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百鬼繚乱  作者: やっちら
15/25

彼の正体、遥かな記憶

「静! 大丈夫か!?」

 岩に寄り掛かった彼女を見つけ、政景は慌てて駆け寄った。

「……うぅ……」

 小さな呻き声と共に、深緑色の瞳がうっすらと開く。

 大分体力が落ちているようだった。すぐに後ろから、翔兵と楼も追い付いて来る。

「政景! 静は!?」

「ああ、とりあえず無事みたいだ」

 力流の術を無理矢理解かれた為、かなりダメージはあるようだが。

「あの白鬼……いないね」

 楼がぽつりと呟く。

「あれは、鬼……なのか?」

 一瞬しか見ていないが、姿はまるで人間だった。

 だが角はあったし、あの力――静の力を視た時と同じくらいの恐ろしさも感じはしたのだが。

「最近、出てきた奴らしくてね。あいつの力は感じたでしょ? それが悪鬼達の力を増幅しているんじゃないかって、御三家では推測してるよ」

 それが鬼が強くなり、大量発生となる原因だったというのか。

「くそ、どこ行きやがった……!」

 腹立たしそうに辺りを見回す翔兵に、静は重苦しく口を開いた。

「……あいつを……止めないと……」

「止める? どういうことだ?」

 しかし政景の問いに答える前に、彼女は首をカクリと項垂らせて、気を失ってしまった。

 楼は腕を組んで唸る。

「今の言葉から推測するに、まずい状況になりそうだね」

「まずいって何だよ」

「そこまでわかるわけないでしょ。いいから翔兵、静を頼むよ。一旦屋敷に戻ろう」

「……思わせ振りな発言したのはお前だろうが」

 不満そうな翔兵だったが、大人しく静を抱きかかえる。が、ふと立ち止まった。

「おい、仕事はどうすんだよ」

「ボクが残るよ。まだ文化祭長いし、念の為、朝桐の人間を何人か呼んで警護する。政景くんも文化祭に戻ってね」

「静は翔兵だけで大丈夫なのか?」

 翔兵に睨み付けられるが、当然の心配である。

「何かするつもりだったなら、今が大チャンスだったはず。でも何もせずに帰ったんだから、すぐに襲って来ることもないんじゃないかな」

 にこりと微笑む楼に、それもそうかと政景は一旦納得した。

 しかし青白くなった静の顔を見て、不安は拭えなかった。



 政景は学校に戻り、少し不安はあったものの、無事に文化祭を終えることができた。

 万季に静が無事だったことを伝えると、とてもほっとした様子だった。会いたいと言ってきたが、今の体調ではお互いの為にも会わないほうがいいだろうと考え、また今度ということで話を終えた。帰り際、楼に『今日はもういいから、明日、静の屋敷に来てよ』と伝えられ、その日は大人しく家へと帰宅した。

 そして翌日、政景は静の屋敷を訪れた。彼女の体力はまだ回復していなかった。

 力流の術を使ったのだが、すでに彼女の体は限界に近づいていたのである。

「今までで一番最悪の状態だ」

 苦しそうな静を見つめ、翔兵は苦虫を噛み潰したかのようにぽつりと呟いた。

「う~ん、まだ話すのは難しいかな」

 しかし布団の中に寝そべっている静が、困ったような声を出した楼の袖を引っ張る。

「政景の術で、少し楽になったから……話すくらい……できる」

 そうは言うが、やはり息苦しそうだ。

「静、あまり無理は――」

「いいの。あの鬼について……言わなきゃならないことも、あるから……」

 力強い視線に、政景は口をつぐんだ。

「何かわかったの?」

 楼の言葉に彼女は頷く。

「あの鬼は……恐らく、元人間だと、思う」

「なっ……ありえねぇだろ!」

「根拠は?」

 翔兵に被せるように楼が問う。

「近付いてわかった……。微かに、人間の気配が混じってる……。そしてそれは――わたしが感じたことのある気配――」

「し、知ってるのか?」

 まさかと政景も口を挟む。

 静は虚空を見上げた。

「……翔兵と会うよりも、もう少し前――。あの子は、よく塀の外からうちを眺めてた。わたし、縁側に布団を敷いて庭を眺めながら寝るのが好きで……その時よく、見かけてたの」

「ストーカーじゃねぇか。誰だよ、そいつ」

「茶々いれないでよ、翔兵。自分を棚においちゃってさあ」

「誰がストーカーだ!」

 まあ、翔兵にとっては面白くない話なのだろう。政景は彼の心情をほんの少しだけ汲み取る。

「……続き、話していい?」

「どうぞ」

 言い合いを続ける友人達に呆れる静に、政景は即答して続きを促した。

「まあ……一度も言葉を交わしたことはないんだ。話し掛けようと思ったんだけど、すぐにいなくなっちゃうし……」

「へえ~。それってさ、静を見に来てたってことかな」

 いつの間にか言い合いを終えたらしい楼が会話に加わる。翔兵は何を言われたのか思い切り項垂れていた。

「うん……きっと、そうだったんだと思う」

 どこか、切なげな表情だ。

「で、そいつがあの鬼だって言いたいのかよ」

 項垂れながら問う翔兵。物凄く不機嫌そうである。

 しかし静は返事をせず、代わりに妙なことを言い出した。

「ねぇ、夕柳家の事件……覚えてる?」

「ゆうやぎ?」

「鬼退治士の一族だよ。御三家以外はマイナーだけど、その中でも輪をかけてドマイナーな家系だね。何せ力を持つ跡取りが生まれなくなって、夕柳の鬼退治士はいなくなっちゃったからさ」

 政景もある程度、鬼退治士の家系は知っているつもりだったが、『夕柳』については知らなかった。

「事件っていうのは?」

「夕柳の子供が失踪した事件のことだろ」

 当然のように言う翔兵だが、そんなことは知らない。

「……その失踪した子供が、あの子なの」

「でも……話したことはないんだろう? 何で夕柳の子だってわかったんだ?」

「わたしの前のお世話係の人が、その子の家で働いていたことがあって……顔を知ってたの」

 成程。

「――ボクもその事件気になってて、色々調べたんだけどさ、確かその子『無力』だったんだよね。夕柳の最後の希望だっただけに、相当酷い扱いだったらしいよ」

 ――無力。文字通り、術を使う力が備わっていない者のことである。主に鬼退治士の家系で生まれた者をそう呼ぶ。少し差別的な要素を含んでいると前々から政景は思ってはいたのだが、実際、鬼退治士は実力主義の世界なので仕方がないことなのかもしれない。

「……あの子は……無力なんかじゃなかった……」

 静はどこか悔しそうに呟いた。

「わたしはずっと感じてた、あの子の力……。表には出ないけれど……内に秘めた力を持ってた……」

「……そっか。表には出ない力を視るのって才能必要だからね。政景くんも視ることできるもんね」

「まあ……」

 力の強さからいって、恐らく静程ではないと思うが。

「ふん、周りが気付かなかっただけなのか、教えなかっただけなのか……どちらにしろ、そいつは後天的な資質を持ってたってことか」

 稀にいるのだ。生まれてから暫くして力を発揮する者が。

「そう……そしてだからこそ、あの子は今……あんな姿でいる……」

「そこの繋がりがわかんねえ。一体どうやったらあんな妙な姿になるんだ?」

「あの時……同時に、藤ノ宮の蔵が荒らされた事件もあったの」

「蔵って、鬼退治士の膨大な資料が保管されてるっていうあの蔵か? ……オレは知らねえぞ、そんなこと」

「翔兵は知らなくて当然だね。それは藤ノ宮と御三家頭首だけの極秘事項だから。未だに犯人もわかってないし」

「そりゃあ、んなことが広まったら大騒動に……って、ちょっと待て。楼は何で知ってんだよ」

「まあ、頭首の息子だし?」

「……よく言うぜ。どうせ得体の知れない方法で、探り入れたんだろ」

「そんなに信用ないの、ボクって。失礼しちゃうよね、政景くん」

 いきなり話を振られても、会話についていけてないので非常に困る。

「だけどその流れだと、その夕柳の子が藤ノ宮の蔵を荒らしたっていうことなのか?」

 政景は確認するように静に問う。

「……うん」

 はっきりと彼女は頷いた。それを見た翔兵は眉間にシワを寄せて「何でわかるんだよ」と言った。

「藤ノ宮の禁術――『鬼結(きけつ)の術』というのがあるの」

「きけつ?」

 翔兵と楼もさすがに知らないのだろう。政景と同じく疑問を浮かべた顔をしている。

「そう……鬼を自分の体に取り込み、力とする術」

「な……!」

 そんなことが可能だというのか。

「きっと、この術を使ったから……。他に考えられない」

 確かにそんな術が伝わっているのは藤ノ宮くらいなのだろう。

「あいつが何体の鬼を吸収したかはわからない。だけど、あの強さ……恐らく百体は越えている」

「でも……それは相当の術士じゃないとできないことなんじゃないか……?」

 仮にも藤ノ宮の禁術だ。

「可能性としては……開花しちゃったんじゃない? 後天的な資質を持った子って、極限状態にいたりすると思わぬ力を発揮するから」

「どんな極限状態にいたら、無力の奴があんな強力な鬼になるんだよ」

「だから素質はあったんでしょ。まあ、詳しいことは本人に聞かないと。それにそこはどうでもいいんだよ。今問題なのは、どうして静が藤ノ宮の禁術を知ったのかってところじゃない?」

「……え!?」

 やけに楽しそうな楼に、静が動揺する。

 というか、それこそ今問題にすることではないと政景は言いたい。

「いくら藤ノ宮頭首の子供でも、術をまともに使えない静にそんな禁術を教えるとは思えないし」

 静は口元を掛け布団で隠し、まるで子猫のように恐る恐る楼の様子を伺っている。

「なんだよ、忍び込んだのか」

 あっけらかんと言う翔兵に、静は涙目で「ち、違う!」と叫んだ。

「あ、あれは、兄さんが無理矢理……!」

「へえ、動さんと? あ、政景くん。動さんっていうのは、静のお兄さんの名前ね」

 初耳だった。静に兄妹がいたとは。

 楼は「意外だな~」と腕を組みながら何やら感心しているようだったが、静の表情が途端に暗くなる。

「……どうせ、見つかった時の言い訳にでもしようと思ったんでしょ。わたしが我が儘を言った、って……」

「まあ策略家の動さんなら、有り得るね」

 思い切り笑顔で言うことではないのでは――

 案の定、ますます落ち込んだように静は目を潤ませる。すると翔兵が「おい」と低い声を出す。

「話が脱線してるぞ。静、あいつは何か確定的なことを言ってたのか?」

「あ……うん、藤ノ宮の術でわたしを鬼にすると言ってた。そしてその術はどこかの蔵で見た……って。夕柳という言葉にも……かなり反応を示してた」

 静を鬼に――? それが奴の目的だというのか。

「結局、あの鬼は――何がしたいんだ?」

 まるで静を中心に動いているかのようだ。

 政景の質問に、静は深い溜息を吐いた。

「あいつは――わたしを欲しがってる」

「理由は?」

「一族から嫌われている者同士、気が合う……とでも思ったんでしょうね。でも……わたしは拒んだ」

 苦々しい口調だった。

「そしてあいつは――」

 静はゆっくりと布団から体を起こす。

「わたし以外のすべてを、殺そうとしてる」

 その表情は驚く程に青白かった――

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