言うルドルフは少し寂しそうだ。
「8年ぶりなら会うのが楽しみですね」
「そうじゃな。どうなっとるのか少し心配じゃが楽しみじゃ」
「きっと立派に成ってますよ」
「だと良いのう」
何気無い会話を楽しんでいると突然馬車が止まった。
「なんじゃ!どうかしたか」
ルドルフが尋ねるとオヤジは口を横に結び困ったように答える。
「それが、道の近くに化物が近づいてまして」
ルドルフは馬車から顔を出し、辺りを見ると数体の化物が近付いていた。
(あれは、ゴブリンか)
平地や森に現れる全身が緑の皮膚で覆われている化物で、1体だけなら危険は少ないが何体かいると一斉に襲い掛かってくるため注意が必要な化物だ。
「どうするんじゃ。迂回するか」
ルドルフが尋ねるとオヤジは確認をとるように聞いてきた。
「あのゴブリン撃退しても良いですか」
なぜ確認をとるように聞いてきたのか不思議に思ったが、気にしないで撃退するよう頼むと、オヤジは懐から不思議な文字が書かれた札を取り出しゴブリンの群れに向けて「フレイム」と叫ぶ! すると札から成人男性の顔ほどの大きさの火の玉がゴブリンの群れめがけて飛んでいき、1体のゴブリンを丸焼きにすると、他のゴブリンはたちまち逃げ出した。
「今のは何だったんじゃ」
初めてみる現象に興味津々に尋ねるとオヤジは驚いたような顔で言う。
「魔札ですよ。魔法を封じ込めた札、で魔札。魔法が使えない人でもこれなら魔法が使えるんです。戦う術を持たない人にとっては旅の必需品ですよ」
初めて聞いた未知の道具に少し胸を躍らせながら見せてもらうと、札にはフレイムと書かれているだけでそれ以外は特に変わった様子はない。
「こんなものもあるんじゃなぁ」
感心したように呟きルドルフはオヤジに魔札を返した。
「ただね、高いんですよ。しかも使いきりだからあんまり使えないんです」
そうぼやくとオヤジの言葉を聞いたルドルフの頭に不安がよぎった。
(化物が出る危険な横道に高級品の魔札)
ルドルフは恐る恐るオヤジに尋ねる。
「この馬車の乗車料はいくらじゃ」
するとオヤジは満面の笑みで「お安くしときますよ」とだけ言う。その笑顔がルドルフの不安をよりいっそう煽る。
ルドルフはそっとの財布を取り出し中身を確認する。
2,447G
より不安になったルドルフはそっと財布をしまい、その後は一言も話さなかった。




