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百鬼繚乱  作者: やっちら
17/25

動のこと

 動は、藤ノ宮の長男として生を享けた。しかし鬼退治士としての力はあまり強くなかった為、術と体術の勉強に力を入れ、頭首である親のプレッシャーを感じながら、懸命に補ってきた。一年前に成人した動は、御三家の信頼を勝ち取り、正式に藤ノ宮の跡取りとなった。今では御三家は、彼に全信頼を置いている。

 ここ最近の鬼の大量発生についても、御三家の話し合いの結果、動を中心として解決することとなった。

 何人かが目撃しているという人間の姿を模した白い鬼。動はその存在について半信半疑ではあったのだが、現実に鬼は増え、力も増幅されている現状を考えれば可能性としてゼロではない。また先日、楼達から思いもよらない相談を受け、信じないわけにはいかなくなった。

 いつも笑顔の仮面を張り付けている楼が、あまり見せたことのない真顔で訪れたのだ。相変わらず悪目立ちする金髪頭の翔兵も一緒にいた為、動は何事かと驚いた。いや、妹――静絡みの悪い話なのだと瞬時に判断はできたが、まさか白鬼の目的が静にあるとは思いもよらない新事実である。

 しかも神成の生き残りである政景も現れ、思った以上に静達と親交を深めているようだった。動も少なからず神成家には尊敬の念を抱いており、政景には御三家とは関わらず血を絶やさないで欲しいと願っていたのだが、どうもこちら側に傾いてしまったようだ。静のこともあるので、有難いことではあるのだが。

 しかし、翔兵からは未だ静を嫌っていると思われているようで複雑な気持ちになる。確かに否定はできないのだ。己が可愛いとばかりに静を蔑ろにし、兄として彼女にしてやれたことなど一つもない。

 静の力は恐ろしい程に強大だ。あの力を自由に操れるようになれば、歴史上最強の鬼退治士となるだろう。

 そうなれば、恐らく自分は――



「黒竜よ……来い!」

 呼び掛けと共に現れたのは、闇の色を纏った一体の竜。

 黒髪の青年――動は目の前に群がる鬼の軍団にその竜を向かわせる。大きな翼を広げ、牙を剥き出し黒い息を吐き出すと、数十匹の悪鬼達はまるで毒でも受けたかのように苦しみ呻き出した。

「今だ!」

 動の放った言葉に、後ろに控えていた男女四人の鬼退治士が飛び出した。苦しむ悪鬼達にそれぞれの武器と術を使い、攻撃を仕掛けていく。

(しの)、前に出すぎだ!」

 動は茶髪の青年に注意を促す。

「これくらい平気さ!」

 しかし彼は短刀を振りかざし、どんどん悪鬼の群れの中に入っていく。

 鬼の出所はわからない。山と住宅街の境目で動達は戦っていた。

 事の始まりは数時間前。この近隣の住民が、大量の鬼の咆哮が山奥から聞こえると警察に通報したのである。鬼退治士は警察と連携しており、警察を通して仕事の依頼が来ることは珍しくなかった。今回もその流れで御三家に連絡が入り、警察は見回りを依頼してきたのだ。

 最初、この仕事を請け負ったのは動ではなく、朝桐の跡取り候補である篠に一任されていた。独り立ちして仕事を始めたのはいいが、全く成果を出せていない状況らしく、御三家は彼に挽回のチャンスを与えたらしい。

 しかし、事態は思ったよりも深刻な状況となる。こちらが動く前に住民に被害が出たのだ。目撃者によれば、両の手では数え切れない程の鬼が山から降りてきたという。

 篠には荷が重いと判断されたのだろう。御三家は動に一任してきた。だが篠にもプライドがあったようで「連れて行け」と恨みたっぷりに告げられ、今に至るわけである。

「あの、馬鹿!」

 動は黒竜を瞬時に消し、自身も攻撃態勢に入ろうとする。

「動、あいつは私に任せろ! まだ悪鬼が周りに潜んでる! お前が動いたら全員殺られるぞ!」

 鬼退治士の一人、三十代半ばの髭を生やした男――動の叔父にあたる(ふじ)(みや)太堂(たいどう)に一喝され、動は手を止めた。

「…………わかりました。頼みます!」

 動は苦い表情になる。

 この鬼の量――まずいかもしれない。予想では多くとも二十匹と踏んでいたのだが、甘かった。この気配、倍は軽く超えるだろう。

 残った二人と戦闘を続けるが、鬼が次々と山奥から溢れ出てきて切りがない。全てを倒す前に、こちらの体力の限界が来るだろう。

「二人共! 予定を変更します! 結界を張って、悪鬼を山に閉じ込めます!」

 御三家の者でも結界は使える。もちろん神成の五色の術は使えないので、御札を使用して結界を張るのだ。加えてその為には少し長めの印を切る必要がある為、かなり手間が掛かる。威力もあまり強力ではないので、基本的に時間稼ぎにしか使われないのだが、とりあえずは足止めできればいい。

 それから改めて相応の戦力を揃えて迎撃する。これが今考えられる最善の策だった。

「了解した! しかしあの馬鹿と、太堂殿はどうする!」

 蛭間の男が言った。

「俺が行きます! もう一度、黒竜で悪鬼を弱らせるので、その間に結界の準備を!」

「わかったわ」

 藤ノ宮の女が頷いた。

 動も頷き返し、再び黒竜を呼び出す。そして悪鬼が弱った瞬間を狙い、三人はそれぞれ目的に向かって駆け出した。

  動は群れの中へと飛び込み、火行や木行を使いながら鬼を蹴散らしつつ奥へと進んで行く。

 まだ二人がいる気配がない。篠は相当、先まで進んでしまったのだろうか――

 そんなことを考えていた瞬間、背筋に冷たいものが走った。

「こ、れは……」

 恐ろしい程強大で、化け物染みた力――


 ――動、暫くあの子に近付くのは控えなさい。

 ――あの子はもう、私の娘じゃないわ! 母親に向かって酷い暴言を吐いたのよ!

 ――お前は大事な藤ノ宮の跡取りだ。妹のことは使用人に任せておけばいい。

 ――まだ『無力』の子のほうがよかったわ。


 不意に頭の中で蘇るのは、両親がかつて放った言葉の数々。

「静」

 思わず彼女の名を呼んだ。

 いや、違うということはわかっている。冷静にならなければならない。彼女はまだ体調を崩したままだ。

 だが、彼女の力を目の当たりにした時と同じ恐怖を感じる力。

 他に該当するというならば、この気配は恐らく――白鬼。

「……あれ? また鬼退治士か」

「っ!」

 背後から掛かった声に、動は瞬時に飛び退き距離を取る。

 声の主に視線をやれば、真っ白い着物を身に付けた人物が一人。しかし額には角が生え、それは彼が人ではなく鬼だということを主張していた。

 噂で聞いていた通りの姿に唖然としながら、動は今、最悪の状況に陥っていることを悟る。

 彼が手にした人間のものと思われる片腕――

 その腕からぼたぼたと流れ落ちる血は、乾いた土へと染み込んでゆく。

 片腕が身に付けている衣服には当然、見覚えがあった。

「喰ったのか……篠を」

 鬼は口から毒々しい赤色の血を垂れ流し、白い肌がより一層、血の色を際立たせていた。

「あまり美味しくなかったけれどね」

 口角を上げて白鬼は言った。

「鬼退治士と言う割には術も大した力はなかったし、肝も据わっていなかったよ。あれで朝桐の跡取り候補とは、笑わせてくれる」

「……お前、篠が朝桐の跡取り候補だと、何故知っている?」

 動の言葉に、白鬼は目を丸くした。

「何故……って、それは――」

 明らかに動揺している。静の読みは当たっているようだ。

 彼はやはり、動達と関わりのある人物。

 夕柳の子供。

「動! 逃げろ!」

 太堂の声。そう認識した瞬間、大きな爆発音と共に白鬼の周りが黒い煙に覆われた。

 目眩まし――

 本能が告げた。今が逃げるチャンスなのだと。

 動は踵を返し、一目散に駆け出した。

 速く、速く、速く。振り返ってはならない。足を止めてはならない。

 少しでも迷いが生じれば、喰われてしまう――

「白竜!」

 背後から再び、太堂の声が響く。

 すると真っ白い煙が竜の姿となって真横に現れ、それに乗っていた太堂が手を差し伸べてきた。

「早く捕まれ!」

 動は言われるがまま手を掴み、太堂の後ろに飛び乗った。

 群がる悪鬼達を横目に、高速で進む白竜。すぐに元いた場所へと辿り着くと、待ち構えていたらしい蛭間と藤ノ宮の二人が両手を掲げた。

『結界、発動!!』

 稲妻のような光を放ち、山への入り口に見えない壁が張られた。悪鬼がこちらへ来ようとそれに触れると、バチリと放電したかのように弾き返す。

 誰からともなく息を吐くと、藤ノ宮の女が恐る恐るといった様子でこちらを見た。

「……篠は?」

 太堂は白竜を消して動を降ろした後、大きく息を吐き、

「腕しか、助けられんかった――」

 いつの間に奪い取ったのか、先程白鬼が手にしていた篠の片腕を差し出した。

 それを見た動達三人は苦々しい表情で俯く。

 しかし、ここで落ち込んでいる場合ではない。

「一人だけ、応援を呼びに行ってもらいます。この結界なら暫くは持ちこたえられるはずです」

 白鬼にはどの程度効くのか、それはわからなかったが。

 その時、結界の奥から流れ込んできていた白鬼の気配が、一瞬の内に鳴りを潜めた。

「っ! あいつの気配が……消えた?」

 逃げたのか、あるいは油断させるつもりなのか。

「今は幸運と思うべきか……。白鬼がまた現れる前に、残りの鬼を片付けなければいかん」

 髭を撫でながら、太堂は動へ視線を送る。

「わかっています。太堂さん、御三家へこの状況を伝えて応援を呼んで来て下さい」

「おい、私はまだここに残って戦えるぞ」

「腕から血が出てます」

 そう言って動は太堂の左腕に目をやる。

 布で縛って止血はしているらしいが、暫くは使い物にならないだろう。

「篠のことも……あなたは一部始終見ているはずだ。どうかその片腕を、朝桐へ持ち帰ってやって下さい」

 暫く太堂は悔しそうに篠の腕を眺めていたが、動を見据えてゆっくりと頷いたのだった――



 篠が亡くなってから数日。

 あの大量の悪鬼は太堂が呼んだ応援のおかげで何とか退治した。白鬼が夕柳の子供であり、篠を殺したという事実は御三家に大きな衝撃を与え、かなり緊迫した空気が漂っている。

 あれ以来、悪鬼は至るところで出没し、被害は大きくなる一方だった。しかし、白鬼は未だ本気で人間を全滅させるつもりがないらしく、姿を現してはすぐに行方を眩ましていたのだが、最近では鬼ヶ島に留まっているらしい。白鬼の強力な気配がそこから動かなくなったのだ。

 何故、白鬼は本気を出さないのか。動は推測する。

 恐らく、まだ人間の心が残っているからではないか――

 調べによれば、彼の人間の時の境遇はかなり悪かったようだ。夕柳最後の跡取り息子が『無力』で生まれれば、当然かもしれない。

 そういった経緯で、己の記憶に蓋をしているのだろうが、やはり踏み切れないものがあるように思う。

 いずれにしろ、本気を出していない今の内に策を打たなければ、本当に全滅しかねない。頭首達も当惑し、それぞれ勝手に動いては仲間を自滅させてしまっているくらいだ。

 残る頼みの綱は――やはり、彼女しかいない。

「……久し振り、だな」

 目の前に佇む小さな屋敷を見上げ、動はぽつりと呟いた。

 妹――静が幼い頃から住んでいる祖父の残した屋敷。彼女の城と呼ぶに相応しいだろうか。

 引き戸に手を掛け中へ入ると、少し前に動が雇った使用人の女が迎え入れた。

 この屋敷の使用人は長続きしない。性格が破綻している静が原因だ。だが、変に静に情が湧いても面倒ではあるので、動にとっては好都合ではあった。

「ようこそお越し下さいました、動様。お嬢様は奥の部屋にいらっしゃいます」

「……少し、静と二人きりにしてくれ」

「はい」

 一礼する彼女を通り過ぎながら、動は静の部屋へと向かった。



「何しに来たの」

 開口一番、布団から身を起こして不機嫌そうに彼女は言った。

 体調が悪いせいだろうかと一瞬思ったが、顔色はかなり良く見えた。政景のおかげであろうか。

 動は部屋の奥へと足を踏み入れ、彼女の横で胡座をかく。

「随分な言い方だな。見舞いに決まってるだろう」

 静は顔を背けた。

 昔はお兄ちゃんと上手く呼べず、「にいちゃ、にいちゃ」と言ってよく後ろをついてきたというのに、その面影はもうないようだ。まあこんなことを言ったら、一体いつの話をしているんだと呆れられるだろう。会わなくなったと言っても、二年前までは御三家の集会には出席していたし、今や「兄さん」と呼び方も変わっている。

 とにかく、ずっと彼女を放置してきたのだ。嫌われて当たり前なのだが、やはり後悔は拭えない。

「言いたいことがあるなら言えよ」

 突き放すように言ってやる。いっそ、言い争いをしたほうがお互いにすっきりできるのではないか。しかし静はこちらに視線すら向けず、ぼそりと呟いた。

「別に」

 淡い期待はあっさりと打ち砕かれてしまう。

 ――喧嘩にすらならないか。

 動は肩を竦め、そっぽを向く妹を真っ直ぐに見つめた。

「……ごめんな」

 そう言うと静はゆっくりと顔を上げ、何故か訝しげに身構えられる。どうやら、この長年の溝はかなり深かったらしい。まるで信用がないのだろう。

 今さらではあるのだが、出来うる限り本心を伝えるべきなのだと思い至る。

「俺、お前のことが大嫌いだった」

 ――あ、泣きそうだ。

 自分と同じ深緑色の瞳を潤ませる彼女を見て、少し直球すぎたかと反省する。しかし大嫌いと言われ、悲しんでくれる程度には好かれているのだろうか。

 いや、誰に言われたって悲しいものは悲しいかと、心の中で苦笑する。

「嫌いというか、邪魔に感じていたんだな」

 自分で言いながら、あまりフォローになっていないことに気付くが、今さらだ。

「俺には、楼や翔兵程の鬼退治士としての力は備わっていない。正直、コンプレックスだったよ。藤ノ宮の長男として生まれたっていうのにな」

「……とてもそんな風には……見えないけど」

 またもや疑いの眼差しを向けられる。

「それは今だろう? 俺はここまで来るのに、血の滲むような努力をしてきた」

 修行に勉強と他人の何倍もの努力を。力がなければ、体と頭を使って補うしかないからだ。

「静、昔を覚えてるか?」

「……昔?」

「お前の体調がまだ悪くなる前。二、三歳くらいまでの時か。最初の頃は皆がお前に期待してた。術で抑えればなんとかなるんじゃないかってな。看病も渾身的にやっていて、俺はその時、嫉妬した。力の弱い俺は用無しになったのかと――妹のお前を憎んでた」

「頭の片隅に……皆が優しかった頃の記憶は確かに、ある」

 眉間にシワを寄せて呟く静。

「お前から全てを奪われた。絶対に奪い返してやると、そう思った結果が、今の俺だ。見事に一族の期待の星になったんだ。そしてお前は、今じゃ藤ノ宮のお荷物――と言われているな」

 ありのままを伝えただけのつもりだったが、かなり嫌味ったらしくなってしまった。さすがに腹を据えかねたらしい彼女は、キッと睨み付けてくる。

「わざわざ、それを言いに来たの?」

 動は頭を振った。

「いや、これは前置きだ。俺も大人になった。いい加減、家族との溝を埋めたいと思ったんだよ」

「……何を今さら」

 全くもって彼女の言う通りだ。こんな状況に追い込まれなければ、動だってまだ行動に出ていなかったはずである。

 いつかいつかと思いながら、気付けば何年も経ってしまった。

「父さんも母さんも、お前には悪かったと思ってる。お前の体調が酷くなるにつれて、どう接すればいいかわからなくなってしまったんだ。以前はお前に辛くあたったこともあるかもしれない。でも今は、二人共後悔してる。信じられないかもしれないが」

 実際、母とはかなり大喧嘩したようだし、あの時は怒り泣き崩れる母を宥めるのに苦労した。落ち着いたかと思えば、自分は母親失格だから静に会わす顔がないと言って、母親としての責任を全て放棄したのだ。父も、動の教育に力を入れ始めた。

「最低だと思うよ。父さんも母さんも――俺自身も」

 静は俯き、無言のままだ。

 やはり、そう簡単には納得できないか。

「静、藤ノ宮の蔵に忍び込んだこと、覚えてたんだな。あそこにお前を誘った理由――聞かせてやるよ」

 政景達には罪滅ぼしと言って濁した答え。

 動の言葉に、彼女は肩をぴくりと揺らし、興味を持ってくれたのか顔を上げた。

「あれは確か、お前と母さんが大喧嘩した少し後だと思うけど、あの時の俺は、お前を憎む反面、助けてやりたいという気持ちもあったんだ。……さすがにお前が、可哀想になってな」

 同情と言われればそれまでだ。だが、その気持ちに嘘はない。

「藤ノ宮の術に、静を治せる術があるという話は前々から聞いていた。だけどそれは禁術だから使ってはならないのだと、皆が話していてね。幼い俺は禁術の意味も理解せずに、皆が使わないのなら自分が使ってやると意気込んで、お前を連れて蔵に忍び込んだんだ」

 もう十年以上前のことだ。静がこの屋敷に閉じ込められる少し前。憎くて仕方なかった彼女の状態が悪化し、母との喧嘩を機に、家族と疎遠になってきた頃。徐々に一族の皆が動に期待をし始め、最初は心地よく感じてはいたものの、あまりにも不憫な妹を放ってはおけなくなってしまった。

「だが、実際にその禁術を読んでわかったよ。何故、誰一人として、その術を使わなかったのか――」

「ま、待って……。わたしはそんな術、知らない」

「お前には鬼結の術しか見せなかっただけだ。使えないなら知らないほうがいいだろうしな」

 まあ、年端もいかない静に見せてもどれだけ理解できたかはわからないが。ちなみに鬼結の術は動が書物を読んで説明してあげたのだ。

「……でも、今なら俺の全てを使って、お前に償うことができる」

「……どういうこと?」

 静の問いに、しかし動は苦笑で返す。

「……今さらすぎるよな。本当」

「兄さん……?」

 久し振りに呼ばれた気がする。

 その呼称が、自分が彼女の兄なのだと実感させられた。どんなに疎遠だったとしても、血の繋がった兄妹なのだと。

 しかし、それと同時に動は藤ノ宮の跡継ぎでもある。

「純粋にお前の為と言いたいが、一族の為でもあるんだ」

「一体……何をするつもりなの? ちゃんと説明を――」

「それでも、俺はお前を助けたい」

 静は黙った。動の真意を読み取れずに困惑している。そんな表情だった。

「お前には楼や翔兵、それに政景君もついている」

 不安そうな彼女の耳元に顔を寄せた。

「静に全てを託す」

 その言葉を聞いて口を開きかけた彼女の首筋に、素早く手刀を放った。

「なっ……!」

 静は驚き、意識を無くす。倒れかけた彼女を腕で支え、ゆっくりと布団に寝かせる。

「妹任せというのも気が引けるが……これが俺なりの『罪滅ぼし』だ」

 動は両手を組み、頭に叩き込んだ印を切る。

 この術は非常に複雑で発動させるのにかなり時間が掛かる。いつか静にこの術を施そうと、印を切る練習をしてきたのだ。

 本当にこの術を使うのか、正直そんな覚悟はできていなかった。しかし、今は違う。この術を使うことが使命とすら感じている。

 あと――少し。

 動は集中力を高める。あと数秒で術が完成する。一つでも間違えれば、最初からやり直しだ。丁寧に慎重に、印を切り――


捧魂(ほうこん)の術」


 動のそれは完成したのだった。

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