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護らねばならない人

 ソレルとアサギは、トビィ達の話に上がっていた球体の前にいた。

 アサギは不思議そうにその球体を見つめながら、一周する。巨大な水晶球には時折光が反射し、中で何かが揺らめているような錯覚を起こす。


「さぁ、次の部屋へ行きましょう。この球体は過去の記録を紐解いて見ることが可能な代物ですが、起動の権限を持つのは()()()。空中庭園へ行きましょう、見目麗しい花々が咲き誇っていますから、そこでお茶を」

「はい! ……あの、ソレル様。クレロ様はこの惑星が出来たときから、ずっと神様なのですか?」


 球体に手を添えたアサギが問うと、ソレルが微笑む。


「いいえ、神にも寿命があります。クレロ様は七代目の神ですわ。私達天界人の寿命は人間より長く、魔族やエルフ族と同等。神は、寿命、もしくは兆しを感じた際に、一人の候補者を指名することで継承の儀を行い交代します。それは、あくまでも時の神の独断。誰も口出しできぬのです」


 アサギは、低く唸った。


「そういうものなのですね。神様は交代する、そして、血筋で選ばれるわけではない」

「アサギ様は面白いですね、そんなところに興味を持つだなんて。さ、行きましょう」


 ソレルは、人間や魔族に興味がない。ゆえに、他種族の価値観や生活習慣を気にも留めない。“面白い”と表現し、柔らかくはぐらかす。


「え。どういう」


 端正なソレルの顔が、大きく歪んだ。驚愕の瞳でアサギの後方を見つめ、悲鳴を上げそうになる。


「そ、そんな、馬鹿なっ! クレロ様しか起動出来ない筈なのにっ」


 球体には、何かが映っている。


「え、えっ、えっと」


 顔面蒼白のソレルの視線を追ったアサギは、球体に映る光景に釘付けになった。

 先程説明を受けた通り、この球体は()しか起動出来ない。そのはずだが、今、二人の目の前で球体には“ある日の光景”が鮮明に映っていた。

 幻覚ではない。

 狼狽するソレルから離れ、アサギは胸の前で手を組みながら蒼褪める。


「トビィ、お兄様……?」


 そこには、薄暗い森の中で一人歩くトビィが映っている。何かを探しているように見えた。

 アサギは次の瞬間、口元を押さえながらも盛大な悲鳴を上げた。

 トビィが魔族に囲まれ、一方的に攻撃を受けている映像が流れ始めた為だ。


「トビィお兄様!?」


 負けるわけがないと思っていたが、何物にも屈しない強靭なトビィが地面に倒れこんだ時点でアサギは絶叫した。半泣きで、隣で来ていたソレルの衣服を掴み揺さ振る。気が動転していた為魔族らを注視していなかったが、そのうちの一人は見知った顔だ。


「ソレル様、ソレル様! あそこへ行かせてくださいっ、トビィお兄様が、トビィお兄様がっ」

「お、落ち着いてアサギ様。クレロ様を呼んできますから。大丈夫ですわ、トビィ殿は屈強な人間。苦境に立たされたとて無事でしょうし、何よりこの球体は過去の……」


 混乱気味の脳内にはけたたましい警告音が鳴り響き、頭痛が止まらない。唇を噛み締め痛みを振り払うように額を押さえると、ソレルは顔面蒼白で部屋を飛び出す。自分では対処出来ないと判断した。

 取り残されたアサギは、脚を震わせながら球体の中のトビィを見つめた。しかし、痛々しくて直視できない。どう見ても致命傷だ、このままでは死んでしまう。

 土には、流れ出た夥しい血が染み込んでいる。

 嘔吐しそうになりながらも、アサギは口元を押さえ無理やり飲み込んだ。苦くて、不味く、酸っぱい。消化しかかった胃の中の物は、再び喉を通って戻っていく。大粒の涙を溢すと、無我夢中で球体を殴りつける。


「そこへ行かせて、そこへ行かせて!」


 底力のある、訴えるような声を上げたアサギは、後方が発光していることに気がついた。他惑星へ行き来する際に使用する水鏡が、誘うように淡く光っている。祈るような気持ちで駆け出すと、躊躇うことなくその水鏡に飛び込んだ。

 空気が震え、水鏡から降り注ぐ光の粒子が散乱する。


「トビィお兄様、今、いきますっ」


 アサギは懸命に手を伸ばす。トビィの名を呼びながら、先程の映像を思い出していた。視界は純白で、何も見えない。だが一瞬耳鳴りがしたかと思えば視界が開け、虚無の空間から突如木々の真上に立っていた。

 空はほんのり薄暗く、真下は広大な森。

 有り得ない場所に、必然的に小さく悲鳴を上げる。木のてっぺんに、まるで浮かんでいるように立っていた。均衡が崩れ、華奢な身体は問答無用で落下する。

 宙を掴むように、水中でもがくように腕を動かす。固く瞳を閉じ唇を噛み締めると、焦燥感で吹き出た汗が引いていくように、落下速度が遅くなった。そうして、風に乗って迷子になった一粒の雪のように、ゆるやかに落下する。宙を自在に動いている感覚だった、行こうと思えば、再び浮上出来そうな気もしてきた。空を見上げれば、吸い込まれそうな暗闇が迫ってきている。

 しかし空へは戻らず地面に降り立ったアサギは、休む間もなくトビィを捜した。枯木を踏みながら脇目も振らず、場所を知っているかのように一方向へ走る。鼓動が速くなる、呼吸もままならない。


「トビィお兄様!」


 見慣れた美しい紫銀の髪が瞳に飛び込むと、大声で名を呼ぶ。うつ伏せになっている身体の下に腕を入れ、力任せに自分の身体を倒しながら仰向けにする。抱き締めながら、耳元で回復魔法を唱える。震える身体だが、詠唱は間違えない。発光するアサギの身体は周囲に光の粒子を撒き散らし、真昼の太陽の様に神々しく見えた。

 一旦は心配停止状態であったトビィだが、その心臓が動き出す。

 後方で、魔族らに破壊されたらしい愛剣ブリュンヒルデも再生した。折られたはずの剣だが、接合部など見当たらない。直った、ではなく“破壊前に戻った”が正しい。稀少な水竜の角から創り上げられた、トビィ専用の剣。美しい装飾と鋭い刃が織り成す唯一無二のその剣が、アサギから放たれた光によって何事もなかったようにその場に転がっている。

 主人が再び手にしてくれるのを、待っている。


「っ……?」


 小さく呻き眉を顰めたトビィに気がついたアサギは、安堵の溜息を吐くと泣きながら再び強く抱き締める。


「よかった、トビィお兄様。……貴方がいないと、私は」


 頬を摺り寄せると、こぼれた涙がトビィの唇に触れる。水を飲むようにして、無意識のうちにその涙を体内に取り込んだ。

 血相を変えたソレルに連れられたクレロ達が天界城の部屋へやって来たのは、その直後。水鏡の光は何事もなかったかのように消えて静まり返り、普段となんら変わらないようなその空間だったが、クレロを筆頭に部屋に入ってきた皆が見たものは。


「……どういう、ことだ。あれではっ」


 球体の映像は、森で寄り添う二人。

 緊張が弛み泣き続けているアサギと、その腕の中で若干戸惑いがちに微笑んでいるトビィ。

 この球体は、過去を映すモノ。

 では、この映像は。過去か、現実か、未来か。

お読み戴き有り難うございました、七夕だったので、無理やり更新しました。

また機会がありましたら、お立ち寄りくださいませ。

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