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百鬼繚乱  作者: やっちら
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楼のこと

 楼は孤独を好む性格であり、基本的に他人に無関心だった。教育に厳しい家庭環境がそうさせたのかもしれない。常に自分のことで頭が一杯になっていたのだ。楼をそのように育てたのは、他でもない彼の母親だ。しかしその母親が亡くなってから、優等生だった楼は学校に通わなくなった。家に引き籠ってしまったのである。

 しかし家にいてもつまらない。と言って学校にも行きたくない。そうして無意味に時間を過ごす中、彼は静と翔兵に出会う。

 どのようにして出会ったか、確か御三家の集会の場であったと楼は記憶している。

 最近は体調も悪くめっきり出なくなってしまったが、静も何度か集会に出席していたことがある。彼女の兄である(どう)が正式に鬼退治の仕事を担うことになった時も、彼女は手持ち無沙汰で参加していた。

 集会が終わると、静は蛭間の分家の翔兵と、仲が良いのか悪いのかよくわからない会話をしていた。

 どこか浮世離れした雰囲気を持つ彼女は『箱入娘』『藤ノ宮家のお荷物』と御三家の間では噂されており、翔兵に関しては両親を亡くして以降、学校でも家庭内でも中々打ち解けずにいると噂で聞いていた。そんな意外な組み合わせに途端、興味が湧いた。ちなみに楼の父親は朝桐家の頭首である為、そういった御三家の噂は自然と耳に入ってしまうのだ。

 お互い孤独者同士の二人が、どうして一緒にいるのか。気付けば二人に話し掛け、いつの間にか交流を持つようになってしまった。何だか居心地がよかったのだ。ほとんど楼から仕掛ける形で友情を育んだのだが、静と翔兵は非常にぎくしゃくした交流の仕方ではありつつも、きちんと応えてくれた。

 二人は良い意味でも、悪い意味でも純粋でとても不器用だった。楼が持っていないものを彼らは持っている。それを初々しくも新鮮に感じながら付き合っていく内に、楼は二人を大好きになった。

 初めて興味を持てた他人。そんな二人にとって居心地の良い場所を、楼は与えたいと思った。

 朝桐家の頭首の座。

 楼は現在、それを狙っている。現頭首は父親ではあるが、色々と複雑な事情もあって、次期頭首についてはまだ誰が継ぐかはっきりとは決まっていない。

 自分が頭首となれば、静や翔兵にとってもっと居心地の良い御三家に変えられる。自分の居場所も、自分で好きなように作っていける。

 翔兵と鬼退治の仕事を請け負うようになったのも、その野望が大いに関係している。仕事を熟せば熟す程、御三家からの評価が上がるのだ。ほとんど実力主義の世界なのである。

 元々楼は、朝桐の始祖の生まれ変わりだの、天才だのと呼ばれる程の実力を持っており、翔兵との仕事の成果も相まって、着々と点数を稼いでいる。

「さあて、今回の獲物はここにいるのかな?」

 楼は目の前に聳える古い洋館を見上げた。十数年前は豪奢な建物であったのだろうという片鱗は窺えるものの、そこかしこの装飾は崩れ、かなり老朽化していた。生い茂る森の中、夕日が僅かに差し込む程度で辺りは黒く染まっている。ここには楼と翔兵の二人以外には誰もおらず、しんと静まり返っていた。

「この建物ごとぶっ壊せば、簡単じゃねえか」

「いや、意外とそのほうが労力いると思うけど」

 軽口を叩きつつ、二人は大きな門構えをした建物の中へと足を踏み入れた。カツンと響く靴音に、楼はこの床は大理石かなと当たりを付ける。

「……いるな」

 翔兵が低く呟く。楼も精神を集中してみると、そこら中に鬼の気配を感じ取れた。

「多いね」

「暴れがいがありそうだな」

 あくどい笑みを浮かべる翔兵は、大分ストレスが溜まっているようだった。

 ――政景くんのことが相当気に入らなかったんだろうなあ。

 少し申し訳ない気もしたが、静をあのまま放置するわけにもいかなかった。政景にも言った通り、あの状態で生き続けるくらいなら、楼は迷わず彼女を殺していただろうと思う。友人として、それが彼女にできる最大限の方法だから。

 だからと言って、楼だって彼女を簡単に殺したくはない。助けることができる別の方法があればそれに越したことはない。だから神成家の政景を探し出し、協力を仰いだ。もし明日、政景が静を助けることができないと言うのであれば、もう誰にも彼女を助けることはできないだろうと踏んでいる。

 その時は――翔兵を裏切ってでも、彼女を、静を殺す覚悟でいる。

『楼、わたしは自分で命を絶つことは……きっとできない。だから、時が来たら……わたしのことを殺して……』

 いつか彼女に言われた言葉。

 時が来たら――

 それは、己の力の暴走を恐れているのだろう。静はもう限界が近い。だが彼女が死ぬ前に、その力が暴走し出す可能性もあるのだ。彼女の秘められた力は未知数であり、御三家の力を合わせても抑えられるかわからない。藤ノ宮家でも、彼女の暗殺を企む者もいる。

 藤ノ宮の人間に殺させるぐらいなら、自分で殺す。静もそれを望んでいる。

 だからこそ、政景が最後の希望だった。

 恐らく政景の言い分から察するに、静を完全に治すことができるのは『魂合の術』しかないのだろう。その術の内容からも、政景が静にその術を施すことは今後もないだろうし、楼もさせようとは思わない。だが、それも想定の範囲内のこと。楼としては、せめて今の苦しみからは解き放ってやれればそれでよかった。一時でも夢を見させることができれば、楼も心置きなく――彼女を殺せる。

「ねえ、翔兵。さっき翔兵が言った通り、政景くんは静を完全には治せないと思う。だけど、ボクはそれでも静に安らかな時間を与えてあげたい」

 翔兵は無言だった。

「少なくとも、限界が来るまでの時間稼ぎにはなると思うんだ。だから――」

 翔兵は「楼!」と叫び、皆まで言わせず、こちらを見据えた。

「――悪いが、今日は勝手にやらせてもらうぜ」

 翔兵はそう言って、柱の陰に隠れていた鬼に向かい、背中に差していた大刀を振りかざして飛び出していく。

 翔兵もわかってはいるのだろう。静の為を思うならば、政景の力を借りるべきだということは。

「……うん、思いっきり暴れたらいいよ」

 背中を向けた翔兵に、独り言のように小さく呟いた。

 恐らく明日からは政景が静に付きっきりになる可能性が高い。そうなると今の比じゃないくらい彼のストレスは溜まっていくはずだ。今の内に発散しておくに限るだろう。

『グオオオオ!』

 三つ目の鬼が、翔兵と対峙する。青い鱗の肌を持っており、その表面はヌルヌルしていそうで気持ちが悪い。

「赤き火よ、ここに宿れ……!」

 刀身が赤く輝き、翔兵は大刀を鬼へと突き出す。が、それは呆気なく躱されてしまう。瞬間、隙ができた翔兵の顔を目掛けて鬼の右腕が迫る。ギリギリでそれを躱すものの、微かに肌が触れ、ヌルリとしたものが頬に付着する。

「うわ、かなりヌルヌル肌の鬼だね。涎みたい!」

 自分が相手をしなくてよかったと楼は、傍観に努める。

「チッ、雑魚が!」

 頬を拭い、翔兵は左手を翳して赤い炎を生み出す。それは球となって鬼に向かっていく。

『グア!?』

 怯んだ鬼に向かって再度踏み込み、バサリと腹を切り裂いた。赤黒く、生臭い血飛沫が舞う。三つ目が光を失った。

 楼はその様子をぼうっと眺めていると、背後に殺気を感じた。すぐさま飛び退き距離を取る。そこには涎を垂らした二匹の茶色い鬼。

「げ、こっちは本当に涎ダラダラ」

 チラリと翔兵に視線を送れば、彼はこちらを見向きもせずに、奥にいる他の鬼へと向かって行った。

 本当に勝手に行っちゃった――

 この鬼の量では、いつまでも傍観してはいられないようだった。楼は両手を胸の前に持っていき、印を切る。

青竜せいりゅうよ、ここに」

 青い光が楼の頭上で輝き、だんだんと形になったそれは、鬼の数倍の大きさとなり、青い竜の姿となって具現した。

「行っといで」

 簡単な命令に、青竜は二匹の鬼へとするりと飛んでいく。鬼達はあっという間に竜に巻き付かれてしまう。青竜は青い光を放って高い咆哮を上げると、見る見る内に鬼達は塵と化した。

「これでもう二、三匹は退治したいな」

 楼はそのまま青竜を連れだって翔兵とは別の方向へと進んで行った。

 それから三十分と経たずに、二人は十数匹の鬼を退治してしまったのだった――

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