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『私は睦よ。あなたの名前は?』
『そう、平林。なら、私が引き取ってあげるわ−−−−』
幼い少女はそう言って薄汚れた男の手を取り−−−と言うより引っ張って立ち上がらせた。
『あら?ふふふ。何を言ってるの。私はあなたが気に入ったのよ−−』
「……………っ!」
最悪な夢だった。
けれど忘れたくない思い出。
平林を地の底から引き上げてくれた幼女は成長して−−−−一人の女性となった。
けれど彼女は−−−−。
コンコンと軽いノックの音が聞こえる。
返事をする前に開かれたドアからひょっこり顔を覗かせたのは、かつての幼女だった。
「あら、起きていたのね。昨日いきなり倒れたのよ。熱もすごかったんだから」
「お嬢様…………」
「体拭きにきたのだけれど……………起きてるならおかゆ持ってきたほうがいいかしら?」
考え込む主人に平林はさっさと提案したほうが身のためだと思った。主人に体を拭かれるなどたまったものではない。
「そうですね……………今シャワー浴びてきます」
「あら。昨日の今日でシャワーなんて危ないわ」
「大丈夫です」
平林が着替えとタオルを持って素早くシャワールームへ移動すると、睦はため息をついてシャワー中の平林に声をかけた。
「シャワーは許してあげるけれど、今日1日はおとなしくしてなさいね。後でおかゆ持ってくるわ」
そう言うと部屋を出ていったらしく、ドアの閉まる音が聞こえた。
「お嬢様に体拭かれるとかありえんだろ……………。邸の連中何をやってんだ……………」
幼い頃からのくせで手早くシャワーを終えて着替えるとちょうど睦がおかゆを持ってきた。
「早いわね。出来立てだから気を付けて食べてちょうだい」
「……………こんなもの持って、お身体にもしものことがあったらどうするんですか」
そう、睦は妊婦なのだ。しかも−−−−−
「これくらい平気よ。海桜や誠や頼のときの経験あるもの」
そう。腹の子で四人目になるのだ。
「お腹の子もはやく平林によくなってほしいって言ってるもの」
「明日には回復してお傍に戻りますよ」
睦は朗らかに笑った。
「絶対よ?」
「はい、お嬢様」