これからのこと
真幌との戦いは終わりを告げた。
静が彼を倒した後、残った悪鬼の攻撃を振り切り、政景達は再び楼の白竜に乗った。そして大分体力を削られた様子の葛馬と双葉を拾い、葉蔵達のもとへと戻った。皆かなり負傷してはいたものの、船はしっかりと守りきることができたようで、何とか全員で鬼ヶ島を脱出することができた。
真幌がいなくなった為か、悪鬼は急速に鳴りを潜め、街中で見掛けることも、強力な悪鬼が現れることもなくなった。もちろん悪鬼がいなくなったわけではないのだが、以前のように鬼退治士達が治められるくらいの出現率に戻ったのである。
「ここが、静ちゃんの家なの?」
「ああ。もうすぐ本家に戻るみたいだけど」
政景は万季を連れて、静の屋敷へ訪れていた。
結局戦いが終わった後も、政景は御三家との縁を断ち切ることはしなかった。したくなかったのである。
楼の言葉を借りれば、せっかく堅焼き煎餅並の固い絆を育めたのである。それを自ら断ち切れる程、政景は冷酷な性格ではない。
それに真幌の一件以来、御三家の一部の者が神成に力を貸していることは頭首も知るところとなり、母――悠子も今後ともよろしくしてくれるよう挨拶を交わした。神成の体質のことで、御三家の力を借りざるを得ない状況ではあるのだが、彼らは快く協力を申し出てくれた。
しかしそれを抜きにしても、政景は友人として彼らと付き合っていきたいと思ったのだ。
「あ、万季ちゃんだ。いらっしゃい」
屋敷の前で鉢合わせたのは、相変わらず太陽のような微笑みを浮かべた楼だった。
万季は「こんにちは」と挨拶する。
「楼も今来たのか?」
「うん」
政景の問いに彼は頷いた。
三人は屋敷へ向かい、玄関では使用人の福子が出迎えてくれた。
居間に通されると、相変わらず仏頂面の翔兵が庭を眺めて座っていた。
「よお」
つまらなそうに挨拶される。
「翔兵ってば、せっかく万季ちゃんが来てくれたんだから、もう少し愛想よくできないの」
「うるせえ」
呆れる楼に翔兵はそっぽを向く。
その時、奥の襖が勢いよく開いた。
「政景、万季! いらっしゃい!」
キラキラの笑顔で現れたのは、この屋敷の住人、静だった。
以前の様子からはとても考えられない程、血色の良い顔色をしている。
「静ちゃん! 本当に元気になったんだね」
「うん、来てくれて嬉しい」
お互いもう一度会いたがっていた為、楼の提案で、政景が万季を連れてきたというわけである。静には女子の友人も必要だろう。
正直、万季を御三家と関わらせるのはあまり気乗りしていなかったのだが、万季は全く気にする様子もなく、寧ろ喜んで静に会いたいと言い、静も本当に嬉しそうな笑顔を浮かべるものだから、自分の考えは無粋なことなのだろうと思い直した。
二人はさっそくお喋りに花を咲かせてしまったらしい。
政景は楽しそうに静達を眺めている楼に視線を送る。
「……楼は正式に朝桐の跡取りになったのか?」
「ああ、うん。そうだよ」
軽い返事だ。
「静も……継ぐことになるんだろうな」
「うん、本人はまだやる気ないみたいだけど、近々本家にも戻るしね。仙堂さんも紫都花さんも、静とじっくり話し合いたいって言ってるし、ボクも後押しするつもりだよ」
「あいつが頭首の器かよ」
翔兵が口を挟んでくる。
どうも翔兵は静が藤ノ宮を継ぐのが気に食わないようなのだ。まあ彼女を閉じ込めたがる程、独占欲が強いので当然のことかもしれない。
すると、楼は翔兵には聞こえないよう耳打ちしてきた。
「翔兵には静のところに婿養子で入ってもらう予定だから。政景くんも手伝ってね」
それはなかなか……難題だ。
「何こそこそ話してんだよ」
「あはは、翔兵は馬鹿だなって言ってただけだよ」
「お前、喧嘩売ってんのか……?」
素直じゃなさ過ぎる翔兵が、静とそんな関係になれるのはいつのことであろうか。政景は気が遠くなりそうだと思いながら、いつもの二人の言い合いを眺める。
ふと、服の袖をツンと引っ張られた。
振り返ると、そこには静が立っていた。万季はいつの間にやら庭に出て、興味深そうに池を眺めている。
「万季とはちゃんと話したの?」
「え」
意外な質問に少し言葉に詰まる。
戦いが終わった後、政景は確かに万季と話をした。静達御三家のことや、神成として生まれたことに対する葛藤だとか、とにかく打ち明けた。万季はそれを真剣に聞いてくれた。
そしてまた、万季は今まで通り良き理解者として側にいてくれている。
そう。今まで通り。何も変わらず。
「え~と、まあ……そうだな」
「……ふうん」
何となく静の視線が痛い。自分も翔兵に劣らず相当かもしれない。政景は少し落ち込んだ。しかし静はプッと吹き出し「まあ、いいか」と政景に向き直る。
「……あのね、政景」
「ん?」
凛とした表情で見つめられる。
「わたし、強く生きる。それで、生きててよかったって、そう思える人生を送ってみせる」
気高き少女は、そう高らかに宣言する。
しかし政景は思う。彼女はすでに十分に強い心を持っていると。
「……そうか。あんまり無理はするなよ。おれも皆も、静の力になりたいと思ってるんだからさ」
止まっていた彼女の時は、ここから動き出す。
ここまで来るのに、多くの辛いことや悲しいことがあっただろう。けれど彼女ならば、きっとそれを乗り越えて進むことができる。
少しだけ涙ぐんで俯いた少女は、しかしすぐに顔を上げた。
「――ありがとう」
その微笑みはとても綺麗で、政景の脳裏にいつまでも焼き付いたのだった――




