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百鬼繚乱  作者: やっちら
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翔兵のこと

 翔兵は不器用な性格だ。善人的行動は何一つ素直に取れず、悪人的行動ばかりを振舞ってしまう。そのおかげで周りからは誤解され、人と距離を置いて日々を過ごしていた。何故こんな面倒臭い性格になってしまったかと言えば、確実に彼の家庭環境のせいだろう。諸事情によって長年、肩身の狭い環境で育ってきたのだ。

 しかしそんな中で、静と楼の二人とは友達と呼べる仲となった。お互い特別な事情を抱えた家庭環境というのもあるのだろう。事情を理解し、自分を偽ることなく付き合える関係を築くことができた。

 だが時が経つにつれ、自分は少し普通ではないかもしれないと感じるようになった。それは静に対する感情。これまで本人の自覚はほとんどなかった。

 静を誰の目にも触れさせたくない――

 そんな思いが強くなり始めたここ最近、ようやく自分の異常さに気付いたのだ。でもそれは、翔兵の心の中だけに仕舞われた感情。思うだけならば誰に迷惑を掛けるでもない。そのはずだったのだが――

 政景が乗る車を遠くから睨み付けながら最後まで見送り、軽く舌打ちをする。彼の存在が、翔兵の心を掻き乱す。静には元気になってほしい。それは本心だ。彼女の限界も近い。でも彼女が元気になったら、自分の手元から離れていく。いつまでも自分達だけの世界で仲良しごっこを続けられるとは思えない。そうしたら彼女は、自分を必要としなくなるのではないか。自分が彼女の傍にいる意味が無くなるのではないか――

 そこまで考えてから一旦、己の思考を止めて頭を振る。

 ふと背後に人の気配を感じて振り返れば、そこには楼がいた。相変わらずのへなっとした笑みをこちらに向けている。

「何だよ」

「政景くんに喧嘩を売らないか様子を見に来ただけだよ。一触即発だったみたいだけど」

 その言葉にまたもや舌打ちをする。楼に聞こえるようにはっきりと。

「いつもより輪をかけて不機嫌だね。でも良いアイデアだったでしょ? 神成家の子孫探し。先のことはわからないけど、暫くは静の負担を減らすことができそうだ」

「……あいつの話じゃあ、完全に治すのは無理そうだけどな」

「まあね。それはまた今後の課題になるかな。だけど、あの状態の静をこれ以上放ってはおけないでしょ」

 楼の提案は確かに最良のものではあるのだが、翔兵にとっては最悪の提案だった。政景が近しい年齢というところが特に気に入らない。

「まあ元々ボクらの一族が、最近の鬼の大量発生に役立てようとして神成家の子孫探しをしてたから思いついたことだけど。でも母子二人じゃ人数が少なすぎるし、戦力として期待できないってことで鬼退治には勧誘しないことになったらしいよ。神成に頼るなっていう、頭首達の圧力もあったせいみたいだけどね」

「どうでもいい。それよりこの後仕事だろ、早く準備しとけよ」

 溜息交じりにそう言って、翔兵は立ち去ろうとする。鬼退治士としての仕事だ。今は彼を相棒として二人で請け負っているのだ。

 楼はへなっと笑って「わかってるよ」と頷いた。

「あ、そういえば翔兵、この鬼の大量発生の原因聞いた?」

 突然思い出したというように問い掛けられる。最近溢れ始めた鬼の出所は現状解明されていないのだ。翔兵も知る由もない。

「何かわかったのか?」

 訝しんで振り返ると、彼は変な唸り声を上げながら首を傾げた。

「まあ、はっきりと関係あるかはわからないんだけど、『人間に似た鬼』を目撃した人がいるんだって」

「はあ?」

 思いきり眉を顰める。『人間に似た鬼』とはどういうものなのか全くわからなかった。

「角があるんだって」

 楼は自分の額に手を当てる。

「人間の姿なんだけど、額に大きな角が突き出ているんだって」

「酔っぱらいの戯言だろ」

 そんな馬鹿なと鼻で笑ってみせる。

「髪も肌も着物も白い姿で、雪女みたいだったっていう証言もあるみたいでね。確かに普通なら戯言で終わるんだけど――」

 一拍間を置き、考え込むように顎に手を添える。

「ボクの一族の人間も見たっていうんだよ。仕事で行った『鬼ヶ島』でね」

『鬼ヶ島』――その名の通り、鬼の巣窟である。鬼の発祥の地として大昔から伝えられている島だ。さすがに鬼退治をしている朝桐家の人間も見たというのならば、信憑性はぐっと高まる。

「……でも、そいつと鬼の大量発生と何の関係がある?」

「どうも通常の鬼の数倍の力を感じたらしい。その力が鬼達を活性化させてるんじゃないかってね」

 それが事実ならば、早急にその鬼を始末しなければなるまい。翔兵は少し考え込む。

「藤ノ宮は動いてんのか?」

「閑談中だね」

「……成程な」

 楼の表現に翔兵はやけに納得した。藤ノ宮――いや、御三家は言ってしまえば腰が重い。こういった緊急を要する事態になっても本格的に始動するのに時間が掛かる。政府などとも関わりを持つようになってからは、金銭的な部分でもどろどろとした陰謀なんかを抱えているのだ。大昔はどうだったのか翔兵の知るところではないのだが、現状、鬼退治士というのは平和を守る国民的ヒーローではなく、あくまでも金稼ぎ事業の一端として存在している。昔に比べて実力のある鬼退治士も減っているし、一族の繁栄の為にも無謀な仕事はできないのだ。

「奴を倒せばボクらの株は一気に上がるよ」

「ふざけんな。一人でやれ」

 翔兵は楼の言葉を一蹴する。

「そんなこと言わないでよ。計画は綿密に立ててるし、その時が来たら手伝ってよね」

「お前の野望の為に、どうしてオレが手伝わなきゃいけねえんだ」

 ジロッと睨み付けて言ってやるが、へこたれることなく再びへなっとした笑みを見せる。

「嫌でも手伝いたくなるよ。それよりさ、政景くんなんだけど」

 自分で振っておいた話題をさらりと変えて、楼はまたも憎き相手の名を口にした。

「明日も来てくれることになったから」

「……勝手なことを」

「翔兵に言われたくないね。勝手に彼を牽制しないでくれる?」

 ああ、こいつ怒ってるな――

 楼の瞳を覗き込み、翔兵は呑気にそんなことを思った。彼があからさまに怒りを露わにしたところを見たことはないのだが、長年付き合うとやはり相手の感情というのは察せるようになるものだ。特に楼は本心を表に出すような人種ではない為、最初の頃はそれはもう翔兵をイライラさせたものなのだが。

 こんな時、翔兵は黙り込むことにしている。口喧嘩では正直、勝てる気もしない。年齢が一つ上というのもあるし、口下手な翔兵では勝負は見えている。まあそれ以前に、楼とは喧嘩したくないというのが本音だったりするのだが。何だかんだで彼は翔兵にとって気を許せる数少ない友人の一人なのだ。

「……気持ちはわかるんだけどね。とりあえず、あんまり政景くんのこと苛めないでよ。静には彼が必要なんだ」

 そう言ってから翔兵の顔色を窺うように首を振る。

「いや、正確には『彼の力』だけどね」

 へなっとした笑みを見せた。

 妙な気の遣い方をしないでほしい。だが口に出すことは止めた。

 結局、翔兵の機嫌は直ることのないまま、楼とはまた後で落ち合う約束をして別れた。

 そして翔兵の足は、自然と静の眠る部屋へと向かっていた。



「静、起きてるか?」

 先程、寝かしつけたばかりなのだから起きているわけがない。一応マナーとして聞いただけである。翔兵は何の躊躇いもなく襖を開ける。

 部屋の真ん中に敷かれた白い布団の中で、静は穏やかな寝息を立てていた。

 夕日が差し込む小さな窓。古い褪せた色の桐箪笥と勉強机。年頃の娘が使っているとは思えない非常に質素な部屋。

 初めて彼女と出会った時と何も変わっていない。唯一変わったことと言えば、自分達がもうあの頃のような幼い子供ではないことか。

「このままじゃ、駄目なんだよな……」

 翔兵は屈んで静の寝顔を覗き見る。顔色が大分良くなっていることに安堵した。彼女に触れたくて、そっと髪を撫でる。

「……ぅ……ん?」

 深緑色の瞳が僅かに開かれる。「翔兵――」と掠れた声が耳に響いた。

「悪い、起こしたか」

 仕事に行く前に少し話しがしたかったので、若干確信犯である。

 静は薬の効力でぼうっとしながらも「大丈夫」と弱弱しく答え、翔兵の服の端をくいっと引っ張った。

「あいつは……?」

 政景のことだろう。

「帰った」

 つい冷たく即答してしまった。静は何か言い返そうとしたのか口を開こうとし、しかし息を吐いただけに止まった。その様子を見て、多少の罪悪感が押し寄せる。静は自分の体質を治す方法があると知った時、久しぶりに生気がみなぎった表情をしていた。毎日毎日、神成の子孫が見つかることを待ち望んでいたのだ。

 翔兵はチッと舌打ちをして自分の金髪頭をボリボリと掻き、横目でチラリと静に視線を送る。

「また明日、来るんだと」

 その言葉に、静は瞳を少し見開いて「そっか」と小さく呟いた。何だか嬉しそうなのが癇に障る。ただ自分の体質を治したいだけなのだと分かってはいるのだが。

 こんな話をしに来たわけではないのにと、翔兵はますます不機嫌になって立ち上がる。

「オレ、これから仕事だから」

「あ、うん……。楼が言ってたんだけど、最近、鬼達の様子が変なんでしょ? ……気を付けてね」

 ――楼の奴、余計なことをベラベラ喋りやがって。

 翔兵は心の中で悪態をつく。基本的に静には、御三家や悪鬼に関することは話さないよう楼に釘を刺していた。彼女の精神的負担を少しでも減らしたかったのである。

 翔兵達が鬼退治の仕事を請け負うことになった時も、彼女は心配からか、駄々をこねる子供のように大反対し宥めるのに苦労した。その時の病状が最悪だったこともあるのだが。

 また、静は藤ノ宮家からほぼ見放されていると言っても過言ではない状態にある。床に臥せった娘をこんな離れに建っている屋敷に押し込んだのだ。世話だって全て使用人に任せきりで、家族が訪れた形跡は殆どない。静の母親が何度かここに訪れたのを見たことはあるが、本当にそれくらいの家族関係なのである。そんな家族の様子を話したところで、静が楽しそうに聞くはずもないのだ。

 今回の鬼の大量発生のことも、話したところでただ不安にさせるだけである。

「馬鹿じゃねえの。オレ達がやられるわけねえだろうが。んな心配してないで、お前は大人しく寝てりゃあいいんだ」

 どうしてこんな言い方しかできないのか。翔兵は毎回、自分の口から出た言葉を後悔する。しかし後悔したところで直らないものは直らないのだ。そう開き直るしかない。

 静は何故かクスリと笑った。

「翔兵と楼が強いことは、わたしが誰より一番よく知ってるよ。でも、やっぱり心配なんだから仕方ないでしょ」

 てっきり怒り出すかと思ったのだが、今はかなり調子が良いらしい。真っ直ぐに穏やかな瞳で見つめられ、翔兵は言葉に詰まる。途端に照れ臭くなり、

「いいから寝てろ、阿呆! 行ってくる!」

 逃げるように襖に手を掛け、部屋を出た。彼女の「行ってらっしゃい」という小さな呟きを背中越しで聞きながら。



 翔兵は屋敷を出て沈みゆく夕日を睨み付ける。色々と納得がいかない。とにかく苛立たしくて歯がゆい。自分でも何故こんな気持ちになっているのかわからなくなるくらいに。

「……チッ、今日はとことん暴れてやる」

 思いきり不良な言葉を吐きながら、翔兵は鬼退治へと向かうのだった。

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