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百鬼繚乱  作者: やっちら
2/25

政景のこと

 将来の夢は『堅実な生活を送ること』

 政景まさかげが小学校の卒業論文で書いた内容である。

 高校二年生になった現在でもその夢は変わることなく、政景の心の中で常に呪文のように繰り返されていた。目上の者には逆らわず、目下の者には良き先輩として接する。クラスの中では目立たないよう、だけれども地味すぎず。

 そんな普通を心掛けて日々を過ごしてきた。その思惑通り、高校生活も順調にそんな地位を確立している。

『堅実な生活を送ること』

 学校というレッテルの中だけならば、政景は十二分にそれを満たしていると言える。ただ彼には一つ、ある重大な問題があった。

 それは、鬼に好かれる体質。好かれるというと語弊を招くかもしれない。政景は特殊な家系の生まれだった。

 神成かんなり家。

 大昔、鬼退治士の御三家をサポートしていた一族である。政景はその末裔であった。現在も鬼は人間を襲いに姿を現す為、鬼退治士の御三家は人々から英雄扱いをされているのだが、神成家だけは違う。攻めの術を専門に扱う御三家に対し、神成は守りに徹した術を専門に扱う一族なのである。

 そんな神成の血は、鬼にとって大層特別なものらしく、最高のエネルギー源であった。政景は鬼に食われて死ぬなどという最後を迎えるのだけは嫌だったから、不得手ではあるものの、多少の攻めの術も会得している。

 このまま、鬼に関わることなく生きていきたい――

 政景はひたすらそれだけを望んでいた。

「ふう……」

 思わず口から溜息が零れてしまう。政景は数学の教科書を眺めながら席に座り、一人物思いに耽っていた。

「おい神成、そんなに数学の授業が嫌なのか?」

 不意に掛かった声に振り向けば、クラスメイトの大徳寺だいとくじが不思議そうな顔でこちらを見ていた。彼は高校で初めてできた友人で、人懐っこい雰囲気を纏った非常に明るい性格の持ち主だ。

「ああ、いや。そうじゃなくて……」

 政景は苦笑で彼に返す。

「そうだよな。お前って結構、何でも(こな)すタイプだし」

 前の席の椅子に跨り、大徳寺は羨ましげにそう話す。高校に入って一年半は経つというのに、自分に対する意外なイメージに呆気に取られる。

「何でもって……普通だろ?」

「いや、何か普通すぎて凄いっていうか」

「何だよ、それ」

 またも彼の言葉に苦笑する。内心、動揺していた。普通を心掛けているのに、それが凄いなどという正反対のイメージを持たれているとは全く思っていなかったのだ。ちなみに政景は、鬼退治士の力があることを周りには伏せている。ただ一人を除いて。

「神成ってさあ、菊井きくいと付き合ってんの?」

「……はあ?」

 唐突な質問に目を点にする。大徳寺はニヤリと笑って、その様子を見る。

「いや、だってさ。幼馴染ってやつなんだろ? よく話してるの見かけるし」

 大徳寺が言っているのは、菊井きくい万季まきというクラスメイトのことだ。彼の言う通り、小学生の時から付き合いがある友人である。快活な性格で、彼女こそ唯一政景の家系について知っている人物だ。

 だがしかし。

「付き合ってないよ」

「よもや時間の問題だと噂されているが」

 一体どこでそんな噂が流れているのか。政景は「へえ」と他人事のように返事した。

「もうすぐ文化祭だろ?」

 確かに、約一ヶ月後に控えている。

「彼女いたほうがいいと思うわけよ」

 何故、文化祭だからといって彼女がいなければならないのか。

「お前が作れよ」

「神成、喧嘩売ってるわけ?」

 途端に真顔になる大徳寺。どうも彼がモテないらしいということは、政景も知っていた。『友達以上に見られない』ことごとく女子からそう言われて振られるそうである。

「悪かったよ。お前、モテないんだもんな」

「グサ! おま、もうちょっと言葉を選んでくれても……!」

 わざとらしく胸を抑える大徳寺だったが、瞬間チャイムが鳴り響いた。

 政景は数学の教科書を整えて「授業だぞ」と言って、その話に見切りをつけた。

 実際のところ、万季との関係は複雑だった。

 政景はまたも溜息を吐いたのだった。



「政景、今帰り?」

 下駄箱で運動靴に履き替えていた政景は、耳慣れた声に振り向いた。

 そこには、シャギーカットの髪を肩まで伸ばした快活そうな女生徒が立っていた。

 菊井万季だ。

「ああ、そうだけど。万季も?」

 政景の問いに、彼女はうんと頷いた。何とはなしに、二人は一緒に学校を出る。別段、これは珍しい光景ではない。お互いの家も近いわけだから、下校時に偶然会って一緒に帰るなんてことはよくあるのだ。

「最近、悪鬼に会ってるの?」

 ふと思い付いたとでもいうように聞いてくる彼女。端から見れば不審な視線を向けられる内容であることは間違いない。

「友達みたいに言わないでくれよ。会いたくて会ってるわけじゃないんだから」

 万季はクスリと笑った。ちなみに彼女は政景の血筋のことを知ってはいるが、彼女の家系は鬼退治士とは全く関係がない。幼馴染ということで、偶々それを知ってしまったに過ぎないのだ。もちろん政景は、彼女に周りには言いふらさないよう口止めをしている。

「寧ろ恋してるんじゃないかと疑うくらいなんだけど。政景ってば毎日、悪鬼のことを思っては溜息吐いてるでしょ? まるで恋煩いじゃない」

 心外だ――

 政景は心底嫌そうな顔を万季に向ける。さすがに言葉を誤ったと思ったのか、彼女は「ごめん」と言って苦笑した。

「言い過ぎたね。あんまり思い詰めないで欲しいと思っただけだから」

「……ああ、わかってる」

 政景にとって、万季の存在は非常に有難いものだった。自分の特別な事情を話せる唯一の友人であり、幼い頃からの付き合いだから気を遣う間柄でもない。彼女と話すのは楽しいし素でいられた。しかしそれと同時に彼女を巻き込んではならないという責任も感じている。これ以上、親しくなることを政景は怖れているのだ。

「……ねえ、政景。もう少し気楽に考えたほうがいいと思うよ」

 万季は政景の顔を覗き込んでくる。

「確かに悪鬼は怖いけど、あたしはそれで政景から離れようとは思わないし……」

 言って彼女は歩みを止め、そんな彼女を振り返る。どこか恥ずかしそうに躊躇うように万季の視線は泳いでいる。政景は彼女の言わんとしていることを何となく察していた。

『神成ってさあ、菊井と付き合ってんの?』

 不意に大徳寺の言葉が思い出される。恋愛話というのは男女関係なく、話のネタとして大いに人気のあるカテゴリだ。今までも当然の如く質問されてきたことではあるし、万季との関係をからかわれたことだって幾度もある。しかし彼女との関係を疑われることを嫌だと思ったことはない。寧ろ嬉しかったように思う。

 普通の女の子と普通の恋愛をする。

 それは政景にとって非常に理想的な夢の一つ。万季もきっと、自分のことを好いてくれているのだろうと思う。そしてきっと、自分の言葉を待ってくれているのだろうとも思う。

 でも――

 それでも政景は彼女に言葉を掛けられない。これ以上、彼女の言葉を待つわけにもいかない。一度伝えてしまえば、伝えられてしまえば、きっと後悔することになるとわかっているから。

「あ、あのね政景、あたし――」

「ごめん万季。おれ、急用が――」

 彼女の言葉を遮ろうとしたその時。

 背後に悪寒が走る。

 政景は万季の手を取り、瞬時にその場を飛び退いた。

『グオオウ……』

 低い鳴き声を発するそれは、さっきまで政景達がいた場所に地面を響かせながら飛び降りてきた。

「悪鬼!?」

 万季の驚きと恐怖が混ざった叫び声。政景は彼女を自分の背中に隠すように鬼と対峙する。

 全身黒い緑色の気味の悪い巨体が一匹。大きな一つ目は真っ赤に血走っており、ギョロリとこちらを見下ろしている。額には先端が鋭く尖った角が生えていた。

 こうして登下校中に鬼に襲われることは、最近では珍しくなくなっていた。鬼も一応、人目を気にする。いくら鬼とて大勢の人間対一匹では逆にやられる可能性もある為、本来ならば人気のない森や川などの場所を狙って襲われることが多かった。

 根本的な原因はわからない。だが、鬼の数が極端に増えているせいなのだと政景は思う。外に漂う異様な空気。それを感じるようになったのは、数か月辺り前から。常に鬼の気配で圧迫されているように感じていた。しかし襲われるのは大抵一人でいる時だったので、彼女と一緒にいるこの状況はかなりまずい。

 とにかく、万季だけは守らないと――

 政景は両手を組み、複雑ないんを切る。

五行ごぎょうの一つ、木行もくぎょう!」

 印を切った手から木の蔦が飛び出し、瞬時に鬼へと絡みついていく。

 しかし鬼は少しも動じる様子はなく、蔦はぶちぶちと千切られてしまう。そして口を大きく開き、鋭い牙を剥き出したかと思うと黒い光線がそこから放たれる。

五色ごしきの一つ、白き壁!」

 政景は素早く別の印を切ると、目の前に真っ白な壁を生み出した。黒い光線は政景に届く前にその壁によって阻まれる。

 強い――

 額に一筋の汗が流れる。普段ならば、鬼の目を少し攪乱させて逃げることができるのだが、ここは森や川ではない。隠れられるような場所もないし万季だっている。

 実際、戦ってみて気付いたのだが、以前より鬼の力も格段に強くなっている気がする。この目の前にいる鬼のレベルでは、政景が止めを刺すには難易度が高い。

 政景は術士としての才能は高いのだが、それは神成家が得意とする五色という守りの術に関してのこと。攻めの術は護身用として学んだに過ぎず、威力は先程の通りである。

「万季、一人で逃げろ」

 小声で後ろの彼女に声を掛ける。

「で、でも……!」

 万季は不安そうな声を出す。

「おれは大丈夫だから、早く」

 少し強めにそう言うが、それでも彼女は動こうとしない。「万季――」と少し苛立ちながら振り返ると、彼女の表情は恐怖に覆われ、体を大きく震えさせていた。政景は目を見開く。思えば彼女と一緒に鬼に遭遇したのは一度きり。それも幼い頃の過去の出来事。その時は政景の母親もいて、難なく鬼から逃げることができた。それからは鬼に出会うことも稀であっただろう。鬼は力のある人間を欲する為、万季のような普通の人間が普通に暮らしているのならば、そうそう鬼に会う機会などないはずなのだ。

 やはり、おれと万季では住む世界が違うのか――

 政景が表情を歪めた瞬間、

「はあああ!!」

 威勢よく気合の入った低い声が響き渡る。

『グオオオオアアアア!?』

 それと同時に鬼の苦痛の呻き声も響き渡り、瞬時にその体が一刀両断にされていく。黒い緑色の体からは鈍い赤色のどろどろとした血が溢れ出し、内臓が飛び出す。

 万季はそのグロテスクな姿に小さな悲鳴を上げ、口元を手で抑えた。

 ――誰だ?

 そう思いつつも、こんなに簡単に鬼を真っ二つにしてしまう人間など、あの御三家の血筋以外には考えられない。政景は目を細めて、倒れた鬼の向こう側を注視する。

 そこには二人、自分と同年代くらいの男が立っていた。

「チッ、こんなところにまで鬼が来るとはな」

 ハスキーな声で忌々しげに語るは、金髪の目つきの鋭い少年だった。顔には切り傷が数か所あり、ある意味男前な顔立ちをしている。手には大刀を握っており、倒れた鬼の血がべっとりと染み付いていた。どうやら彼が鬼を倒したようだった。

 強い――政景は意味もなく警戒する。

翔兵しょうへい、もう少し綺麗に殺しなよ。女の子がいるっていうのに」

 対してもう一人は、『太陽の笑顔』と称するに相応しい微笑みを湛えた少年だった。かなり整った顔立ちで女性受けが良さそうな雰囲気である。

 彼が翔兵と呼んだ金髪の少年は「知るか」と言って政景を睨み据えた。

「お前、『神成政景』か?」

 妙に威圧的な男の態度に、素直にそうだと言うのが躊躇われる。万季も戸惑いを隠せないようで政景の後ろに隠れたままだ。

「翔兵、黙って。ボクが話すよ」

 そう言って、もう一人の少年がにこにこと微笑みながら前に出る。不満そうな表情の金髪男だったが、大人しく口をつぐんだ。

「いきなりごめんね~。ボクは『朝桐あさぎりろう』。こっちは『蛭間ひるま翔兵しょうへい』って言うんだ」

「っ!」

 政景の予想は当たった。朝桐と蛭間は鬼退治士の御三家である。

「何が目的だ?」

 何故一度として接触したことがない御三家の者達が突然、自分の前に現れたのかを疑問に思う。

「嫌だな。その言い方だと、まるでボク達が悪者みたいじゃない」

 言いつつも、楼という少年は笑顔を崩さない。

「まずは礼ぐらい言ったらどうなんだ?」

 金髪男――翔兵も蔑むような眼差しを向け、口を挟んでくる。

「……そう、だな。本当に助かったよ。ありがとう」

 政景は至って冷静に二人に礼を言う。助けられたのは事実だ。彼らが来なければどうなっていたかわからない。

 それを見た翔兵はつまらなそうにそっぽを向き、楼は好奇の視線を政景に向けた。

「よかった。政景くんは情報通り、良い人そうだ」

 政景は眉をピクリと動かす。

 情報って、一体何を調べたんだ――

「あ、不審に思わないでね。ちょっとボク達に協力してほしいだけなんだ」

「協力?」

「そう。立ち話もなんだし、そこに車を用意してるから乗ってかない?」

 楼が指差した場所に、確かに黒塗りの自動車が停まっていた。

「よければ彼女も一緒にどうぞ?」

 柔和な笑みを向ける楼に、万季は一歩後退する。

「おれだけ行くよ」

 政景は万季を庇うように前へ出た。これ以上、彼女を巻き込みたくはない。

 楼は肩を竦めて「怖がらせてごめんね」と言って、翔兵と共に車に向かって歩き出す。政景は万季に向き直った。

「万季、大丈夫か?」

「う、うん……ごめん、ちょっと驚いただけ」

 彼女の震えている手が目に入り、罪悪感に襲われる。

「おれのほうこそ、ごめん。お前を巻き込んだ」

「ま、待って政景、別にあたしは……!」

 言いかける万季に、政景はそれを手で制する。

「じゃあ、おれ行くから」

 有無を言わせず笑顔を作って、二人の後を追いかける。

 弱々しい声で名前を呼ばれた気がしたが、政景は振り返らなかった――

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