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百鬼繚乱  作者: やっちら
13/25

鬼のこと

 薄暗い洞窟の中。雪のように白い鬼は、その白い指で、いとおしそうに少女の頬を撫でる。

 苦しそうに呼吸をしながら気を失っている様を見て、人の形をした鬼は思う。

 彼女の全てを手に入れたい――と。

「静」

 呼び掛けるが、反応がない。冷たい岩に寄りかかったままの少女の息苦しそうな吐息だけが、洞窟内に響く。

「静、起きて」

 しかし鬼は構わず、名を呼び続ける。すると彼女の瞼が僅かに開かれ、その翡翠色の瞳と視線が交わる。

「……あんた……わたしが苦しいの、知ってるでしょ? 術を解いた……張本人なんだから」

 気怠そうな彼女。すぐに気を失ってしまったようだったが、そこは理解をしていたらしい。

「でも、君が起きてくれないと連れて来た意味がないだろう? せっかく二人きりになったんだから、話をしよう」

「……鬼畜」

「だって、鬼だもの」

「ああ、そういやそうだっけ――」

 どうでもいいことのように呟く彼女に、面白い反応だとほくそ笑む。

「ここ……どこなの?」

「学校から少しだけ離れたところ。たまにここで寝泊まりしてるんだ」

 鬼には決まったねぐらはない。色々なところで生活できる場所を確保しているのだ。

「静は僕のこと恐くないのかい?」

「……さあね」

「鬼は嫌い?」

「嫌い」

「そうか……僕と同じだ」

 本心であったのだが、静は疑いの眼差しを向けてきた。

「あんたも、鬼でしょうが」

「――僕は……本当に鬼なのだろうか」

 もしかしたら違うのではないか。それはいつも思っていること。

「なら……その角は何だって言うの? 飾りなわけ?」

 鼻で笑って静は問う。術が弱まったせいで、機嫌もかなり悪くなっているようだ。しかし鬼は気にしない。そんな余裕のない彼女こそを気に入っているのだから。

「そうだね……きっとこれは、鬼の角なんだろうね」

 いくら鬼ではないと主張したところで、この額の角がやはり人間ではないのだと否定する。だが、それで己が鬼だと納得することができないのも、また事実。

「どうして――僕一人だけ、心があるんだろう」

 鬼だというのなら、この心は何なのだろう。他の鬼にはない、まるで人間のように湧き上がる感情。

 静を見つめる。彼女は怪訝な表情をした。

「……そんなの、わたしも知らないよ」

 鬼はクスリと微笑み、静の頬に再び手を添える。

「僕はね、君のことをつい最近知ったはずなんだ」

 静はすでに気力を失っているのか、苦しそうに息を吐き、鬼の手を振り払うことをしなかった。

「僕が目覚めたのは、ほんの数ヶ月前。気付いたら君を見つけて、いつか連れ出そうと機会を伺ってた。だけど、それは本当に最近のことなのか――よくわからなくなってきたんだ」

「……それは、さっきも……」

「もっと何年も前から、静のことを知っている気がするんだ」

 鬼は静の言葉を遮り、まっすぐに彼女の瞳を見つめた。彼女を見つけたことは偶然とは言い切れない。知っていた気がするのだ。あの屋敷に彼女が孤独に暮らしていることを。

 静は苦しそうに溜息を吐いた。

「……さっきも聞いた。だけど、あんたの気配を感じ始めたのはわたしも最近。それ以前のことなんて――」

 突然、言葉が途切れる。何故か表情を強張らせて、鬼を凝視する。

「どうしたんだい」

「……目覚める前のことは――何も覚えてないわけ?」

 何も覚えていない。何一つ。――いや。

「だから。静のことは知っていた気がする。あと御三家のこととかも」

「…………自分の名前は?」

「――わからない」

 何かあったような気はするが、思い出せない。

 静は目を伏せた。鬼が不思議に思いながら顔を覗き込むと、彼女はゆっくりと視線をこちらに寄越す。

「……ゆ……やぎ」

 え――?

 何故かどきりとする。微かに聞こえたその言葉。何かが心に引っ掛かる。もう一度、もう一度聞かせてほしい。

「――夕柳(ゆうやぎ)

 ゆ う や ぎ。

 それは――鬼の心を抉る言葉。わからない。わからないけれど、好きじゃない。

 ――嫌いだ。

「あんたは……夕柳家のことも……知ってるんじゃないの」

「静、その話はやめよう」

「……それは肯定しているってこと?」

「わからない――だけど、その言葉は嫌いだ」

「嫌い……ね」

 静はそれきり追及してこなかった。

「ねえ、静。僕と一緒になろう。僕に任せてくれれば、君をその苦しみから永遠に解き放ってあげることができる。今の僕なら、それができる」

 今の僕なら――?

 自然と出てきた言葉に己自身で驚く。ならば以前の自分は――何なのだろう。

 青い顔をした彼女に鋭い視線を向けられた。

「わたしを鬼にするつもり?」

「そう――だね。僕にはその方法がわかる。確か、藤ノ宮に伝わっている術だったろうか。その術なら僕達はいつまでも二人きりで時を過ごせる」

「っ……あんたは、その術で……自分も……?」

「……僕?」

 それは――どういう――

「あんたは一体……どこでその術を――」

 どこだっただろうか。大量の書物が溢れた――薄暗い部屋。

「どこかの――蔵、だろうか」

 おぼつかない記憶を探りながら呟いた言葉に、静は愕然とした様子でこちらを見た。

「まさか――」

「静?」

 何故、悲しそうな表情をするのだろう。理解ができない。ただその苦しみから解放してあげようとしているだけなのに。孤独を分かち合える自分となら、二人で寂しさを共有できるのに。

 ――そうか。

「蛭間と朝桐の人間に遠慮しているのかい?」

「…………え?」

「あの二人に君の気持ちなんてわかるわけがないのにね。静、君は一族の中で孤独を感じているんだろう? 役立たずと罵られて、心がぼろぼろだ。僕にはわかる」

 静は表情を歪め、唇を噛む。それを見て続けざまに鬼は言葉を発した。

「可哀想な静。あの二人だって同情で一緒にいるだけさ。何もできないし、何もしない。優しいのは外面だけで最低な――」

 ぐっと、腕を引き寄せられる。瞬間、頬に痛みが走った。遅れて聞こえた何かを叩く高い音。

 鬼が頬を叩かれたのだと気付いたのは、床を眺めて数秒経った後だった。

 放心しながら、ゆっくりと静に視線を戻す。

 彼女は大きく息を切らしながらこちらを睨み付けていた。

「どうして――そんな顔をするの?」

「わからない?」

 わからない――

「翔兵と楼は、わたしの大事な友達だから」

 友達――そんなもの。自分にはいない。ずっと孤独だったのだから。今も、昔も。

 昔――?

「くっ……!」

 頭痛がする。痛い。嫌だ。思い出したくない。

 鬼は静の腕を乱暴に掴む。

「静! 僕には君しかいない! 君にも僕だけのはずだ! じゃないと僕は何の為に……!」

「……確かに、わたしは孤独だった……。家族にも放り出されて、親戚にはお荷物だって陰口を叩かれてる。でもね……!」

 掴んだ手を振り払われた。

「わたしは鬼に心を売るつもりはない!」

 それは、完全な拒絶だった。少なくとも鬼には最低で最悪の信じられない言葉だった。

「何故……僕を受け入れてくれないの……?」

 静もあいつらと同じなのか。

「ねえ、何故……? なぜ……なぜ、なぜ、どうして……!?」

「わたしとあんたは……もう、生きる世界が違う」

「……ひどい。ひどいよ、静」

 鬼はゆらりと立ち上がる。

 いや、彼女は悪くないのだろう。ただ、あいつらに洗脳されてしまっているだけなんだ。孤独な彼女をそそのかして近付いて、偽りの優しい言葉を吹き込んで。きっとそうだ。

 ならば、僕がするべきことは――

 ふと、近くに人間の気配を感じる。恐らく、あいつらだ。彼女を連れ戻しに来たのだろう。

「……静、今日のところは帰してあげる。でも、忘れないで。君は僕と一緒に生きるべきだ。その為には――」

 静は眉をひそめ、鬼を見上げる。鬼は虚ろな瞳で微笑んだ。

「君以外の全ての人間を殺さないとね」

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